13年前の夏の日、人里からひとりの赤ん坊が誘拐された。
誘拐したのは森の魔女、アリス・マーガトロイド。 誘拐されたのは私。里の道具屋の娘、霧雨理沙。
私は彼女を、本当の母親だと信じていた――。
「魔理沙」 その三文字は、まるで初めからそう定められていたかのように、しっくりとはまった。 まりさ。そう、魔理沙だ。この子の名前。魔法使いとしての名前。 「魔理沙。貴方は魔理沙よ。私の、アリス・マーガトロイドの娘――魔理沙よ」 きょとんと私を見上げた魔理沙は、けれど私の呼びかけに、また笑った。 魔理沙。魔理沙。――魔理沙。 その名前を何度も口の中で繰り返しながら、私はその柔らかな命を抱きしめた。
人里から連れ去った赤ん坊に「魔理沙」と名付け、母として育て始めるアリス。 アリスが本当の母親であると、信じて疑わずに育った魔理沙。
「ママ? どうしたの? ないてるの? いたいの?」 魔理沙がおろおろした声で、私にそう言った。 そこでようやく、本当に自分が泣いていることに気付いて、私は慌てて目元を拭う。 「ううん、何でもないの。……ママは、嬉しいの」 「うれしいの? うれしいのに、ママ、ないてるの?」 「そうよ。大人は、うれしくても泣くの。泣き虫なの」 魔理沙は不思議そうな顔をして、私の顔をじっと見つめた。私はぎゅっと、魔理沙をもう一度抱きしめる。 ――魔理沙。私の大切なお星様。 きらりと、流れ星が一筋、夜空に溶けて消える。 願いを掛ける間もなく消えた星に、私はそれでも祈るように囁く。 「大好きよ、魔理沙」 魔理沙がいれば、他に何もいらない。それだけが、今の私に願える全てのことだった。
森の奥で、息を潜めて暮らす偽りの母子。 その行き着く先に、光は射すのか――。
どうすれば、貴方の本当の母親になれますか。 貴方を愛して、抱きしめて、育てていくことが、許されますか。
Rhythm Five presents 東方Project Fanbook 森の魔女は消えた 著:浅木原忍 イラスト:夜一 文庫版 / 156ページ / 頒価700円 2012年7月1日(日) 大田区産業プラザPiO ま20「Rhythm Five」にて頒布
※本作は、角田光代『八日目の蝉』(中公文庫)を下敷きとしています。
どうして、と中空に向けて私は問う。 どうして私を攫ったのだ。どうして、私を育てたのだ。 妖怪なら妖怪らしく、食べてしまえば良かったのに。 どうして、妖怪のくせに母親面して、人間の私を育てようとしたのだ。
――そう、どこまでも、全てはあの魔女が悪いのだ。 世界一悪いあの魔女が、うちをめちゃくちゃにしたのだ。
presented by Rhythm Five 2012/07/01 coming soon... |