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伊福部昭

否定された日本

CMやドキュメンタリー番組に軽い齟齬を感じることがあった。日本の自然の風景。カメラの動きも少なく、時間の経過をゆっくりと感じさせる画面。その場面で流れる音楽は、本来そこで聞こえておかしくない日本の民謡ではなく、なぜかイギリス系のトラッドミュージックなのだ。たしかにトラッドと呼ばれる音楽が日本人に好まれることは「蛍の光」で知られていることだが、なぜに画一化して、それが流れるのか?この画像と音楽に共通することは「平板」、近年さんざん使われた「癒し」とかいう感覚に近いものだ(1)。果たして日本の自然は「癒し」につながるような穏やかなだけのものなのだろうか?「日本の川は滝のようだ」とどこかの外国人が言っていたのを覚えている。地形は起伏に富み、活火山も多い。また、四季の存在は豊かな自然の表現をもたらすといえるが、それと同時に変化の激しさを物語っているのではなかろうか?それなら、いつから日本の自然のイメージは雄々しい激しさを剥ぎ取られ、穏やかで変化のない安らぎを与えるだけのものと成り果てたのだろう?

伊福部昭の「シンフォニア・タプカーラ」の第一楽章、荒々しく逆巻く弦楽器の旋律にそんなことを思った。

YS

ゴジラとともに語られ、そのゴジラがコミカルなものとなり、彼が作り出したテーマ曲までもコミカルな歌詞をつけられてしまったため、一般的な伊福部の音楽のイメージもそれに相当するものでしかない。しかし、あの楽曲でさえ、音楽のみを取り上げればどう考えても子供向けの音楽ではない(2)。一般的な西洋クラシックの文脈には現われえない力強い変拍子のリズムと、それに伴う荒々しい旋律。決してこの曲が彼のベストであるわけではないが、彼の音楽性、その強烈な個性をうかがうことは十分可能だ。

当然のことながら、その音楽性は荒々しさのみではなく、感傷的なまでの叙情性や感動的な雄大さ、草原に咲く青い小さな花のような愛らしさや猩々の舞のようなユーモラスさも兼ね備えている。そしてそれらは一様に日本民族(3)の意識、感情、感覚に収斂していく。これが聴き手の心を揺さぶる理由でもあるが、伊福部を倦厭させる原因ともなっている。

音楽において自民族を意識させるということは伊福部に限ったことではない。バルトーク、ヤナーチェク、ドヴォルサーク。それぞれに自らの民族を意識させる音楽を作り出している。そして、それは基本的には肯定的な評価を受けている。にもかかわらず日本の場合、民族を意識させた途端、エスノ・セントリズムや過去のファシズム、右翼的行動と結び付けられ、否定されるのである。日本においては子供たちがアーサー王伝説の騎士たちの冒険に興奮することは何も問題視されない。指輪物語のアラゴルンについても同様である。それが倭武となれば状況は一変し、国粋主義とレッテルを貼られる(4)。子供たちのワクワクする気持ちに何の差もないにもかかわらず。

この、ねじれたドグマによって冒頭に述べたようなことが起こる。あくまで国粋的というタブーを触れずに日本の姿を見せねばならない、音楽は他国のものを借り、雄々しさ、荒々しさの牙は抜かれなければならない。そして、残ったのはどこか間の抜けた、力のなく、ぼんやりとした日本の姿だ。

実質的デビュー作である「日本狂詩曲」から戦前日本のアカデミズムにタブーを突きつけ、否定され、それとは正反対の評価を海外で受けていた伊福部の音楽は、戦後が終わったとされる今も、ねじまがった日本のドグマを挑発し続けている。しかし、伊福部自身はそんな攻撃的な考えなどはまったく持っていないだろう。彼は彼が美しいとおもうもの、素晴らしいと思うものを表現しているだけだ。それをタブーとし、挑発とし、右翼的とするのは総て聴き手のドグマにすぎない。私には、そんなものとは無縁のところで(5)勇壮に、時には哀切に鳴り響く彼の音楽を、聴く前から否定させるそのドグマを許しておけないのである。


  1. 本当の意味ではイギリスのトラッドミュージックは決して平板でも「癒し」系でもない。ダンスミュージックであったり、歴史上の悲劇に題材をとったものも数多い。しかし、日本において一般に利用されるそれらのイメージはそのようなものだ。
  2. オリジナリティの点で様々な問題をはらんでいるとはいえ「ゴジラ」という映画自体、元々は子供向けの映画ではないことは言うまでもないことかもしれない。伊福部の音楽を幸運にも(不幸にも?)子供たちが聞くこととなったのは東宝という映画会社の都合に振り回されたからという理由のみであろう。
  3. ここでの日本民族という言葉は、いわゆるヤマト民族のみを指す狭義の意ではなく、日本に住む民族という意味を示している。
  4. 「宮本武蔵」の場合に、このようなタブー視が起こらないのは吉川栄治よって、その生涯が敗残兵の自己確立への物語へと変容されたためであろうか?それとも武士というものが儒教思想に拠っているという観念のためだろうか?
  5. 伊福部の弟子であった黛敏郎の場合、行動として右翼を実践していたが、伊福部がそのような行動を行ったという話は聞いたことがない。
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