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独合点 138号
ゲスト  大橋政人

「さみしい」

大橋政人

 

 

 

 

「さみしい」が最近

なんだか大切な言葉になってきた

 

人間の心の中には昔から

二つの絶壁が聳えていて

互いに向かい合っている

 

向かい合っているから

二つの絶壁の間に

ほんの少しの隙間がある

 

隙間があるので

その隙間の奥底から

ときどき風が吹き上がってくる

 

一つの絶壁の名前は有限

もう一つの絶壁の名前は無限

 

人間はときに

身を揺るがすほどの

激しい衝撃を受け

たまらずに「さみしい」

などと口にするが

それはその

絶壁を吹き上げてくる

細い風のことだ

 

二つの絶壁が

一つだったときのことを

必死にいま思い出そうとしているのだ

 

 

 

 


 

 



 

 

蜜柑の皮をむく

金井雄二

 

 

 

ばらばらに

ちぎれてはならない

ひとつにつながった形にする

蜜柑の皮をむきながら

ごはんをたべたい

できることなら

蜜柑の皮をむきながら

寝ていたい

そうやって

蜜柑の皮をむきながら

まぐわいたい

りんごじゃだめでバナナでもだめで

どこまでもつながった

蜜柑の皮

そこに何の意味があるのか

もちろん

そこには何の意味もない

ただぼくは

そうやって子どものときから

蜜柑の皮をずっと

ただひたすらに

むいてきた

決して

ばらばらにさせない

細かくちぎれてはいけない

ひとつのはてしなくつながった形にする

 








 

 

菅原克己と中村恭二郎 その2

金井雄二

 

 

 

 

 前回の「独合点」で、菅原克己と中村恭二郎との関係を書いた。今回はその続きになる。

菅原克己が、師と仰いだ中村恭二郎について書いた詩があるので、紹介しておこうと思う。それは二篇ある。ひとつは『夏の話』から、「むかし、一人の詩人がいた」という詩である。

 

むかし、一人の詩人がいた。/その人はクリスチャンで/気位がたかく、/美しい目と口髭をもっていた。/ときどき、よく透る声で/古い英語の歌をうたった。/――Silver Threads Among the Gold……//詩人には若い弟子がいた。/詩人は弟子のへたな詩を読みながら/ときに励ましてこう云った。/――おれの詩もごつごつしている、/野暮ったい。/だが、決して後悔はしない。/おれはおれの信ずるものと歩いてきたのだから……//十年ひと息に時は去り、/詩人はいなくなった。/ときたま、田舎の方から/その人のさびしい噂が流れてきたが、/そのうち、何も聞くことはなかった。//また十年、ひと息に時は去り、/若者も年をとった。/だが、それでも詩を書くことはやめなかった。/その詩は野暮ったく、/髪には白髪がまじった。/ときに落ちこむことがあっても、/いまはいない人の言葉が/すずしい風のように通っていった。/古い英語の歌とともに。//――おれの詩もごつごつしている、/野暮ったい。/だが、決して後悔はしない。/おれはおれの信ずるものと歩いてきたのだから……/

 

この詩集『夏の話』は菅原克己の第八冊めにあたる。いくつかのパートに分かれていて、この詩は、最初の「旧詩帖」のパートに入っている。初出一覧をみると、「鍬とCello」一号、795とある。『夏の話』が一九八一年の出版だから、二年前に雑誌に出したということになる。ただ、旧詩帖というくくりからすると、もっと以前に書かれた可能性はおおいにあるだろう。

いずれにせよ、クリスチャンで、古い英語の歌を歌う、というところで中村恭二郎だとわかる。その弟子は、すなわち菅原克己本人であり、励ましの言葉をもらったうれしさを忘れないでいるのだと思う。ただ、この詩、菅原克己のセンチメンタルな部分だけで、読んではいけない。本当の詩は、人になんと言われようが関係ない、まずは自分が信じた「詩」を書き続けることが大事なんだよと示唆している。詩について、師匠から教わった大事なことをここでも反芻している。菅原克己のすばらしさは、この謙虚な態度だ。いつも自分を最初の場所に戻し、そこから詩を書いている。次は『一つの机』から、「むかしの先生」という詩。

 

もう一度/笑顔に戻ってほしい。/今日は新年の集り、/みんなの前で/なぜ、そんなに依怙地になるのか。/意見のちがい?/いや、それとはちがう。/あなたはむかし/ぼくの大事な詩の先生だった。/ただ、ちょっとばかり/――時がたった……。//あれは雑司谷の夏、/あなたははだかで/一本一本、ヒゲのまわりを抜いていたっけ。/それから葉影がチラチラする縁側で/あぐらをかきながら/うまそうに莨を吸っていた。/「マギー、若き日の歌を」を歌ったのも/あの大きな青い部屋だった……。//年月に何があったろう。/人の心のすれちがいは/老いとともにくるものなのか。/もう一度/笑顔に戻ってほしい。/そうしたら、きっと、/記憶の中の先生がやってきて、/詩という哀しいものを/ふたたびさし出すにちがいない。/そして、それだけでしか云えぬものが/この世にはかならずある、と/元気づけてくれるにちがいない。//――ぼくのむかしの先生、/葉影がチラチラする縁側で/チョビ髭の口をとがらせながら/もう一度……。

 

 こちらは第十冊目の詩集となる。この詩の初出は、「塞外」五号、754である。先ほどの「むかし、一人の詩人がいた」より以前に書かれた可能性がある。時がたち、年老いた中村恭二郎と新年の集まりで再会したのだろうか。いずれにしても、記憶にある師の顔、声、姿態がどうしても忘れられないといった感じだ。

この詩の中には、詩人の成長の跡が見られる。次のような詩行からそれは読み取れる。「年月に何があったろう。/人の心のすれちがいは/老いとともにくるものなのか。/もう一度/笑顔に戻ってほしい。/そうしたら、きっと、/記憶の中の先生がやってきて、/詩という哀しいものを/ふたたびさし出すにちがいない。」先生と仰いでいた人の老いた姿を心配する、その心持。詩には必ずどこか悲しいものが含まれていると実感する、菅原の体の中に沁みついているような表現が印象的だ。先生の教えにしたがって詩を書いてきた、その経験が語らせた一篇であると思う。菅原克己、六四歳のときの詩である。菅原克己は常に、初期の、詩を書く気持ちを大切に持ち続けた詩人だった。そこには、豪傑そのものの、ごつごつした詩を書く、中村恭二郎の姿がいつもあったにちがいない。