銀色の地下鉄がホームに入って来た。
 東京を縦断して走る路線の中心点に近い駅。
 人工の明かりの下。出口へと急ぐ客が川となって流れている。その流れをわたって海宮晶は乗り込み位置に着く。学生服を着たほっそりした体つきの少年。身長は高校三年生としては高い方だろう。
 地下鉄の扉が開くと車内にこもっていた人々の匂いが海宮晶の鼻をつく。混じりあった朝食の強壮剤の胃酸過多の歯磨き粉の二日酔いの口紅の匂い。海宮は匂いに敏感なタイプだったが、だからといって顔をしかめたりはしない。ポーカー・フェイスが彼のトレード・マークだ。
 この駅では乗りこんでくる客よりも降りていく客の方が多い。それでも車内は団子状態だ。混雑は昨日よりも確実に拍車がかかっている。昨日で春休みが終わり、今日から新学期が始まって、学生が加わった分だけ乗客が増えた。おなじみの朝のラッシュ・アワーが戻って来たのである。
 海宮晶は昨日より増えた人間の一人だ。そのために海宮は車内の社会人たちから微かな敵意の波長を受け止める。
(お前たちが学校に行くから)
(学校に行くから電車が混む)
(昨日はもっとすいていた)
(もっと楽だった)
(今日は苦しい)
(お前たちが学校に行くから)
 そんな敵意を無表情に受け止めて海宮はその定員オーバーの檻の中へ自分の体を押し込んで行く。
 強引にドアがしまった。海宮は背中をドアに向けて立っている。背中のディパックを保護するためにドアとの間に隙間をつくらなければならない。彼は自然に内股になっている。踏ん張りが効くからだ。
 圧力の緩和を求めた車内の喘ぎが発車の揺れにかき消される。
 揺れの中で海宮は車内を観察している。
 そしてすぐにニュー・フェイスを発見した。
 海宮の通う都立大江戸高校の制服を身に着けた小柄な少女。
新入生だろうと海宮は考える。彼は在校生の顔と名前をすべて記憶している。彼女はその誰でもなかった。
 今、彼女は痴漢行為すれすれの男性客に三方向から攻められていた。彼女の背後の客は中年の背広姿の男で下腹部を硬直させて押し付ける趣味があった。右側の客は大学生で肘を少女の胸に接触させて楽しんでいた。左側の客はラフなジャケットを着た青年で手の平を少女の大腿部にぺったりと密着させていた。
 海宮は少女の顔から不快と困惑を読み取った。

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