はじまり | こしかた | ひといき | かわりみ


つ れ づ れ

も く じ

(さかさ順 リンクつき)

1)ごあいさつ 2)「捨て目を きかす」 3)「捨て目」再考 4)「ゆうだち」と 「ゲリラ豪雨」 5)「ウイルス定義」 6)「項目執筆者名」 7)「諸家の日本語文法論」の こと 8)「熱中症」と「熱中」の 関係 9)「コンタミナツィオーン」 10)「あがり-さがり」 11)「舞姫」 12)「仮名遣意見」 13)「読書の あき」 14)「すがしい あさに やるせぬ おもい」 15)「音数律」 16)「ふたへにまきてくびにかける数珠」 17)「つづり字 発音」 18)「でれる たべれる おしえれる」 19)「ペンネーム」 20)「句読点」 21)「ぎなた よみ」 22)「木梨と なすび」 23)「不合理と 非合理」 24)「まもり たすける」 25)「たべもの のみもの おすいもの」 26)「ちゅうちゅうたこかいな」 27)「ちょうち ちょうち あわわ」 28)「動体視力」 29)統一:画一=単純:貧困 30)あおいき- 自業- vs たていた 九死  31)「計画停電」 32)「疎開」 33)「コピー時代」 34)まちの おと 35)「たけ」 36)ことばの ながさ 37)不逞浪人 一言放談 37 付)おやくにんさまの 順法精神 38)一言放談 39)おなじか ちがうか 40)あいてに するか しないか 41)余命 42)灰色高官 43)きつねと こうもり 44)自転車 凶器論 45)出版社の 経年劣化 46)音象感 47)こしをれ


 こしをれ > またわれ かたわれ > そこわれ ぢわれ > われ やーめた

    よのなかに ねるより らくは なかりけり うきよの ばかは おきて はたらく (ものくさ ねたろう)

    よのなかに まじらぬ とには あらねども ひとり あそびぞ われは まされる (大愚 おおたわけ)


 音象感

 最近、中村稔『私の昭和史』(2004)という 昭和初期うまれの 詩人の 回想記を、必要が あって 興味ぶかく よんでいたのだが、わるい くせで、必要とは 関係の ない つぎの ような ところに ひっかかってしまった。すこし ながいが、引用させてもらう。

私が [萩原朔太郎『純正詩論』に] 感銘をうけたのは、一には「和歌の韻律について」と題する詩論であった。
    久方の光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ
を引いて、「ハヒフヘホのH行音は、陽快で長閑な感じと、どこかに詠嘆のこもった音象感をあたえる」といい、
    はかなくて過ぎにし方を数ふれば花に物思ふ春ぞ経にける
を引いて、「春の陽光の中に過ぎ去った青春の日を悲しむところの、春日哀愁の嘆息がよく歌はれてゐる。一方には桜の咲く陽春があり、一方には青春の悲哀と嘆息がある。この二部の詩情を結びつけてるものは、H音の四重頭韻である」、といったような解説であった。日本の詩における韻律については、その後私は考えてきたことも多く、いまでは萩原朔太郎に必ずしも同意できないけれども、『純正詩論』ではじめて私が詩における韻律に目を開かれたことは疑いない。(強調 工藤)
と いうのである。萩原朔太郎『純正詩論』は 昭和10(1935)年の 刊行だ そうである。原本に あたらず まごびきに なる ことを もうしわけなく おもうが、ここで わたしが 重視したいのは、国語学の 常識では ふるくから 平安時代の「ハ行音」は「H行音」では ないのだが、1935年の 萩原朔太郎から 2004年の 中村稔まで、ひとかどの 詩人の「音象感」の 基礎は、この 常識に 反し、「ハ行音」=「H行音」だった という ことである。朔太郎も、「H行音」などと あたらしがって ローマ字を つかわずに、「ハ行音」と かなを つかっておけば 馬脚を あらわさなかった ものを。しかし、詩人の さがか、表音文字を つかって「音価推定」という 実質の 領域に たちいってしまった 以上、責任は おわなくてはならない。中村が 回想を そのまま 引用するのも、弁護士(○○委員長級) 日本近代文学館名誉館長を かねる 詩人としては 常識 教養を うたがわれるだろう。
 国語学の 通説は、
……… ハ行の子音はp>Φ(F)>hという推移をたどった。……… このうち、Φ(F)>hという変化が進行したのはおそらく17世紀であろう。……… しかし、p>Φ(F)に変化した時期は必ずしも明確ではない。【教科書『日本語要説』第6章第4節(林史典 執筆)の 要点 摘録。なお、Φ(F)で あらわした おとは 両唇摩擦音、ロシア語 地名 Moskva(wa)の ヴァ(ワ)の 子音部分の 無声音に あたる と 推定される おと。】
という ものであって、平安時代の「ハ行音」が pか Φ(F)かに 議論が あるにしても、hだという 学説は むかしから ない。明治の 上田万年「P音考」以来の 国語学の 常識である。萩原朔太郎の 韻律論の 基礎に ある「音象感」は Hを Φ(F)に かえれば すじだけは とおるが、詩人の「音象感」という ものは、そんな なかみ 実質の ない、形式的な 感覚で よいとも おもえない。
 しかも、中村稔『私の昭和史』は、詩誌『ユリイカ』に 28回 連載した ものを まとめた ものだと いうから、読者層の おおくの 詩人/詩愛好家の 常識には 「ハ行音の 歴史的変化」は なかったのだと いわざるをえない。ふたりは、ふつうの 文学部出身の 詩人では ないようだが、『ユリイカ』読者層をも かんがえあわせると、その 社会的な 基盤に、語学と 文学との 断絶/細分化、「国学」フィロロギー精神の 忌避/消滅が 詩論/詩人を とりまく モードとして あった と かんがえられる。"Philologie" を 文献学/博言学などと 訳しわけたのが そもそもの まちがいの もとで、ことば学と 訳し、ことばの 多面性を 考察すべきであったのである。ことばの 法則的な 土台を 無視した「詩学」では 砂上の楼閣 という ものだろう。「全体を みる め」が 肝要なのである。
 「言葉なんか おぼえるんじゃなかった」(田村隆一)という 痛切な おもいを ことばでしか 表現できない という 冷厳な 事実に対して、うずくまりながら たちむかうか、表現する ことを 断念して 沈黙するか (態度/行動で しめすか)、しか ない。


 出版社の 経年劣化

 としを とると いろんな 経験を させられる もので、例の トンネルてんじょうの 経年劣化による 崩落事故では ないが、最近 書籍関係で にたような 経験を して 不愉快な おもいを させられたので、それを かきとめておきたい。出版自体 公共性が ある 問題だと おもうし、しらべれば わかる ことでも あるので、固有名も だしておく。オックスフォード大学出版局と 未来社である。

 わたしは まだ 現役の 教員を していた ころから、
     制作・発売元 紀伊國屋書店 制作協力 NEC 日本電気株式会社
     OXFORD ENGLISH DICTIONARY(Second Edition) On Compact Disc.
     (C) Oxford University Press and AND Software 1992 Ver1.1 (FD+CD)
という もの、つまり OEDの CD-ROM版を 購入して 便利に つかっていたのだが、その つかっていた パソコンが 最近 こわれ つかえなくなって、あたらしく した パソコンには データを よみとる プログラムを よみこむ FDドライブが 標準装備されていない ために こまって、紀伊國屋書店に といあわせた ところ、いまは 著作権を もつ オックスフォード大学出版局に きいてくれ と たらいまわし され、しかたなく オックスフォード大学出版局に メールで といあわせた ところ、わざわざ 証拠の のこらない 電話に きりかえて こたえてくれたが、
     現在は Ver4 に なっており、Ver1.1 の ユーザーの サポートは できない。
といった 趣旨の ことわりの 電話だった。電話という はなしことばだから 理解に「齟齬をきた」(OUPの ことば)している かもしれないが、その (言語媒体 選択の) 責任は オックスフォード大学出版局がわが おうべき ものである。
 こうした 措置は、最初に ちかく 購入した(いいたくは ないが、研究費の おおくを つかった おおきな かいものであった) ふるくからの ユーザーに つめたく あたり、ジェネリック製薬も はだしの、大量生産の 廉価販売の 顧客層しか あいてに しない という ことであり、文化遺産に かかわる 出版社の 措置として いかがな ものだろうか。世界に 冠たる OED/OUP にとって、たかだか 20年まえの ことが「サポート できない」とは、なんとも なげかわしい。この ざまじゃぁ、copyleftを、と いいたく なる。

エディタの「秀丸」は、OEDより ふるくから つかっていて、途中 OSの 関係であろう、あたらしく インストールしなおさなければ ならなかったが、はじめに 取得した 登録番号で 問題なく 更新できた。ソフト開発業者の サポートの ありかた、出版社の モラルとは こうでなくちゃ いけないと おもう。士族商法の 無関心 無責任なのか、無知 無能なのか。

 もうひとつは、最近 ある しごとの 関係で 歴史学の 石母田正の ことばを 引用する 必要が 生じ、
     石母田正1995(復刻版)『古代末期政治史序説』(初版は 1964、(旧版?)「まえがき」は 1956)
を よみなおして 気づいたのだが、この本は 全体に 現代かなづかいに したがっている けれども、促音表記に 関しては こもじではなく おおもじで、たとえば「したがつて」の ように 表記されているのである。
 これは 発音表記と 正書法との ちがいに もとづく ひとつの 見識【他に、長音表記「ヨーロッパ」と 「ヨオロツパ」】と いえるのだが、他の 出版社の 石母田さんの 本は 「したがって」の ように なっており、石母田さんの 主義主張とも おもえない。気になって、てもとに ある 未来社の 本を しらべてみたら、
     廣末 保1957『近松序説』
     丸山眞男1965『増補版 現代政治の思想と行動』(「旧版」は 1957)
も 促音表記が おおもじに なっていた。おなじ 著者でも、
     丸山真男1982『後衛の位置から』
は 通常の こもじ表記に もどっているし、でしすじの
     橋川文三1965『増補 日本浪漫派批判序説』
      ――― 1968『近代日本政治思想の諸相』
     藤田省三1966『天皇制国家の支配原理』
      ――― 1974『現代史断章』
は 最初から こもじ表記である。
 日本古代文学の 西郷信綱さんは、1955『日本文学の方法』以来、1964『増補 詩の発生』1965『国学の批判』1970『萬葉私記』1973『古事記研究』に いたるまで、一貫して こもじ表記である ように みえる。
 この としに なる まで 気づかなかった。いままで 丸山眞男の 論文は いちど 引用した ことが あるが、促音表記の ない 部分だった。こんど 石母田正の 促音表記を ふくむ 部分の 引用を しなかったら 気づかない ままだった かもしれない。促音おおもじ表記 というのは たいして めだたない ちがいだ とも いえるであろう。しかし、その 表記は 一貫しており、当時の 未来社は いいかげんな きもちでは なかった はずである。日本語学外史 としても 興味が あり、時代や 著者に どういう 採用/不採用の ルールが あるのか、年代に かたよりの ある わたしの てもとの 本だけでは よく わからない ため、これも メールで 3度に わたり 現在の「未来社 編集者」に といあわせたのだが、「現代表の西谷能英も」ふくめ 問題に そもそも 気づいておらず、また 興味も まったく しめさない ようで、未来社からの 最後の (責任回避の) ことわりの メールに 対して、わたしのほうから ふしての 調査の おねがいの メールを だしたのだが、それから まったく おとさたが ない。4度めの リマインドの メールは もう だすまいと おもう。こんな こと しらべたって かねに なりゃ しない もんね。新活字「っ」より 旧来活字「つ」のほうが やすい って こと?! まさか ………
 現在の 未来社社員には もう 期待しない として、こんな ちいさな めだたない ことですが、どなたか 事情を ごぞんじの かた いらっしゃいませんか ねぇ。理由や 動機は ともかく として、戦後出版(ロングセラー)史の ひとこまでは あると おもうんですが。
「まさか」が <真逆> から <正か> に 先祖がえりする かもしれない。自分の ことは「未來社/旧字体デザイン[示+土]」に「統一」する ことに こだわって 得意げに ブログに かきこむ ひとが、他人の ことは「丸山眞男」を「丸山真男」としても、「流通」さえ すれば 平気で いられる 精神と かよいあう ものが ある かもしれない。「まったくお節介」だね。「出版文化再生」も けっこうだが、あしもとや みのまわりを よく みつめた ほうが よくは ないかな。(としを こして)
▼補記:その後 本だなの おくに、
     本多秋五1971『第三版 転向文学論』(初版 1957、第二版 1964)
     安永壽延1971『増補 伝承の論理』(初版?の 序文 1965)
     山本安英1969『おりおりのこと』
      ――― 1979『舞台と旅と人と』
     山本安英の会編1969『日本語の発見』
      ―――――― 1974『きくとよむ』
      ―――――― 1984『自分のことばをつくる』
などを みつけた。木下順二関係は 文庫本に たよっていて、未来社版は もちあわせない。このほか 吉本隆明 埴谷雄高 関係の ものも ある はずだが、おしいれの おくの 段ボールの なかに ある 可能性が たかい。おおよその 見当は ついたので、こしを いためそうな これ以上の 探索は やめておく。以上の うち、初版が 1957年前後の 本多秋五の ものだけが 促音おおもじであって、その他の 1965年以降の ものは すべて 標準的な 現代表記である。おもしろいのは、1957年 初版の「あとがき」に、
前半はもと歴史仮名をつかつたものであつたが、こんど全体の統一をはかるために現代仮名に改めた。
と ことわり、1964年 第二版の「あとがき」に、
全体にわたつて誤記誤植を訂正し、……… どうか是非この版によつて読んでいただきたい。
と わざわざ ことわりながら、促音おおもじ なのである。「いい加減な 混在状態」などでは ない ことは たしかである。「現代表の西谷能英」にも いいつたえられていない とすれば、草創期の 便法(コスト削減)であった 可能性も 残念ながら 否定できない。
 こうした 想定にとっては、西郷信綱1955『日本文学の方法』が 例外と なるが、著者の 現代表記についての 意志が 優先された という ことなのであろうか。なお、この 本は わたしが 大学生の ときには すでに 絶版に なっていて、ふるほんやで てにいれた ものである。こうなると この 時期の ほかの 著者は どういう 態度を とっているか、気になるが、この しごとは 未来社倉庫 点検に たよる しか ない。以上 調査途中の 補記と する。「思考言語の貧弱化」に 注意しながらも、ブログ感覚で いく ことに する。


 自転車 凶器論

自転車は 軽車両です。自動車が こわいから、歩道や 交差点で、

歩行者あつかい されたいなら、自転車を おりて あるきなさい。

自転車のまま はしりたいなら、車道を 自動車と はしりなさい。

おとなに なっても、交通警察に 指導されないと わからないか。

警察も 指導の 方針が 安定せず、死者が でないと うごかない。


 きつねと こうもり ── ゆめか うつつか まぼろしか ──

0)2010年3月に 大学を 定年退職してから ゆめを みなくなった、というか、ただしくは おきた あとまで 記憶している ほど 印象の ふかい ゆめは みなくなった と いうべきらしいが、ほぼ 2年ぶりに 記憶に のこる ゆめを みた。現実の 状況が わからないと わけの わからない はなしであって、それを よまされる ほうも 迷惑な はなしだとは おもう けれど、わたしの ストレスを 昇華 発散する ための わらいばなしだ と おもって、こんかいは おおめに みてほしい。いっそ きざに 徹する ことにする。

1)――― ある やまおくの さとに、1匹の きつねが とらの 威を かりて はなやかに くらしていたのだが、その とらも としの せいで なくなってしまい、とりのこされた きつねが、いままで とらの 威を かりて おどしてきた うまに のせられて、わけの わからない ことを いいだし ばかにされる、という ゆめを みたのである。さらに ごていねいにも、その「とり なき さと」に としおいた こうもりが やってきて、きつねと 珍問答を はじめる という おまけまで つくのだが、どこか 亀井孝に にた フーテンの とら ならぬ こうもりが、自分の ことは さかさまに リモウコ(李蒙古/李莽湖)と よんでくれ と たんかを きるのである。なにを いっているのだか よく ききとれないのだが、「公文が どうだ、携帯が どうだ」とか、「瀕死の ほうが 不変的だ」とか、「またぞろ 十字架が こわい」とか ………「構文・形態・品詞」「普遍・十字分類(表形式分類)」といった 日本言語学の 基本用語が 通用しない ドラキュラと キリシタンとの あいだの 珍「教義問答」に、いつしか かわっていたのであった。

       │ 非 過 去 │ 過   去     破裂│歯 茎 音│軟口蓋音
   ────┼───────┼───────   ───┼────┼─────
    単純 │ よ   む │ よ ん だ     無声│  t  │  k
    持続 │ よんでいる │ よんでいた     有声│  d  │  g

という、ごく ふつうの 表形式の 分類も、きつね(ドラキュラ)には 十字架に みえて こわいらしい。―――
リモウコの いいたかった ことは、おまえの はなしには イストーリア(歴史〜ものがたり。< 葡 historia)が なく つまらない という ことだった ように おもうのだが、きつねには「椅子取り(ゲーム)」に きこえたらしく、意味が 通じず トンチンカンな やりとりに なった あげく、途中から リモウコ一流の 皮肉な やりくちで レベルを おとした はなしに なってしまったので、ここには 省略させてもらう。趣旨は 三鷹日本語研究所の「文法研究ノート抄」の「文法的な 意味の ありかた」と 同趣旨だと わたしは 理解している。興味の ある かたは そこを 参照していただきたい。
 たしかに、日本の アスペクト研究においては、継続/瞬間 という 時間の ながさと、結果/非結果 という 結果(変化)性の 有無 という、相互独立性が ひくく 相互に 影響しあう 関係に ある 基準を 論理主義的に たて軸と よこ軸との (本来)相互独立(非対立)的であるべき 基準に あてはめる という できごとが おきた、つまり 分類の 適用条件に ふさわしくない ことが おこなわれたのであって、十字分類(表形式分類)という 分類方法自体が まちがっていたのではない。したがって、現実に 適合しない 分類基準の 表を 無理に あてはめようとすれば、事実上の 用例の 分布は、<継続・非結果動詞>=奥田の <動作動詞>と <結果・瞬間動詞>=奥田の <変化動詞>との 対角線上の 対立を しめし、その 両わきに 中間的な <継続・結果動詞>=奥田の <二側面動詞>と 例外的に 少数の <瞬間・非結果動詞>=<特殊動詞>とが 分布する、という アンバランスな「分類結果」に なっていたのである。研究者なら、奥田の アスペクト批判の 結果だけを とりいれるのではなく、分類方法を きちんと 理解して つかうべきである。

       │ 結   果 │ 非 結 果
   ────┼───────┼───────  【符号】ことなり/のべ の 両面での <用例の 数量> を あらわし、
    継続 │ △(二側面) │ ○(動作)     ○は 用例が 基本的に やまを なして たくさん あり、
    瞬間 │ ○(変化)  │ ×(特殊)     ×は ほとんど ないに ひとしく、△は その 中間である、の 意。

 母音の 体系は、ふつう 三角や 四角の 多角形で えがかれて、くちの 広狭と したの 高低との 十字分類に しないのは、この ふたつの 基準が 程度量的であり かつ 相互に 影響しあう 相関関係に あるからである。分類学の 入門的教科書も ない わけではないが、それらに たちまさって 古典的な モノグラフの ほうが 具体的で やくにたつ ものである。たとえば、N.S.トゥルベツコイの 音韻分類 対立図式などを、個別的な 諸言語に 実際に 適用して きたえられ 一般化された 分類方法として、じっくり よみこんでみるのも いいだろう。ただ、ちからの こもった 古典的な モノグラフも、単なる 知識の 宝庫として しか よまない 優等生的な「知識人」というか、没理性的な「ものしり」の よみかたでは、方法が みにつくか どうかは 保証の かぎりでは ない。
うかつな はなしだが、「十字分類」という 用語が 辞典/事典類に のっていない ことに こんど はじめて 気づいた。辞典/事典類は、年鑑 統計資料などの 二次資料には あたっても、ことばの 一次資料には あたっては いないのだろう。実態を 反映している とは いいがたい。分類学の 教科書も、図書分類の 細目や 生物の 分類には えらく くわしいが、派生の しかたが えだわかれ(tree)式か あみのめ(network)式か、年輪状か 連鎖状か、といった 分類の 大局を めぐっての 問題の 考察は ないようだ。まだ 分類学は、経験的な「技術 工学」の 段階に あって、「理学」的な 一般法則化は できていないらしい。技術としての「数量分類法」が 実用化されたからと いって、分類学が 理学的に なったとは いいがたいのではないか。対象と 方法との 混同は 厳に いましめなければならない(吉田政幸『分類学からの出発』)。かきかえ規則一辺倒の チョムスキー学派以外の、古典的な 著述に 直接 ついた ほうが やはり 有益である。
 ついでながら、特定の 記述言語学の 分類学(taxonomy)を 批判して、かきかえ規則の 生成性に かけた チョムスキー学派をも 分類対象の ひとつと する、歴史的 評価的な 分類学=言語研究史が そろそろ かかれなければ うそだろう。
 どうも、討論会の あまりの ていたらくぶりに 亀井孝先生も 成仏できずに でてきたのだと おもう。このぶんじゃ、奥田靖雄さんも 研究会の ことが 気がかりで、成仏できず さまよっている のではないだろうか。(なんか、松竹新喜劇みたいだなあ!)
 「とらのまき」の 解釈学、字句の 訓詁注釈を ありがたそうに はじめだすと、研究も 末路を たどるのではないか。ことばが 現実に ふれない。ことばに 対象との しんみな つきあいが 感じられない。いったい なにを「まちのぞんだら いい」んだろう。

2)「して いる」は アスペクトだが、「したい」「したら いい」は ムード 希求法では ないと かんたんに いえるか? 自分の あたまで ほんとに かんがえているのだろうか。<形態論主義> とは、構文的な 機能よりも、かたちつくりの 表現手段の 優先順位で 形態論を 序列化してしまう 傾向をも いう。派生形式や 分析形式は、活用語形(屈折形式)より 形態論として 優先順位が ひくいと だれが きめたのか? 現代日本語の アスペクト論者が それを いっては 自殺行為に なるのではないか。このさい、基本的に だいじな ことは、文の なかで その 問題の 形式が 義務的な 法則的な 対立関係の なかで はたらくか どうか であって、その 表示の しかたが 屈折(融合)か 膠着か、語形か 派生か、総合か 分析か、語順か 音調か、といった 表現手段(形式)の ちがいは 二のつぎの 問題である。<形態論主義> という 用語は、ここでは この 意味、つまり 文法的な 表現手段の 形式的な 差に こだわる 主義 という 意味に 理解されなければならない。―― ちなみに、古典ギリシア語の 希求法も、派生の 長語幹によって しめされる という ことは 実用語学の 初歩である。にもかかわらず 日本文法学界では、1953年の 金田一春彦・渡辺実の「不変化助動詞」は 主観的 陳述的な modus であり、「(変化)助動詞」は 客観的 叙述的な dictum である、という 蓋然的な 傾向(性)にすぎない ものを 法則(性)に みあやまった ものに、アカデミズムの 学者は 半世紀以上 たった いまも 呪縛されているのである。

 きつねの まねを して、ここで 奥田の 言を 引用しておけば、1992年の 北京外国語学院 講義プリント『動詞論』に、
さて、まちのぞみ文をこのように【1)欲望 のぞみ:したい して ほしい、2)期待 願望:すれば/したら/すると いい、の 2つに】分類できるとすれば、そして、それぞれのタイプのまちのぞみ性を表現する手段として、動詞の分析的なかたちがあるとすれば、形態論はこれらのかたちをムードとして記述しなければならない。(第三節 ムード p.38-9)
という 発言が あるのが めに つく。「活字」になった 論文には これほど はっきり いいきった ものは ない ように おもう。これの 活字化に あたる「動詞の終止形」も (3)アスペクトどまりに なっており、また「現実・可能・必然 ―― すればいい、するといい、したらいい ―― 」(2002年刊。1999年の 北京外語大講義が もとと いう)という 論文も かかれている ところを みると、文の モーダルな 意味(modus)の システム、動詞の ムードの「文法的なかたち > 形態論的なかたち」の システムを どう かんがえるか については、奥田も 最後まで いろいろと こころみを かさねており、結論が かんたんに だせずに いたのだと おもう。ともあれ、きつねの 退嬰的な 訓詁注釈作業で とらえるには、とらの 研究行為は 進取的で ありすぎた と いうべきだろう。
 あぶくは いつしか あとかたも なく きえさり、とらは しんで かわを とどめる と いう。「形態素主義」も「形態論主義」も「形態論的アプローチ」も、研究を 遂行する 研究者には 具体的で 深刻な 区別だが、まもりに はいった 解説者には 抽象的な 語句の つじつまあわせ でしかない。「運動」として ある できごとの 具体的な ありかたに かかわる ムードと、できごとの 「時間」的な 配置に 機能的に かかわり 意味的に 内的時間(局面)の 抽象的な ありかたに かかわる アスペクトとは、本来 同一平面に ならぶべくも ない 関係に ある こと;構文論的には 文の 陳述性の 構造に おいて テンスを 介して 階層的関係に ある こと;つまり 自分の やっている ことが どこに 位置づくか の 問題;を どこまで 自覚しているのか、かんぐりたくも なる。文法論の 研究者にとって、ムードの システムを どう とらえるかは おそらく 単語(品詞)論の 最後の しあげの 問題なのである。

 学界の 迷信に もどれば、「かもしれない」は 活用するから 客観的な ディクトゥムだが、「かもね。」は 主観的な モドゥスに なる;「しなくちゃならない」は 活用するから 客観的な ディクトゥムだが、「しなくっちゃ。」は 主観的な モドゥスに なる;どこか 論理が おかしくは ないか。活用する ほうは 多機能だが、活用を うしなった ものは 単機能化してくる という かんがえは、因果関係が 逆の 結果論だとしても 関連自体は まちがっていないが、その 単機能化 という ことと 表現の 主観化や 形式の 文法化 という 問題とは 直接の 関係は ないだろう。客観的な ままの 単機能化も あるだろう(動接辞の 静接辞化)し、単機能化する 語彙化も あるだろう(動詞句の 副詞化)。論理的には そう なる はずなのだが、文末の 終助詞こそ もっとも 陳述的だ という ことに なってしまう わくぐみとしての、表現論的な「線条性」に 基礎を おく 理論 ―― 代表としての 時枝文法。その 尖鋭化としての 渡辺文法、のちの 南 文四段階理論も 同断。金田一春彦も なんの かんのと いっても 基本的な みかたは 時枝文法の てのうちに ある という こと。―― の 問題(迷妄)は、いまから 半世紀も まえ 1962年に、森重 敏「文法理論の根本問題」(文学語学25)が 根底から 批判しているのだが、「意味」的に 高級すぎたのか、学界には 無視 黙殺された。無恥にも 無知の ふりだった のかもしれない。道理の とおらぬ 学会 談話会の、親睦性を 優先する ことなかれ主義の 隠然たる 強制の おもいでが じわじわと よみがえってきて、ふでの いきおいが とまらなかった。最後の 問題は ひとり きつねの 問題に とどまらないだろう。これらの 倒錯を ゆるした 組織の、<無事安泰> を ひたすら ねがう <みんな なかよし 主義> の 問題でも あるだろう。

 ずいぶん おおげさに なっちゃった けれど、ゆるして たもれ。医者の 忠告なんだ、ストレスを ためるな というのが。それにしても、ゆか ならぬ ぬかに くぎ、つごうの わるい ことには だんまり地蔵か ……… ことば あいての ほうが やはり いい。


 灰色高官 ── 白か 黒か ──

 例は ふるいが、「限りなく 透明に 近い ブルー」が 小説の タイトルに なったり、「灰色高官」が 新聞の みだしに なったり、生活の なかには、離散的(discrete)には わけられない、量的な 程度問題が (たくさん) ある という ことは 常識と いっていいだろう。ものごとを わけ(分類し)て わかる(理解できる) ように しようとするのも、程度問題が よのなかに あるから こそであろう。ものごとが はじめから「離散的(discrete)に わけられ」ているのなら、分類に わざわざ 苦労しよう という 学問の 意志(目標)も 生じないだろう。ここまでは、日常生活上の 常識だろうと おもう。しかし、学問しだすと とたんに この 常識は こわれる。すべてが 常識どおりなら、学問も 特別 いらない わけだが、この 常識 という ものさしを つかう ところを まちがえている のかもしれない。対象(世界)と 方法(論理)と 適用する ばしょを まちがえて、「杓子定規」に なっている 可能性も ある。すこし めんどうな ことに なりそうだが、ちょっと かんがえてみよう。
 学問的な しごとを していく なかで、Aか Bか まよう 例が 生じたと する。これを 分類に こまる「例外」と みるか、Aと Bとを つなぐ「中間・移行例」と みるか に、最初の わかれみちが できる。むつかしく いえば、形式(二値)的論理という 方法を 精密化していく みちと、弁証法的論理の 対象への 適用を 厳密化していく みちとの 分岐点が。
 同一の ものごと(対象)を はじめは A と いっていたのに おわりには B/A' と いいだしたり する、つまり 用語の かたちに 一貫性が なかったり;「命令」という 用語を はじめは「命令形」という 語形の 意味で もちいていたのに、途中から 「指令/依頼/願望」といった 用語と 対立する 機能(用法)の 意味で もちいだす、つまり 用語の なかみに 一貫性が なかったり;したら、もちろん 学問として こまる。これは 学問の <方法>の 問題である。方法は 厳密であり、その 細則に あたる 手法(技法 てつづき)は 精密であるべきである。しかし おなじ ことを、学問の <対象>である 素材世界(精神世界 虚構世界も ふくむと する)に もとめて よいか どうかは かんがえものである。対象世界には 形式的な 古典(二値)論理が そのままには あてはまらない というのが さきの「常識」では なかったか。
 しかし これだけでは、ヘーゲルによって 定式化された 弁証法が 対象世界に マッチしていると いえるか どうかは、論理的には きまらない。形式論理的には 一候補であるに すぎない。それこそ、マルクスも メルロ=ポンティも 「西田幾多郎・田辺元系統の哲学」も ふくめ、単なる 解説者でない 本当の 哲学者が 探求を つづけている はずの ものである。
 いままで 自分の まなんできた ものの なかでは、わたしは マルクス・エンゲルスの 弁証法に いちばん しっくりする 感じ、したしみや なじみを 感じ、わたしの「公理体系」に したいと おもう、というのが 正直な いいかたであろうか。証明が 不能 不要な ものを わたしは 根本精神と よぶが、もし それを 公理/原理と よびたければ よんでもいい。根本精神や 公理/原理なき 学問は、理念的に 存在しえないし、現実的に 存在していない と おもう。
 「無矛盾の 世界は 無限に 存在する」という いわゆる 不確定性原理が ただしい と すれば、「論理的整合性」だけで ことは かたづかず、対象世界との 対応(説明)関係の 問題に なる。「理屈」だけでは 学問は できない という「おとなの 常識」も、一理は あるのである。理屈に あわない 不条理な「おとなの 常識」に わかものが さんざん くるしめられてきた という ことも、たしかな ことでは ある。だからこそ、たたかいの ない 歴史は ない、という ことに なるのだろう。

   弁証法論理を 形式論理的に 一貫して 対象に 適用する ように しよう。


 余命 ── いきざま と しにざま ──

 新年早々 縁起でもない と いわれそうだが、さいきん 「余命」という ことを しきりに かんがえる ように なった。数年まえ、生死の さかいを さまよう 大病(脳幹出血)を 経験した せいであろう。あの 病気が なく 後遺症も なければ、私立大学に 転職して 70歳までは「現役」の つもりで、いまごろ あくせく はたらいていた ことだろう と おもう。かみさまからなのか えんまさまからなのか よくは わからないのだが、もう いい やすめ と いわれた ような 気も したのだ。俗界の 修理屋である 医者は、脳卒中の 再発の 生還率は 極度に わるいんだって、おどかすんだ。それで 幸か 不幸か、ひまに あかして むかしを ふりかえる ことが おおくなり、古人の いきざま しにざまが 気に なりだした。
 わたしの「古人」の なかでは、ながいきしたと いっていいのは W. von フンボルトや 佐久間鼎や 奥田靖雄であり、まだ はたらきざかりの わかじに と いうべきなのが E. サピアや 富士谷成章や 松下大三郎であろう。E. サピアなど、労務災害/殉職と いってもいい 公務多忙による 突然死であり、サピア伝も いつか とりあげてみたい けれども、きょうは これらの なかでも、余命という 点で 悲劇的な すがたを みせる 富士谷成章の いきざま しにざまを かんがえてみよう。
 なりあきらは 1738年に うまれ 1779年に 41歳の わかさで しぬ。死因は、あの 克明な 調査で しられる 研究史家 竹岡正夫も ふれようとは しない。くちに だして いうのが はばかられる 病名だったと かんがえる べきなのであろう。このさい だいじな ことは、死期を さとる ことも 可能であっただろう という ことである。去勢を うけた 司馬遷を ひきあいに だすまでもなく、あまり 名誉でない 病気で しにゆく 自分の 最後に すべき ことは なにか、そう かんがえる 「旧套を脱してゐる」「真の学者」(『國語學大系 手爾波 二』p.4)が、「門人筆受」を 「旧来の師資伝授の跡を追つたもので」「中世以来の歌学に由来し ……… その伝統の裡に安住してゐたため」(同書p.3-4)の 「因襲的な体裁」(『あゆひ抄新注』p.43)として はたして 踏襲する ものだろうか。なにか うらは ないのか。ふかよみの しすぎだろうか。わたしには、自然な 推理の ように おもえるのだが ………
 しぬ 一年まえの 著作『
あゆひ抄』(1778)は、はやじにを 予期した なりあきらが、歌学の「伝授」の 慣習を さかてに とって、自己の 宿願の「素志」の 粗描を 門人筆受に 仮託し、不足・不満が あっても「ぎりぎりの結論」(『新注』p.44)として かきのこした、一種の 遺書 遺言として よむ こともできる のではないか。
 はなしは とぶ ようだが、広松渉の 「事的世界観」<ことがら 事象の 物象化した もの(錯視)>という かんがえに にた みかたを、『あゆひ抄』は、2世紀以上まえに つぎのように いいさだめている ように わたしには おもえる。
を もて ものを ことわり[理り<事割り]、よそひを もて ことを さだめ、かざし・あゆひを もて ことばを たすく。この 四の くらゐは はじめ ひとつの ことだまなり。 ……… あめつちの ことだまは ことわりを もちて しづかに たてり。 ……… これかれ たがひに ことわり かよはず といふ こと なし
「中世以来の歌学に由来し ……… その伝統の裡に安住してゐたため」の「因襲的な体裁」の 本に、これが はたして もりこめる 思想であろうか。「燕雀 いづくんぞ 鴻鵠の こころざしを しらんや」と いわれて、かえす ことばが あるか。研究史は 解説 評論ではない。研究 批評である。みづから 研究しない ものに できる はずは ない。みえる はずが ないのだ。
現代なら、ガンの 告知を うけた ものは、どう その 余命を いきるだろうか ………

念のために いう、「門人筆受」の 理由は、『かざし抄』(1767)と 『あゆひ抄』(1778)とで ことなる という ことである。『かざし抄』の 文章と 『あゆひ抄』の 文章との 文体差、前者の「あかるく おおらかな もの」にたいする、後者の「おごそかに 鬼気せまる もの」を よみとれるか とれないか という 問題に 結局は いきつく。


 あいてに するか しないか ── 批判 と 黙殺 ──

 わかいころ よんだ 吉本隆明『言語にとって美とはなにか』の「序」が、数年来 つづけてきた「社会主義リアリズム論批判」が 「対象的に不毛なことに気づきはじめた」という ことばで はじまっている こと、そして 本文が、「言語とはなにかを問うとき、わたしたちは言語学をふまえたうえで、はるかにとおくまで言語の本質へゆきたいという願いをもっている。」と かきだされている ことに ショックを うけた 記憶が ある。 さらに、「言語学者は解剖の経験をもっているが、言語の像を駆使したことはない」と いわれ、まわりを みまわしてみて、かえす ことばが なかった ことも おもいだす。
 その 吉本の 本にたいして、苦労しらずの「正義派」の 言語学者が ばちがいな わかりきった 講釈(批判)を てれもせず たれながしていて、所属していた 国語研や 言語学研究会まで ひとの 苦労の わからぬ バカ集団に おもえた。この 言語学者は、東大が 機動隊に まもられながら「授業の正常化」を はかっていた 時期の 非常勤講師でも あって、開口一番 学生に「機動隊に まもられながらの 授業で はずかしく ないのか」と のたまった 無神経な 正義派である。けっして まちがっちゃぁ いないが、おまえは いったい なんなんだ、なにを している? いっている ことと やっている こととが くいちがっていても 平気で いるのが 大学教師 研究所員って もんか。くちさきだけ きれいごとや「正論」ばかり ならべて、まわりの 状況が みえないのかな ………
 鈴木重幸と 森重敏との あいだの
「論外」論争なども ほぼ おなじ ころ よんだりして、国語研や 言語学研究会 ── 教科研国語部会との 区別は 当時 ついていなかった ── は わたしにとって 当時 たたかうべき「体制派」の 団体であった。「安田講堂落城」の あと 1969年6月に 奥田靖雄に であって、その後 けんかを しながらも つきあっていなければ、わたしの 人生も ずいぶん かわっていた かもしれない。奥田に こてんぱんに やっつけられた わたしを ひとりに しておいては あぶない というので、ひと晩中 深夜喫茶での ぐちっぽい はなしに つきあってくれた 湯本昭南 先輩(のち 東京外国語大学で 同僚)には 一生 あしを むけては ねられない。
 大学闘争も したびに なり、大学の 研究室の 空気を かえたいと おもったらしい 主任教授に ていよく おいはらわれた さきが 国語研研究員の 職であった というのも 皮肉な はなしである。故 松村明 教授が まるで 更生保護司の ように、「あまり せけんに なみかぜを たてない ようにね」と さとしながら、当時 北区 西が丘に あった 旧陸軍兵器補給廠あとの 国語研に つれていってくれた 情景が 妙に 脳裡に やきついている。自分に みえる はずの ない 自分も うつっている 情景。ゆめの ひとこまとして 補強された ものなのだろう。「あまくだり研究・したうけ研究」への 疑問や 批判、いい 職員では けっして なかったが、つくえは いちおう あたえられ、コピーは しほうだい、同室の 上司(高橋太郎 室長)は すじがねいりの 戦後民主主義者で、うえには たてつくが したには きびしく いえないと きていて、かんがえように よっては、奨励金(やす月給)つきで じっくり 12年間 勉強させてもらった と 感謝しなくてはいけない のかもしれない、と いまは しみじみと おもいかえしてみている。
 ずいぶん つれづれまかせに はなしが 脱線してしまったが、吉本に はなしを もどして、なぜ こんな ことを おもいだしたか と いうと、さいきん ある 博士論文を よんでいて、詳細には なっているが 瑣末な 問題に あしを すくわれていて、修士論文段階の 問題意識・設定より 後退している のではないか という 気が したからである。瑣末な 先行研究(敵)に にせて おのれを つくった、というか 「対象的に 不毛な」議論の ような 感想を もったのである。くだらない ものは あいてに しない と いうのは、わたしの ように 国語研にでも もぐりこめた 有職者だからこそ うそぶけるのであって、あいてが 学界で それ相当に 待遇されていれば 研究者の たまごである 学生に いえる はずも なく、いきおい 大学院大学は 大衆社会の 悪循環(愚民化)が くりかえされる ことに なる。デフレ スパイラルの ように。ただでさえ 団塊の 世代に あわせて、大学は おおきく なりすぎた ように おもう。「少子化社会」に あわせて、適正規模にまで スリムに ならなければ、悪循環は とまらないだろう。「おおきい ことは いい ことだ」(高度成長期の チョコレートの CM)というのは もう おわったのではないか。「民主化 平等化」理念は、進路・生活形態を えらぶ 機会・チャンスには もとめられるが、学問の 論議の 領域に 機械的に 適用されるべき ものでも あるまい。
 課程博士制度に なって 提出期限も きびしくなり、就職の ため 博士も 大量生産される ように なったが、質的に 向上した という はなしは ついぞ きかない。博論が 旧修論なみに なっただけで、「いきづらさ」は ドイツ式制度でも アメリカ式制度でも かわらない という こえも ある。「むかしは よかった」とは いわないが、将来に 希望が もてないのも こまった ものだ。
 大学教員の 質は、行政面にも あらわれる。「民主」的な 合議制は「衆愚」的な 大合唱になる。智恵より こえの おおきさが ものをいう。大学法人の「中期計画」策定の さいも、「おおきい ことは いい ことだ」の 集団ヒステリーだった。わたしなど 「よけいもの」あつかいだった。組織が 壊滅的に 自己増殖する ことを ふつう 癌と いう。文教予算自体は ふやさないのだから、おたがいに 競争させ、自然淘汰を まつのだろう。「法人化」とは そういう ことだ。
 70歳まで がんばっていよう と いう おかた、殊勝な ことですが、いまの 年金制度が いつまで もつ ものでしょうか。「団塊の世代」の 1年まえの 学年、いつも おいかけられる ように 指導要領・受験制度も かわり、留年・浪人などの できない 学年として やすみなく おいたてられてきた。もう いいでしょう、ちっとは やすんだって。
 おいら、いち ぬけた、っと。年金、もらえる ときに もらって おかなくっちゃ、ねぇ? ちゃう?
 年金制度だって、団塊の 世代に あわせて かえなくちゃ もたない ことは こどもにだって わかる ことだろう。ただ、いまは 政治的に いいだしかねて、解決を さきおくりして 問題を おおきくしている だけの ことだろう。二大政党制 政権交代の お題目が、おたがいの あしの ひっぱりあい、人気の とれない ことの さきおくり、といった 無責任政治(劇場がた 大衆うけ 政治)に 堕していなければ いいのですが。

 

 おなじか ちがうか ── 同化 と 異化 ──

0)すずしくなった。というより それを とおりこして さむくなった。どうも 季節の かわりかたが 温帯地域の 四季 というより 亜熱帯地域(の 二季?) に ちかくなってきた 感じも する。「四季の うつりかわり」というより 「季節の 交代」というのが ふさわしい 感じだ。それは ともかく、まどが しめられる 季節に なって、研究所ちかくの 旧薬品工場の 解体工事も はじまり、その みみを つんざく 騒音と 気の やすまらない 微振動(低周波騒音と いうべきか)で ちかづけなくなった。工事が やすみの 日曜・祝日にだけ かよっている。たまに 平日の 夜間に でかける ことも あるが、自宅にも 言語学以外の 本なら ある ことだし、むりする ことは ないのだ。3年まえ 自宅の となりの 解体工事の 直後に、脳幹出血で たおれた ことが トラウマに なっているのだ と おもう。それだけが 原因なのではない という ことは あたまでは わかっているのだが、からだが いう ことを きいてくれないのだ。
 研究所の HPの サーバーの サイバーホームは、大学の サーバーと おなじく、内部からしか HPを 更新できない。以下の 文章は、研究所の「ノート」に のせる ほうが ふさわしい かもしれないが、自宅で 更新できる この「つれづれ」に のせさせてもらう。精神的な ストレスを ためない ように というのが 医者の 警告なのである。【これは 設定の ミスで、自宅でも 研究所の 更新も できる ことが わかった。】

1)「ちがいの わかる おとこ」は CMで もてはやされる。「所詮は おなじさ、にた ような ものさ」と 共通点や 類似点を みぬける おとこは CMの 敵なのであろう。○○コーヒーも ××コーヒーも おなじだ とか、にた ような ものだ とかでは 商売に ならない。差を つけなければ うれないのである。ジャーナリズムも、スポンサーが つかなければ なりたたなくなるだろう。ネット(無料)サービスの ほとんども、おなじ 運命を たどるだろう。
 相違・差異性を distinct(区別 識別)するのは 構造主義 商品経済の 時代に マッチしているが、共通・反復性を integrate(統合 融合)するのは 商品経済の「付加価値」の からくりを みぬいて 時代の 敵と なるのであろうか。ジャーナリズムは それを 本能的に「つまらない もの」として 無視するのが つねである。「いぬが こどもに かみついた」としても ニュースに ならないが、「こどもが いぬに かみついた」のは ニュースに なるというのが ジャーナリズムの 常識なのである。めずらしい ものが たいせつに され、使用価値より 稀少価値(>交換価値)の ほうが だいじな、倒錯した 世界なのである。「報道写真」とは 本来 そうした ものだ と おもって つきあえば、つかえなくも ないだろう。そういえば、名取洋之助に『写真の読みかた』なんて いい 本(遺稿)も あったっけ。
 たしかに、ものの ちがいが わからなければ こどもは いきていけないだろう。発酵させた 食品と くさった ものとが 区別できなくては、しんでしまう かもしれない。「ちがいの わかる」ことも、もちろん たいせつな ことである。しかし 日本語 中国語 英語 フランス語 といった ことばの ちがいは ちいさな こどもにも わかるだろうが、それらに 共通した 人間言語の 普遍的な 特質は 特別な 教育を うけた ひとにしか わからないだろう。外形(すがた)に ちがいの あらわれる 差異を とらえる ほうが やさしくて、形相(かた)に 共通して あらわれる 一般・普遍的な 特質(本質)を つかまえる ほうが かえって むつかしい、という ことも あんがい おおい ものである。だが、この あたりで、無難な いいかたに かえておけば、ものごとの 相違点と 共通点、それを 認知する 異化(作用)と 同化(作用)とは、ほぼ 同時に 分化する と かんがえるべきなのだろう。空間認知において、「そと(外部)」と「うち(内部)」との 認知が ほぼ 同時である ように。また、図形認知において、「図(ずがら)/前景」が さきか、「地(ぢづら)/背景」が さきか と 問題にする ことも、おそらく あまり 意味の ある ことでは ないのであろう。しろうと-かんがえでは あるが、両者の「さかい(境界)」の 認知 という ことでは ひとつの ことである。だからこそ 特殊な えがきかたを した ばあい、つぼに みえたり ふたりの よこがおに みえたり 反転する「ルビンの壺」や、S. ダリの「
スワンの うつり」の ような だまし絵(多重像)といった ことも 生じうるのだろう。

2)日本文法学の ある 意味体系に、「中核的な意味」と「基本的な意味」と「一般的な意味」とを 区別しようとする 新説が あらわれて、ちょっと とまどっている。いわゆる「文」を パロール的な「発話」と ラング的な「文」とに 峻別するのが 厳密な 学問という ものだと おもいこむ 学者が おおかった ように;また、常識的な 意味での「主語」を、「動作主」「主格」「主語」「主題」という 4つに 意味 形態 構文 発話 という 観点/レベルから 区別しよう という 提案が かつて 一世を 風靡した ように;ちがいが わかる という ことは 平均的な 通念と くらべて ほどほどに あたまが いいのである。時代の ファッションと なれるか どうかは、説明の しかたに まよいが あるか どうか;単純に わりきって 提案できるか どうか;つまり はぎれが いいか どうか;に かかっている ように みえる。ジャーナリズムの とびつきそうな、なんとも はなやかで かろやかな はなしに なる。
 かつて 奥田靖雄(1967)「語彙的な意味のあり方」が、複数の (個別的な) 語彙的な 意味の「出発点/足場」となる 「基本的な意味」を、文法的な 存在条件に しばられていない「自由な意味」でも あると みなした うえで、「語彙的な意味が実現する諸条件を一般化して、そのあり方を型にわけておきたい」と したのに対して、この ふたつを 「中核的な意味」「基本的な意味」と それぞれ レッテルを かえて 区別しようと いうのである。ここまでは まだ わかる ような 気も する。この ふたつは、語彙の 体系的な 問題(「基本的な意味」)か、文法の 構造的な 問題(「自由な意味」)か、という 観点を ことにした 概念であり、範囲が ぴったりと かさなるとは かぎらないのである。しかし、奥田は 語彙と 文法との、そして その 両者(言語)と 現実との 相互作用の 出発点の 問題として 両方を 統合したのであろう。いわば 唯物弁証法の 常道・定石として、基本 ⇒ 用法の 無制限 ⇒ 自由 と かんがえたのであろう。こうした 安定した システム(体制)に 異を となえたくなる きもちは わからないでも ない。だが、ちがいを 指摘し、いわば 分析しただけで 総合しなくては、理論としては いただけない。「中核」の 反対は 「周辺」だとして、「基本」の 反対は いったい なんだろう。バランスの あまり よくない「体系」に おもうが、常識的に「派生」を おぎなって かんがえる とすれば、両者の「反対関係」には 程度的か 性質的か という ちがいが あるだろう。「対立(の しかた)」が 質と 量との 弁証法的な 関係に ある ひとつの ものが、ちがった 異質な ふたつの ものに みえた だけでは ないのか。ひとつの ものの ふたつの 側面(< あらわれ 現象形態)を 実体化して、ふたつの ものと 誤認した おそれは ないか。「理論を 検討する」には、本を よんで 整合性を ととのえる ばかりで なくて、現実に対する 研究に「沈潜」や「挌闘」が もとめられるのだが、ときに 検討に 熱中する あまり、「反転図形」や「だまし絵」や、同一図形が ことなった 地(環境)によって ことなって みえる「錯視」など、まぼろしを みてしまう。ときには 現場を ひいて、冷静な「ながめ・みはらし」が 必要と される ことも あるのだろう。

3)ところで、以上の「個別的な意味」に対する「一般的な意味」まで いっしょくたにして あつかおうとするのは、ロシアの A.V. ボンダルコ("general meaning")や 日本の 服部四郎(「意義素」)といった 学者 ――― おそらく 両者に 影響を あたえた 学者として R. Jakobson が 存在するのだ と おもわれる ――― の 悪影響を うけて、情意的な 意味を 排除し 知的な 意義を 外延量的に 範囲を 限定する ことで 把握し、うごきの ない 不変の (共時的な) 形式に (範囲画定的に) 対応させようとする 形式論理(古典論理)、つまり 同一律・矛盾律・排中律に とらわれた 非-弁証法的な 論理が まぎれこんだ ものと いうべきであろう。これは、対象の レベル・範囲の 混乱や 方法の 適用条件の 混同に もとづく ものであって、言語の システムを 歴史・社会的に うみだされる 動的(dynamic)な システム(「デュナミス dynamis」ちから>潜勢態)だ と かんがえる かぎり、適用に 慎重であった ほうが いい。おおざっぱに いって、研究方法は 初歩的には 形式論理上の 一貫性が もとめられるが、研究対象が 形式論理的に わりきれると おもいこむのは 危険であろう。しろか くろか、二分法的に 追求しても、結果には はいいろの ものも のこる ものである。うえに「初歩的には」と わざわざ ことわったのは、用語自体が 弁証法的に より 厳密に 発展していくのが 名論文と いえるからである。マルクス『資本論』は いうに およばないが、たとえば 奥田靖雄1985「文のこと」(教育国語80)という 論文において、「文」という 用語が どのように 学術用語として 厳密化し 発展していくか、えだわかれ(tree)状に きれいに 章節だてられた「理論」の 検討に ちみちを あげるより、それを あえて しない 論文の よさを じっくりと あじわってみたい。
 「個別的な意味」自体、「一般化」を へて とらえられた ものである。「多義語」の「一般的な意味」を もとめる という "矛盾"した 行為の 実情を よく かんがえて みるべきなのである。多義の 派生の しかたは、年輪状か 連鎖状か、わかれゆく みちすじは、えだわかれ(tree)式なのだろうか あみのめ(network)式なのだろうか。実際には どれも あるだろう。語彙 文法の 分野によって、多少 ちがいが でるかもしれない。とすれば、「理論」としては どう 一般化したら いいのだろうか。

 言語学の 分野で 弁証法が まだ いきて 機能していたのは、わたしの しる かぎり、ロシアより むしろ チェコの ほうでは なかったか と おもう。1980年前後に 両国から でた アカデミー版の ロシア語文法を、なかでも 叙法性(modality)の 部分を よみくらべてみて、その感を ふかくした 記憶が ある。「弁証法的唯物論」を なのったから といって、なかみが 弁証法的である とは かぎらない。言語現象の「潜在性(potentiality)」(マテジウス1911:英訳 1964)や 「中心と周辺」(TLP 2, 1966)が、ことばの ダイナミズムを うきぼりに すべく もちいられる ことも あるのである。奥田靖雄と、千野栄一と、論点こそ ちがえ、めずらしく 意見・評価が 一致した ことであった。議論できる という ことは すばらしい ことである。いまさらの ように おもう。

つけたし)実例でなくても、せめて 典型例 範例としての 作例でもいいが、まともな 用例を 一例も あげずに、「第U部 第1章 文法理論の諸概念」の 理論的な 検討を おこなう ひとが、「繊細な言語感覚で、大量の実例から、日本語のなかに隠された法則的な事実をひきだし、それを体系化する」奥田言語学を たかく 評価している。言行の 一致しない ことで、かれの 言語学の 理想は 観念的な あこがれ にすぎないのだろうか。自分の 文章を 没理想的な 読書メモか 読後感想文だ と いうに ひとしい その 第U部を、だれが しんぼうづよく よめるだろうか。第T部「アスペクト論」の 挙例も、自説に つごうの いい 用例を 摘出した だけの ことでは ないかと うたぐりたくも なる。一見 つごうの わるそうに みえる 例外的な 用例をも 検討した うえで (階層的な) 法則性を みいだして こそ、実例主義に 価値が 生じるのである。挙例は たんなる かざり サービスでは ない。かれの「アスペクト論」が 方法/手法的に「大量の実例」との 挌闘に もとづいて「法則的な事実をひきだし、それを体系化」した ものなら、「第U部 第2章 モダリティとヴォイス性」を 実例ぬきで 検討する ことなど、できる はずが ない。「モダリティを中心にして、研究の面で、たくさんのことを学んだ」との おおせだが、いったい なにを まなばれたのだろうか。「たくさんのこと」と 数量的に はかれる 記述結果だけ、しかも 批判の 対象となる 結果だけだったのだろうか。ロシア語文法書を 規範に して みれば、さぞ たくさん あった ことだろう。それを 日本語との 挌闘の すえの ことか と 想像してみる フロント(前線基地)に かれは いない。
 80歳も すぎて、用例の「蒐集を仲間にたよる」ことの「なさけな」さを 告白する 奥田の ことば(『ことばの科学9』p.260)を なんと きく。実例に ひそむ 言語の 法則性を 論理の 整合性だけで 説明した 気に なる 高慢さを、<論理主義> と 帰納主義者は きりすてるのだ。批判の ことばが、あまりに かるく おもいつかれ、気やすく ならべられる。「そこで出会う細部に親身であったかどうか」(川端善明『活用の研究U』p.590)と 気がかりにも なる やりくちは、現実なき 主知主義 という ものであろう。
 本だなの かたすみに 藤村信『プラハの春 モスクワの冬 ── パリ通信 ── 』(1975)を みいだして、この「風来坊」ジャーナリストの、しっかり 自分の めで たしかめて かいた レポートが 40年(初出から) たっても ふるびていない ことに 感心した。一年も もたずに ほごに なっていく「論文」なる ものに 食傷していた わたしには うれしい おどろきであった。気になって WEBで しらべてみたら、藤村信も もう 5年も まえに パリで しんで、「現地で埋葬された」(Wikipedia)と しって、奥田靖雄も 千野栄一も とうに しんでいるのだから かんがえてみれば あたりまえな ことなのだが、あらためて 今昔の 感を ふかくして、なにか ひとり とりのこされた ような 錯覚に おちいってしまった。
 woko(尾籠) > waka(若) > baka(馬鹿) ……… やはり 当時、自分の 新説だと おもって 得意だったのに、あとで 柳田國男 という 先人が いたの(「鳴滸の文学」)を しって がっかりしつつも、柳田國男と おなじ 説であった ことに ひそかに ほこりを 感じた ことまで おもいだしてしまった。しきりに 古人が したわしく おもわれる ことである。

 

一言放談

歩道 はしる 自転車は ひとなど かまってられない 小心者

そんなに はしりたいのなら、車道を 堂々と はしりなさい

こわくて 歩道を とおりたいのなら、おりて あるきなさい

とりなき さとの こうもりだよ と いっても わからないか

いったい だれのための 交通規則か 不見識 無定見な 警察

移動効率を 優先して、「未必の故意」殺人を 教唆し 追認


不逞浪人 一言放談

   

ホテル(左方 食堂)              菓子厨房

歩道つぶしの しかたも いろいろ   菓子厨房 喫茶部の カフェテラス

ホテル 食堂の 移動式 看板 花壇   アパート前の 賃貸 駐車スペース

マンション前の うえこみ つくり   スーパーの 食品倉庫の 搬入経路

とどめは ゲーセンの 歩道部占拠   市の ゴミ分別車まで 歩道ふさぎ

節税対策の 私有地管理の 無責任   不見識な 治外法権だけの 門前地

注)一言放談 :『一言芳談』(かな法語の 一種) の ふてぶてしくも おそれおおい もじり・だじゃれ。(伝 ことばの その)
  門前地 : 江戸時代、名目上は寺院の境内地であるが、実際は町家を建て、寺の収入にあてた寺院門前の地所。(広辞苑)
       「禅林寺通り」の ことだろう。「江戸時代」という 限定は 不要の ように おもわれる。(伝 ことばの その)


 付) おやくにんさまの 順法精神

 うえの「禅林寺通り」の ことを、三鷹市の「お問い合わせメール」に 投稿したら、ご親切にも、
ご意見をいただき、ありがとうございます。

いただきましたご意見に対しましては、氏名等の記載がないため、三鷹市のメール取扱要領により、ご回答は差し上げませんが、ご回答を希望される場合は、氏名、連絡先等をご記入の上、再度お送りいただければ、担当課から回答いたします。

なお、その際には、具体的にご意見、ご要望をご記入ください。具体的な項目、内容でない場合は、ご回答を差し上げるのが困難な場合もありますので、よろしくお願いします。

総務部相談・情報課長 ○○○○
 電話 0422-45-1151 内線2131

(参考)
三鷹市電子メールによる質問等の取扱要領(抜粋)

第3条
受信したメールについて回答を行う場合は、次のとおり取り扱うものとする。
1.氏名、メールアドレス、住所及び電話番号(以下「氏名等」という。)の明記があるメールについては、各課長は、おおむね1週間以内に当該課長名により回答するものとする。この場合において、1週間以内に回答することができないときは、理由を付して、回答日の見込みを当該メールの発信者に伝えるものとする。
2.メールに氏名等が明記されていない場合は、原則として回答を行わず、供覧扱いするものとする。この場合において、各課長は、その旨当該メールの発信者に伝えるものとする。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
>ページタイトル   : トップページ
>URL    : http://www.city.mitaka.tokyo.jp/
>受付日時 : 2011/12/27 09:59:39
>お名前 :
>メールアドレス : ○○@○○○○.○○.com
>電話番号 :
>三鷹市との関わり : 市内在住
>ご住所 : 下連雀
>性別 : 男
>年代 : 60代
>ご意見・お問合せ記入欄
>---------------------
>「禅林寺通り」の件です。
>http://hw001.spaaqs.ne.jp/kudohiro/notes.html#37
>を みて、ご意見 ご感想を おきかせください。
>---------------------
と 法規に のっとった、門前ばらいの メールが あり、こちらからは ただちに、
総務部相談・情報課長 ○○○○ どの

ご返信には 感謝もうしあげます。ですが、

> 受信したメールについて回答を行う場合は、次のとおり取り扱うものとする。
> 1.氏名、メールアドレス、住所及び電話番号(以下「氏名等」という。)の明記があるメールについては、各課長は、おおむね1週間以内に当該課長名により回答するものとする。この場合において、1週間以内に回答することができないときは、理由を付して、回答日の見込みを当該メールの発信者に伝えるものとする。

■氏名以下を and と かんがえるか、or と かんがえるか。せっかく この 返信が 可能なのに、つまらぬ てつづきの 要求とは おかんがえに なりませんか。

>>三鷹市との関わり : 市内在住
>>ご住所 : 下連雀

では、回答に 不都合が ありますか? (個人情報 略)
と 返信メールしたのだが、その後 法規どおり おとさたが ない。おもしろいねえ。市の 課長たぁ、えらい おやくにんさまなんだよ。記念に HPに 掲載しちゃう ことにする。公務員生活を 36年も おくってくると、こういう 杓子定規な 対応にも なれてしまって、おこる 気にも ならない。「回答」は わかりきっているから、情報を「再度お送り」する 気にも ならない。
ちなみに、土地所有者の 禅林寺にも 同様の メールを だしたのですが、こちらは あいてにも されませんでした。
1か月以上 たっても 返信すら ないのは、「不立文字」の 精神なのかもしれません。ありがたい ことです。



 ことばの ながさ ── 縮約 と 伸長 ──

 数年まえの こと、「みを こ(粉)にして はたらく」という 慣用句を「みを こなにして …… 」と 国会の 委員会で いった 政治家が テレビに でてきて、この ひとは、この ことばを 日常の 生活で きいた ことが なく、本で よんだ (よそごとの) 知識に すぎないのだな と おもった ものである。ただ、きいていた ほうでも、変に おもわなかった 学生たちも おおかった ようで、かんがえてみれば これは、しかたが ないのかもしれない。漢字を つかって ルビを 廃止すれば、多勢に 無勢(ぶぜい)、特殊な よみの 慣用句など ふきとんでしまうのは あたりまえの はなしだ。
 「こな」も 「かご」も、「かいこ」も 「なまこ」も、「たまご」も 「こども」も 、かつては すべて ただ「こ」と いえばいい 語だったのである。意味の 識別は 文脈(語構造・文構造・連文構造)が になっていて、言語生活に 不便を 感じない 時代(むら[村 < 群れ の 古形「被覆形」]の 時代?)も あった と おもわれる けれど、生活も 複雑化し 区別すべき 単語も ふえ、しかも せわしく 最少文脈で もちいる ことも おおくなって、識別に 不便を 感じる ような 時代(「都市〜み-や-こ」[複合語]の 時代?)に なって、音節数を ふやして 区別する 必要を 感じはじめた のではないだろうか。3音節の 語は 語源が あきらかで 説明の 要は ないと おもうが、2音節の 語は、複合語では 「そば-こ・うどん-こ」「ふせ-ご・こ-める」などと 1音節で いえても、独立単語としては、語源未詳の 1音節を 前後に 付加して 区別した。
 ところで、<歯><葉><羽><端><刃>も、「は」1音節で もともとは よく、必要に 応じて 「(くちの) は」と 区別する ために「はっぱ」「はね」「はし」「やいば」が つくられたのである。「はっぱ」の ように、語形の 重複という もっとも 原始的で、語形の 安定の ほか とくに 意味は ない もの(cf. 幼児語「おめめ・おてて/ワンワン・ニャンニャン」)や 複数(種々)性の もの(cf.「た-た=く/つ-つ=く/つ-づ=く」「こ-こ=だ/こ-こ=の/こ-こ=ろ」)であったり、「こな」の ように、連体助詞「な」(cf.「背 せ-な [⇒ せなか:おなか]」「水底 み-な=ぞこ」「水[瓶] み-づ[=がめ]」)の 付加(形容詞の 名詞化)であったり、という ふうに、実質(語彙)的な 意味に とぼしい ものも ある。「かご」の「か」は、「ふせご」などから 類推して、「か-た/か-く」(cf.「かごかき」)と 関係が ありそうだが、語構成が つきとめられている わけではない。
 わたしの 学生の ころは、大野晋的な 語源学(縮約論)が 主流で、完了の「つ」「ぬ」という 助動詞は 「うつ(棄)」「いぬ(往)」の 接辞化による 語頭音省略だ と 説明するのが つねであった。「べし」も 副詞「む(う)べ」から、否定の「に・ぬ」も 副詞「あに」から 生じた ものと された。いわゆる ク語法も「あく」が 仮構され、「あくがれ」の「あく」が それだと、(理論的)仮構形でなく (対象的)実在形だと まで かんがえられた。むかし、「尾上」という 姓は、歌舞伎界では 「おのえ」と よむのが ふつうだが、自分の ことは「おのうえ」と よんでくれ と つよく 要求して まわっていた ひとも いた。伝統的に ただしい かたちでないと おちつかない 潔癖漢であった ようだ。大野晋の おひざもとだったし、固有名だから と みんな したがっていた。
 いまは 逆に、川端善明的な 語源学(伸長論)が 主流で、「へ」が さきで 「うへ」「いへ」「まへ」「しりへ」が あとだ、「つ・ぬ・べ・に」が さきで 「うつ・いぬ・うべ(むべ)・あに」が 独立化の 準備音的な ものの 付加として あとだ、というのが 常識に なっており、意味・語形の 識別の 細分化から いっても、こちらの ほうが 理に かなっている ように おもわれる。「尾上」も、伝統的に「おのえ(へ)」で よかったのであり、いまは 本人も そう 自称している ようである。有名教授が 幽霊語「おのうえ」を 造語する ほど 大野説は 強力だったのである。個人が 特定されてしまって ぐあいが わるいが、日本語学外史の ひとこまとして しるしておく。有名税と あきらめていただく しか ない。おわってみれば、たわいない エピソードである。
 近代 明治以降でも、外来語の 省略安定化の ながさは、「スト・ビル/サボ(=る)・ミス(=る)」の ような 2音節の 時代から 「テレビ・インフォ・コンビ・コンパ」という 3音節の 時代を へて 「パソコン・インフォメ・コンビニ・コンパチ」といった 4音節が 主流の 現代へと しだいに ながくなる ものである。これは、「スト・ミス」「ダブル・コート」などの 同音衝突(同音語の 発生)といった、識別語彙の 増大や 意味の 細分化も 関係しているが、情報を すこしでも おおく つめこもうと はなす はやさが はやくちに なっている こと ── ついでで もうしわけないが、高低等拍的な 発音が 強弱音節(英語)的な 発音に 部分的だが かわりつつある ように おもわれる。"ai" "oi" などを 連母音的に 発音する 習慣から 二重母音的に 発音したがる 新傾向への 変化など、ロッカーなど 洋楽部門から しだいに 一般に 浸透しつつ ある …… も 関係している と いっても いいだろうか。NHKの ラジオ深夜便という 番組 ── 定年ちかい ベテラン アナウンサーが 担当 ── には ときどき その アナウンサーの はなす はやさが はやすぎて ききとりにくい という 高齢の おとしよりからの 苦情が とどく という。
 例の「ジュゲム ジュゲム、ゴコウノ スリキレ ……… チョウキュウメイノ チョウスケ」という ながい なまえが、記憶容量の 問題から いっても 生活の いそがしさから いっても、落語の ネタには なっても 実用に ならない ことは いうまでもなく、ながい なまえの 植物名「リュウグウノ オトヒメノ モトユイノ キリハズシ」や ながい 駅名「長者ヶ浜潮騒はまなす公園前駅」「南阿蘇水の生まれる里白水高原駅」などが ときに 話題に なったり するが、ウェブで 検索できる だけで、生活の なかで 実用は されまい。わたしも コピーした だけで、じっさいには もちろん つかえない。固有名は 一般に 他人の ために ある もので、駅名も ぢもとの ひとは ただ「えき」と いえば すむ はなしで、ながい なまえは 旅行者が 時刻表を みながら つかう だけだろう。それだって、修飾・同格部分を 省略し 最終部分(「公園前駅」「高原駅」)に みじかくして いっても 識別可能な はずだ。
 連音環境によっては 音の 省略・脱落を いうべき ばあいも もちろん あるが、適用条件を きびしく 限定しないと、語源論においては 意味の 密輸入(証明ぬきの 前提)による 安易な 解釈が はびこる ことになる。橋本進吉は 慎重だったが、大野晋は 大胆であった。すじがね-いりの 形式主義に 意義が あるとすれば、意味を かるく みない ことである。意味>文化を 重視する という 啓蒙主義は、意味の あつかいが かるい。「わかりやすい」ことは いい ことだが、それは 常識・通念に おもねらない という ことを 前提にしての ことである。学説めかした 常識が「わかりやすい」のは あたりまえだろう。「常識の ウソ」が なければ、学問が そんな ものでも しかたないが、ひま人の 道楽に なる。としよりの たのしみを うばうなよ。
 「かれきに はなを さかせましょう」 (まぬけ本 はなさかじじい)


 「たけ」 ── (システム) 木か 草か / (ルーツ) 和語か 漢語か ──

 ある ラジオの 音楽番組で「木製の音楽」という 特集を やっていて、例の、フルートや サックスが (いま 金属製なのに) なぜ 木管楽器なのか という 問題を 解説していく という ながれの なかで、「リード」(reed うすい 発音体)の 有無が 問題に なり、それとの 関係で「尺八」も 話題と なって 「尺八は 当然 木製ですが … 」と、その 出演者の ひとりが いったのである。木管か 金管か という 二項分類では 木管楽器の ほうに はいる ことに 異論は ないが、「尺八は 当然 木製」と いった ひとの あたまの なかの シソーラスでは、「たけ」は「木」の 一種(なかま)なのではないか と おもわれたのである。みなさんは いかがでしょうか。また、日本語以外では どうでしょうか。
 というのは、もう 40年ちかくまえ わたしが まだ 学生だった ころの こと、柴田武先生の 授業で たしか ナイダの『翻訳学序説』(訳本は 当時 未刊)を つかいながら 意味体系の 問題を 論じあった ときに、「たけ」は 「き」か 「くさ」か、「トマト」は 「野菜」か 「くだもの」か、「くじら」は 「さかな(うお)」か 「動物(けもの)」か、といった ような 議論を、たしか 4週間(1か月)以上に わたって かんかんがくがくと つづけた ことを おもいだした からである。「植物体系」や「動物体系」に関する 小レポートも なん度か てなおしを して 提出させられた ように 記憶している。
 こまかい ことは ほとんど わすれてしまったが、エジソンが 「たけ(bamboo)」を 電球の フィラメントに つかった くらいだから、英語で 「き(wood)」や「くさ(grass)」の 一種とする とは かんがえにくい という ような 意見は 妙に 鮮明に おぼえている。そのときは、日本語では、「たけ」は 「き」、「ささ」は 「くさ」、「くじら」は 「さかな(うお)」の 一種、「トマト」は、分類が ゆれている(ambiguous)/境界が あいまいである(vague)、という 結論に おちついた ように おもう。その後 しばらくして、池上嘉彦(1978)『意味の世界』(NHKブックス)が でて、ひとは にた ような ことを かんがえる ものだな と 時代の 雰囲気の ような ものを 感じた ことを おぼえている。しんまい教師に なって、テキストとしても ちょうほうした。
 40年まえは 時代的な 制約で まだ しかたが なかったが、パラディグマチックな 関係の システム(語彙体系)に 主として 考慮が はらわれていた。連語論が 存在する ことすら 具体的には しらなかったのである。いま、シンタグマチックな 関係の システム(構文構造)に 注目してみると、例が すくなくて あまり たしかに いう ことは できないが、「たけ」は「とる」もの(竹取物語)、「き」は「こる」もの(木こり)、ついでに、例は 不要と おもうが、「くさ(植物)」「かみ(髪)」は「かる」もの、「あおな(食物)」「かみ(紙)」は 「きる」もの、と おおざっぱに 古代の 連語を 推定してよければ、やはり 「たけ」は、カ行系(かる きる こる)とも ワ行系(わる をる)とも ことなり、タ行系(つる とる < te 手)という ように 独自なのが 注目される。「たけを きって」生計を たてる ようになるのは、「のこぎり」という 道具の 歴史と 関係して あたらしいのでは ないだろうか。「たけを わった」ような 性質が 問題になるのは、地面から とって 細工を する 段階での ことであるのは わざわざ ことわるまでも ないであろう。
 ところで、「たけ」は 和語だろうか、漢語だろうか。「チク」が 字音・漢語である ことは まちがいなく、
   語根:tik → tak   接辞:-e「露出形」< -a「被覆形」+ -i「独立化要素」
        ∵ taka = 後行同化〜母音調和
という 音変化が 朝鮮半島を 経由した 借用の 過程で 生じた と かんがえる ことも あながち 否定は できない。ただし、学問的な 結論は いまのところは 語源未詳と すべきであろう。「いね」「こめ」といった 外来の 弥生文化以降の 農耕文化に 重要な 語が 語源未詳とは いいながら、どちらも エ段 さかのぼれば ア段らしい ことも 気になる。もっとも、「酒屋・酒樽」は サカヤ・サカダルなのに、「米屋・米俵」は コメヤ・コメダワラなのは どうしてなのか。疑問が 疑問を よんで きりが なくなるが、なぞは なぞとして のこしておこう。研究者としての 節度という ものである。ちなみに、「めし」は、敬語「めし(あがる)」から。価値下落が はげしくて、おもいつかなかった ひとも いたかもしれない。「おめし(もの)」(衣類)の ほうは、下落していない。ことば文化の 歴史は おもしろい。ただ、「自然科学者」の 神経は さかなで するらしい。たしかに、かたりえぬ ものには、沈黙すべきである。自覚と 才能と 自負の 問題だ。
 「くに(国)」が 「郡(群 kun+i)」から、「おに(鬼)」が 「怨(on+i)」から、「ぜに(銭)」が 「銭(sen+i)」から である ことは ほぼ 通説である ようだし、正倉院が シルクロードの 終点としての 宝物館である ことも うたがいなく、ナショナリストの いう「日本古来の 固有の文化」というのが なんとも あやしい ものが おおい。「天皇(制)」自体、「固有の文化」と いっていいか どうか わからない。そもそも そうした 地域交流や 混交ぬきに 純粋無垢の もの(ルーツ)が もとめられると かんがえる こと自体が、精神が うぶに ロマンチックすぎて、想像力が まずしく あやしげな 空想なのである。弥生文化という あきらかに 北方起原の 文化が、縄文文化という 南方系と 推定される 文化の うえに のっかっていると 考古学的に 想定される 以上、── しかも、くろしお文化 <「やしのみ」(柳田国男+島崎藤村)の 重層も かんがえなくては いけない としたら、── 日本語学としても、混交言語でない 言語なんて ありうるか、と いなおってしまった ほうが むしろ いいのである。単純(simple)で 純粋(pure)な ものが いい などと、だれが きめたんだ。かくし公理か? ── 証明ぬきに 主張しようと いうなら、公理として 明言しないと、学問として 検証も できない。 ……… いったい、だれに なにを いってるんだろう。
 「ここ ほれ ワンワン」 (たぬき本 はなさかじじい)


 まちの おと ── (評価) 活気 と 雑音 / (表現) ぼけ と ぼかし ──

 雑音 雑草、益虫 害虫 ── いうまでもなく 人間の 生活上の 利害・価値を 基準にして なづけた ことばで、音響学や 植物学や 動物学的に そんな ものが それ自体として 存在する わけではない。「あいにく」と「さいわい」も、「ピンチ」と「チャンス」も、たちばが 逆になれば 同一の 客観的な 事態にたいして つかえる ことは、わざわざ 説明しなくても わかってもらえるだろう。「甲の 得は 乙の 損」って ことは、金融界・マネーゲームでは 常識だろう。
 雑草、益虫 害虫が なにを さすかは、比較的 社会の なかで 安定している ように おもうが、雑音は ひとによって ずいぶん ちがって 社会問題を ひきおこす。ピアノや バイオリンの へたくそな 楽音が、となりの ひとには 殺意を もよおす 雑音・騒音に なる ことも ある。不逞浪人にとって 読書の じゃまの さわがしい 雑音・騒音でしか ない ものが、建設・復興の つちおと(活気の ある 希望の おと)に きこえる ひとも いる わけだろう。電動工具しか つかえない わかい 職工を なげく 人間も いれば、ちからしごとが 楽になったと よろこぶ 老大工も いるのだろう。はてしなく つづく 相対主義的な 対立、「トカトントン」と やる気を うしなう 虚無・虚脱に おちいっていく、どこかで ふみとどまらないと 「人間失格」になる かもしれない。
 わたしにとって 「愛用品」である ものが、ひとには かわりばえの しない ものであったり、わたしの「おたから」が ひとには ガラクタ・粗大ゴミであったり する ことは、そう めずらしい くいちがいでも ないだろう。個人の レベルから 社会の レベルまで、ものごと・できごとの 評価には、おおくの ばあい 「かくれた 基準」が つきまとっているのである。そういう ことに 無頓着だった わかい ころは、けんかしてでも 自己の 利害を 主張した ものだが、としを とって ものが みえてくると、けんかを する 元気も でてこなくなる。孔子の いう「耳順」(60歳)とは こういう ことだった のだろうか。大家族 儒教集団では そうかも わからないが、核家族 神道集団では、「みみ したがう」というより 「ぼけた」ほうが うまく いく ことも おおいのでは ないか。その 他動詞表現が「ぼかし」であり、意志性の ありなしも 虚実皮膜の あいまに ある から、よに「たぬきじじい」と いう。ぼかした 結果として ぼけたのか、はなから ずうっと ぼけた 状態なのか、よく わからない。ちつてとだよ。ばけて ひとを ばかす 動物も いるなら、ぼけて うきよの うさを ぼかす じじいが いても いいだろう。自他動って、おもしろい ねぇ。
 とはいえ、「心頭を 滅却すれば ひも また すずし」という 境地には、60歳 すぎた いまも とうてい なれず、状況からして まけおしみの 呪文(偈)だったのではないか と おもってしまう けれど、現代の 禅宗の 僧侶は どう かんがえるのかな。 禅林寺の えらい 坊さんに いちど きいてみようと おもう。つごう わるい ことは 「不立文字」と くるかな。「こんにゃく問答」も わるくは ない。禅宗と 言語学とは、不倶戴天の 敵どうしか、両極は 対立しながら 両立するか、よのなか、たのしまなくっちゃ。
 「めでたし めでたし」 (分福茶釜混流 はなさかじじい)


 「コピー時代」 ―― ほんもの と にせもの ――

 はなの 図鑑として、本では 『花の手帖』(小学館)、WEBでは 「季節の花300」(http://www.hana300.com/index.html)を 愛用している。マンションぐらしなので つちの にわは なく、以前は、はちうえの 植物や 花瓶の いけばなを たのしんでいたが、ちかごろは その わずかな ていれの てまも おうちゃく している。そのうち、本も WEBも かおりつき なんて 時代が くるかもしれない。さらに、さわれる 彫刻の コピーや あじわえる 料理の サンプルとか、どこまで 技術革新が すすむか わからないが、「仮想空間」が <仮想>である ことには かわり あるまい。ただ、現実と 仮想とが その 価値を 逆転させる 可能性は ある。しかも、それが 病的だと 意識されない ときも くるのではないか。
 品種改良 という なまえの 品質の「交代」なら、もう 現実化している。むかしながらの にがい 大根、においが きつく こどもの にがてな (和)ニンジン なんて、いま そうとうの グルメしか たべられないんじゃないか。「コピー」と「にせもの(贋物)<似せ・もの」との ちがいは 相対的な ものである。量(実質)的には 連続し、質(価値)的には 転換する。「だます」つもりの ありなしの、主観の ちがいに すぎないと いったら いいすぎだろうか。
 そのうち 庶民には インスタントな コピー(代用品)しか てに はいらず、てづくりの 伝統的な 品質の ものは かぎられた エリートだけが てに する、なんて 時代が そう とおくなく くるのではないか。もっとも、おもい ほんものの かわぐつ より かるい 「にせもの」の レザーぐつの ほうが はきやすい という 問題も おきてくる。「ほんもの」って いったい なんだろう。はたらき(機能)だけで よしあしを かんがえていい ものが ある とともに、はたらき(機能)だけでは よしあしが きまらない ものも ある。文房具など 嗜好品に 典型的に あらわれる もので、「趣味」の 問題だ と いってしまえば それまでだが、「趣味」(原義)の 問題が <文化>の 基礎でも ある、と いうべきだろう。
 『花の手帖』も 「季節の花300」も、現実の はなより みためは きれいである。きれいな ところだけを 写真に とって のせている。あたりまえの ことだが、このあたりに 価値の 逆転の 秘密は かくされている ように おもう。うつくしさ おいしさ ここちよさ、ひっくるめて よさ(善 goodness)の 均一化・画一化が すすめば、大量生産が 可能に なり、商品化も 容易に なる。品質の ちがいや かたちの ふぞろいが、ナンバーワンより オンリーワンが、こんご より 切実に もとめられる ように なるのではないか。
 大量消費時代、かつて なにわの 商人が よく つかっていた という「ぼちぼちでんなぁ」という ことは なくなりつつある。爆発的に うれるか 全然 うれないか どちらか 極端である。おとりよせも ゲームも コンサートも、本や 雑誌まで、そうだ という。「かちぐみ」と「まけぐみ」が はっきりする。格差が 実力差として 肯定されも する。じつは「ついてた」「運がよかった」だけ なのかもしれないのだが、「かてば 官軍」である。正史は いつも 勝者の 歴史である。外史や 外伝の もとめられる ゆえんだろう。以上は、ブラック・ジョークとも いいきれないのだ。
 前世紀の すえに、社会主義陣営が たおれて、自由主義陣営が かちのこった というのは、そのとおりかもしれないが、独占・寡占状態の 資本主義が かちのこった と いっていいか どうかは あやしい。たおれるのが ほんの すこし おそかった だけかもしれない。「リーマン・ショック」や 「アジアの バブル経済」などは、その 末期症状の ような 気もする。東西対立の 時代から 一国支配の 時代に かわった だけだと したら、その 崩壊過程は より 深刻で、すくいが ないかもしれない。「ちがいの わかる」人間に ならねばならぬ。ただ、インスタント食品の 広告塔には ならない ように 気をつけよう。「知名度」は たんに 量の 問題に すぎない。ベテランの 舞台俳優でも、かけだしの テレビ・アイドルでも、インスタントに おどろく ことの できる 有名タレントであれば、いいのである。質的な ものは、みための イメージ、しかも 映像技術で つくれる イメージでしか とらえられない。
 いまや NHK的には「不適切な 表現」と いうべきかもしれないが、かつて「チンドン屋のような まねは できない」と いって 広告出演を ことわった 俳優も いたのである。ひとに 個性・意気地が あった。「表現」にも 価値の ちがいが あり、えらぶ 自由が あり、えらばれる 格差も あるのだ。格差を きらって、のっぺらぼうな 均一化・画一化は 危険だ。
 復興に ちからを あわせて というのは ただしいが、復興すべき なかみに ちがいが ある ことは わすれる べきでない。
「わたしと ことりと すずと」(金子みすゞ)

わたしが りょうてを ひろげても、
おそらは ちっとも とべないが、
とべる ことりは わたしの ように、
ぢべたを はやくは はしれない。

わたしが からだを ゆすっても、
きれいな おとは でないけど、
あの なる すずは わたしの ように、
たくさんな うたは しらないよ。

すずと、ことりと、それから わたし、
みんな ちがって、みんな いい。


 「疎開」

 「忠誠と 反逆」が 日本思想史の テーマに なるなら、「期待と 批判」という まっとうな いきかたも、「韜晦と 低徊」という うきよからの 疎開も、あって 不思議は ない はずだ。「戦争を しらない こどもたち」の (と)ぼけかただろうか。
 去年後半から 「いいたい ほうだい」でも 「三鷹 日本語 研究所」の ほうでも、がらにも なく 精を だしてみたが、のれんに うでおし、ぬか(<ゆか)に くぎ、ほねおり-ぞんの くたびれ-もうけ、精も 根も つきはてた、とは こういう ことを いうのか。
よのなかに ねるより らくは なかりけり うきよの ばかは おきて はたらく (伝蜀山人作)
節電で 冷房きかぬ このなつに 解体するか 節句ばたらき (不逞浪人)
土建屋に 節句も盆も あらばこそ そのひぐらしの でかせぎ支配 (ものくさ四郎)
ひまじんの よまいごとなど きくものか かってに どうぞ 避難しなされ (白日有毒)
「自粛」と「節電」は ことしの 流行語大賞 上位入賞 まちがいなし だろうね。熱中症対策には、はたらかずに ひるねが いちばんだよ。はたらきばちさん、たのむから、ひるねの じゃまだけは しないでくれよな。君子 あやうきに ちかよらず ………
【注】―― はなしが うまく まとまらない ときに、論文を 品よく かざりたてる 装飾品。
      身体と おなじ ように、あたまが わるいほど おおく つけたがる 傾向がある。

1)「伝〜」は、「弘法大師さまが ……… 」とか 「蓮如さまが ……… 」とか 「定家卿が ……… 」とか いう 縁起・伝承の 世界での まゆつばの うわさばなしを する ときに つかう 常套句。学者ぶって 慎重そうに みえて、うそだ と 証拠なしに 断ずるに ちかい 表現。マニア・学者の ジャルゴン。
2)「不逞浪人」= ある 年金生活者の 気どった 自称 <「不逞老人」= 鶴見俊輔への マックス敬語。
3)「ものくさ四郎」=(「物臭太郎」+「天草四郎」)/2 > 物臭 知ろう。ある 年金生活者の あこがれの 座右の銘。知的に 「物臭 知ろう」と あこがれる ところが 弱点だが、血液Aがたの 気質の なせる わざかなぁ。
4)「白日有毒」=「しろひうどく」の あてじ。ある 年金生活者の 意味ありげな こけおどしの 号。「髑髏秘史(悲史)」は 長音無視の ローマ字表記の アナグラム。まだ まだ たねあかし してないの あるからね。

補注)電力ピークの 午後1〜4時の あいだ、しごとを 計画的に 交代で やすんで、ひるね・入浴・水浴など あるいて 移動して できる ことを し、電車を 半分に まびき運転したら、節電対策にも なると おもうがな。電車や 工場の 電力を まびきする ほうが 冷房を 自粛する より 健康的だし、サマータイムより 実効的だろう。
 かつて、他国から「はたらきすぎ」を 批判されて、連休を ふやす ことしか おもいつかなかったのが 日本の「国民の選良」だが、いまが チャンスかもしれない、ころんでも ただでは おきないのが 日本の 庶民の そこぢからだ。労働時間を へらし 生産効率の いい 稼動・労働体制を さぐろう。日本がたの 労使協調の ちからを みせる ときだ。

補記)注を つけるって、こんなに たのしい とは しらなかった。きりが なくて、けりが なかなか つけられないね ……… そう そう、おもいだしたので つけくわえておく けれど、かつては 奥田靖雄や 松本泰丈や 工藤 浩の かく ような、注や 章節だてが 学会フォーマットに あわない 文章は、アカデミズムの おかっぴきに いわせると 学術論文とは いえないのだ そうでした。学会も 学会で、二値論理しか 論理と おもえない、フォーマットを 必要とする 専門職業人で ひしめいていました。……… いや いや、もう 批判めいた ぐちは いうまいぞ。


 「計画停電」 ――― 中心 と 周辺 ―――

 2011年3月11日の 東北・関東を おそった 大震災・おおつなみの あと、元気に している ことの あかしに、情報伝達の 混乱の 記録を かねて、この 更新を する ことにする。はなし自体は、それほど おもしろくも ない ことは おゆるしを ねがいたい。
 12日(土)に 突然 翌日から 実施する と 公表された「計画停電」。当初 発表された「グループわけ」の pdfファイルは、内部資料の ひとつだったのだろう、地域わりが「三鷹市 下連雀」どまりで、第1〜3グループに またがっていた ため、実施してみないと わからない しろものだった。実施を みおくりせず、じっさいに 停電させる 直前の 14日(月)午後になって 公表された「グループわけ」の pdfファイルは、「丁目」まで 表記された 外部広報に たえる ものに やっと かわった ため、「三鷹市 下連雀3丁目」に ある 自宅も 研究所も 第2グループだと わかって 予定が たてやすく なった。わたしは すでに 引退の み、移動は 自宅と 研究所の あいだを あるけば すむし、マンション内が 停電して エレベーターが とまる としても、時間帯が わかっていれば 数時間 移動を はやめたり おそくしたり すれば いいのだから、現役の ひとには もうしわけない ほど のんきな ものである。
 ところで、これを しらべていく 過程で 都区内も 表に あがっている 地域と あがっていない 地域とが ある ことに 気づいた。公表では、「都内の千代田区、港区、中央区の都心部は計画停電の対象地域から外している」という ことに なっているが、そのほか 新宿区や 渋谷区や 豊島区や 台東区も 表には あがっていない。かつて すんでいた ことの ある 練馬区は、あがっている 地区と あがっていない 地区とが 混在している。それを みると、どうやら 道路の 環状8号線の うちか そとかで わかれている ような 気がする。いちいち 地図で たしかめた わけではないが、なまえの あがっている 荒川区や 足立区や 目黒区なども 同様ではないかと 推察する。つまり「計画停電の対象地域から外している」のは じっさいは、副都心 新宿や 繁華街 渋谷や 池袋や 上野を ふくむ <環状8号線の うちがわ> という ことではないかと おもわれる。通称 カンパチの うちがわが 現在の「首都」の 範囲なのだろう。
 停電の 実施状況を みていても、東京から みて 周辺部の 地帯から じっさいに ひとや くるまへの 影響を みながら 実施している 感じである。「東京」電力の 原発が 福島や 柏崎 という 関東外の 地域に あり、大規模火力発電所が 福島県広野町と 茨城県東海村 という 遠隔地に あり、おおくの 水力発電所の ダムが 関東北部の 山岳地帯に あって、しかも 「計画停電」の 実施が やはり 遠隔地から おこなわれている という ぐあいに、中央集権の「首都機能」を まもる という 観点からの 「中心と周辺」という 構図が はっきりと みえてくる。
 これは 批判や 非難では ない。ただ、はっきりと くちに だせない ランクづけの ために、きわめて 現状肯定・追随的な 会社組織と 国民個人個人の 規律ただしい 行動が かえって 予想外の 混乱を まねいている ような 気がする。皮肉だと おもう。いま すぐに 別の 妙案が ある わけではないが、情報の つたえかたの 課題であろう。「格差」や「差別」に 関係してくる 問題だ。社会の「優先順位」の 問題だと いった ほうがいい かもしれない。現実界との 関係を たちきった「純言語学」の ソシュール学者や チョムスキー学者の あずかりしらない 問題ではあろうが、「象牙の塔」に こもった まま しんでもいい という ことなのだろう。
 どうせ ランクづけが 必要なら、「計画停電やめて総量規制に」という 経済同友会 代表幹事の 提言も わからない でもないが、自主的な 総量規制が 実行可能か どうかが 問題に なるだろう。「管理・監視」が できるか どうか。
 東京の 人間は、せめて はやく 平常心に もどって、日用品や ガソリンの かいだめに はしる などの 復興の ジャマを しない ように すべきだろう。
【追記】3月20日づけの「広報みたか」No.1447によると、17日午前10時現在の 東京電力の 発表では、「下連雀3丁目の一部」が「グループ分けに含まれていない地区」に かわった。さらに、東京電力 発表の 20日午後9時現在の「tokyo.pdf」からは 「下連雀3丁目」の 全部が 表から はずれた。つまり「計画停電の対象地域」から はずれた 地区に かわった。おそらく、おなじ 地域の なかに 三鷹駅や 駅前市政窓口や 都市銀行 といった 公共的な 施設が かずおおく 存在する ためだろう と 推察する。
 じつは、いままでも じっさいに 停電した ことは 一度も なかったのである。新聞には「停電世帯数、グループ間で2倍の差 「不公平」と苦情も」といった 記事も そろそろ ではじめた。


 あおいき- 自業- vs たていた 九死 ――― みだし と 独立性 ―――

 わかい ひとと メールの やりとりを していて、こちらの 近況について「あおいき-といき」の 状況だと ぐちっぽい ことを かきおくったら、
   青色吐息はこちらも同じで…。
と 返信されてきた。この、高橋真梨子の うた「桃色吐息」の 影響かと おもわれる「青色」と 「青息」を めぐって、ひとこと。
 わたしの つかっている 電子版の 辞書に「あおいき」と 入力しても、でてこない。ワープロで「あおいき」と 入力しても、「青い気」が 最初に でてきて、「青息」に たどりつくまで なんど 変換キーを おした ことだろう。苦労して だした「青息」を 入力しても、辞書は ヒットしない。「あおいきといき」で やっと「青息吐息」に たどりついた。「じごう」でも、「自業自得」に いかない。「がでん」でも、「我田引水」に いかない。むろん「完全一致検索」の ばあいの はなしである。「前方一致検索」では この ばあい でてくるが、「青色」では 別の 候補は いやに なる ほど たくさん でてくるが、「青息吐息」は むろん でてこない。
 たしかに、「青息」だけでも 「自業」だけでも 「我田」だけでも、つかえる わけでは ないから、いちおう 基準は 一貫している と いってもいい かもしれない。ただ なぜか、「たていた(立て板)に みず」としか ほぼ つかわない と おもわれる「たていた」も、みだしに なっている。「九死に 一生を うる」としか まず つかわない「九死」も、みだしに なっている。「やりだまに あげる」としか おそらくは つかわない「やりだま」も、みだしに なっている。四文字熟語と 慣用句との 差であろうか。たしかに、慣用句の ばあいは 格助詞が ついていて いちおう 形式的な 単語性は ある のにたいし、四文字熟語の ばあいは 単語性・独立性が ないから、という ことであろうか。ただし、「青息」「我田」は、格助詞 ゼロ (名格 nominative) による 結合(全体は 固定連語)という みかたも ありうる とは おもうけれど。「自業」「引水」は、動詞句的だが、やはり 全体で 固定連語。
 単語性が なくとも うすくても、「国際-」「民主-」の ように 多用法の ものは、当然 みだしに なっている。接頭辞や 接尾辞も みだしに なるのだから、これらが みだしに なるのは 当然だが、「青息-」「自業-」「我田-」は、単語性が うすい うえに、用法が ほぼ ひとつに かぎられている のだから、みだしに しない というのも、基準としては わからない でもない。
 しかし、ひく じびきとして、不便では ないか、という ことに 問題は つきる。辞書の みだしに かかわる 語彙論的な 単位性の かんがえかたも、学問的な 基準の ほか、実用的な 基準も、じびきには 必要では ないか、ワープロの かな漢字変換にも もう ひとくふう あって しかるべきでは ないか、という ことである。かたちも 意味も わかっていて じびきを ひく なんて、わたしの ような 学者だけだろう。ふつうは、かたちも 意味も うろおぼえだから わざわざ じびきを ひいて たしかめる のだろう。そのさい、「青息」だけでは 「自業」だけでは 「自得」だけでは「我田」だけでは「引水」だけでは、目的に 到達できない としたら、反実用的だ とは おもいませんか。わたしの ような ものが 実用を いうのは、よほどの ことだ、と おもってほしい。「あいまい検索」といった ような <あそび・ゆとり/むだ>の 精神も 必要な 気がする。
 それにしても、「青色吐息」という「誤り」(本人の ことば)は、おきても 無理の ない、近年の ケッサクだ と いっていい。「桃色吐息」が ゆるされるなら、「青色吐息」も あながち まちがいとも いいきれない ような 気もする。じゅうぶん イメージは つたわる。脱慣用句ならぬ 「脱熟語」化の 例であり、言語の「生産性」にも かかわる ことである。東京外国語大学 日本語学科 一期生(1985年 入学)の 名誉の ために ひとこと いっておく。
 「桃色吐息」って、1984年の ヒットだったんだね。当時の 爆発的な ヒットで、国語科の あなうめテストの こたえは、「○肉○食」は「焼肉定食」、「○○吐息」は「桃色吐息」が 大半だった とか ……… 真偽の ほどは 保証しない けれど。


 統一:画一=単純:貧困 ――― 婉曲表現 と 意味下落 ―――

 としも おしつまって、下界も あわただしく なってきた ようだ。ひまに まかせて 読書三昧の 生活に どっぷり つかっていた 不逞浪人も、年内刊行を いそぐ とある 論文集の 校正作業で ひさびさに げせわな ことに ひっぱりだされた。
 せけんでは まだ 少数派の わかちがきを 論文集に みとめてもらっている 関係で、たいていの ことは 出版社の 編集方針に さからわない ように してきていて、引用文献の しめしかた なども いわれる とおりに したがってきたが、最後に きて「執筆者紹介」欄に かかわって、
   論文集ということもあり、恐縮ではございますが、全体を通して表記を統一させていただきましたところもございます。
と またぞろ いわれた。この「統一」という ことばが、じつは はじめから 気になって しようが なかったのである。
 「統一」という ことばは、世界観や 哲学的な たちばの ちがいによって こまかくは いろいろな 付加的な 意味を ともなって もちいられる と おもわれるが、おおざっぱに まとめて いって「多くのものを一つにまとめあげること」(広辞苑)、つまり <ちがい・差異>が ある ことが 前提に なっている ことは、最低限 いえる ように おもう。ところが、出版編集者の つかう「統一」という ことばは、じっさいは「個々の性質や事情は重視せず,全体を一様にそろえること」(大辞林)という 意味の「画一」という ことばと ほぼ おなじ はたらきを している ように おもわれる。「のっぺらぼう」な 表記・文体に なってしまう と いっても、その どこが わるいの と いわれて、もう わるくちにも ならない のかもしれない。「のっぺらぼう」自体、もう 死語かもしれない。
 当事者の 一方が 表記について「画一的だ」とか「画一化させていただきました」と いったら けんかに なってしまうから、婉曲表現として 「統一」を つかっていたが、そのうちに 精神が だらけて 表現性が すりきれた、という ことだろうか。さいきんの 出版編集者の つかう「表記の統一」という ことばには、すでに そうした こころの 葛藤や こころみの こころざしが まったく 感じられない。公的な 規範(常用漢字表など)への ことなかれ的な かたはめでしか ない。もはや 表記の「めやす」なんて もんじゃなく、編集の「基準・方針」に 昇格しているのである。テレビ・出版の 世界での 幕末・維新の 人気は あいかわらずの ようだが、観念的な あこがれ 空想的な ゆめものがたり でしか ないのだろうか。各自の 人間の ふるまいや おこないに むすびつきそうにも ない。二葉亭四迷が ふでを おりたくなった きもちも よく わかる。「熱心・まめ」な ばかりで、「まじめ」な 人間は、出版界に まだ いるのだろうか。維新の 精神は、とっくに 三島由紀夫の 茶番劇や 連合赤軍の 総括事件などで おわってしまった のだろうか。もし "Lost Generation (失われた世代)"を 日本で いうのだったら、この 問題に 関連してなら まだ わかる 気も する。
 『貧困の哲学』(プルードン)を 批判して 『哲学の貧困』(マルクス)と いった ように、ほんとうは「貧困な 理論」「理論の 貧困さ」と いいたい ところを、けんかに ならない ように「単純な 理論」「理論の 単純さ」と いいなして、あいての かおを つぶさない ように 再考を うながす。もっとも、いまでは「考え方などが一面的で行き届かない・こと(さま)」(大辞林)という マイナス評価の 意味も すでに 辞書に 記述されている ようだが、本来は 説明する 対象の ひろさと ふかさが ほぼ おなじなら、説明は 「単純」な ほうが 「複雑」な ほうより ベターである。もともと 論理学や 数学など 論理操作を 重視する 世界では、単純さ(simplicity)は いい 評価を もっていたのである。
 婉曲表現を へて 意味下落を ひきおこす という 点では、人称関係(おまえ きさま)や 美醜関係(みにくい ぶす)の 語彙に おこりやすい ことと おなじ ことで、対人(評価)性ゆえの こと と 一般化しても いいだろう。ことばだけで 現実を かえたり ねじまげたり できないのだから、現実の ほうが 優先されて ことばの 意味下落が 生じるのは、あたりまえの ことだ と いっていい。
 こころにも ない ことを 社交辞令的に いわざるを えなかった 現役時代と ちがうのだから、年金生活の 不逞浪人としては、ひとこと いいにくい ことを いわせてもらった。


 「動体視力」 ――― 変と 行動 ―――

 とんでいる かや むしを とらえるには、うごいている ものを ずうっと おいつづけ みとどけ みわける ちから、ふつう 動体視力 という ものが 必要と される ことは ご承知だと おもう。すぐれた スポーツ選手、とりわけ ボクサーや 野球選手に この 動体視力の とびぬけて たかい 選手が いる ことが ときに テレビの 話題に なったりする。
 「球技に関する能力の多くは動体視力と密接な関係があると言われ、訓練により動体視力は向上する」とも、「動体視力は年齢とともに低下するため、75歳以上の運転者が運転免許を更新する場合に義務付けられる高齢者講習では、運転適性検査の一つとして動体視力検査が行われている」とも いわれ(Wikipedia)、いわば 「趣味と 実益」の うえからも 「訓練」に はげむ ことになる。「動体視力ゲーム」なる ものが ネット上にも あふれている。
 文字どおりの 生理的な 動体視力については、「訓練により向上」し 「年齢とともに低下する」らしいが、比喩的な 意味で、運動の なかに ある 物体を システムとして とらえる ちからを いう としたら、いわゆる 固定観念を たくさん あたまに つめこんだ、有能な テクノクラートほど、「動体視力」は ひくい といえる かもしれない。比喩的な 意味の「動体視力」が 「年齢とともに低下する」か どうかは わからない。逆に 向上する というのも、いいすぎの ような 気もするが。
 相対性理論どころか、その はるか 以前の ユークリッド(平面)幾何学か、よくて ガリレオ地動説・ニュートン(立体)力学の 世界観が 支配的な よのなかに あって、常識的には「太陽が 東から のぼり」(cf.地動説)「平行線は まじわらない」(cf.球体幾何学)と、おもいこまされている 世界では、ものは うごく 必要が ない。うごいても エネルギー量は 保存される。いったん うごけば、「慣性の法則」によって とまらない、非常識な 不思議な 世界でもある。しかし そんな 教科書に かいてない ことに まどわされずに、現体制によって 承認・固定された 観念を たくさん つめこんで 効率的に つかえる ものが 優等生と みなされる。有能な テクノクラートと なって、体制を 支配する ようになる。これを 悪循環と みなすか、平和な 安定と みなすか、年齢とは 関係が ない ような 気がする。現体制に「変(だな)」を 感じた ときに、なぜだろうと それを 最後まで おいつづけようとするか、不安定な まよいを すてて 効率の 世界に まいもどってしまうか、ただ それだけの ちがいの ような 気もする。能率・効率という、合理的な ものの 一側面に すぎない ものが 排他的に 追求される 社会では、効率の わるい まよいを かかえる ふつうの ひとという 被支配者と、固定観念・安定命題を ふりかざす リーダーという 支配者、という 構図が できあがるだろう。
 さいきん、ロス(ト)ジェネ(レーション)に 属すと いわれる、なん重にも「軽率」(あとがき)な 新聞記者の『新左翼とロスジェネ』(集英社新書) という 本を よんで、以上の ような 連想・妄想に しばし ふけってしまった。ジャーナリストの ばあい、「あしで かせぐ」という 行動の なかで「動体視力」も、やしなわれる のかもしれない。「文献資料」を つかったから いけない とは いわない。器用だが よみが あさいのだ。表面を ていさいよく かいなでした だけだ。行動する 人間が みえてこない。登場人物が うごきだす まで 文章を ねりあげても いない。「就職氷河期世代」の 別称として 臆面もなく「ロスジェネ (<Lost Generation 失われた世代)」を 自称できる、思考地図の ローカルな ジャーナリストである。使用する 概念・術語も 判断・文体も、わけもなく ふらふらと スキップしている 感じが して、こちらが いう ことばを うしなって(lost して) しまう。おなじ ジャーナリスト といっても、本多勝一や 筑紫哲也や 外岡秀俊は、もうちっと はらと こしの すわった いい 文章を かいていた ような 気がする。


 「ちょうち ちょうち あわわ」 ――― 口承と 伝承 ―――

 「ちゅうちゅうたこかいな」で おもいだしたのだが、あかちゃんを あやす ときの ことばで、これも いろいろな ヴァリアントが ある ようだが、わたしが しっているのは
ちょうち ちょうち あわわ かいぐり かいぐり とっとの め おつむ てんてん
 という ものである。「ちょうち ちょうち」(<てうち[手打])と いって、あかちゃんの てを とって、むねの まえで てのひらを うちあわせて ならし;「あわわ」と いって、てで かるく くちを ふさぐ ように たたきながら、「あー」と こえを ながく のばし「あわわ」という おとを だし;「かいぐり かいぐり」(<掻い繰り)と いって、いとまきの ように むねの まえで 両手を ぐるぐる まわし;「とっとの め」と いって、ゆびを めじりに あてて 中央に よせ めを まるくし;最後に「おつむ てんてん」と いって、両手で あたまを かるく うつ;あかちゃんの ての 運動を かねた あやし行為である。すこし おおきく なったら、幼稚園や 保育園で、おとなの うごきを みながら 自分ひとりで やる ことも ある という。また、Web上の 記事では、最後に「ひじ ポンポン」を くわえたり、そこを「「むね」「あし」など、体のほかの部分に変えても楽しいですよ」と 脚色を たのしむ 雰囲気も つたわってくる。
 ここで 問題になるのは、「とっとの め」という 部分である。辞書その他によれば、「鳥の目」の 意味で、「右の人差指で、左の手のひらの中央を突きながらいう」のが 標準的らしい。「と(っ)と」は 幼児語で「魚・鳥・鶏などをいう」ようで、いずれも めが まるい ものであるから、わたしの おぼえている 動作も、こどもの 発育段階しだいで ひとつの ヴァリアントとして 存在してもいい わけであるが、わからないのが 標準的な「右の人差指で、左の手のひらの中央を突きながらいう」のが どうして「とっとの め」なのかである。わたしの おぼえている かたちが、標準の かたちの 由来が わからなくなった ために 「合理化」した かたちなのか。「口承」ものの 「伝承」の しかたを かんがえさせる 事例である。
 アイヌの ユーカラの 神話・英雄伝説の ように、一字一句 厳密に 伝承される ものも あれば、この 例の ように、「あやし・運動」という 目的さえ 正確に 伝承されれば いちいちの 動作形態には あまり こだわらない、それどころか、あたらしい 創造の かたちが 奨励される という ものも あるのかもしれない。
 あと 気になる ことに ふれておくなら、最初の「ちょうち」、これは 意味から みて「手打ち」つまり「て-うち」という 語構成であった ものが「てう-ち」、つまり「て」の 長音と「異分析」され チョーと 発音される ようになった もの。「う」という かなは 母音 u と 長音 を あらわす という ふたつの はたらきを もつのだが、それが 混同された かたち。いわば「こうし」が、「子牛」の 語構成から「講師」の 語構成に 誤解された ような ものだと いったら いいかもしれない。ここでは これ以上の 音変化は おきていないが、"ko-usi" と "koosi/ko:si" とが 音型(sound pattern) として ちがう という ことだけは はっきり させておきたい。「音素(phoneme)」という ことばを つかっても おなじ ことである。「歴史的かなづかい」は いうに およばず、「表音的かなづかい」といっても 精密に 一字=一音に 対応している わけではないのである。ないものねだりを した あげくに、「学問的良心に かけて」 反対してみせる というのも、あげぞこ文化人の わるい くせである。
 学問的な 発音記号や 音素表記と ちがって、日常的に つかう 文字・表記である 以上、精密に 一字=一音 という ことは まず ありえない と おもった ほうが いい。言語の「経済性」という ものである。多義語を うんだのも、理想言語・機械言語にとっては あいまいで 不都合な ことかもしれないが、日常言語としては、暗喩・換喩などで 複数の 概念を 関連づけて 整理する という ことであって、人間の 叡智と いってもよい ものである。ふつうは、文脈・文構造で つまり 文章の なかで、あいまいさは とりのぞかれる。単語と 文との ふたつの レベルを もっているのが 人間言語の 本質的に だいじな 特徴なのだ という ことを、文化人たる ものは、くれぐれも わすれない ように したい ものである。通じあい communication に 支障が でる ばあいには、使用が ひかえられ、他の いいかたに かえられる。三島の「美徳の よろめき」の 流行以来、もとの「あしもとの よろめき」という 意味では つかいにくくなって 「よろつく」「よろよろする」が つかわれる ことが おおいのでは ないだろうか。思春期の 男女が、「ゆく」「やる」「感じる」などにも 性的な ものを 連想して つかえない というのも、異常ではあるが 原理は おなじ ことである。いわば、「悪貨が 良貨を 駆逐する」ことが ある わけである。
 危険さえ なければ、機械には 不都合な「あいまいさ」を たのしむのも、人間文化の 重要な 一面である。「比喩」「かけことば」「しゃれ」「もじり」等々。その 歴史は ふるい。W. エンプソン『あいまいさの 7つの タイプ』を よめば、洋の 東西も とわない と いっていい ようだ。はなしが おもわぬ 方向に ながれてしまったが、日常の 世界には、「経済性」とも よばれる 一種の 合理化の ながれが はたらいており、機械的合理性だけが 合理性ではない、と いいたかったのである。学問が 日常生活から うきあがって きりはなされてしまう ことは さけるべき ことではあるが、両者 音素表記と かなづかいとを いっしょくたに してしまうのも、「精密性信仰」の 風潮の なかでの とんでもない 勘ちがいである。言語学者が 啓蒙的である こと自体は たいへん けっこうな ことであるが、「音韻論と正書法」を 単純に 性急に むすびつけようとする ことには 慎重でありたい。
 もう ひとつの 問題は、幼児語で「魚・鳥・鶏など」を なぜ「と(っ)と」と いう ように なったのか、という 疑問である。ふるく いきものに えづけを する さいに、「疾う 疾う(はやく はやく)」という ことばを つかっていたらしい。いまでも にわとりに えづけを する さい 「とーとと とーとと とと」と 擬音語の ように もちいて えづけしている ひとを みた ことが ある。ふるい 伝承が 異分析されて つたわっている 可能性が ある。それは とにかく、ふるい「疾う 疾う(はやく はやく)」という ことばが 幼児語として「とと」または「とうと(う)」「とっと」に ちかい 発音に 変形されて 定着した、というのが いまでは いちばん 有力な 語源説の ような 気がする。「魚・鶏」という 生物としては ずいぶん ちがった ものが「と(っ)と」という おなじ 一語で あらわされる 秘密は、<えづけ>というのが リンクに なる ように おもう。「魚」が「とと」と いわれるのも、「かまとと」「金とと」などに のこっていて、ずいぶん ふるくからの ことらしい。ちなみに、「あしの うらに できる、まるい かたちを した、おすと いたい できもの」の ことを、その かたちから「うおのめ」とも「鶏眼」とも いう。幼児語的な 発想が おもわぬ ところにまで ひろがっている。「魚」と「鶏」に 共通点を すぐ みいだせない わたしの ほうが、むしろ 伝統から 逸脱しはじめている、と いうべきだろうか。「魚」と「鶏」とを まとめて、さっき「動物」という ことばを つかわず、「いきもの」という ことばを つかったのも、「動物(animal)」という 漢語については、英語の とらえかたに 毒されている かもしれない からであった。イギリスでは、「動物(animal)愛護週間」の ほかに「愛鳥(bird)週間」が 別に ある。「魚(fish)」は ただ 食用であって、愛護の 対象に ならない と おもう。「いきもの」という 和語 固有日本語は、問題なく 「魚」も「鶏」も はいる。そう、そう、「いきものがかり」という、小学校からの ともだち同士で つくっている うたの グループが いたっけね。
ゆく はるや とり なき うをの めは なみだ (はせを「おくの ほそみち」千住 たびだち)
羈鳥恋旧林 池魚思故淵 (陶淵明「帰田園居」)
 さて、まごには どう 伝承した ものか。意味も わからず 辞書に のっている 標準的な かたちで おしえるか、意味の わかりやすい 近代的な 異伝で つたえるか。なやましい ことである。


 「ちゅうちゅうたこかいな」 ――― かぞえうたと 倍進法 ―――

 こどもの ころの あそびで、おはじきなどの かずを かぞえる ときに、2つづつ わきに ずらしながら 「2・4・6・8・10」の 意味で 「ちゅう・ちゅう・たこ・かい・な」と となえる かぞえうたの 一種を 記憶している かたも おられる ことと おもう。地方によって 小異が ある ようだ(ウィキペディア)が、代表的な ものとして 辞書に とられているのは うえの ものであった。意味が わからず、「ちゅうちゅう」は「ねずみ」だと おもいこみ、なんで ねずみが たこに なるのか、こどもごころに 不思議に おもった ものである。語源についての 通説は 辞書に ある。しらなかった。今回は、辞書が やくだった。
 この 2つづつ というのが、言語学で 数詞の なりたちを 問題にする ばあい、倍進法とか 倍加法とか いわれる ものが おこった もとになる 動作ではないか と 想定されている。世界の おおくの ことばで 報告されているが、古代日本語の「mi3 - mu6」「yo4 − ya8」「(i)tu5 − to(wo)10」も、この 例だと かんがえられている。「ひと1 − ふた2」も この 例だと かんがえる むきも いるが、「ふた2 − よ4」の あいだに この 関係が みられない ことから、5以下(かたてで ゆびおり かぞえられる かず)には この 倍進法を 想定せず、偶然の 類似だと みなすのが 白鳥庫吉−新村出の 説であり、したがうべきかと おもう。そのさい「ふた2」は、「はた-ち(20歳)」「はた(傍・他・将)」と 関係づけられている。
 5以上に 想定される 倍進法も、「両手で ゆびおり かぞえる」ことによって おこった という 説も ふるくから あったが、新村の いう とおり ちょっと くるしい ように おもわれる。そういう、両手を <左右同時に> ゆびおり かぞえる 習俗は、きいた ことが ない。たとえば、左右の ての みっつ3の ゆびを 同時に おって、むっつ6 と となえる、といった かぞえかたの ことである。これにたいして、「ちゅうちゅうたこかいな」的な かぞえかたは、ふるくから ありそうなのである。(新村出全集第1巻『東方言語史叢考』巻頭の 数詞論文)
 奇数の 7と 9とは、この 倍進法に よれない ことは いうまでもないが、その「なな7」も 「ここ-の9」も ともに、語形の 重複 reduplication で ありそうな ことは、注目に あたいする。「ここ-の9」が 多数・多量の 意味の「ここ-だ」「ここ-ら」と 関係するのは 信じてよいだろうが、「ここ-ろ」と 関係が あるか どうかは 残念ながら 臆測の 域に とどまる。「なな7」については、語源不明と いうべきで、新村は トゥングース語 "nada" からの 借用を かんがえている ようだが、固有日本語の 内部で かんがえられないか、態度を 保留すべきだろう。からだの 部分の「みみ(耳)」(これも 重複)とともに、語源なな(七)不思議に はいる と おもう。重複の もと(語根)に さかのぼれば 1音節語に なる わけで、「言語の 恣意性」から いって それを さぐろう というのが どだい 無理なのかもしれない。ただ、語源といっても 「め(目)」と「みる」、「て(手)」と「とる」が それぞれ 関係する ことが わかれば、それで いちおう 納得する、つまり 語彙・語構成体系の なかでの 位置づけが わかれば、納得するのだ。音義説の 復活を めざしている わけではない。さらに、重複ではない という ことに なれば、はなしは もっと 複雑に なる。たとえば「なな」に、「名無」「並無」を 想定する など。語源道楽に、おわり・しまい・きりは ない。それの どこに「けりを つけ」 ものがたりを しめくくるかも、結局 人間の 趣味・関心の 問題だろう。
 かまえが おおきく、ゆったりと のびやかな ふるい 論文を よむのも、たまには いい ものだと おもう。せせこましく なくて いい。ことば学が それ自体 たのしみに なってきている。ひとさまに 迷惑を かける でも なし、いい 道楽じゃ ないか。


 「たべもの のみもの おすいもの」 ――― とりつけ と とりはずし ―――

 まだ ひだり半身に 多少の 不自由さが のこっている もので、台風が ちかづいて はげしい 風雨に 研究所に とじこめられたりする ことも ある。こどもの ころに 親戚と いっしょに いった キャンプ・バンガロー生活を おもいだしたりして、けっこう たのしんでいるのだが、そのさい たべものは 保存食料 かんづめと レトルトで じゅうぶん まにあうし、のみものは お茶と ココア ――― 病後 血圧の 関係で この主義に かわった。牛乳を たして あたためる だけで OK。栄養も じゅうぶん。――― で もともと じゅうぶんだし、おすいものも いまは おゆを たすだけで けっこう いける インスタントも おおい。いまも じつは そう しているのだが ………
 からだに とりいれる ほうは、おおくの ばあい、固体を たべ 液体を のむが、五円だまを こどもが うっかり のんだり くすりを おとなが のんだり する ことも かんがえると、はで かむ(咀嚼する)か どうか の 動作の しかたの ほうが だいじなの かもしれない。対象物の ちがいは、その 動作の しかたの ちがいから でてくる、おおくの ばあいの 結果なのだろう。牛乳を かむ ようにして のむ ことが あるが、それは、唾液を だして 牛乳の 消化を たすける ためであって、ふつうの ことではない と かんがえるべきだろう。かむ ように する ことと かむ こととは 別の ことだから、気にする ことも ないのかもしれないが。空気・けむりなどの 気体の ばあいや すする ように 気体とともに 液体を 摂取する ばあいに、「すう」ようだ。ジュースを ストローで「すって のむ」ことも できそうだから、「のむ」は 摂取行為自体(とりつけ)、「すう」は その 手段段階の 行為(ふれあい)、と いったらいいだろうか。「のんでも のめない」は へんでも、「すっても すえ(すいこめ)ない」は いえるだろう。「すえる」という いわゆる 可能動詞(自動詞)や 「すいこむ」「すいとる」という 複合動詞が、とりつけ(摂取)行為に なる。変化(結果)までを ふくむ ことに なる。それは ともかく、とりいれる ほうは ふつう 最低限 3つを 区別する と いえるが、そとに だす ほうは、すべて「はく」ひとつだ。気体以外は きたないが、生活として ふつうか どうか に よるのだろう。よっぱらいの はく いきは、気体でも やはり きたなく 感じられるだろう。
 みに つける ほうは、ズボンを はき うわぎを きて、帽子を かぶり コートを はおり てぶくろを はめて、最後に くつを はいて、外出に およぶ ことに なるが、からだから とりはずす ほうは、全部「ぬぐ」だ。論理的には アンバランスの ように おもえるが、日常生活の 必要という 観点から みれば、着脱の 着の ほうが こまかい というのも、もっともで おもしろい。情報を さがし しらべ しる までの ことは もっと こまかく 区別できる ように おもうが、わすれる ほうは 区別が おおざっぱなのも おなじ ことだろう。ことばの くみあわせ「連語」(collocation)の 結合能力にも、文法的な むすびつきの かた(pattern)の ほか、語彙的な より 具体的な むすびつきの 制約(colligation, co-occurrence)も ある、という ことだろう。
 日本語の「出世魚」とか、植物・穀物・食物の 細別(いね・こめ・めし、落花生・南京まめ・ピーナツ、えだまめ・だいず)とか、エスキモー語の ゆきの こまかい 区別とか が、せけんでは よく とりあげられる 語彙論の 話題の ようだが、日常生活の 必要 という みかたから すれば 当然の 注目点の こまかさ というべきであろう。この程度の 知識を おおげさに「世界観」に、フンボルト・サピアの「思想」に、むすびつけて 解説してきた 戦後派 知識人は、非生活者、日常の 生活から きりはなされた インテリであった 証拠であり、その 言説は、書斎の なかの 誇大妄想であった と いうべきかもしれない。
 こっちも まねを して、はなしを おおげさに していい なら、E. サピアを B.L. ウォーフなんぞと いっしょくたに した J.B. キャロルは、学者としては あさはかだった と おもう。ただ ひょっとしたら、かんがえを おなじうする 友人の 言語心理学者としては、著名な サピアの なまえを 冠する ことによって、うりこみには まんまと 成功した、と みるべきかもしれない。それを 日本へ 無批判に あるいは 拡大再生産して 翻訳・紹介した ひとたちには、あなたの ○○○○ が ほしいのです、と 阿木燿子「美・サイレント」に ならって ひとまず いっておこう。学生時代の 流行・大旋風ぶりから いっても、いまや 文庫化された 普及ぶりから いっても、いきてる ×××× が みたいから、とも いうべきだろうが、くちは わざわいの もとだと いうから ……… さて と、台風は すぎたかな。たいした 被害が でていなければ いいのだが ………


 「まもり たすける」 ――― 冗長性と 強調性 そして 持続性 ―――

 台風が ちかづいて きていて、そとに 散歩に でる わけにも いかないので、HPの 更新に つとめる ことと する。台風がらみで、「まもる」と「たすける」という ことばについて、かんがえてみる ことに しよう。
 ふるい 日本語では 現代より 母音交替が さかんで、「め(目)」という ことばに 関連して「ま(ぶた)」「みる」「もる」が、「て(手)」という ことばに 関連して「た(づな)」「とる」「つる」が ある と かんがえて いいのだが、その「もる」が 「こもり」「燈台もり」という ことばに のこっている ように それだけで <守> の 意味を あらわせたのが、その後 わすれられ、「ま(目)」を つけて「まもる」を つくり、さらに その後に 「みまもる」をも つくってしまったのは、おなじく 男性の 人名(助・介)や「すけっと(助っ人)」などに のこっている ように 「すく」だけで <助> の 意味を あらわせたのが、「た(手)」を つけて「たすく」を つくり、さらに その後に 「てだすけ する」をも つくってしまった ことともに、おなじ 発想で なんども くりかえされる「ながれ drift」に なっている ようで、興味ぶかい。
臆測を たくましく していいなら、「け(毛)・き(木)」という ことばに 関連して「か(み)」「く(し)」「く(だもの)」「こ(ずえ)」「きる」「かる」「こる」が、母音交替形として ある。同種の 複合の 例は ない ようだ。やはり、道具を つかうのに 重要な「て 手」と「め 目」に おもしろい 現象が おきる という ことなのでは ないか。
 「ちかごろ」では たりずに 「最近」と、さらには「ごく最近」と いったり、「なか」では たりずに 「まんなか」と、さらには「まんまんなか」「どまんなか」と いったり する 例は、もとの かたちも 基本的に のこっていて、「強調性」が あらわであるが、さっきの 例は、もとの かたちが 基本的に きえさり、「強調性」は とくに 感じられない。
 しかし 歴史的に くりかえされる しつこさ・ねばっこさ・粘着性とでも いったらいいのであろうか、たんに 論理的に「冗長」だとも いえないし、ただ 心理的に「強調」だとも いえない、おもしろい 持続性・持久性・反復性だと おもいませんか。まるで「民族の 記憶」が 存在するかの ように。いちじ、丸山眞男が はやらせた 「古層」「執拗低音」の ように。


 「不合理と 非合理」 ――― 語構成と 時代差 ―――

 「合理」の 反対語は 「不合理」か 「非合理」か、という ような 疑問が ときに 発せられる。哲学・神学として 問題に する まえに、ことばの 問題として かんがえてみよう。
 ことばの なりたち(語構成・品詞)から いえば、それぞれ、
   「不合理」は、「理に あわず(不)」で、品詞は ナ形容詞(形容動詞)で 連体形は 「不合理な」の かたちで、
          名詞としての 「不合理の」「不合理的な」の かたちは 通常 いわない。
   「非合理」は、「合理に あらず(非)」で、品詞は 名詞で、連体の かたちは 「非合理の」か「非合理的な」と いう。
という ちがいで、前者「不合理」は ふるく 中国 中世の 性理学・儒学から もちいられ、後者「非合理」は あたらしく 西洋 近代の 合理論・神学から つかわれだした、という ように 成立・使用に 時間・空間の 差が あるかもしれない。くわしくは、日本漢語学の 実証的な 研究に おしえを こいたい。辞書は ほとんど やくに たたなかった。やくに たとう という 気も ないのだろう。例文を うりに している 辞書も、たよりに ならなかった。どちらも、明治以前には ない という ことなの?
 以上の かんがえかたに おおきな まちがいが ない とすれば、「合理」が「理に あう」という 動詞句ではなく 「理に かなう その 理」という ような 意味の 複合語だとして その 反対語は、「非合理」だ という ことに 語構成的には なる。ただ、「合理-」という ことばは 「国際-」という ことばと 同様、「的」とか「性」とか 他の 語を つけずには 独立できない かわった 造語成分の ように おもわれる。その点、「合理」が「理に あっている こと」という 状態性動詞句の (偏性)名詞である 可能性が のこされており、そのさいの 反対語は、「不合理」だ という ことに なる。両方の 可能性が ある という ことに なるが、どっちでもいい という ことではない。「合理」が 多義的である 可能性を いって、その 意味ごとに 反対語が ちがう と いっているのである。多義語の「うまい」の 反対語が、「まずい」と「へただ」という ふたつ ある というのと おなじ ことに なる と いっているのである。ただ 多義語 という より 多側面語と いった ほうが ふさわしい かもしれないが。
 ところで、古代の キリスト教神学者 テルトゥリアヌスが、「不合理ゆえに われ 信ず」と いった と つたえられているのは、洋の 東西の 差より 時代の 差を 重視した という ことであろうか。「合理」という 語・概念が まだ 成立していなかった と かんがえれば、それで いい という ことに なるだろう。埴谷雄高の 評論集の 題名も その 引用 ないし もじりに かかる と かんがえれば いいのだろうか。近代実存主義(サルトル)の 「不合理=不条理」との 関係は どう なるのだろうか。学生時代、「不条理」という よく わけの わからない ことばが はやった ものだが、さいきんは あまり きかないねぇ。なかには、「条理」と「情理」とに、混線(こんぐらかり Kontamination)を おこしていた ひとも いたのではないか。
 あとは、わたしの てには おえなくなる ので、このへんで やめておく。(この こなまいきな いいかた、くそまじめな かたには わからんかなぁ ……… なんの こっちゃ?)


 「木梨と なすび」 ――― 同音衝突の 回避 ―――

 人生、わらって くらすに しくは ない。「とんねるず」の 木梨憲武は いまも 活躍中だし、「長い顔」の「なすび」も 一時 テレビの 深夜番組などで 活躍していたのを おぼえている かたも いらっしゃるだろう。この ふたり、言語学の いい 教材だと いったら、意味 わかりますか?
 テレビの ニュース番組などで、「つぎの ような 委員長シアン、<わたくしの あん>が しめされました」という ように アナウンサーが いうのに でくわした ことが ある と おもう。文字で かけば「私案」の ことを「試案」(<こころみの あん>とも いわれる)と 区別する ための 処置である。日本の 漢語は、音韻組織の より 単純な 日本語が より 複雑な 中国語から 借用した ため、同音の ものが どうして おおくなり、このほか 有名な ものとして「創造」と「想像」、「化学」と「科学」など、にたような 文脈に あらわれやすく 混同されやすい ため、「いいかえ」を 必要と される ものが ある。この「いいかえ」の ことを、言語学では「同音衝突の 回避」などと いかめしく いう。英語「クリエーション」と「イマジネーション」を つかったり 「ばけがく」と「かがく」とで 区別しようとしたり するが、後者では 「かがく」の ほうが どちらか わからない ことも おこってくるので、教師は「ケミストリ」と「サイエンス」とで 区別しようとしていた ようだが、学生なかまでは ふざけて「ばけがく」と「とががく」などと いいわけていた ことも ある。社会的には 定着しなかった と おもうが、なかなか シャレた いいかただ と おもう。
 冗談は さて おき、公的な 標準語の ばあいと ちがって より 私的な 方言の ばあいは、もっと シャレているのである。東北方言の ように、i と u とが より くちの 中央に よった いわゆる なかじた(中舌)母音と なって 類音に なったり 同音に なったり して ききわけにくく なった ばあい、標準語の「梨」と「茄子」が 類音 もしくは 同音に なってしまう。農業中心の 生活に たいへんな 不便を きたしてしまう。そこで、「きに なる なし」の 意味で「木梨」と いったり、語源不明だが「-び」を うしろに つけて「なすび」と いったり して 区別した という わけ。「はたけなす」という いいかたも あるという。
 語源不明と した「-び」は、もし「あけび・いちび・わさび・わらび」といった「-び」と おなじと みて いいなら、「み(実)」と 関係する かもしれない。さらに「あわび・えび・へび」といった 動物関係も あって 空想を かきたてるが、このへんで やめておく。語源の 空想は、どうしても 職業倫理(自己規制)から 禁欲してしまうが、としよりの あそびとしては すこしは ゆるされるか。「み(実・身)」と「から(体・殻・空)」と「かは(皮・側)」との 関係にも ひろがっていく かもしれない ………「ことだまの ことばの そのに あそばんか」 (^_^)
 たしかに、語源随筆の たぐいには、おもいこみ だけの はげしい まゆつばものが すくなくないが、新村出といった 余裕派、亀井孝といった 慎重派、阪倉篤義といった 穏健派も いて、できれば そこに つながりたい ものだ と おもっているのだが、いかがな ものか ………「ことだまを もとめて ひさし みち はるか」 (^_^;)
「木梨」の ほうは、記紀に「木梨(之)軽皇子(かるノみこ)」という 悲恋の 主人公が いいつたえられている くらいだから ずいぶん ふるいし、「なすび」の ほうも、「本草和名」(10c.初頭 成)に みえるらしいから やはり かなり ふるい。ふたりとも、ユイショただしい なまえを もつ おわらいタレントなのである。
ここで やめておけばいいのに、もと ことば教師とは やぼな もので、ことば学として まとめないと おちつかない。――― 現在 東北方言の ような「ズーズー弁 (ジー・ズーの 区別が あいまい の 意)」的な 現象 ――― i と u とが なかじた母音であった ことと、その ために おきた「同音衝突の 回避」の 現象 ――― が あった ことは、ふるくから 中央の 標準的な ことばにも のこされている ように、ユイショただしい 現象である と かんがえられる。ついでに、「シュギュリェた(すぐれた)」や 「シェンシェイ(先生)」など いわゆる 拗音化「なまり」現象(たとえば u・e という 母音の 音価が、ウ・エか イゥ(ユ)・イェか という こと)についても、「朱雀大路=すざくおおじ」「修理=すり」「従者=ずさ」「受領=ずろう」「病者=ぼうざ」といった、のこされた 漢語の かな表記から 推定して、拗音の 音価の ほうが ユイショただしい 可能性も たかい。いわゆる 通説は、漢語の 拗音の 和文における 直音化表記 という アクロバチックな かんがえで、わたしには 信じがたい。「古語は 辺境に のこる」(方言周圏論) という 現象の 例と 解釈できる。さらに ついでに、松本清張の 小説「砂の器」によれば、出雲方言という「辺境」にも 同様な ことが いえる。ちなみに、丹波哲郎・加藤剛 出演の 映画には、いまは なつかしい 西が丘時代の 国語研の たてもの ――― 戦前の 陸軍兵器廠の 本館あと。撮影後 まもなく とりこわし。――― も、柴田武と おぼしき 人物(清張による 人物描写には ふれないでおく)も、登場するぞ。――― という わけである。


 「ぎなた よみ」 ――― 句読点と わかちがき みたび ―――

 「ぎなた よみ」という ことば、いまどき ご存じの かたは どれほど いらっしゃるだろうか。
ぎなた‐よみ【ぎなた読み】
(「弁慶が、なぎなたを持って」と読むべきところを「弁慶がな、ぎなたを持って」と読むように)句読点を間違えた読み。
【岩波書店 広辞苑 第六版 DVD−ROM版】

ぎなた よみ【ぎなた読み】
〔「弁慶が,なぎなたを持って」と読むべきところを「弁慶がな,ぎなたを持って」と読んだという話から〕文の区切りを間違えて読むこと。
【三省堂 大辞林 第三版】
という もの。読点が、よこがき電子版の ばあい、広辞苑と 大辞林とで 「、」と「,」という ふうに ことなっているのも おもしろいが、問題の 語を、「句読点」の まちがいと するか、「文の区切り」の まちがいと するか、ちがっているのも、おもしろい。大辞林の「文の区切り」という いいかたも、一般的には、「文全体の 区切り」と かんがえれば 句点、「文内部の 区切り」と かんがえれば 読点、「文の もっとも ちいさい 区切り」と 好意的に ふかよみすれば 文節わかちがき、を 意味する ことに なるだろう。句読点とは ちがう という 認識を 好意的に 解釈すれば、わかちがきの ことを いおうとしたのだ という ことに なるかもしれない。執筆者が 「わかちがき」という ことばを しらずに しろうとっぽい 説明に なったのか、読者が しらないだろうから しろうとっぽい ふりに なったのか、わからないけれど(編集過程が 原稿の 保存・記録などで わかれば おもしろいのだが)。それにたいして、広辞苑の 記述は 学問対象に する 価値が ない。ただ、岩波書店編集部員 ないしは 国語国文学科の 大学院生クラスの 認識程度を 反映している とは いえるだろう。その 点では 貴重だ。ただ、ここでも また ゲーテ先生の ことばを おもいだす。
   外国語を しらざる もの、自国語について しる ところ なし。

 日本を 代表する 中辞典が、<句読点と わかちがき>に関しては、この 程度の 認識なのである。わらうべきか、なくべきか。いや、この 冷厳な 事実を こころしづかに うけとめるべきだろう。「ひも くれて なお みち とおし あきの くれ」


 「句読点」 ――― たて・よこ と みやすさ ―――

 現在、日本語の 文章の 句読点は、よこぐみでは、「、。」「,。」「,.」の 3とおりの くみあわせが ある。日本語の 表記法は、「いまどき Yシャツ 一枚 1,000円の 大Sale!」の ように 多彩である ことで 有名であるが、句読点も、いわば 和文式、折衷式、洋文式、と 3種類とも そろっている。
 としよりなど めの よくない ひとにとっては、この ページでも 採用している 1番めの 和文式の くみあわせ「、。」が いちばん よみとりやすく 識別能力は いちばん たかい ように 感じられる。もちろん 経験的に という ことで、実験した わけではないが。
 情報処理学会や 電子情報通信学会は、めの いい ひとが おおいのであろうか、3番めの 洋文式の <句読点は,句点「.」と読点「,」をそれぞれ全角で用いる.>という 趣旨だ そうである(Wikipedia)。識別能力は いちばん ひくい ように 常識的には 感じられるが、ただの 西洋かぶれであろうか、よこがき=洋文=コンマ・ピリオド という 固定観念であろうか、「情報」的に なにか 合理的な 理由でも あるのだろうか。もともと 半角(1bite)の 環境に あった ものを 全角(2bite)に かえた ところで、漢字かな(全角 2bite)に 埋没する ことは あっても、めだち性は ふえない と おもうが、ぜひ 学会の 威信に かけて まじめに こたえてほしい。なにせ「情報」関係の 学会なのだから、あだや おろそかに かんがえて もらっては こまるのである。
 2番めの 「,。」という くみあわせは、昭和26(1951)年 国語審議会が 審議決定した「公用文作成の要領」以来の 歴史を もつ 由緒ただしい ものらしい。その「第3 書き方について」の 補注に、「句読点は,横書きでは「,」および「。」を用いる。」と 明記してある。どうして こんな 折衷的な 方式が 主張されたか、かいてないから、推測するしか ないが、本文に「執務能率を増進する目的をもって」と あり、補注に「大きな数は,「5,000」「62,250円」のように三けたごとにコンマでくぎる。」と ある ことから 推測するに、いまと ちがって 邦文タイプが 主流であった 当時において、その 文字盤を すこしでも 整理する ため、句読点にしか つかえない「、」と くらべて 句読点の ほか 数字くぎりとしても つかえる「,」の ほうが 便宜だと かんがえられたのでは ないだろうか。しかし、いまも「官報をはじめ、この要領に沿わない公文書が多く発行されている」(Wikipedia)そうである。ワープロが 事務機器の 主流に なっている いま、「,」の ほうが いい 合理的な 理由が なにか あるだろうか。よこがきの 教科書は、いまも この、官報も したがっていない 方式に したがっていて、こどもたちに おしつけている そうだから、ぜひ こたえてほしい、こたえる 義務が ある。
 日本には、わかちがきの 伝統が そだたなかった かわりに、句読点には かなりの こだわりが あった。いまは きえてしまったが、二葉亭四迷などには しろぬき(白抜き)読点などの こころみも あった。コロンや セミコロンに 相当する ような、明治期の さまざまの こころみが きえたのは、簡便を もとめる 主として 国定読本と 大新聞の 採用する ところと ならなかった、という ただ それだけの ことかもしれないのである。総動員体制的な 「あか信号 みんなで わたれば こわくない」主義、われわれも、自立したければ、自分なりに 表記の 近代化・合理化の 努力を つづけなければいけないのである。
 以上、やや 個人的な 経験を 優先させて、個人的な やや 主観的な 感想として かかせてもらった。じつは、屋名池誠『横書き登場』(岩波新書)に 期待して よんでみたのだが、句読点にまで 言及するには 話題が おおすぎたらしい。続編に 期待する ことにする。


 「ペンネーム」 ――― 秘密と 願望 ―――

 「麻原彰晃 こと 松本智津夫」と ニュースで なんど ながれた ことだろう。「こと」という 品詞不明の ことばを うみだす ほど、別名 筆名 通称 別称 芸名 げんじな(源氏名) ……… と、よのなかには なまえが あふれかえっている。個体を あらわす 固有名の 必要の 補完 という ものであろうか。ひとの だれでも もつ という 変身願望に 由来する ものだろうか。「秘密」を 共有して なかま意識の 結束を かためようとする ものだろうか。むろん、それらが 択一的である 必要は ない。いろいろな はたらきを もつ と おもえば いいのだろう。
 『平家物語の語法』という 大著が 「はらいさげ」を うけなければ、山田孝雄の 著作とは ならず、文部省の 著作と された というのと おなじで、『分類語彙表』も 『日本言語地図』も、国立国語研究所の 著作なのである。わたしなど わかい ころは、それを さかてに とって、ふざけて 研究所を 自分の ペンネームだと いいふらしていた。むろん 社会的な 認知など えられも しない ものだが、当時の はやりの ことばで いえば、工藤の 個人語(ideolect)では 国研は 工藤の ペンネームなのである。わたしなどの ばあいは 「なまえまけ」している と いっていいが、林大先生や 柴田武先生などは、国研は わたしの ペンネームだと いっても かまわない ように おもう。もう ふたりとも なくなっているが。また、わかいころに ペンネームで こっそり かいた 文章が、歴史の かなたに きえていくのを ほっとして みおくる ばあいも おおいが、なまえを かえて よみがえる ものなら よみがえらせてみたい と やや 未練がましい おもいを させる ものも ないでは ない。としを とる という ことは、はぢしらずに なる という ことかもしれない。
 冗談は さて おき、「奥田靖雄」が いわゆる 本名ではなく、奥さんの 旧姓「奥田靖子」に 由来する という ことは、よく しられた ことかもしれない。なぜか は とわない ことに して、雑誌 論文集の 執筆者名の バランスから つくられた という「藤村三郎」や 集団執筆を 明示する ための「吉村康子」(=大島雄 + 野篤司 + 奥田雄 + 子)といった かわりものも ある。ただ、こういう 実在人物と 一致しない ものは まだ あつかいが かんたんだ。実在人物の なまえを 「かりる」 かたちで 「集団」の しごとが 特定の 人物によって かかれる となると、ことは やっかいに なる。樋口文彦編(1997)「奥田靖雄の著作目録」(『ことばの科学8』)が なぞときを いくつか やっている。
「藤村三郎」の 由来は、奥田の ことだから みょうじは 島崎藤村からで まちがいない と おもう。問題は「三郎」だが、これも 藤村がらみで かんがえれば、小説「嵐」などの 登場人物としての「三郎」、つまり 画家 島崎蓊助 ――― 藤村の 三男。1908年生〜1992年没。共産主義運動家として 有名。ながく『藤村全集』編纂に かかわる。詩誌『歴程』「藤村記念歴程賞」の スポンサーも ながく つとめていたらしい。――― が モデルだと いわれる「三郎」ではないか と おもう。ただ 難点は、「嵐」が 『連語論』の「用例の出典一覧」(pp.339-340)に みえない こと。しかし 奥田の 藤村ずきからして それほどの 難点でもないだろう と おもう。それより、<漢語おいだし>を 主張する「民族解放と日本のコトバ」の 筆者の ペンネームが なぜ よりによって「三郎 サブロウ」なのか。サブは、「三」の 漢字音 sam から m と b との 子音交替で 説明するのだと おもうが、固有名としては 複雑な 漢語と いうべきだろう。それを あえて おして と いえば、やはり「島崎蓊助」がらみで かんがえるべきではないか と おもう。「藤村」は なまえから みょうじに かえる ことによって、<漢語おいだし>に 成功している。
 ここには、樋口の ふれていない もので 気になる ものを とりあげる ことにする。有名な 鈴木重幸(1972)『日本語文法・形態論』という 本が ある。前身は 雑誌『教育国語』に 連載された もので、それを 土台に 補足・修正した ものだ と「まえがき」に ある。その 補足・修正の おもな 点として「(i) 全体のくみたてを二部にわけ、それぞれに序説をつけくわえた。」と あるが、その 序説というのが、その他の 本文と かなり 文体が ちがう ように おもうのである。内容的にも、本文と 重複や くいちがいが ある。基本的には 奥田の 執筆ではないか というのが わたしの 推定である。本文との 類似度より 『国語科の基礎』第一部に おさめられた 論文との 類似度の ほうが 内容・形式ともに たかい ように おもわれるのである。また、鈴木の「2度目の論文集」である『形態論・序説』の 巻頭に のせられた 論文「文法とはなにか」は、「雑誌には、わたしの手ちがいで「文法について」という題ででてしまったが、今回本来の題にあらためた。」と 「あとがき」に あるが、自分の 文章だとしたら 変な「手ちがい」ではないか。奥田執筆の 論文を 自分化すべく 鈴木なりに 修正した 結果ではないか。文体的にも、「文法とはなにか」の ほうが ふさわしい、きびきびとした ひとを 鼓舞する ような 文章である。
 鈴木康之編(1977)『国語国字問題の理論』の、やはり 巻頭を かざる 宮島達夫の 論文「言語政策の歴史」は、きびきびとした 名文であるが、ふだんの 宮島の 散文とは ひとあじ ちがう ように おもう。宮島の 個人論文集にも のっていない。したしらべを して したがきを したのは、まちがいなく 宮島だとは おもうが、「討論をふまえて」(あとがき)、最終稿にまで 集団で ねりあげる 過程で、奥田の かんがえが かなり くわわっている ように おもう。全体の 文体は、奥田の ものに かなり ちかく みえるが、内容 および その 集団的な 討議 集約が しからしめた と いうべきか。「作品は 作者と はなれた 独自の 意味を もつ」と いうべきか。
 そのほか、単行本の まえがきや 解説の たぐいでは、奥田自身の なまえでは 気はづかしくて いえない ような ことを わかい ひと(編者/事務局長)の なまえで いってみせる という ような ところも まま みえる。研究会という 集団の しごとなのだから、おおかれ すくなかれ 奥田の ふでが くわわっていた としても おどろくに あたいしないが、主要な 点は あきらかに してもらいたい。「集団」が ときに いいように つかわれていないか。「集団」とは 元来 そんな ものだった のかもしれない、と ふと おもう。


 「でれる たべれる おしえれる」 ―――「ラぬきことば」が ふえる わけ ―――

 なが年 教師を つづけてきていると インガな もので、定年退職して みやづかえを しないで すむ と うれしい 反面、おしえたくて うずうずしている 自分に 気づく。ここに 紹介する はなしも、なん回 学生の まえで はなした ことか。
 まず、事実の 確認から はじめよう。「みられる」「たべられる」「おしえられる」という ように 一段活用動詞に「られる」を つけて 可能の 意味を あらわすのが 標準である ところ(可能態)を、「みれる」「たべれる」「おしえれる」という ふうに ラを ぬいて いう いいかたを 「ラぬきことば」と いう。いわゆる 四段活用動詞の ばあい、「かける」「およげる」「はたらける」の ように 一段化して いわゆる 可能動詞で あらわし、「かかれる」「およがれる」「はたらかれる」の ような レル形は、可能態としては つかわないのが 標準である。
 ふるく 中村通夫が あきらかに した ように、「これる」「でれる」「みれる」の ような 語幹が 一音節の 語の ばあい、第二次世界大戦 まえから 実例が あるのにたいし、かく いう わたし 戦後うまれ 戦後そだちの 人間にとって、「おきれる」「たべれる」の ような 語幹二音節の 語の ばあいは、かきことばでは つかわないと おもう ものの、はなしことばでは きいても それほど 違和感が なく、ひょっとしたら 自分でも つかう かもしれないが、「おしえれる」「こしらえれる」の ような 三音節 四音節の ものは ちょっと いいがたい。それが むすこたちの 世代や さいきんの 大学一年生(おおくは 平成うまれ)に なると、どこが 問題なの、という かおをする。「ラぬきことば」は、完全に 法則化・ルール化されているのである。としよりの おおくからは ことばの ミダレを いわれながら、どうして 進展してきたのだろうか。語レベルと 文レベルに わけて かんがえていこう。
 「れる・られる」という 助動詞は、うけみ・尊敬・自発・可能 という 4つの 意味を もつ と 学校で ならうけれども、さっきも いった とおり、四段活用動詞に つく「れる」は、可能の 意味には 実際上 もちいられない。自発用法も、いまでは ほとんど「おもわれる・おもいだされる」といった かぎられた 動詞に しか もちいられない。尊敬の 意味では 別の かたち「お ……… になる」が おおく もちいられ、尊敬に もちいられたとしても、格助詞の 用法で 区別が つく。つまり、四段動詞では、「かかれる」「およがれる」「はたらかれる」という かたちを きいたら、文脈上 尊敬でなければ、(迷惑の)うけみと かんがえて 九分九厘 まちがいないのである。可能の 意味は、「かける」「およげる」「はたらける」の ように 一段化して いわゆる 可能動詞で あらわされるから。問題として のこるのは、「一段動詞+ラレル」である。こちらは 標準的な いいかたでは、「みられる」「たべられる」「おしえられる」という かたちは、(迷惑の)うけみとも 可能とも かんがえられる。むろん 文脈しだいでは 尊敬とも。しかし、可能の 意味に かぎって 「ラぬき」に したら どうだろう。多義的な あいまいさが 実質上 なくなる ことに なるだろう。つまり「ラぬきことば」は、標準的には 四段動詞に かぎられていた 可能動詞と おなじ 機能を はたす いわば 第二可能動詞なのである。可能表現の うけみ表現からの 分離・独立の うごきである、と いっても いい。これが 「ラぬきことば」の ふえる ひとつの わけである。
 つぎに、文レベルで かんがえてみよう。可能動詞「かける」「およげる」や ながい(分析的とも いう) 可能表現形式「かく ことが できる」「およぐ ことが できる」の かたちに 注目してみると、可能動詞は、「Xヲとる ― Xガとれる」「Yヲおる ― Yガおれる」の ような タイプの 自動詞と かたちが 一致する。「わたしも ロシア語を かく こと できる」は「うで おでき できる」、「かれは およぐ こと できない」は「せまい いえは プール できない」といった 発生・出現の 文構造が もとである。したがって、もともとは「わたしは …… とれない」「わたしは …… おれない」の ように、「わたしも ロシア語を かく ことが できる」「かれは およぐ ことが できない」の ように、ニ格(与格 位格)構文であった ものが、「わたし …… とれない」「わたし …… おれない」、「わたし ロシア語を かく ことが できる」「かれ およぐ ことが できない」の ように、ゼロ格(名格)の 主題構文に かわっていく 最中・途中なのである。可能表現は、ふるい 日本語では 自動詞、自発、発生と いった (モノが) ナル表現であったの(ボイス可能とも いう)が、印欧語なみに (ヒトが) スル表現(can etc.<「知る」の意から)化してきたのである(ムード可能とも いう)。「(太郎には) 絵 かける」(無意志的な できごと event 構文)が「(太郎は) 絵 かける」(ハ・ガ構文 二重主語構文)を へて「(太郎は) 絵 かける」(意志的な 動作 action 構文)に 移行する 途中に あるのも、おなじ ながれと いえるだろう。以上の ように、可能・実現表現(コトの realization)が ナル表現から スル表現へ ――― be 動詞表現から have 動詞表現へ と いっても よい ――― かわりつつ あり、(超時的)可能・能力表現(ヒトの ability, potentiality)の 独立の うごきが あるのも、「ラぬきことば」が ふえる ひとつの ささえに なっている。
日本語でも ふるくは、「しる」が ただの 知覚・認識を あらわすのでは なく、占有・支配を 意味していた ことは よく しられた ことであろう。「しる こと」(英語 can、ドイツ語 koennen[oe=o Umlaut]、フランス語 savoir)が 可能表現に 発展しても 不思議では ないだろう。フランス語は、さらに 分解すれば、pouvoir, savoir など voir(みる)系の 語が 可能表現に 関係している ようにも みえる(=「みる」の 自動詞形 ≒ 判断できる ≒ かんがえられる)。
 以上の ように、現代日本語における 可能表現の 独立の うごきは、おおきな うねりと なって おしとどめがたく なっていると おもう。これが E.サピアの いう「ながれ drift」という ものであろう。どうしても 漢語で 訳したければ「漂流・潮流」が いい。市販されている 訳本の ように、「駆流」「偏流」などと 変な 日本語を つくってまで 訳さなくてもいい。人間にとって ゆくえ さだめぬ「漂流」(最古の 木坂訳)が 生じるのも、客観的には うみに「ながれ・潮流」が あるからこそだろう。「駆流」「偏流」など という 変な 日本語を こしらえた 学者は、サピアも 自然の 秘密(からくり)も わかっていない のかもしれない。変な 日本語を つくる という ことは、変な あたまの もちぬしの あかしなのである。サピアにとって、表面上 個人では どうにも ならない ものが 歴史・社会の なか(底流)にあって 一定の ながれ(潮流)を なしている もの、それを "drift" と よんでいる ように おもわれる。"genius" と あれば どこに あっても「精神」と 訳さないと 気の すまない 硬直化の 症状 ――― 元凶は 小林英夫の ソシュール訳の「等量の 移植」に ある ――― も、悪化の 一途である。学者は、日常語を つかっては いけない とでも いうのであろうか。こどもにも わかる 基礎的で 常識的な はなしではないか。
 人間は、緊張が とけると、惰性化する、ダラける。キラクには なるが、ダラクする ……… あとは いうまい。
念のために ひとこと。「偏流」が 既成の、航空業界などで つかわれている 専門用語としての 意味で もちいられている と いうなら、誤訳である。「歴史的所産としての言語」の ひとつとして 「音(韻)法則」とともに 章の 副題に あげられている という 基本システムを なす「精神」において、まちがっている。また、この 本が 「言語学の学生」と「専門外の一般人」に むけて かかれていて 専門用語も 専門記号も さけられている という 執筆方針(「まえがき」)からも、その 「精神」において 「偏流」という 珍奇な 訳語は おかしいのではないか。
 そんな ことより、よんで おもしろいのは、『言語学大辞典』(6 術語編)の 10ページにも およぶ「サピアの言語学」である。おそらく 編者 河野六郎が みづから 執筆した とみられる 項目であるが、わたしの しる かぎり もっとも ただしく 真に せまった 解説である。その かたりくちに 河野 みづからを かたっている ところも みられる。問題の "drift" に関しては、「ドリフト」という カタカナ語が 採用されている。既存の 訳語も 紹介は しているが、辞典としては 異色な ばかりか、河野なりの 疑問・批判も みられて よみごたえが ある。サピア用語 解説の かたちを かりた 河野 言語変化論の エッセンス とも いえる かもしれない。
項も かえないで、いもづる式に というか 連歌式に というか、どんどん 脱線していくのは よくないのであるが、うえの「編者 河野六郎が みづから 執筆した とみられる 項目」という かんがえかたは、文体的な くせの のこりかた などから いって、宮岡伯人 その他の ひとびとの したがきでの 協力まで 否定しようと している わけではない。だが、全体を まとめ 文章を 推敲していたのは 編者 河野六郎だ というのは うごかない と おもう。それより おもしろいのは、最後の ほうで (1933?) という ような おそらく 出典(論拠)を 確認する 必要を しめす "?" 記号まで のこされていて、河野の てもとで ゆっくり ねりあげられていた 原稿を、このままでは 刊行できなくなる おそれも ある と 心配し、河野から とりあげた ひとが まわりに いたのだ と おもう。常識的に かんがえれば 千野栄一であろう。その 千野栄一も いまは いない。事務的に 有能な ひとだった。生前 毒づいて ばかり いたが、学内 研究会の あとの 放談会「清貧ビールパーティ」が なつかしい。「竹林の七賢人」あいてに かしこまっている 会も いいが、この 会でも 千野は、わかぞう あいてに けっこう たのしそうであった。西が原時代である。府中に 移転してきて、はこものは 立派になったが、「あき ふかき となりは なにを する ひとぞ」に なってしまった 気がする。府中時代に おもいでは ない。「あき ふかき となりは なすを にる ひとぞ」(水芭蕉)「ふる あめや 昭和も とおく なりにけり」(花田男)


 「つづり字 発音」 ―――「合理化」と「なおしすぎ」―――

 紫綬褒章 とやらを もらった あげく、松田聖子と おきゃんな テレビCMに でたりして、元気な ところを みせてくれている 中島みゆき、かのじょの うたが すきで よく きくのだが、まえから ちょっと 気になっていた ことが ある。
 「わかれうた」に、「人ごとに言うほど たそがれは 優しい人好しじゃ ありません」という フレーズが ある。「誕生」にも、「私いつでもあなたに言う 生まれてくれてWelcome」という フレーズが ある。この「言う」を かのじょ、[ユー]と 発音しないで、[イ'ウ]と 発音するのだ。「言って」を 「言う」[ユー]に あわせて、[ユッテ]と 発音する ひとには ときどき あうが、中島みゆきの ような 発音を する ひとは めづらしい と おもう。「旅人のうた」の「男には男のふるさとがあるという/女には女のふるさとがあるという」という 補助動詞用法では、あまり みみだたず [ユー]に ちかい。一種の「つづり字 発音」だが、[ユッテ]にしても [イ'ウ]にしても、本動詞の 語形(語幹)の 一定・安定を もとめる 自然な うごき・ながれ(drift)である。
 わたしは、こどもの ころ 「東京(関東)方言」的な 色彩の こい 葛飾区に そだったが、銭形平次など おかっぴきの つかう「十手」の ことを、[ジュッテ]と 発音していた。たぶん おとなたちは ただしく[ジッテ]と 発音していたのだろう と おもう ――― 歴史的かなづかいでは 「じふ・て」の 促音化 ⇒「ジッテ」 ――― が、「新宿 シンジュク」の ような 拗音を 直音化して [シンジク]と 発音しがちであり、「塾ジクは 九時クジ はじまり」などという ダジャレを 妙に おぼえている 人間の 発音の「みだれ」を なおしすぎて、「十 ジフ ⇒ ジュウ」に あわせて 拗音化した [ジュッテ]が ただしい かたちだ と おもってしまったのである。まちがっては いるが、こどもなりの 合理化である。こういう 現象を、言語学では まだ 専門術語として 一定しては いないが、学者によって 「なおしすぎ overcorrection」とか 「過剰矯正 hypercorrection」とか 「あやまった 回帰 false regression」とか いう。けっこう よく ある ことで、名古屋で、まだ キャベツが めずらしかった ころ、「カイベツ」と いっていたのも この 例である。カイという 標準語の 連母音を キャと 名古屋方言特有の 二重母音に なまった ものと 誤解し なおしすぎたのである。東北人が、「至極」と「すごく」、「しぼむ」と「すぼむ」、「ちぢまる」と「つづまる」という 語に いだく 複雑な おもい(違和感)も これと 関係が あるらしい。i と u が 東北方言では 同音・類音に なる ため、意味も にている ばあい 「なおしすぎ」ではないか と 不安に なる という。また 東京でも、新学期に むけ 「ディスクと チェア」フェアを もよおした「高級」家具店も あった。ディズニーランドを デズニーランドと いい、ディスコを デスコと いい、わらわれてきたり それを みききしたり してきた ひとにとっては、「デスク desk」は CDなどの ハイカラで 高級な「ディスク disk」の ふるくさい ものと おもわれたのであろう。また 全国テレビ放送でも、もう 現役では ないので いうが、野球解説者の なかに おくりバントの ことを バンドと いう くせの ひとが いた。bed の ことを ベットと いい、badge の ことを バッチと いって(促音後の 清濁)、わらわれた ことを おもいだして、バント bunt で いい ものを バンド band と おなじように いうのが ただしい ハイカラな (舶来の) いいかただ と おもったらしい。価値意識も からんで、おかしな ことも ときに おきて、たのしい。
 中島みゆきの 例に もどって いえば、使用頻度から すれば 「いった」「いって(いる)」という 過去・現在(持続相)の かたちの ほうが 「いう」という 未来・超時の かたちより おおいだろうから、中島みゆきの 合理化の ほうが ふつうに なって しかるべきなのに、みみに たつのは どうしてであろうか。「という」という 超時の 補助動詞用法の かたちも 考慮に いれれば、これが とびぬけて おおく つかわれている という ことも かんがえられるが、中島みゆきの ばあい [ユー]に ちかく 発音されているから、理由に ならない。それとも、本動詞用法の なかでも つかいわけが あって、「なづける・かんがえる」「かたりかける」に ちかい ような「いう」である ばあい [イ'ウ]と 発音する、という ような 表現技法の からんだ かたちであろうか。あるいは、メロディの おとの 高低に からんだ かたちであろうか。作曲も 本人だしなぁ。いずれにしろ、自分に 都合の いい かたちだけを ピックアップしてみても 研究の 証明には ならず、都合の わるい 例も 検証しないと 研究とは いえない、というのと おなじで、みみだたない「いう」も きちんと しらべないと いけない のかもしれない。
 いずれにせよ、以上の どの 例も 当事者は、おおまじめに 合理的だ と おもっている というのが だいじなのである。おおまじめな おかしさを しらべようとするから、人間の こころに いかほどか とどく 研究になるのだ。言語学は 自然科学ではない。

 つづいて いわゆる「ラぬきことば」(ex. おきれる たべれる etc.)の 合理性(合理的な ながれ drift)についても ふれる つもりで いたが、中島みゆきの CDに ききいってしまったので、今回は このへんで やめておく。


 「ふたへにまきてくびにかける数珠」 ――― 句読点と わかちがき ―――

 「ふたへにまきてくびにかける数珠」

 句読点なんて 意味が ないと いった 数珠屋に だした いじわるな 注文書という はなしで、
   ふたえに まき てくび(手首)に かける 数珠
   ふたえに まきて くび(首)に かける 数珠
の どちらを つくってきても、反対の ものを 注文した ことに して、数珠屋を こまらせよう という はなし。いじわるの 張本人を 一休さんと する もの、井原西鶴と する もの、近松門左衛門と する もの、と いろいろ ある ようだが、とんちばなしに みたてた 一休さんと する 説を のぞけば、印刷時代の 口調・韻律を おもんじた 近世の 作家が えらばれているのが 注意を ひく。句読点の 必要を いう はなしであり、同様の ものとして
 「ここではきものをぬいでください」
   ここで はきもの(履物)を ぬいでください
   ここでは きもの(着物)を ぬいでください
という 観光地での わらいばなしも あるが、わかちがきの 必要を いう はなしで ないのは なぜだろう。
 まじめに 問題を たてれば、「日本語は なぜ わかちがきの 伝統を もたなかったか ――― をめぐって かたる」である(まじめに 亀井孝の もじり)。これに いちばん ちかい こたえは、わたしの しる かぎり、小松英雄『日本語書記史原論』であって、ひらがな(漢字の 草体)の てがき時代の すみつぎや つづけがき(連綿)が、「わかちがき」の やくわりを はたした という 説である。かなり いい 線を いっていると おもうが、これだと うえに ひいた ように、印刷時代に「わかちがき」の 必要を いう はなしが でてこない ことは、表語文字(表意文字)としての 漢字の 多用で 説明する しか ない。中世の 和漢混交文(漢字カタカナまじり文)以来の 漢字の 多用の 伝統である。(厳密には 印刷時代と いっても、ふでがきを うらがえし ほりこみ する 木版一枚ずり(整版)の 時代と 活版印刷の 時代(木版活字 合金活字とも)とを 区別すべきだろうが、いまは そこを ラフな ままに させてもらう。くわしい 印刷事情の 歴史に うといので。かりに 時代が 明治ちかくまで ずっと さがっても、問題の 趣旨は かわらない。観光地の 例も ある ことだし。)
 たしかに おおすじは その とおりかと おもうが、近松門左衛門の 浄瑠璃正本(ふしづけ つき)の ように 漢字が 多用されなくても、近松伝説として、わかちがき」の 必要の はなしが できず、「句読点」での 代用の はなし しか できなかったのは、なぜなのか。あるいは、日本語の リズム形式「等時的拍音形式」(時枝誠記)も 関係しているのではないか と おもうのである。
   これがそのしんせいひんです。   わたしはだいがくせいです。
   Thisisthenewproduct.       Iamauniversitystudent.
を くらべていただきたい。おとの 高低に よる メロディカルな 等拍(mora)言語における 音節文字と、おとの 強弱に よる リズミカルな 音節(syllable)言語における 音素文字とでは、単語認識に 差が でるのではないか、と おもうのである。音声学を まじめに 勉強してこなかった ことが くやまれるが、のこり すくない 人生で、わかちがきの 推進と 漢字の 漸減とを すすめる とともに、韻律の 問題として「日本語は なぜ わかちがきの 伝統を もたなかったか」について、かんがえていきたい。
いま、英文学・英詩研究者 土居光知の『再訂 文学序説』(1949)、『日本語の姿』(1943)、『言葉と音律』(1970) などを よみかえしている。わすれさられている かもしれない ふるい 本だが、あたらしい 音声学・音韻論の 本は、抽象的すぎて ことば行為から うきあがっていて、あまり やくだたない ことに あらためて 気が ついた。土居光知が そう おもい みづから 実践した ように、音声学者だのみ というのが 怠惰なのだ、と おもうべきであろう。かつて、文の モダリティ論との からみで イントネーション(文音調)の 正確な 記述を (音響)音声学者に 期待したが、むだだった。自分の みみを きたえる しか なかった。機械が 精確に 計測できる ことは、現状では まだ かぎられている。おとの 高低における 語の アクセントと 文の イントネーションとの 分離などは、いまの 機械には うまく できないのだ そうだ。なぜ 人間には できるのだろう、そう かんがえる ことによって 機械も 進歩するのだろう。逆ではない。機械は なんといっても 人間の つくった 道具、ただし 高級な 道具・装置なのだから。むろん かぎられた 分野において、道具・機械の 発明は すごい ちからを 発揮する。さかなの あみの 発明で 漁獲量が 激増した ように。コンピュータの 発明で 情報処理が 飛躍的に はやくなった ように。しかし だからといって、道具・機械に 人間が ふりまわされていい はずが ない。現代の 音声学者の 研究は、機械の 性能に 支配されていないか。原子探求に ばかり いかれて 分子結合の ことを わすれた 化学者は、ものわらいの たねであろうが、現代の 音声学・音韻論者に その 傾向が ないか、心配である。としよりの とりこし苦労 という ものなら いいのであるが。


 「音数律」 ――― ことばの かたちを しばる もの ―――

 「火の用心 マッチ一本 火事のもと」
 さすがに マッチを つかわなくなった ちかごろでは あまり きかなくなったが、わたしの こどもの ころなどは やすみとも なれば 毎晩の ように 拍子木(ひょうしぎ)を うちながら となえさせられた 消防標語であった。口調も よく、五七五の 代表の ように おもっていた。「ヒノ ヨージン」が 六音で 字あまりだとは つゆ おもわなかった。ここには「ヨージン」という 長音と 撥音の 問題が 介在していて、「拍(mora)」という おとの ながさの 計測を 複雑に しているのだが、こまかい ことは 音声学者の わかりやすい 説明を 期待する ことにして、ともかくも おとの 調子というか くちでの となえやすさが、ことばづかいに 影響する ことは いうまでもない であろう。
 前回 この ページに 「荒海や佐渡によこたふ天の河」の ことを ひきあいに だしたが、それは、
よこ‐た・う【横たふ】‥タフ
(一)(自四)(→)「よこたわる」に同じ。奥の細道「荒海や佐渡に―・ふ天の河」
(二)(他下二)→よこたえる(下一)
【岩波書店 広辞苑 第六版 DVD−ROM版】

よこ た・う【横たふ】−たふ
(一)(動ハ四)横たわる。横になっている。「荒海や佐渡に−・ふ天の川/奥の細道」
(二)(動ハ下二)→よこたえる
【三省堂 大辞林 第三版】
の ように、どちらの 辞書も 自動詞「よこたわる」と おなじと 解釈していた からである。意味的には「佐渡によこたはる」が いいが そうしては 字あまりに なってしまう。そこで 破格だが 「佐渡によこたふ」と 自他動の 別を 無視したのだ、という 通説 ――― 正気の 学者の 説とも おもえないが、偉人・聖人に つきものの 「伝説」「迷信」みたいに ミラクルな ものなのだろうか ――― に したがっているのである。そこで、古賀の「やるせぬ」も、メロディに 制約されて、「やるせない」という ただしい かたちでは 1音 字あまりに なるから とられた かたちであり、おなじ ような ものだと かんがえたのである。
 だが、別の 解釈も ありうる。 ――― いったん 散文的に 音数律から はなれれて いえば、「佐渡に からだを よこたえる(よこたふ) あまのがは」という ように、からだ(の 部分)を 他動して(「よこたえて」) からだ(の 部分)が 自動する(「よこたわる」)、「再帰」(reflexive)的な 表現が ある。ヨーロッパの 言語では「自分を おこす」という いいかた(直訳)で 「自分が おきる」を 意味する いいかた(再帰動詞用法 代名動詞表現とも)が ある。日本語では、単語としては 再帰動詞は ないが、「(わざと) 他人の てを きる」は もじどおり 意志的で 他動詞的だが、「(うっかり)自分の てを きる」は 無意志的で 自動詞的(≒「てが きれる」)であって、構文・意味機能的には 「再帰」的な 表現が ある、と かんがえても よい。 ――― 自分が 自分の からだを 変化させる(他動する) ことは、ふたたび その 結果が 自分に 反射して(reflex) かえってくる ことだから、けっきょく 自分の からだが 変化する(自動する) ことと おなじに なる、と かんがえると いいだろう。――― この ばあい もちろん からだ(の 部分)を あらわす ことばは 省略しないのが ふつうだが、音数律に しばられて 芭蕉は 省略したのだ、と かんがえるのである。この 解釈では、補語(目的語)といった 文の部分の やや 異様な 省略は 想定するが、自他動の 区別の 無視は 想定しない。さらに 調子に のって いってしまえば、「荒海ガ 佐渡ニ 天の河ヲ よこたえる(古 よこたふ)」という 構文関係を かんがえる ことだって あながち 否定できない ように おもう。雄大な ながめだ という みたてだって あろう。この 解釈では 不自然な 省略も 想定しないで すむ。いずれにせよ、自他動の 区別の 無視という、日本語の 文筆に たずさわる ものとしては ほとんど かんがえられない 文法無視/誤用 ――― この 解釈を とる ひとは、いったい 古代語が 主格(ガ) 対格(ヲ)という 主要格助詞を もちいずに すんだ わけを どう かんがえるのだろうか。おちついて かんがえて ごらんなさい。合理性の かけらも あらばこそ。ことばは 基本的に 合理的な ものであって、不合理な ことが おこるのは、不合理な あたまの 人間が いるから というだけの ことである ばあいが おおい ――― は 想定しないで すむ 点に、この、常識的に 他動詞と みる ふたつの 解釈の 特徴(利点)が ある。わたしは この 解釈に たつから、いかに 古賀ファン といえども、ことばの かたちに関して 松尾芭蕉「よこたふ」と 古賀政男「やるせぬ」とを おなじには みないのであるが、『大辞林』や『広辞苑』は 非常識な 通説(迷信)に 安住 もしくは 同意している ようだ ――― 理由を いわない 行動だから しまつが わるい ――― から、さきの ことばを かえる 必要は みとめない。「よらしむべし、しらしむべからず」を 地(ぢ)で いっている 権威、つまり 暴力装置としての 権力なのである。
 以上の 通説が だれ どこに 淵源するのか 専門が ちがうので よくは わからないが、岩波の 古典大系(旧版)46「芭蕉文集」の 補注の「自他の混用」という 説などは、自説の 得意な 主張の ようで、すくなくとも 通説の 一部を 構成する ものと みられる。「俳文」の「銀河の序」の この 句の 頭注に、「「横たふ」はここでは横たわるの意。状態を表わす語で表現すべきところを作用語によむ漢文訓読の影響による語法」と しるし、「当時この種の自他の混用は極めて多い」と 補注を つける 念の いれようである。<再帰他動詞説>も わざわざ 引用した うえで 否定している。理由は まったく のべられていない。「考えられないこともないが」と ことわる だけで、おそらく「気に染まなかった」だけの ことだろう。念のために いっておくが、「よこたふ」は 下二段活用の 終止形であって 連体形ではない。連体形「よこたふる」の「る」の「脱落」という ような 不自然な ことは むろん 想定する 必要は ない。「まする」→「ます」、「である」→「であ」→「だ」の ような 付属語と 同一に 論じては ならない。これは 日本語学者の たまごへの 言。なぜか かんがえよ。
 漢文=古代シナ語が、自他を ふくめた 広義の ボイス表現を 語形で いいわけない、いわゆる「孤立語」的な 色彩の つよい 言語であった ことは たしかである。なんといっても、文脈ぬきに「好」とだけ かいても、それが 「好む」という 動詞なのか 「好い」という 形容詞なのか 「たくさん」という 数量副詞なのか 「とても」という 程度副詞なのか わからない、くみあわさる あいて(文構造)しだいだ という 融通無碍な 言語であって、品詞は もちろん、自他動・うけみ・使役 といった ボイス表現などの 範疇(カテゴリ)の ちがいにも うるさい 日本語に なれた 人間には 信じられない ような 言語なのである。校注者の いう ような ことも あったろう と おもうが、そのことと<再帰他動詞説>は、矛盾しないのである。それどころか 漢文訓読が 背景に あるからこそ、「からだ」の ような「補語(目的語)といった 文の部分の やや 異様な 省略」も かんがえやすく なるのである。校注者の いっている ことは 論理の ていを なしていない。古代シナ語の 問題と 日本語の 問題との 区別も ついていない。時代的な 考慮も まったく なされていない。漢文訓読学者の いっている ことを 論理的に かんがえようとも せず、印象・情緒的(情意的)にしか 理解できていない。「気にいる」か 「気にいらない」かの 世界である。
平成16年3月で 28版を かさねる 原本収蔵 影印 解説校註を うたう『おくのほそ道』(武蔵野書院)には、
   「よこたふ」は他動詞であるが、漢文訓読の影響で「横たわる」と同じく状態を現わす簡勁な用法。
と ごていねいにも 解説している。「簡勁」とは ねぇ! 「俳聖」とは、ありがたい こっちゃ。
   幽霊の 正体 みたり かれおばな(枯れ尾花)
こういうのを「幽霊語」「幽霊みだし」って いうんじゃ ないんですか。そろいも そろって ………
 こんな ものが 通説に なって うたがわれも しない ようでは、俳諧文学研究の 研究としての 根底的な 限界であろうか。趣味だ 道楽だ 芸だ、というなら、どうぞ ご勝手に。社交辞令に おどらされて、「国民的な 辞典」(『広辞苑』の 宣伝文句)などと 自称できる 精神! みごとな 俳諧的な 芸である。
 ただ、高校生は 悲劇かな。もっともらしく 試験に だす 古文教師も いる ことだろう。なにせ わたしが なまいきざかりの ――― 中高6年一貫教育で 中3から 古文を ならった ――― 中学・高校生の ころ、その 不合理な「破格」「偶像崇拝」について 古文教師を といつめてから、かれこれ 50年 ちかく たつ。全国の 国語教師が 半世紀もの あいだ この 通説に 反旗を ひるがえさなかったと したら、シャレ・冗談を いっている ばあいではない かもしれない。生徒も 教師も ひるねでも していたのだろうか。反旗を ひるがえしても 無視される ほど、迷信は ねづよい ものであったのだろうか。教師の サラリーマン化・ことなかれ主義も、やまい コウコウに いった、と いうべきなのであろうか。
 いいだしっぺの 芭蕉研究の 大家 ふたりも すでに このよに なく、「芭蕉学」(尾形仂)も、芭蕉自筆の『奥の細道』の 出現に こおどりして 刊行する ばかりであって、この「通説」も 「曽良本」とともに、「永遠に 不滅」だったか 「永久に 不滅」だったか に なるんじゃ あるまいか。(あぁ ストレスが たまる!)

 と かいてきて、吉川幸次郎先生なら なんと おっしゃっただろう と おもえてきた。
   そもそも シナ語(チャイナ語)の よめない 「漢文」学者の いう ことなんて ……… ってか。
 ついで ゲーテ先生にも まじめに ひとこと おねがいしよう。
   外国語を しらざる もの、自国語について しる ところ なし。………
かなり きつい けど、そう かも。(こうして ストレスを しづめる しか ないのか。あーぁ)

 ところで、うえに ひいた「気に染まない」という 慣用句は、『大辞林』も『広辞苑』も のせていない。どちらも「気に食わない」「気に入る」「気に障る」は のせているが。こういう 点は、おたがいに まね しあっている としか おもえない ほど「無難」に 一致していて 妙である。ネット上の 検索で「気に染まない」も、ちゃんと おなじ 意味で つかわれている ようなので、ひと安心した(ただ、地域差が ある かもしれない)。いずれにせよ 『大辞林』も『広辞苑』も、みだしの 存在・非存在が ほぼ よこならびで、建築業・銀行業と おなじく 独占状態と かわりが ないのは なげかわしい。音楽著作権に こだわるのも けっこうだが、辞書の 著作・編集権も まじめに かんがえてほしい。技術的に むつかしい 面も あろうが、先行辞書の コピーの きりばりの 禁止、といった できる ことから はじめないと 事態は 好転しない。玉石混交の WEB辞書に とってかわられてしまう おそれも おおきい。その WEB辞書の 独占化も すでに はじまっている。「言論の 自由」「表現の 自由」を いいたければ、このさい あせを ながすべきである。
 『大辞林』初版の こころざしは、すくなくとも 先行の『広辞苑』との 差の 強調(近代語中心か 古代語中心か、近現代の 俗語・口語の 積極的採録、など)に あった。かけだしの ぺいぺいも、『広辞苑』を 仮想敵に、けっこう リキが はいっていた ものである。編者 松村明先生も なくなって、くびも すげかわって(この ばあい、すげかえられて とは いえないだろう? 「すげ変わる」の ヤフー検索の 計算値は 約15,300,000件。どうして みだしに あげないのか、気が しれない)、「三省堂編修所」の 気も ゆるんだか、しどけなく ことなかれ的だ。(この「ことなかれ」という 語も、和英辞典には あるが、『大辞林』『広辞苑』には そろって、おやみだしとしては のっていない。競争心も ないらしい) 版の かずは マンネリ化・無難さに 比例する と しるべきだろう。版の かずを ほこっていいのは、受験参考書と 宗教書と 宣伝マニュアル だけだろう。もう しおどきか。「売り家と 唐様で 書く 三代目(六代目)」
 根拠なき 権威を むやみに ありがたがる、マカ不思議な 精神(事大主義の 一種)が、あんがい、天皇制維持の 精神を 温存してきた 土台になっている のかもしれない、とも おもってしまう。きのうの、日本人 ふたり(民族か 国籍か 人種か)の ノーベル化学賞 受賞、という ニュースも その 一例か。なかみも わからない まま、ただ ノーベル賞受賞という 形式自体を ありがたがってしまう ニュース番組(NHK)の ていたらくぶり。NHK記者の みみに はいりやすかった、まちの ひとの こえ とやらは あえて 論評すまい。科学部の データ管理の 力量・機動力の なさ といったら、めを おおわん ばかりであった。「日本学士院賞(受賞)」という 記録も、なんとも 無意味に 形骸化された その とりあつかいかたに、はじめは 呆然とし しまいには 暗然たる おもいに しづませられた つきおとされた。まさに「アンビリーバブル」な やりくちだった。芸能ゴシップ番組なら、ただで みせてもらいたい。だれが たかい 受信料など はらう 気になる ものか。


 「すがしい あさに やるせぬ おもい」 ――― 異分析と 逆形成 ―――

 異常な あつさだった なつも、さすがに 10月に はいって だいぶ すごしやすく なってきた。「つれづれ」なる ままに、「よしなしごと」を かきつけたくなった。
 「すがすがしい シクラメン」という ありきたりな いいかたを きらってか、「すがしい シクラメン」と いう。「やるせない おもい」では、ぴりっと ひきしまった「やるせぬ おもい」が つたわらない と おもった ひとも いたらしい。
 詮索する までも ないと おもうが、前者は、[かるい:X=かるがるしい:すがすがしい]や [おもい:Y=おもおもしい:すがすがしい]の Xや Yには「すがい」が はいる ところなのである ――― 昭和天皇の むすめの ひとりは「すがの みや(清宮)」(皇籍離脱後は 島津貴子)と いった ――― が、「かるがるしい」「おもおもしい」「すがすがしい」といった あいての シク活用の 形容詞の ほうに ひかれて「類推(analogy)」を まちがえて、「すがしい」を つくってしまったのであろう。いうまでもない、小椋佳の「シクラメンのかほり」(気どった 歴史的かなづかい! 1975年 布施明の 歌唱で 大ヒット)である。1988年 初版 発行の『大辞林』にも みだしとして のせてあり、ごていねいにも 文語形が シク活用である ことも 注記している。例は あげられていない。「逆形成(back-formation)」に しくじりが あっても 大ヒットして 人口に 膾炙されれば、辞書に のせるのも ひとつの 見識であろう。文語形まで 「逆形成」してしまうのは おぼこの ご愛嬌という ものか、としまの あつ化粧という ものか。商売がら、意味なく 機械的に つける おかざり にすぎない のだろう。やわな しみったれた 根性【清宮より 小椋佳!】だとは おもうが、もう おこる 気にも ならない。
ただし、「すがしめ(須賀志賣 清し女)」と おぼしき 語が、古事記下巻に 「すげ(菅)」「菅原(すがはら)」「菅原(すげはら)」との 縁で、仁徳天皇の 八田若郎女(ふつう ワキ イラツメと よむ)への うた(一字一音の 万葉がな表記)として でてくる。これも 韻文の 孤例で ことばの「もじり・語呂あわせ」といった 技法も からんでいそうなので、よく 吟味する ことが 必要かと おもうが、「さかしめ(賢し女)」「くはしめ(美し女)」と おなじ 語構成と みなせば、古事記の 時代から シク活用が 存在した ことになる。孤例の 処理という ものは、古来 学者を なやませる ものである。『大辞林』が ここまで かんがえた うえで 「(文)シク すがし」と したのなら、あたまを さげる。が、そうなら 例として あげるべきだった であろうに。そして、小椋佳の 新造語では なかった ことになり、「しゅうねく(執念く)」が かつて 芥川龍之介(『羅生門』)の 新造語だと 主張されていた ことと ともに、新造語ではなく 古語の 復活であった ことを【そして「すがの みや(清宮)」が 文法違反(破格)の 例に なる ことをも】 注記すべきである。ほおかむり・だんまりは、教育上 いちばん よろしくない。小椋佳の いきている うちに、小椋佳の 意識では どうだったのか、どんな ふうにして あの 語は うみだされてきたのか、【また 世代から いって「すがの みや(清宮)」の ことを 意識していたか どうか も】きいておきたい 気もする。すでに なにか いっていて、それを ご存じの かたが いらしたら、ぜひ おしえてください。(ただし、作家は、自作について かたる とき、意識的にか 無意識的にかを とわず かならず うそを つく ものだ、というのも、経験則的に かなり 真を ついている ようにも おもわれるが。いちいち おぼえちゃ いねえよ というのが ほんとの ところかもね。ストーリーを つくって、自白を 強要しちゃ いけねえ、って ことかな。むつかしいねぇ。未来の 予想・計画ぬきに いきろ って ことは、人間 やめて サルに もどれ って ことに なるからねぇ。) 【皇室侮辱罪が よみがえりません ように。】
 後者は、いうまでもなく 古賀政男の 名曲「影を慕いて」である。「まぼろしの 影を 慕いて 雨に日に 月に やるせぬ 我が思い …… 」。「遣る瀬(が) 無い」という 非存在の「ない」に 由来する 語(複合語)を 「つまらない」「くだらない」といった 動詞否定形 出身の 形容詞(派生語)と おなじと「異分析(metanalysis)」し、「つまらぬ」「くだらぬ」と 同様に、「やるせぬ」を つくってしまった(これは「逆形成」でも ある)のだ。「やるせぬ」が いいなら「なさけぬ」「こころぬ」も よい ことに なるから、みとめては まずいだろう、というのが 規範文法の たちばだが、やはり 大ヒットして 人口に 膾炙されれば、みとめざるをえない、というのが 記述文法の たちばであろう。
 ところが、記述的な はずの 『大辞林』にも 『広辞苑』にも みだしとして のせていない。プラスイメージの「すがしい」は、おみせの イメージアップに やくだつ とばかりに ネット上でも おおはやりである(ヤフー検索で 約19,000件)が、マイナスイメージの「やるせぬ」は、なつメロ「影を慕いて」以外 ネット上でも あまり もちいられていない(ヤフー検索で 約1,340件)。つまり、古賀政男「やるせぬ」は、うたの 世界に ほぼ かぎられていて 一般には ひろがっていない、というのが 辞書に のせない 理由であろうか。もし そうなら、「古今集」にしか みえない 語彙とか、芭蕉しか つかっていない 語彙とか、近松(門左衛門)特有の 語彙というのも、辞書から のぞくべきであろう。その 覚悟が あるのか、辞書編纂者に といたい。
 古賀ファンの わたしとしては、ぜひ「やるせぬ」も 辞書の みだしに あげてもらい、「異分析」や「逆形成」といった 単語づくりの 教材 ――― ただし もちろん かわりもの としての エピソード ――― に していただく(辞書の 注記に) とともに、偉人伝の チョンボな ほほえましい エピソードにも していただきたいのである。「荒海や佐渡によこたふ天の河」を 注記なしで わざわざ のせる『大辞林』も『広辞苑』も、「月にやるせぬ我が思い」を のせないのは 古賀メロディにたいして 失礼であろう。とりわけ 近代口語 重視を うたう『大辞林』は。なんとも「こころぬ」わざである。「なさけぬ」おもいに ひたっている ファンも いる にちがいない。よもや「くさい ものに ふた」では あるまい。「失敗は 成功の もと」「前車の くつがえるは 後車の いましめ」と かんがえるべきである。とりあげるべき ものを とりあげない、とりあげても 評価しない というのが、言論において もっとも 無責任な 態度、いわゆる「にげごし」「いいのがれ」である。無知「しらぬ 存ぜぬ」は もっと はづべきである、言論人ならば。


 「読書の あき」 ――― 更新と 生死 ―――

 あつい ひが つづく まま、9月と なった。8月中 あつくて おちついて かんがえごとが できなかった という ことも あるが、HPの 更新に かまけて おちついた しごとも なまけてしまっていた。きのうの NHKの 「クローズアップ 現代」でも とりあげていたが、140文字以内 という「つぶやき - Twitter」ほどでは ないにしても、こまぎれの しごとに あきてきた というか ものたりなさを おぼえてきた。
 HPを 更新していないと いきているんだか しんでいるんだか、「三鷹日本語研究所」には 電話も ないんで 心配に なる、という こえも あって HPの 更新に はげんできたのだが、きのう たまたま 花薗さんの 訪問を うけ、Skype という 便利な 通信網に 登録させてもらった。スカイプ名は 「(略 メールで)」です。みなさんも プログラムを インストールして 登録し、パソコンと マイク(ヘッドセット)さえ あれば、(無料で) 電話と おなじ ように はなしが できます。花薗さんとの あいだで 交信の テストも すませました。カメラを つければ テレビ電話にも なります(残念ながら、こちらには カメラは ありませんし、つける 予定も ありません)。はなさない までも、いきている ことは、こちらが オンラインしていれば、アイコンの 状態で わかる という ことも ききました。たまに きずなのは これを つかうと ヤフー検索が 自動的に グーグル検索に かわってしまう ことですが、かんたんに もとに もどせます。便利さゆえに 独占・寡占企業にも このさい 妥協しておこうと おもいます。いちいち おっくうでは ありますが。
うえに「たまに きずなのは これを つかうと ヤフー検索が 自動的に グーグル検索に かわってしまう ことですが」と かいてしまいましたが、ただしくは おそらく「スカイプ名・パスワードなど 登録すると」に いいなおすべきでしょう。つかうだけでは 検索が かわる ことは ない ようです。訂正しておきます。なお、スカイプ名も 公表する ことを やめておきます。いたずら・宣伝行為 対策です。必要な かたは おてかずですが メールで おたずねください。
 という ことで、気が むけば HPの 更新も しますが、しばらくは じっくり こしを おちつけて 読書・研究する 生活に もどろうと おもいます。当面『日本語の根本問題』の 著者「中野 徹」の よみこみに つとめたい と おもっています。
 更新が しばらく とだえそうですが、心配しないでください。読書・研究 三昧の 生活が 順調だ と おもってください。安否の ほうは、Skype まかせ という ことに なります。


 「仮名遣意見」 ――― 軍服と 個人 ―――

 鴎外に ふれれば、「仮名遣意見」にも ふれるのが もと職業がらの なりゆき という ものであろう。「たちば」という ことと からめて ひとことする ことにしよう。
 鴎外の「かなづかい」にたいする 意見の わくぐみ そのものは、「仮名遣」=「正書法」の 「保守」=不易性の たちばに たち、かえるに しても 「漸ヲ以テ改メ」るべきだ、という きわめて 常識的な、ドイツ語が よめれば ザラに ころがっていた はずの 意見であって、とくに いう ことも ない。
ドイツ「ことば学(Philologie)」の たちばに たつ 芳賀矢一にたいする やや 尋常ならざる 敵意は どこから くるか[cf.「保守的思考と結合した独特の patriotism」(三好行雄)]、ちょっと 興味を ひく。新村出の 回想(「思い出を語る」)によれば、<漱石と 同級で つきあいも あり、たいへん 闊達な ひと、調査委員会で 一番 おもしろかった ひと>だった 芳賀矢一とは、はだが あわなかった のだろうか。東大を すてて 朝日新聞に にげた 夏目漱石などと まだ つきあっている 東大教授 芳賀矢一など、優等生の 陸軍官僚の めからは もってのほかだった のかもしれない。
 同日の 会で やはり 意見を のべた 伊沢修二が <社会で 通用しない かなづかいを まなばされ、生徒が いちばん 迷惑する>という 趣旨の 反対説を 教育家の たちばから うったえた こととともに、鴎外の 意見は <現実(勅語・法律文・公文書など)を あらためようともせず、国語教育を 国語改良の 突破口に しようとする>明治政府・文部省の 国語政策の まちがい(実用・通俗主義と その 拙速性)を ついていた と いってよい。しかし、鴎外は 開口一番、
私ハ御覧ノ通リ委員ノ中デ一人軍服ヲ着シテ居リマス、デ此席ヘハ個人トシテ出テ居リマスケレドモ、陸軍省ノ方ノ意見モ聴収ツテ参ツテ居リマスカラ、或場合ニハ其事ヲ添ヘテ申サウト思ヒマス、……… (「速記録」より)
と (軍刀を ちらつかせながら か) 陸軍の 威光を あびせかけ、最後の 要約の 部分においても、「此点ハ陸軍省モ一般ニ其ノ意見デアリマス、」と 念おしまで しているのだ。当時 鴎外は、たしかに 陸軍軍医総監 医務局長の 職に あったが、「臨時仮名遣調査委員会」には、鴎外 本人も いう とおり 個人として 文学博士 森林太郎 として えらばれているのであって、陸軍代表として ではない。それを 百も 承知の うえで、上記の ように「こけおどし」を かけるのである。軍人なんだから 当然 とっていい 作戦・策略だ という みかたも あろう。しかし、官制で 「調査委員会」が 制定された とき、すでに 明治政府・文部省は 撤退する つもりだった のではないか。 ―――「(臨時)○○調査委員会」が おおくの ばあい 制度変更の ための てつづき(セレモニー)である ことは 官僚にとって 常識ではないか。ことの 発展・上昇期と 衰退・下降期とで 外見に どんなに おおきな 差が あるにしても。――― 反対派が それほど 悲壮に なる 必要も なかったのである。ところが、「仮名遣(反対)意見」を 「個人トシテ」 のべるのに、「軍服ヲ着シテ」 陸軍の 権威を かさに きているのである。鴎外にとって、悲壮な 戦略なき 突撃作戦(表音的かなづかいの 運動の 撲滅)だったのだろうか、慎重な ねだやしの 掃討作戦(折衷化した 文相諮問案の 駆逐)だったのだろうか。しかし、いずれにせよ 歴史に おおきな 汚点・悪弊を のこした ことは まちがいない。昭和初期の 軍部の 言動を みよ。教育家 伊沢修二の 反対表明との 差は、歴然と している。
 晩年、有名な「遺言」には、「アラユル外形的取扱ヒヲ辭ス 森林太郎トシテ死セントス 墓ハ森林太郎墓ノ外一字モホル可ラス」と いう。乃木大将とともに 殉死できなかった 合理主義官僚 鴎外だからこそ、「興津弥五右衛門の遺書」という 歴史小説も 必要と したのであろう。「遺言」の 解釈の しかたについて、人間にたいする スタンスの とりかたをめぐって、中野重治から 平川祐弘へ 異議・違和・不快が はげしく なげつけられた ことも わすれられない。しろうととしては、くわしい こまかい ことは わからないが、直感的に 「官僚って かってな ことを いうなあ」とか、「みの 処しかたが ずるがしこいなあ」とか いう 感想を もってしまうのだ。「たちば」の たくみな つかいわけ。ことばの うつくしい 昇華作用。優等生的な うけこたえの しかた。かっこ つけすぎるのだ。鴎外の おはかと 遺言碑で うっている 禅林寺の ちかくに すむ 人間としては 別の いいかたを したいのだが。
 わたしも なんの かんのと いって 公務員(研究所研究員 大学教員)を 36年間 つとめてきて しまっている。ひとごとでは すまされない はずである。「たちば」に こだわる 性格も その ひとつ かもしれない。


 「舞姫」 ――― 和魂洋才と 和魂漢才、どっちが さーきだ? ―――

 太宰 治 から 禅林寺、禅林寺から 森 鴎外、まるで しりとりの ような 連想で 恐縮だが、森 鴎外 で おもいだした ことが あるので かかせていただく。「ごあいさつ」にも 補入した ことが あるので みてもらえたら うれしい。
 大学に はいった とし(1965年)、なまえは わすれたが ある サークルの 読書会で はじめて 森鴎外の「舞姫」を よんだ。大学に はいる まで、東京の ちいさな 高校で 首席を とおし、ちょっと 天狗に なっていたのだが、もののみごとに はなを へしおられた。「井の中の蛙」に すぎない ことを おもいしらされ、「向学心に もえた」ことは、のちに いわゆる「大学紛争」で 根底から あしばを ひっくりかえされた こと とともに、ながい 人生にとって いい 経験だった と おもう。
 そこで 議論し、ねかせておいた かんがえは、ちょっとした 文体論・表現論の まねごとの ような もので、「石炭をば早や積み果てつ。」という 和文脈で はじまり、「嗚呼、相沢謙吉が如き良友は世にまた得がたかるべし。されど我脳裡に一点の彼を憎むこゝろ今日までも残れりけり。」という 漢文脈で おわり、途中は、和文脈・漢文脈の ほか、「奥深く潜みたりしまことの我は、やうやう表にあらはれて、きのふまでの我ならぬ我を攻むるに似たり。」といった 洋文脈で えがかれる ことも ある、という ように、文体としての 和・漢・洋の 折衷と 精神としての 和・漢・洋の 折衷を 対応させて 論じた もので、自分なりに 力作だと おもっていた。和文脈・漢文脈・洋文脈といっても、当然 相互浸透の 現象の なかに あり、その とけあいの すがたを よみとる ちからを みがく ことを 分析者・研究者に 要求しており、当時 はやっていた 単語の かずを かぞえる ような 計量的な「文体論(文章心理学)」は 軽蔑していた。吉本隆明の『言語にとって美とはなにかT・U』の 影響が つよかった と おもう。当時の 文学ずきの 学生の バイブルだった。平川祐弘の『和魂洋才の系譜』は まだ でていなかった ように おもう。ただ かれの 博士論文が もとだ そうだし、部分的には 事前に 諸雑誌に 発表していただろうから、そうと しらずに かんがえかたや 視角などが 間接的に 先輩の 教養学科の 3年生を 通じて つたわっていた 可能性は ある。当時 駒場(東大 教養学部)の 先生(助手)に なっていた はずである。授業は なかった と おもう。
なぜ 読書会の 対象が 「舞姫」だったのだろう、と かんがえてきて、「舞姫」が えらばれた こと自体 平川の 影響ぬきに かんがえられない ような 気もしてきた。吉本の『言語美』にも とりあげられており、そのせい かもしれず、平川だけか どうかは わからないが、「和・漢・洋の 折衷」の ような ことを かんがえる 時代的な 素地・ながれ(drift)の ような ものが あったのだろうか。文学界に くわしい ひとなら すぐ わかる ことかもしれないが、おいの 宿題と しておく。
 ところで、「和魂洋才」という ことばも 平川の おかげで すっかり おなじみに なってしまったと おもうが、この「和魂洋才」という ことばが 「和魂漢才」の もじり(語レベルの contamination) として うまれている という ことを しっている ひとは どれくらい いるだろうか。わかい ひとにとっては、「和魂洋才」という ことばは 単に できあいの 既成の 所与の ことばに すぎないのでは ないか。「和魂漢才」は もう 死語 かもしれない。しかし 当時は まだ 漢学の 素養は 知識人の 一属性であった。かわった ところでは、ノーベル賞学者 として 有名だった 物理学の 湯川秀樹は 有名な「小川三兄弟」だから 別格としても、言語学でも 泉井久之助(京大)などは むつかしい 漢字の 知識などを ひけらかして せっかくの おもしろい 学説の 普及を さまたげている くらいだった。その点 服部四郎(東大)は よかれあしかれ 庶民的だった。
高津春繁は イギリス紳士だったが、三根谷徹 河野六郎は 専門上 いうも おろかであろう。あと 言語学の 非常勤としては 川本茂雄 鈴木孝夫 南不二男 上村幸雄 といった ひとに ならったが、この 柴田武の 人脈系統から 新知識人だった のかもしれない。たいして 威圧された 記憶が ない。こっちが 「大学紛争」を へて おとなに なっていた だけかもしれない。
 さて、そうして しばらく あたためておいて おりにふれ なおしていた ものを 「大学紛争」の 後退期、「授業の 正常化」に ともなう「くりあげ卒業」を みとめるから 2週間で レポートを だせ と いわれて、日本近代文学特殊講義の レポートとして だしたら「可」を くらってしまった。卒業は できた ものの、屈辱だった。ながさだけは 引用が おおい だけ、「広義 連用修飾」という 文法を あつかった 卒論より ながかった と おもう。優に 新書版1冊には なったと おもう。それが きらわれた のかもしれない。たしかに、未熟な ながったらしい 饒舌な レポートほど 教師を こまらせる ものは ない。また、この 授業の 教師は こんな ことで 「紛争」の しっぺがえしを するような ひとではなかったから、「吉本節」が つよすぎて、途中で よむのを 放棄された というより、要求された レポートの 要件と まるで ちがっていたのだろう(たしか 授業内容は 近代詩の 成立過程だった) と 自分を なぐさめたが、評価が まだ 印象(批評)的でしか ありえなかった 文体論・表現論とは、このさい きっぱりと てを きる ことにした。ニュー・クリティシズム(新批評)も はやりかけては いたが、あまり わかい 人間の 興味は ひかなかった。としよりの てなぐさみの ように みえた。いきの いいのが 日本には いない ように おもえた(「井の中の蛙 大海を知らず」だったかも)。かくて わが 青春の 書も おくらいり と あいなった。当然 原稿は てがきで、コピーも (たしか コピー1枚 コーヒー1杯より) たかかったから していない。つかいすての かみくずでない ものは、ふつう 教師から あかペン添削つきで かえしてもらう ものだったのだが、「可」を つけられたから、大学院生として 大学に のこっていたのだが、意地でも かえしてもらいに いけなかった。
のちに 自分が 教師になって、エンマ帳から 成績票に 転記する さい、行を うつしまちがえる という ミスが ありうる ことを 学年末の 教授会で しり、ひょっとしたら と おもって 愕然とした 記憶が あるが、そのときは、その先生は すでに なくなっておられ、もじどおり「あとの まつり」であった。越智治雄、前田愛に つづいての このひとの 急逝は、国文学界では「近代の人は 呪われている ようだ」と ささやかれている そうである。のろわれも しない 極楽トンボ だらけの ように みえるが、としよりの ひがめか、妄想か。
 ずいぶん 他律的で おもしろみの ない エピソードだが、これが わたしの 「うたの わかれ」(中野重治)である。以後、「日本語学者」として 自己規制していく ことになる。その 年季奉公も ことしの はるで あけ、はれて 自由の みと なった。抑圧から 解放されて いろいろな 妄想が わく。


 「あがり-さがり」 ――― 反対語と 類義語 ―――

 オランダの 版画家に エッシャー(Maurice Cornelis Escher)という ひとが いて、標準的な 説明訳「
無限 螺旋階段」というのを かいていて わたしも この HPに コピーを アップしているが、原題 もしくは 英訳は "Ascending and Descending" であって、日本語に 直訳すれば「あがり-さがり」である。「のぼり-くだり」とも 訳せるが、そう すると わたしの てには おえなくなる。
 この「あがり-さがり」という ことばには、わすれられない おもいでが ある。外語大の 日本語学科の 授業で、なん期生だったか までは おぼえていないが かたてで かぞえられる 初期の ことだった と おもう。「うえる(植)」と「すえる(据)」、「いぬ(往)」と「しぬ(死)」、「あら(新)」と「さら(更)」、「あめ」と「こ-さめ」、「あお」と「まっ-さお」などの 例を あげて 「S音の 挿入(ありなし)」による 語彙の 対立の 問題を 論じていた ときに、留学生から 「先生、<あがる>と<さがる>も その 例と かんがえていいですか?」と 質問されたのである。ネイティブの 日本人として おもいもつかない 質問であった。わたしの タネ本であった 山口佳紀さんの 論文にも あがっていなかった と おもう(いまは『古代日本語文法の成立の研究』の 一節「語頭子音の脱落」 解釈の 微妙な 差は いまは 無視する)。内心 動揺しながら「ああ、そうだね」とか いって、そのばを とりつくろった ように おもう。
 よこに 左右に 「ゆれる」ことを いまも 左右で 区別は しない。同様に、たてに 上下に「(こまかく) 上下動する」ことを 「あがる」一語で あらわしていた 時期を 想定し、その後 上下の 区別の 必要が 生活に 生じた のちに、「S音の 挿入」で それを あらわしわけた、と かんがえる ことは じゅうぶん ありうる ことである。【「した・しも」「しり・しづむ・しづしづ」「しぬ」などが サ行(S音)である ことが 関係 あるか どうかは、いまのところ 臆測の 域を でない。】
 反対語は 類義語でも ある。「おとこ」と「おんな」と「いしころ」の なかで "なかまはずれ" は なーんだ?、と 幼稚園や 保育園で きけば、「いしころ」が 正解であろう。「おとこ」と「おんな」という 通常 反対語と いわれる ものも、くらべる ものによって 類義語にも なるのだ。意味特徴が 1つだけ 逆なのが 反対語だから、1つ 上位の レベル(この ばあいは「人間」)では 類義語だと いうと、大学生は わかった 気にも なってくれるのだ。
 「あがり-さがり」も、まさに 反対語だから 類義語でも あり、いわば<類形語>でも ありうるのだ。「あに」と「あね」、「むすこ」と「むすめ」、「いざなぎ」と「いざなみ」などの セットを 参照。一般の 意味的 反対語が「よし」と「あし」、「おもし」と「かろし」、「ながい」と「みじかい」の ように、別の 語根に なっている ことを おもえば、<類形語>の 反対語の 成立には、特殊な 事情が からんでいる 可能性を 想定すべき かもしれない。一般的には まさに そのとおりなのだが、しかし ネイティブには おもいもつかなかった 例を おしえてもらって、外国人の たくさん いる 外語大に きて よかった と しみじみ おもった ものである。
 ところで、太宰 治 の『人間失格』という 小説に アントニム(反対語)遊び というのが でてくる。「罪と罰」が シノニム(類義語)の 並立か アントニム(反対語)の 並立か という 深刻な 問題も でてきた と おもう。問題自体は みなさんで それぞれ よく かんがえてみてください。わたしに できる ことは、そうした 深刻な 問題も 生じうる 根拠を 説明する ところまでです。あと、「つみ」が 和語で、「罰」は 漢語(ただし 慣用音)で、「バチ」は 単純には いえないが もとは 漢語(呉音)だ、という ことを 指摘する ところまでです。「バチ(が あたる)」 ――― 太鼓の「桴」、三味線の「撥」、擬音語の「バチ」と 混線(こんぐらかり)を おこしている 可能性も おおきい。 ――― や 「バツ・×」 ――― おそらく「罰点(×)」に 由来するのだろう ――― という かたちを うみだす までに、よかれあしかれ どちらも 漢語(古代シナ語からの 外来語)とはいえ かなり 日本語の 語彙体系の 中心部に くいこんだ 漢語と いえるでしょう。「銭」と「ゼニ」、「馬(マ・バ)」と「うま・むま」、「肉・欲/菊・竹(チク・たけ)」なども 参考に いろいろと かんがえてみてください。おなじ 三鷹の 住人として、ちかくに おはかと 記念館を もつ ものとして、太宰 治 は したしい 存在である わけですが、その 太宰 治 は、病的な ほど 繊細な 神経の もちぬしであった とともに、言語感覚も 病的な ほど とぎすまされていた と おもいます。
 太宰 治 からは ことばで、エッシャーからは 版画で、人生の かなしみを おしえられ、外国人留学生からは 「ことばの かたち」に対する 感覚の するどさ(プリミティブ性/ナイーブ性)を おしえられました。


 「コンタミナツィオーン」

 いわゆる「終戦の日」にあたって、林 大(おおき) 先生の ことを かいておきたく なった。わかき 陸軍幼年学校教官として おもしろい 教科書(『國文法教程 全』昭和17年)を のこしておられる からである(ご本人による 復刻版も ある)。戦時中 栄養失調で なくなった という かの 橋本 進吉 の むすめむこである。栄養状態を 心配して かれの はこんでいった 陸軍の 食糧缶づめに、橋本が 感謝しながらも けっして みづから てを つけようとしなかった ことは 有名であろう。もと東大教授が 栄養失調で しぬ なんて、戦争に かてる はずは なかったのだ。【金田一春彦 経由の はなしで、やや 誇張・神話化されている 可能性も ある。】それに、まえに 「諸家の日本語文法論」の ことを かいた ことも わたしの こころの なかでは つながっている。
 わたしが まだ 30歳代の 国語研の 研究員だった ときの 研究所長(第3代)だった かたであり、わたしが やや「極左冒険主義的」な 職員くみあいの 委員長だった ときにも 所長として 誠実に 対応してくださった(職員の こまかい 要望など わたしより くわしかった) 管理者であった。いわゆる 業績の おおくは ない かたであり、よに 有名ではないけれど、『分類語彙表』の 実質的な 著者として 記憶されるべき かたである。わたしが 副詞の システムの イメージの 比喩として つかう「星雲状」という ことばも もとはといえば この 林 大 先生の「語彙」(『講座 現代国語学 U』筑摩書房)から かりた ものである。こうした 活字に なった ことは おおくは ないが まだ いい。わたしが 紹介など する 必要も ないだろう。しかし これから のべようとする ことは わたししか しらない おもいでであり、どれほど 価値が あるかは わからないけれど、はじめて 紹介する おもいでとして やや はずかしくも ある ――― それゆえ わかい ころには かけなかった ――― が、あえて かいておきたい。
 いまから 30年ちかくまえ わたしの「叙法副詞の意味と機能」が 国立国語研究所の『研究報告集』の 2年まえの 号に のるべき ものであったのを まってくれたのも 所長 兼 体系部長(事務取扱)であった 林 大 先生であった。2年後 『研究報告集 3』に のった 論文を 専門が ちがう にもかかわらず もっとも 正確に よみこなして ご批評くださったのも 林 大 先生であった。
 活字版には もちろん ないが ――― 2000年の「副詞と 文の陳述的なタイプ」では 第3節(p.193)に ――― 、HP版には 第2節に すみつきかっこ(【 】)に くるんで 簡単に 現象結果的な 見解だけ 紹介してあるが、共時相の なかに 通時相を みようとする 工藤に対して、20世紀の ソシュールの 言語学ばかりでなく 19世紀の パウルの 言語学も みなおす 必要が あると 力説され、とりわけ「コンタミナツィオーン」という ドイツ語式の 発音での 外来語 ――― 亀井 孝 訳「こんぐらかり」、工藤 補訳「混線」、福本 喜之助 訳では「混成」、もともと「アクセス独和辞典」では「汚染」、Kontamination ――― の 概念が 構文論の 歴史において きわめて 重要である ことを 日本語の 歴史から かなり 具体的な 例証を あげて 教示してくださった。橋本 進吉 の 有名な「切符の切らない方」の 例も 導入に つかわれた ように 記憶している(橋本の 訳語は「混淆」で、これが おそらく 国語学の 標準的な 術語であろう)。
 ドイツ語は 第3外国語で 辞書が ひける 程度であったが、必死に 勉強した。それまで なんのかんの と いっても 服部 四郎 先生の 紹介なさる ものに かたよって 勉強してきた(やはり アメリカに かたよっていた と おもう)のを かえてくれたのは、奥田 靖雄 さん、宮島 達夫 さんから しこまれた ロシア語文献であった とともに、林 大 先生からの ドイツ語文献であった。
 わたしに 気力と 体力が あれば、伝記を かいても おもしろい ひとだ と おもう。橋本文法の 普及に はじまって、戦後の 国語改革への 尽力、国語語彙論・語彙調査の 理論と 実践、国語教育への 期待と 失望(初・中等教育主任視学官まで つとめたが)、日本語教育(学会)の 基礎がためと 財政の 健全化。ざっと かきだしても、戦中・戦後(・高度成長期)の 時代とともに いきた ひとだった。やや おっちょこちょいな ところの ある 行動派 金田一 春彦 と コンビを くんで、ふしめ ふしめに 便利で 重宝な 編集本も つくった。めだつのは 金田一 春彦 の ほうで、めだたないけれど いい しごとを した ひとだと おもう。林 大 なかりせば、金田一 春彦 の 評価も 半減していた かもしれない。
 『国文学 解釈と鑑賞 872』(2004年1月号 特集 三上章と奥田靖雄)に インタビュー記事が のっている。なくなる すこし まえ、90歳を こえておられた と おもう。わたしが わかい ころ ききしっていた ことと くいちがう ことも あった。ひとの 記憶は あまり あてに ならないな と おもった。今回は、記憶の あやふやな こと くいちがう ことは かかない こととした。文部省著作に なっている 国定教科書『中等文法』の じっさいの 稿者は 岩淵 悦太郎(国語研 第2代所長) なのか、林 大 なのか、ご本人は どちらも ご自分だ とは みとめたがらない ようだ。国定教科書の 記憶とは そうした もの かもしれない。「うらを とら」なくてはなるまい と おもう。
 ただ 「ひの ない ところに けむりは たたない」という 通俗的な ことから いえば、国定教科書『中等文法』は、橋本 進吉 東大教授の 概括的な 指導の もと、岩淵 悦太郎 と 林 大 が ともに おおかれ すくなかれ 実質的に 資料準備や 執筆を して つくられた というのが 蓋然性の たかい すがたではないだろうか。分担の 量的多寡の 問題は あるが いずれにせよ 橋本 進吉 の 国定教科書『中等文法』の 理想の 実現として 理解されれば いいのであって、あまり ちいさい ことに こだわる 必要は ない と おもう。


 「熱中症」と「熱中」の 関係

 さいきんの 新聞には、「熱中症死、4分の1が夜間 東京都調査」などと 「熱中症」という ことばが よく おどっている。ことしの なつの 流行語に なる かもしれない。
 それは ともかく、この「熱中症」という ことばを 辞書で ひいてみて、おどろいた。辞書と いっても、パソコンに はいっている 電子版である。書籍版は、ばしょは とるわ、もつには おもいわ、文字サイズは かえられないわ で、さいきんは つい おっくうで つかいも しないし、そもそも かいも しなく なってしまった。その 電子版(『広辞苑』第六版)に、
ねっ‐ちゅう【熱中】
 物事に心を集中すること。夢中になってすること。また、熱烈に思うこと。「遊びに―する」
⇒ ねっちゅう‐しょう【熱中症】

ねっちゅう‐しょう【熱中症】‥シヤウ
 高温や多湿の環境下で起こる障害の総称。塩分やミネラルの不足による熱痙攣けいれん、脱水症状を起こした熱疲労、体温調節機能が失われた熱射病等に分けられる。
⇒ ねっ‐ちゅう【熱中】
と あるのである。めを うたがってしまった。「熱中症」と「熱中」が 相互参照されるなら、「日中(の)練習」と「日中関係」も、「国体護持」と「国体開催」も、相互参照されるのだろうか。さすがに そうは していない ようだし、 「熱中症」と「熱中」も、書籍版では、相互参照していないと おもうが、「DDviewer」という わたしの つかっている 電子版では、うえに コピーした とおりなのである。意味を かんがえずに かたちだけで 機械的に むすびつけて しまったのだと おもう。
 さきに ふれた "definition" =「定義」の 翻訳の ばあいと おなじく、意味の ちがいなど おかまいなく 文字どおり 機械的に リンクし(つなげ)てしまう 傾向が のさばりすぎて いないか。日本語には 同音語が おおすぎる ためだろう、ワープロの かな漢字変換ミスには かなり ならされ、漢字など あっても なくても 文脈(文構造)の ちがいで けっこう 意味の ちがいは 識別できる ものだ と 妙に 感心させられてきたが、電子版辞書づくりにまで やまいが すすんでいるとは おどろきである。現代は いそがしすぎるのだろうか、意味に 無頓着な 技能系の 人間ばかり のさばる よのなかに なってしまったのだろうか。わかい ひとに きらわれても、ずけずけ いいたい-ほうだい いわせてもらう ことに する。


 「諸家の日本語文法論」の こと

 と ここまで かいてきて と かいて、シマッタ これは さかさ順に かいているんだった、と 気づいた。そこで、したの「項目執筆者名」を よみなおしていて、おもいだした ことを かきつけておく ことに する。(ああ、めんどうくさい!)
 いまも 刊行されている ようなので ぐあいが よくないのだが、わたしが まだ 30歳代に かいた「諸家の日本語文法論」の「原稿版」なる ものを 「三鷹日本語研究所」の「しごと」の ページに のせてある。わざわざ「原稿版」を のせるのは 現行の 書籍版に 重大な 不満が ある ――― 当時も いまも わたしにとって 削除するに しのびない 「言辞」が 削除されている ――― からなのであるが、当時 書店の「編集子」から 削除を 強力に もとめられた ことを いま おもいかえしてみると、それは「編集」の先生(あえて なまえは 特定しないでおく。単数とは かぎらない。)の おかんがえ だったのではないか、という 気がしてきた。わたしは いまも むろん いっこう 平気で、HPから 削除する つもりなど さらさら ないが、執筆当時 30歳代(発表時 40歳代前半)の わかさ、これが 公表されていれば わたしは 物理的に 解体されていた かもしれない。当時 これが なくても、わたしは 学会的には じゅうぶん バツを あたえられていた/バチが あたっていた。橋本・時枝 両先生の ためなら しねる という ような 特攻隊あがり/まがい/くずれが まだ おいぼれては いなかった。健在で それぞれの「親衛隊」を 構成していた。さけを のむと しまつに こまる という うわさが きこえてきた。<はえある「国語研究室会」を つぶした ような もと 暴力学生は 国研から たたきだして 粉砕すべきだ。> 当時の 国研所長 OBも 処置に こまったと おもう。これが いま 公表されたら、と その わたしに 好意を よせてくれていた あるいは ことが あらだつ ことを おそれた 先生/先生がたが うらで てを まわした ことも じゅうぶんに ありうるな と おもえてきたのである。ちなみに そこに かいておいた ように、これは もともと「無署名」原稿であった。編集者の なが けがれる。こまった 書店の「編集子」が ことの 真相を はっきり させずに、「書店の 編集子の 責任において」ことを 処理したのだ とすれば、わたしは この 書店に対する 認識を あらためなければならなく なる。この あと この 書店からの 執筆依頼は、編集者(東外大関係者)との 義理で どうしても ことわれなかった 数件を のぞいて、すべて ことわって きたのである。強引な(と 当時は おもわれた) 削除要求に いかり 心頭に 発し、――― なぜって、よりによって 本人が「ころし文句」の つもりで かいた「言辞」を 削除しろ と いうんだから、ひとの こころの ひだや なさけを おもんぱかってみる 余裕など みじんも なかった。しかし おかど-ちがいだった かもしれぬ。ただ そんな 誤解を うみだす ような 商業主義の いきおいの すさまじい 時代でも あった。学者も、成果の「高度成長」に おいまくられていた。『知的生産の技術』の 著者 梅棹忠夫が 自分が 所長を している 研究所の 研究員の 業績を ぬきずりの あつさが なんセンチメートルかで はかって 勤務評定した という ような うわさが まことしやかに ながれても いた。そんな なかみの うすい ものに ひたはしる 時代でも あった。
 このごろ ふと ひとの おもいやりや なさけを みにしみて 感じる ように なってきた。いちど しんだ せい かもしれぬ。引退して こころに ゆとりが できた せい かもしれぬ。ただ ボケてしまった せい かもしれぬ。


 「項目執筆者名」

 わかい ひとから 学位論文の 寄贈を うけた。そこに 付録の 表として、ある 項目が 事典に 立項されているか どうかを 一覧した 表が のせられているのだが、その 表の 欄の ひとつに「項目執筆者名」が 明記されているか どうかの 欄が あって、「明記なし」という 欄も ある。それは、「項目執筆者名 明記なし」の 意味 つまり「無署名」の 意味なのだが、わたしは はやとちりを して、立項自体 つまり「みだし」が「明記なし」なのかと 誤解してしまった。
 ここから さきは わかい ひととは 無関係に、どうして こんな 誤解が 生じてしまったのか と かんがえて、たどりついた 結論である。
  ――― わたしも わかい ころ、自分も「項目執筆者名」が 明記されている 事典などに 執筆していた ころは、「項目執筆者名」が 明記されている 事典などは 責任の 所在を はっきり させた 信頼できる 本の ように おもっていた。しかし 三省堂の『言語学大辞典6 術語編』など、「編著者代表 河野 六郎」が「本編の成果の全責任は筆者がこれを負う」などと「序」の 末尾に わざわざ かき、ほとんど 全部の 項目に 校閲・補筆・新規執筆の 労を とられた という ような うわさ ――― ほとんど 伝説・神話化されている ――― を きくに つけ、編(著)者とは こうでなくちゃ いけない などと おもった ものである。半世紀ほどまえ わたしが まだ 学生であった ころには、やはり おなじ なかまの 亀井 孝 が 『日本語の歴史』という シリーズを ――― いまは 平凡社ライブラリーに 復刊されている ――― 「リライト」という 手法で 編集した ことに ついて、いろいろな 意見が あったし、この ころは わたしも 意見が さだまっていなかったが、「項目執筆者名」が 個々には 当然 明記されていない こうした 方法は、編(著)者がわの 責任の とりかたとしては はっきり していて 、編集本として あるべき ひとつの すがただ と おもう。【ちなみに 服部 四郎 の 責任の とりかたは 「監修者注」を つけくわえる ことであった。】この たちばから すれば、「項目執筆者名」が 明記されている 事典などは、編者は 立項には 責任を もつが その 説明の なかみには 責任を もたない と いっている ような ものだ とも いえるであろう。
  ――― という ぐあいに、結果として としを とると ともに 「項目執筆者名」の 明記についての 評価が かわってきたのである。もじどおり たつ ばしょ(たちば)が かわってきたのである。さきほどの はやとちりは、こうした 評価の ちがいが 暗黙の うちに 一種の 予想/おもいこみを 設定したのではないか というのが いちおうの 結論である。しかし 共時的・通時的な システムとしては、「項目執筆者名」の 明記についても プラスの 面も マイナスの 面も ある と かんがえるべきであろう。排中律的に 古典論理的に かんがえては いけないのだろう と 反省している しだいである。

ちなみに、さきの『言語学大辞典6 術語編』の ばあいも、「項目(したがき)執筆者名」を 明記した うえで、「本編の成果の最終的な全責任は筆者がこれを負う」と いうべきだった のではないか。もちろん、編者の 訂補の 量的多寡 質的性格が 「項目(したがき)執筆者名」を だれに するか 紛糾させる ことも あっただろうが。(2010/10/09 補)

 「ウイルス定義」 ――― コンピューター用語と 機械翻訳 ―――

 この ページは「ゆくすえ」【2010-11年当時の ページ名】と なづけ、未来志向の つもりであるが、どうしても ことばについての クレームが おおいので、うしろむきに とられがちだが、ぜひ これからの 改善に いかしてほしいのである。こちらも せいぜい かきかたに 注意する ことにしよう。
 さて、最近 わかい ひとと メールの やりとりを していて、ある おおきな ファイルの ために コンピューターの うごき(動作)が おそくなった ことが 話題になった とき、その しりあいが「ウイルス定義は最新のものなのでその種のものではないと思うのですが ………」と いったのである。この「ウイルス定義」という ことばに しばしの とまどいを おぼえたのだが、もちろん コンピューター関連では ごく ふつうに つかわれる ことばで、その しりあいを せめる つもりは もうとう ない。
 わたしが 気になったのは《 virus definition file 》を 「ウイルス定義ファイル」と 訳す こと、もっと いえば 「definition」と 「定義」との 共通点と 相違点である。「こういう ものを ウイルスという」と 「特徴を 記録し」て ウイルスか どうかを あきらかにする こと それが "define" する ことで、それを 「定義」と 訳して どこが わるい と いわれそうだが、"define" する こと つまり「あきらかに する こと」には、論理学的に いえば、記述も あれば 説明も ある。わかりやすく いえば、動詞を つかって 特徴と なる ことを 描写する ことも できれば、名詞・形容詞を つかって 特徴を より 直接的に 説明(判定)する ことも できるのだ。日本語学では、ふるくから 佐久間鼎の「ものがたり文」と「品さだめ文」、三尾砂の「現象文」と「判断文」の 区別として 有名である。
 ここまで いえば もう あきらかだ と おもうが、われわれ 日本人が「定義」と いえば ふつう 数学・幾何学で いう たとえば「正方形は、四つの辺の長さと四つの内角の大きさがすべて相等しい四角形である(のことをいう)」という ような もの、基本的に 名詞で 構成される 「品さだめ文」「判断文」であろう。
 ところが、「ウイルス定義ファイル」は 別名「パターンファイル」などとも よばれる ように、特徴的な うごき(できごと)を パターンとして えがいた(描写して 規定した) ものである。いわば 動詞文であり、ものがたり文であり、現象文である。
 この ちがいを 言語学で いう テンス(時制)の ちがいとして 説明する ことも できよう。つまり こういう ことである。「ウイルス定義」という ことばを きいて わたしが とまどった ことの ひとつとして、「ウイルス」の 「定義」など いまさら きかなくても わかっている、「コンピューター‐システムに侵入してデータやプログラムなどを壊すソフトウェア」(広辞苑)の ことだろう、という ような 反応である。つまり「時間」を こえて(超時間的に) あてはまる 一般真理としての 性質を もった もの。したがって 当然 テンスは ない。ところが「ウイルス定義ファイル」の ほうは 「次々と現れる新種のウイルスに対応するため」、いわば テンスを もった「新しいウイルス定義ファイル」を ネットなどで 配布しなければならない。個別的な「きのう」、個別的な「あした」、という ような 個別的な テンスではないが、パターン化できる いわば 習慣的な「現在」つまり「ひろげられた 現在」という テンスを もっているのだ。動詞文か 名詞文か という 差は テンスを もつか もたないか という 差でもある。
 こうした ちがいを たいした ちがいではない と かんがえるか、おおきな ちがいだ と かんがえるか、それは 機械翻訳に よりかかって ちいさな ちがいには こだわらないで 訳語を きめるか、言語学の テンス論なども 勉強して 民族語間の 差を だいじにして 訳語を えらぼうとするか、の 差だ と いってもいい。
 "probability"を アクチュアルな「蓋然性」と ポテンシャルな「確率性」とに 訳しわけるべきか どうか、"parts"を 「全体」のなかでの 「部分」と 訳すか、「全体」から とりはずせる 「部品」と 訳すか、日本語として どうでもいい という ひとは いない と おもう。ここに のべた ことは、一般化して いえば、アクチュアル・個別・具体的に いうか、ポテンシャル・一般・抽象的に いうか、という ことについては、日本語は 英語より 注意を ひきやすい(注目しやすい)と いえそうだ という ことである。
【ついでに いえば、訳として「ウイルス規定ファイル」とするか、おもいきって「ウイルス判定ファイル」とするか、という 問題も ある。つまり "Yes/No" が 肯定/否定 という より ことがら(事態)に 即した レベルの 判定だ としたら、「はい/いいえ」は 同意/不同意という より のべかた(人間)に 即した レベルの 判定だ と いえる ように、日本語は 英語より 人間よりに のべかたよりに 表現したがる という 傾向も みられる からである。】
 ただ、こうした ちがいに ばかり 神経質に なって、原義の 共通点を わすれ、たとえば "alienation" (原義 とおざける こと) を、哲学では「疎外」、法学では「譲渡」、精神医学では「精神障害」、演劇では「異化作用」と バラバラに 訳しわける というのも、もちろん かんがえものである。【こうした 問題点は、後進国 日本の「翻訳文化の 悲惨と 栄光」という 問題として、いずれ まともに 対象化すべき ものである。】
 情報の あふれる 現代において 機械翻訳に たよらなくてはならない ことは よく 承知している つもりであるが、相違点(特殊性)も 共通点(普遍性) も どちらも よく 冷静に みきわめて というのは、やはり 最終的には 人間の 判断に よるべき ものであろう。


 「ゆうだち」と 「ゲリラ豪雨」

 うだる ような あつさが つづいているが、いかが おすごし だろうか。
 こう あついと、「ゆうだち」が さっと ふって、天然の クーラー よろしく 気温を さげてくれた むかしが こいしく なるが、いまや 災害を ともなう「ゲリラ豪雨」の 時代。しかも 気温も ほとんど さがらず、かえって むしあつく なる しまつ。
異常気象のせいで、ヒートアイランド現象と局地風によって、近年の夕立はもはや夕立などと風情のあるものではなく、ゲリラ豪雨の形を取る事が多い。
という 説も ある ようだが、この「ゲリラ豪雨」の 一般化した 現象については、
2008年7月から8月末の、日本各地での豪雨災害(詳細は2008年夏の局地的荒天続発を参照)の際、ゲリラ豪雨という用語が頻出した事から、第25回「現代用語の基礎知識選『ユーキャン新語・流行語大賞』」(2008年)では、「ゲリラ豪雨」がトップ10に選出された(受賞対象者は株式会社ウェザーニューズ)。この事もあり、「ゲリラ豪雨」の言葉が広く一般的に用いられるようになった。
と ウィキペディアに ある。この「2008年7月から8月末」というのが、ちょうど わたしが 入院して、生死の さかいを さまよっていた 時期に かさなり、おみまいの 客が この 被害に あっているのを ゆめの なかの ことの ように、また とおい 世界の ことの ように おもっていたが、いまに なって かえって リアルに まざまざと おもいだす ことができる。ほかに 用が なかったから まどから みえる まっくらに なった 世界に いなづまの ひかる 情景が めに やきついている。みみには、ラジオから きこえる「ゲリラ○○」と くりかえされる ことばが わたしの ゆめを 刺激した ことも ほぼ まちがいない。「ゲリラ」が 比喩に なるとは、なんとも 殺伐とした よのなかに なった ものだが、これが つちの じべたの すくなくなった「ヒートアイランド現象」の せいだとすれば、下水より 舗装を という 都市計画の、つねに めだたない うけざらより めだつ はこものを 優先する 地方行政の、つけが まわってきた とも いえる。まさに、「すてめ」の 精神の 反対であって、「はやる こころ」の なせる わざと いって いい。よの「はやり-すたり」に まどわされない 覚悟が、われわれの ほうにも 必要なのであろう。
 「ゆうだち」という ふるくから ある ことばに かわって、「ゲリラ豪雨」という 漢語の 新語・流行語が 2008年から はやりだした というのは、なんとも 象徴的で、やりきれない 気も する。いきて かえって くるんじゃ なかった とは さすがに おもわないけれど。「夕立は馬の背を(降り)分ける」という ことわざを くさ野球の 最中に 実感した こども時代を おもいだす。おもいだせる だけでも しあわせだ と おもう。そう おもわねば なるまい。


 「捨て目」再考 ――― ことばの 意味の 一般性 ―――

 ネット上の 用法を おおざっぱに 整理してみると、ざあっと だが、代表的な ものは、
▼芸能界には「捨て目・捨て耳を使う」なる言葉がある。いつも周辺へ目と耳をそばだて、気遣い・気配りすること。

▼芸能用語だろうか。「捨て目を使う」という言葉があるそうだ。見えないところに気配りするという意味で、この言葉を教えてくれたのが女優の泉ピン子さんだ。


▲「捨て目」とは、骨董の世界で、使われますが、
経験に基づく直感、ちょっとした目配りや、第一勘で
モノの価値や本質を見抜く力です。
ちょっとしたことから物事の本質を見抜く力です。

▲見るとはなしに、違いを見つけてしまうこと
つまり、目利きというような意味のようです。

▲新聞記事を検索したところ、中日新聞2007年1月14日朝刊記事「心に残る『捨て目捨て耳』(世談)」に、骨董関係の言葉として中島誠之助『南青山骨董通り』が引用されていた。引用は「(玄人というものは)どこを見ていようともその眼光の一部は必ず道具を捜して気を配っているのです。見ずとも見ている捨て目こそ成功の第一の秘訣です」との一文で、「普通の意味の「捨てる」とは違い、「捨て目」の「捨て」は「とどめておく」ことを指すようだ。」とコメントが入っている。
▲人気骨董鑑定士の中島誠之介著:「骨董掘り出し人生」で見つけた言葉に「捨て目を利かせる」というのがある。骨董の目利き修行の一つに、「視野に入ったものをちゃんと目でひろっておく」=「捨て目を利かせる」があるのだそうだ。著者は長年の修行の結果「電車に乗って漠然と車窓を眺めていても、骨董に関係あるフレーズや店舗が視野に入ると、勝手に脳が反応してしまう」そうである。

●幸田文の娘・青木玉の著作『手もちの時間』に収録されているエッセイ「楽しさの広がり」の中に、「捨て目」についての文章がありました。 「・・・もう一つ、買物に行ったとき、捨て目を使うこと。たとえばお湯呑みを買って包んで貰う間に、形のいいお銚子や、気の利いたお醤油さしがいくらか値を見ておく。又、今日のおもてなしに使う生菓子のほかに、日持ちのするものはないか、落雁や芳露(ぼうろ)など口ざみしいときの、ちょっとしたものも覚えておけば、きっと役に立つと母は教えた。・・・」
の ように なるだろうか。わたしの 記述した 用法も ふくめ、すべて 個別・具体的な 用法を 記述しているので、バラバラの ように おもえるが、もっと 一般・抽象的な「意味」/いま めだつ かたちで 活動的に はたらいては いないが、将来 めだたない かたちで やくだつ ような(潜在的に はたらいている) 目(眼力)/ といった ような「意味」を 帰納・想定すれば、いづれの 用法も、つまり ▼芸能界用語も ▲骨董業界用語も ●幸田おやこの ことばも、説明できるのではないか と おもえる ように なった。中島誠之助氏の コメントには 一部 いわずもがなの ものも ある ようだが。それは ともかく、「すてる」とは 「なくする」とは ちがって、「すてられた」ものも、表面上は 「すたる(廃る もと自動詞形)」ようでは あっても、あとかたも「なくなる」わけでは ないのである。「すていし(捨て石)」も 「すてみ(捨て身)」も 効果を「なくす」ことでは ないであろうし、「すてね(捨て値)」「すてうり(捨て売り)」も 最終的には ある 効果を 期待しているのではないか。「身を 捨ててこそ 浮かぶ 瀬も あれ。」「名を 捨てて 実を 取る。」といった ことわざの 「すてる」も 意味 深長では ある。 ――― という ような 意味の 分析は いかがであろうか。やはり 辞書に 項目として のっていないと、われわれは ついつい 個別・具体的な 用法に まどわされて、「意味」を みうしなってしまう ように おもわれる。(2010/07/14 ゆう)


 「捨て目を きかす」 ――― 辞書に のっていない ことば ―――

 「こしかた」の (タイトルの 注記)を かいていて、おもいだした ことばが あり、辞書を ひいても ネットで しらべても、はっきり しなかったので、一インフォーマントとして ひとつの 用法を しるしておく。今回の ことが あるまで、当然 辞書にも のっている 標準的な 用法だと おもいこんでいた ことも、「はずかしながら」(横井 庄一) 告白しておく。ちなみに、ネットには、骨董業界用語、芸能界用語などの 用法が あがっている。
 「捨て目を きかす」という ことばを はじめて きいたのは、1965年ごろの こと、大槻文彦の 『口語法』『同 別記』の セットを かう という、当時の わたしとしては おおきな かいものを した ころ、だれかから きいた と おもうのだが、<いま すぐ つかわなくとも 将来 つかう ように なる ことを みこして (多少 無理を しても) かっておく こと>という 程度の 意味の ことばとして、当時 かおうか かうまいか まよっていた わたしの せなかを おしてくれた ことばと 理解していた。当時 まだ 40歳前後の 壮年だった 古田 東朔 先生から きいた ように おもうのだが、ふるほんやの おやじからだった かもしれない。高校時代の 先生からだった かもしれない。そのへん 出典には 自信が ないのだが、意味は、せまく 限定しすぎている 可能性は あるけれど、「かう」ことを すすめる 方向の ことばであった ことは まちがいない と おもう。文の かたち(用例)では 「すてめを きかして かっておく ものだよ。」だった ような 気がする。(2010/07/14 ひる)


 ごあいさつ ――― しりあいに おくった BCCメールの ある 版から ―――

   みなさま

   うっとうしい ひびが つづきますが、いかが おすごし でしょうか。

 わたくし こと 工藤 浩 は、ことし 3月 なが年 つとめた 東京外国語大学を 定年退職し、6月上旬 大学の 研究室から 私設の 研究室(マンションの 一室を 改装) ――― ふざけて「
三鷹日本語研究所」と 自称していますが、これは 戦後 山本有三が 国語運動の 一環として 「三鷹国語研究所」を 自宅の 一隅に もうけ、その 副産物として 嘱託所員だった かの 石垣 謙二 に「から」についての 研究報告を かかせた、その 研究所の なまえを もじり あやかった もの ――― に ひっこしました。ぶっちゃけて いえば、自宅には 研究室の 本が はいりきらなかった ため、退職金で 不動産投資を した にすぎません が、自宅から あるいて 10分ほどの 距離の ところに ある 研究室に 毎日 かよう ことは 運動不足 解消にも やくだち、おてらさんの 参道ぞいに あって とおりぬけが できない その しずけさも なかなか 気にいっており、いすに すわって しばし 悦に いっています。
この「東京砂漠」では、なかなか 森鴎外の「妄想」の 主人の 別荘(千葉県 東海村か)の ような わけには いきませんが、気分だけは 「妄想」の 主人の 気分です。かってな ことを「妄想」して 「いいたい ほうだい」しようと おもっています。(この ページの 「あがり-さがり」で 太宰治に ふれた ついでに 補入。2010/08/26)
 生涯 現役を つづける つもりで おります ので、よろしく おみかぎり なく おつきあい くださいます よう、おねがい もうしあげます。研究所は、つぎの ばしょに あります。      <住居表示 略>   【ご用の かたは メール ください。】
 地名の 由来にも なった 禅林寺は、森鴎外と 太宰治の おはかが ある ことで しられています。その となりには、明暦の大火(別名 ふりそで火事)により 移住させられてきた 神田連雀町の ひとたちの うじがみさま 八幡大神社 ――― なつまつりの ときの おお太鼓が 有名 ――― が あります。おちかくに およりの さいには、どうか ついでに おたちよりください。平日の ひるまは 原則として いつも いる 予定ですが、土日も まえもって わかっていれば いっている ように します。

 なお、おととし わずらった 脳溢血(脳幹出血)の 後遺症の ひだり半身 麻痺も、だいぶ よくなり、とって なしの 茶碗を ひだりて だけで もつ ことも なんとか できる ように なりました。

 みなさまにも くれぐれも からだに 気を つけて ご活躍くださいます よう おいのり もうしあげます。

メールにて 失礼します。

2010年6月吉日

<署名 略>


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工藤 浩 / くどう ひろし / KUDOO Hirosi / Hiroshi Kudow


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