2007年度 文学に親しむつどい

                      日 時…2007年1月15日(月)午後1:30〜3:00
                      場 所…芦屋市民センター301号室
                      講 師…片桐洋一(大阪女子大学名誉教授)
                      議 題…平安物語と絵ー特に『伊勢物語』の場合
     
                  
                  



平安物語と絵

(一)『伊勢物語』と『源氏物語』の写本
◇共に平安時代の写本なし。
 現存最古の『伊勢物語』
  天理図書館蔵 伝藤原為家筆本
  定家筆本はなく、室町時代後期に三条西実隆や冷泉為和が臨写したものを現在は一般に使用している。
 現在最古の『源氏物語』
  尊経閣文庫(前田家)柏木の巻と花散里定家監督書写本

(二)『伊勢物語』と『源氏物語』の絵巻
  国宝『源氏物語絵巻』(徳川美術館 五島美術館)
  平安時代後期の成立
  重要文化財 和泉市久保惣美術館蔵『伊勢物語絵巻』
  鎌倉時代後期の成立

(三)絵巻から絵本へ
  アイルランド共和国 国立 チェスター・ビィティ図書館蔵『伊勢物語絵本』

(四)物語とは声に出すもの、聞くもの
  *日頃の物語、のどかに聞こえまほしけれど、…(葵巻・光源氏の紫上に対する詞)
  *人々御前にさぶらはせ給ひて物語などせさせ給ふ。(須磨巻・雑談の意)
  *聞きどころある世の物語などして(澪標巻・明石の君の乳母の動作)
  *昔物語にこそかかることは聞けと、いとめづらかにむくつけけれど、(夕顔巻・なにがしの院の怪奇)
  *着給へる物どもをさへ言ひ立つるも、物言ひさがなきやうなれど。昔物語にも、人の御装束をこそはまず言ひためれ。(末摘花巻・末摘花の衣裳の説明)
  *童に侍りし時、女房などの物語読みしを聞きて、いとあはれに悲しく心深きことかなと、涙をさへなむ落とし侍りし。(帚木巻・馬頭の詞)
※定家監督書写本→定家の娘や周りの人に写させている。後で定家が見直して校正している。
※物語→とりとめの無い話をする。雑談。 物→物がつくと形がはっきりしない。例…物悲しい→なんとなく悲しい。
※聞こえまほしけれど→申し上げる。 聞こゆ→口に出して言うこと。
※聞きどころある世の物語→印象に残る話。トピックス。
※昔物語→古い昔話。
※聞け→物語は聞くもの。
※人の御装束をこそは→人の服装から描写する。
※女房などの物語読みしを→声を出して読んでいる。
※竹取物語を「物語のいできはじめの親」と紫式部は言っている。(天理図書館蔵・室町時代の写本)

(五)物語の享受と絵
◇国宝『源氏物語絵巻』東屋の巻

               (玉上琢彌著 角川文庫『源氏物語』第十巻による)
             

     一八 東屋一
 A 女房。
 B 女房 白地に唐花丸文様の表着、三重襷文様の裳、引腰が折れひるがえって引かれている。正面に裳紐を結ぶ。
 1 大和絵の障子。
 2 繧繝縁の畳 一段高くなっている。母屋である。
 3 五幅四尺の美麗几帳 淡蘇芳に白で小山と立木。布筋は紺・白・萌黄のだんだら。
 C 右近 両手で冊子をささげて読む。冊子には字が書いてあることを点々で示す。衣裳は、黄地に白の花輪違い文様の袿。
 D 冊子絵に見入る浮舟 紅地に繁菱の単。
 E 中の宮 髪を洗ったところ。
 F 横櫛で中の宮の髪を梳く女房。
 4 帽額の簾。
  ○几帳の上、開いた障子口の前に立燈台をおいたが、仕上げに際し塗りつぶしたのは、ごたごたするのを嫌ったのであろう。
  ○廂の間は高麗縁の畳を敷き詰め、母屋は繧繝縁なのは、匂宮のためであろう。

絵など取り出でさせて、右近に詞読ませて見給ふに、向かひて、もの恥ぢもえしたまはず、心に入れて見たまへる火影、さらにここと見ゆる所なく、こまかにをかしげなり。額つき、まみの薫りたるここちして、いとおほどかなるあてさは、ただそれとのみ思ひ出でらるれば、絵はことに目もとどめたまはで…… 

   【参孝】

 
『伊勢物語』第八十七段

 むかし、をとこ、津の國、うばらの郡、蘆屋の里にしるよしして、いきて住みけり。むかしの歌に、
    蘆の屋のなだの鹽焼いとまなみ黄楊の小櫛もさゝず来にけりとよみけるぞ、この里をよみける。こゝなむ蘆屋の灘とはいひける(ここまで第一部分)このをとこなま宮づかへしければ、それをたよりにて、衛府の佐どもあつまり来にけり。このをとこのこのかみも衛府の督となりけり。その家の前の海のほとりに遊びありきて、「いざ、この山のかみにありといふさる布引の瀧見にのぼらむ」といひて、のぼりて見るに、その瀧、物よりことなり。長さ二十丈、廣さ五丈ばかりなる石のおもて、白絹に岩をつゝめらむやうになむありける。さる瀧のかみに、わらふだの大きさして、さし出でたる石あり。その石のうへに走りかゝる水は、小柑子、栗の大きさにてこぼれ落つ。そこなる人にみな瀧の歌よます。かの衛府の督まづよむ。
    わが世をばけふかあすかと待つかひの涙の瀧といづれ高けむ(新古今雑中、行平)
 あるじ、次によむ。
    ぬき亂る人こそあるらし白玉のまなくも散るか袖のせばきに(古今雑上、業平)
とよめりければ、かたへの人、笑ふことにやありけむ、この歌にめでてやみにけり。(第二部分)
 帰りくる道とほくて、うせにし宮内卿もちよしが家の前来るに、日暮れぬ。やどりの方を見やれば、海人の漁火多く見ゆるに、かのあるしのをとこよむ。
    晴るゝ夜の星か河邊の蛍かもわが住むかたの海人のたく火か(在中将集。新古今雑中、業平)
とよみて、家にかへりきぬ。(第三部分)その夜、南の風吹きて、浪いと高し。つとめて、その家の女(め)の子ども出でて、浮海松(うきみる)の浪によせられたる拾ひて、家の内に持て来ぬ。女がたより、その海松を高坏にもりて、柏をおほいて出したる、柏に書けり。
    渡つ海のかざしにさすといはふ藻も君がためにはをしまざりけり(古今六帖四「渡つ海の簪にさして祝ふ藻も君が為には惜しまざりけり」)
 田舎人の歌にては、あまれりや、足らずや。(第四部分)

※「もちよし」以外、全部実在人物である。
※この段は四部分に分かれている。絵を見ながら、読んだ。
※第一部分…海人として塩を作っ忙しいので、化粧も出来ない状態で働いている。万葉の歌を利用している。場所を教えている。
※第二部分…身分は低いけれども、宮つかえをしている。芦屋の別宅に友達と遊びに来て、布引の滝を見に行っている。
※第三部分…宮内卿もちよしの紹介。漁火をたいている夜の風景の描写。
※第四部分…都の人には分かりにくい世界であるので、絵に画いている。
※蘆の屋のなだの鹽焼いとまなみ黄楊の小櫛もさゝず来にけり→万葉三「然之海人者軍布苅塩焼無暇髪梳乃小櫛取毛不見久尓」石川少郎。古今六帖五「蘆のやの灘の塩焼暇なみつげの小櫛もささず来にけり」。新古今雑中、業平。
※なま宮づかへ→つまらない宮つかえ。
※衛府の(すけ)→次官
※このかみ→在原業平
さる瀧→「さある」の縮まったもの。
※小柑子→みかん
あるじ、次によむ→あるじは業平
※新撰和歌四「ぬきみだす人こそあらし白玉のまなくも散るか袖のせばきに」。
古今六帖三・五「貫き乱る人こそあるらし白玉の間なくもふるか袖の狭きに」。在中将集。
※白玉→真珠
※笑ふことにやありけむ→恵まれない。欲求不満。人生が思うようにならない。
※女(め)→妻
※渡つ海→海の神様
※いはふ→寿ぐ

                                                        2007年1月15日(月)