歌劇「ローエングリン」(リヒャルト・ワーグナー)

 新婚4ヶ月にしてドイツとフランスに別居し、各々の地で勉学に励む事になった私達は、一緒に過ごせるクリスマス休暇への夢をふくらませていた。ドイツ中部からバイエルン地方を経てオーストリアに抜けるドライブ旅行のハイライトは、ノイシュヴァンシュタイン城(新白鳥城)を訪れること。この時期のドイツはとても寒かったが、街々のクリスマスのイリュミネーションの美しさが見る人の心を暖かくしていた。
 憧れのノイシュヴァンシュタイン城を訪ねた日は雪模様だった。白い雪の衣をまとった城は美しかったが、なにか「おとぎの城」のように思えた。戦いを目的としないこの城は、中世の城の持つ不気味な存在感とは無縁の姿で、白鳥のように佇んでいた。
 この城を建てたルードヴィッヒ二世が幼年時代を過ごしたホーエンシュヴァンガウ城には、中世騎士物語の壁画が描かれ、白鳥のモチーフがちりばめられている。16歳の時、「ローエングリン」を見て感動したという彼は、聖杯伝説の白鳥の騎士・ローエングリンと自らを重ね合わせ、この白鳥の城を建てたのではないだろうか。
 急坂の上の城の内部も美しかった。しかし、ワーグナー色に彩られたルードヴィッヒ二世の夢の世界は、異様な世界でもあった。息苦しさを感じた私達は、高台まで車を走らせ、山の上のシュロスホテル・リスル&イエガーハウスでお茶を飲んで一息つくことにした。
 ホテルの窓から左右に見渡せるホーエンシュヴァンガウ城とノイシュヴァンシュタイン城、そして少し離れた所に有るルードヴィッヒ二世の建てた二つの城、この四つの城を目当てに観光客がこの地方を訪れる。従姉のオーストリア皇妃エリザベートへの叶わぬ恋に悩み、その妹ソフィーとの婚約を破棄したルードヴィッヒ2世がのめり込んでいった城造り、ノイシュヴァンシュタイン城築城を公布した時、彼は僅か23歳だった。ワーグナーに心酔した若者の築城の夢が国を傾ける一因となり、国王からの廃位、そして謎の死という悲劇につながるのだが、彼の残した城は、後世この地方を潤わせる事となる。お茶を飲みながら歴史の皮肉を思うひとときだった。
 ルードヴィッヒ二世が、廷臣からの非難にも拘わらずに庇護し続けたワーグナーの作品も、私達の心に今も感動を与えている。この
「ローエングリン」の結婚行進曲は、メンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」の結婚行進曲と共に披露宴等の際に使われるので、皆様ご存じの筈。だが、この「ローエングリン」の物語、お祝いの席に相応しいものではない。大公女エルザは、白鳥に導かれて現れたローエングリンに救われて目出度く結婚するのだが、彼女が誓いを破った為にローエングリンはエルザのもとを永遠に去るというお話。尤も、私自身もこのことを知ったのは最近のこと、私達の結婚式でもこの音楽が使われていたのかも知れない・・・・。

シュロスホテル・リスル&イエガーハウス
Schlosshotel Lisl und Jagerhaus
Tel:(08362)8870

ホテルジャンキーズ35号(2002年12月25日発行)掲載分

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