詩集『自伝から』



遠い記憶に思いを馳せ、心の内や感情を吐露してみる。
そんな詩を書いてもよいかなといった心境である。

                    高木茂富


   序詩

青春を回顧する中年から
そのうち昔なつかしむ
おじいさんになってしまう
でもなつかしむ自分が生きていればよし
と思えればよし
昔なつかしむ間もなく往ってしまう
人々もいる



   自画像
     ---アルバムから---

黄ばんだ写真
写真屋さんが取ったり
親戚のおじさんが取ったり
アルバムの中の自画像

金太郎の前掛け付けて
ちょこんと椅子の上
人生一度きりのまるっこい顔
三頭身の自画像

坊主頭の従兄弟の横で
指をしゃぶって憂い顔
やわらかく波打つ髪の毛
五頭身の自画像

向こう脛に四角のガーゼ
無茶しちゃいけない おまじないの印
ガーゼの下に手術痕
骨の髄にはおき火がくすぶる
人生の悩みの種は仕込み済み
プロポーションは完成
七頭身の自画像



   手紙
    ---初恋の形見分け---

黄ばんだ封筒
花びらハート音符
ちりばめかわいらしい
切手は15円

封筒とおそろいの便箋三枚
十七才のあなたの誕生日とか
悩み悩んで悩みぬきとか
躍る言葉が若若しい

山のあなたの空遠く
大きな切り株 微笑む笑顔
もう一枚は標識の下 真面目顔
悩み多き青春を羨んだけど
初恋の形見分け
写真と手紙残して去った人



   青春の日々は一心不乱と乱高下


僕の青春は手紙や葉書を書きつづける日々だった
かといって部屋に閉じこもってはいなかった
おしゃべりもした
しゃべりにしゃべり書きに書き
一人でグループであるいは二人で
喫茶店をグルグル廻った
本を読み手紙を書きおしゃべりし議論もした
喫茶店のテーブルを中心に世界が廻っていた
かといって喫茶店に閉じこもってはいなかった
路上で映画館で美術館で劇場で公園で
激情を秘め 純情に弄ばれ
敵とまみえ仲間と語らい恋人と過ごした
懐は貧しく心は豊かにが合言葉
楽しみの傍らに悲しみもあり
笑いの傍らに怒りもあった
失意の中に希望を見た
幻想だろうと明日がある
明日があればそれが希望だと一途に思えた
とぼとぼ歩き スキップをして
手を握ったといっては歓喜し
次の演出を思案する
街路の地図と会話の台本を夢見て
快活闊達才気煥発を才能と勘違いして
思いあがって過ごした日々
恋いっぱいの友情で
巡礼のように女の子に感謝して
疎まれて地獄に落ちて詩人気取り
苦悩を詩句に はしゃぎを語呂に
でも時折落ち込んで悲嘆にくれ
僕は悲しいと呟き
メランコリーの気質と納得し
でも芸術と戯れる術を学んだと居直って
喧騒の中の孤独を愉しんだ

不安の種なくして希望は育たない
それぐらいのことは学んだか



 ありがとう あらかじめ失われた恋よ
        ----四半世紀後の返歌----

出会った時に
すでに喪失していた恋
封印された恋心が書かせた
数々の詩篇
残された私家版詩集と
どこかでひっそりと息を止めている
手紙と詩の断片
残されたあなたの返信

昂揚した青春の日々
そして
今も
詩を書く時
背後に立つ
あなたの影

「ほったん」は二冊の文集で
終わったが
はじまりの芽は
たしかにぼくのこころに
根付きました

ありがとう あらかじめ失われた恋よ
ワルツを踊った晩秋の夜
ほっそりとしたあなたの背中に
青春の墓碑銘を
そっと刻印した
指先の感触が
いまでも詩を書く時
よみがえる



   心騒がせた風たち
      ---恋の季節---

過去を振り返ると物語の始まりのように
名前が風に舞う

妙子 礼子 咲子 墨子 京子
恵美子 みち子 みゆき 絹子

友情 愛情 恋情 激情 薄情
それぞれに心騒がせた風たち

おしゃべりした人
手を握った人
肩を寄せた人
唇を合わせた人
眼だけで語った人
時が過ぎいつしか疎遠になった人
きっぱりと別れた人
今もそばにいる人

その時は悲しく痛ましい思いを
感じたはずなのに
不遇な恋の季節と嘆いたはずなのに
苦悩をしたためた手紙と
はしゃいだ詩句と
みな話すことは出来なかった胸ふさぐ思いと
でも今になると
静かな緑の斜面を吹きすぎる風のように
過ぎ去った記憶のスクリーンには
みなやさしく美しかった人のように映る

今はすっきりと晴れた夕暮



   結婚セレナーデ
      ---恐妻家への序曲---

今となっては
みずから話さない女は
だまっている心は怖いと言えます
---きみが好きだと
僕はよく言いましたが
一度も口に出さなかったあなたです

  沈黙は完璧な防御である
  饒舌は敗北の兆しである

でも愛の矢にあたった心の痛みを
正直に叫んだことを悔いてはいない
そして眼で身振りで
あなたが口ずさんでいた言葉を
確かに聞いたから

幸福におののいて
言葉も出ないのかと錯覚した遠い日
愛の始まりは暗いところから
結婚の真実は白昼の光の中で暴かれる

遠い将来のことまで考えないで
---きみが好きだと
言ったことは軽率だったかもしれません

微笑したあなたと
泣いているあなたを見て溜息ついて
あなたの手を取り走ったことに悔いはありません

世界といっしょに老いぼれた
自分自身に唖然として
あなたの言葉の真実にたじろいで
一瞬沈黙したって まだ心の奥に
あの日の言葉が生きている
---きみが好きだと



   天国か地獄か
     ---娘へ贈る歌---

あなたが生まれたのは
昭和59年1月13日
13日の金曜日 暦では仏滅
雪のよく降った冬のことであった

樋口可南子の
可南子がいいと考えていた
父親は名づけの本を熟読し
残念無念と呟いて
字画相性ぴったんこは
可奈子か
可能性の可に奈落の奈
とこじつけて納得した

美人ぽいじゃないか
聡明そうじゃないか
最初の不純な動機を
棚に上げて自画自賛

食いっぱぐれなし
強運の字画
天国と地獄の狭間の人生だ
自分の名に勝つか負けるか

小学校低学年の頃は
短パンはいて男の子に間違えられた
スカートはきたくないと中学登校拒否か
と心配したが
いまじゃルーズソックスだ

目鼻口 容貌は母親ゆずり
がんこな気性は父親ゆずり
おしゃべりなのは父親似
慎重なのは母親似
自分の可能性に賭けて
あとはご自由にチャレンジされよ
行き先は天国か地獄か
親の預かり知らぬこと

鼠年だといったって
親の脛 齧って人生送れない
カウンドダウンは始まっている
健闘を祈る
ろくでなしの父親で悪かった ごめん



  ああ我が内なる爬虫類!
      ---夫婦喧嘩の余白に---

  食いちぎる会話
にらみ付ける眼差し
熱意が殺意に見えるって?
お人好しにはどうしたって見えない

眉間のシワ向こう脛の手術痕
心の傷はもっと深い
成長の階段を無残に打ち砕いた
病孝行の幼き日々

  父親を憎み
母親の温もりも不足
愛情酸欠の日々
  過去の清算は今も終らない

熱意が殺意に変わることはないが
知に棹さして血が滾り
議論に連戦
勝った勝ったそれでどうする

あいての心に敵意が芽生え
累々と積みあがる憎しみが
いずれ己に災いもたらす
ああ我が内なる爬虫類!



   50才の春は51回目の春


また春になった
生まれてから
何回目かなと数えると
秋 11月 霜月 誕生
0才の春から 49才の春まで
50回春が過ぎて
ただ今51回目

桜咲く と思い出に残っているのは
十五の春と
社会に出る と実感した二十歳の春か

桜散る と苦汁を飲んだ
会社の解散知らされたのは
四十四才 45回目の春
1995年4月1日 エイプリールフールの日

はらはらと桜吹雪を
ぼんやりと眺めやる余裕もなく
花冷えの夜
人生の行く末見つめる頭上に
何だかわからない大きな花が
ドサッと落下する思いであった

よくぞ耐えて51回目の春
桜咲き 桜散る
不安や希望 夢や憂い
おっかない死も見とおせる位置まで
よくぞ生きてきたなと
この中間点で
誉めてやりたい気分だが
あいにく今日は花曇
自我自賛はつつしみたい



 世間では輝いているのだろう
      ---我が妻への間奏曲---

心やさしい忠告を聞き流し
よれよれシャツを着る
よれよれの人生の傍らに
おしゃれが様にならなかった
かっての恋人が
しゃきっとした姿で立つ
家にいるとうっとうしいが
世間では輝いているのだろう

出会った頃は
とりあえずの人だった
こんなにも変わるものかと
驚いている
ぽてっとして美しくなかった
かっての恋人が
家ではでれでれしているが
世間では輝いているのだろう

心やさしい言葉をかけないが
正直なとこ感謝している
悲運と悲嘆の人生だ
と誇張する夫を
甘いの一言で切って捨てる
家では女帝だが
シャツのアイロンはあてる
世間では輝いているのだろう

花束もしゃれたプレゼントも
いっさいがっさい贈らない
かっての恋人を
世間知らずとなじるが
チェストの上に毎週花があるように
君には“華”がある
なんて家では詩人はやらないが
世間では輝いているのだろう

あなたは当り私は外れ
女にとって結婚なんて
貧乏籤だと言うけれど
自由の風を贈ったよ
激情の暴風だけじゃなかったと
決して言ってはくれないし
そんなことは期待していないけど
世間では輝いていることは知っている



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