1999.7の月

すでに来慣れた西陣の下宿。
本とレコードとCDに囲まれた部屋は、この部屋の主と一緒に居る時と同じようにひどく自分を落ち着かせる。
漏れ落ちた声に返ってきた声。慌てて顔を上げたアリスこと有栖川有栖は、こちらに顔を向けている7つ年上の江神二郎に幾分バツの悪い表情浮かべて口を開いた。
「すみません・・」
「どないしたんや?何ぞえらい掘り出し物でも見つかったか?」
フワリと微笑う顔。
「掘り出し物ってわけやないんですけど・・」
言いながらズリズリと膝で歩きつつ、積み上げられている本の山を3つばかり迂回して、有栖は江神にそれを広げて見せた。
「これです」
「・・?・・・ああ、ノストラダムスな」
「結構、子供の頃からこれってよう言われてたんですけど、これ見てそういえば今年やったんかって・・」
「“恐怖の大王 やろ?何が降りてくるんかなぁ?」
「江神さん、信じてはるんですか!?」
銜えられてカチリと点けられた煙草の火。
キャビンの煙が部屋の中にユラユラと立ち上る。
「アリスは信じてないか?」
反対に、どこまでが真面目なのか分からない風に聞き返されて有栖は一瞬言葉に詰まり、次にオズオズと口を開いた。
「信じません」
「何でや?」
「せやって・・こんなん信じられませんもん。何百年も前の人の予言なんて信じられる根拠が何もないやないですか。これがいいもんやったら信じてみてもええけど」
有栖の言葉に江神はクスリと笑いを漏らした。
「・・何で江神さんは信じられるんですか?」
「信じてはおらんよ。ただ信じられへん言う根拠もないからその時を見てみたいだけや」
「・・・・・そぉいうもんですかねぇ」
「うん?」
「僕やったらどうでもあんまり見たないな」
「そうか?」
「はい」
訪れた沈黙。
広げられたままの雑誌が窓から入る風でパラリとめくれた。その途端。
「もしも・・」
「アリス?」
「もしもですよ、もしも、これが本当に起こる事になったら、江神さんなら最後の一日はどう過ごしますか?」
突然の問いかけと真っ直に見つめてくる眼差しに江神は一瞬だけ驚いた様にして、次にいつもと変わらぬ微笑みを浮かべた。 「別にどうも変わらんな。まぁ・・・そんな時やからバイトは入れへんやろうけど」
江神の答えに有栖の顔が小さく綻ぶ。そして。
「アリスは?」
多分その問いを待っていたのだろう。
躊躇なしという勢いで、有栖はにっこりと笑いながら口を開いた。
「江神さんと一緒に居ます!」
「アリス!?」
「迷惑でも、何でも、絶対に一緒に居ます。隣で本を読んでてもいいし、一緒にミステリーの話をしたりして絶対、絶対、一緒に居ます」
「・・・・・・・・・・」
「・・・駄目ですか?」
いきなり小さくなった言葉に江神は思わず吹き出してしまった。それに有栖は「江神さん!」と声を上げる。
「すまん、悪かった。でもなアリス。これは『7の月』しか書かれてへんから、いつくるのかは判れへんのや」
短くなったキャビンを灰皿に押しつけて江神は笑いを堪える様にそう口にした。目の前には眉間に小さく皺を寄せた有栖・・・。
「じゃあ、7月にずっと一緒に居ったらええやないですか。そうでしょう?・・・!!・って江神さん!!ここ笑うとこちゃいますよ!!」
部屋の中に響く怒鳴り声と笑い声。そうして次の瞬間江神は真っ赤な顔で半分涙目になっている有栖を「ぜひその案に乗らせてくれ」と抱き寄せた。

エンド


2周年記念のアンケートのお礼用にかいた話です。どちらを先に読まれているかは判りませんが同じ設定で作家編も書きました。同コンセプト物は結構好きなんですが、なかなかいいのが浮かばないと辛いものが・・・・
今回のこれはらしくて結構気に入ってます。