1999.7の月

ふと目に止まった雑誌の見出し。
“恐怖の大王 がやってくる−−−−−−。
一瞬「何やそれ!?」と思った有栖はパラパラとそのページをめくって納得した。
そういえばテレビでも時々取り上げられていた『予言』とやらだ。
(B級映画のタイトルかと思うた・・)
胸の中で呟いて、興味を失ったという様にパタリとそれを閉じて。
「・・・恐怖の大王か・・」
ポツリと零れ落ちた言葉。そして聞こえてきた声。
「アリス?」
少し埃っぽい午後の研究室。
本人はどこに何があるのか整理されていると言い張る机の上には“乱雑”という言葉がピッタリと当てはまる程学生たちのレポートだの、本だの、新聞や雑誌のスクラップしたものなど様々な資料が山を形成している。
その山の向こう側から聞こえてきた声に、一応来客用にと置かれているソファに腰かけたまま有栖川有栖は「ああ?」と多少間の抜けた声を出して顔を向けた。
「ああ?じゃねぇよ。ったくいきなりブツブツ言い出したのはお前だろう?寝言は寝て言えよ」
「誰が寝言を言うたんや。ったく失礼な奴やな」
「じゃあもうボケでも始まったのか?」
言いながら英都大学社会学部の助教授、火村英生はガタリと椅子から立ち上がり、コーヒーを入れるべくポットへと移動を始めて再び口を開く。
「それで?」
「・・・君、その癖止めた方がええで。いきなり何なんや、どこからの続きのそれでなのか分からんやろ」
「どこも何も話題はお前の寝言しかなかっただろう?」
「寝言やない!これやこれ!」
バサリと広げられた雑誌。それに視線を向けながら火村は二つのカップを持って有栖の前に腰を下ろした。
「・・・ノストラダムスか?」
差し出されたカップと笑いを含んだ声。
入れたばかりと言うのにすでに幾分ぬるくなっているコーヒーに一口口をつけて有栖は目の前でキャメルを取り出している男に向かって口を開いた。
「見出しが“恐怖の大王 なんてついとるから開いたらこれやった。けど何でこんな雑誌ここにあるんや?買うたんか?」
「別に俺は誰かさんみたいにB級の見出しに釣られて買ったんじゃない。俺が興味のあったのはこっちの方だ」
指差された見出しは以前火村が関わったフィールドワークの犯人が取り扱われたものだった。それに気付いて有栖は鼻白んだ様な表情でコーヒーを口にした。
「それで?」
「!・・だからきちんと主語と述語を明確にしてものを聞け言うとるやろ!」
「失礼。それでこの記事をお読みになった有栖川先生は何をどうお感じになったのかぜひお聞かせ願いたいので
すが、よろしいですか?」
キャメルの白い煙がユラユラと揺れる。
「・・・ほんまに性格の悪い男やな。何も感じへんわ。強いて言えばアホらしい。大体こんな風に騒いどるのは日本だけやてそこにも書いてあったわ。そんな宝クジよりも確率の悪い予言よりも、締め切りの方がよっぽど恐ろしいやないか」
「お前にしちゃあ現実的な意見だな」
笑いながら吐き出された紫煙に有栖は言葉を続けた。
「当り前や!まぁ・・万が一、どこかの映画みたいに隕石でも降ってきたり彗星がぶつかったりするんやったらみんな揃っておしまいなんやから、それはそれでいっそ小気味いいかもしれへんな」
カタンと空のカップがテーブルの上に置かれた。
わずかな沈黙。
「・・じゃあ万が一そうなるとしたら、最後の日、お前ならどうやって過ごす?」
珍しい火村の仮定に有栖は一瞬驚いて、次に真剣に考え始めた。
「そうやなぁ・・・ジタバタしたってしゃあないんやから、飯食って、気に入った本でも読んで・・・ああ、今までの事件の大総括をするってぇのはどうや?」
とびきりのアイデアを思いついたと言うような有栖に火村はニヤリと笑って短くなったキャメルを灰皿に押しつけた。
「一緒に居たいなら居たいって素直に言えよ、アリス」
「!!!!だ・・誰がやねん!!」
真っ赤になった顔。それを見つめて火村は更に言葉を繋げる。
「飯を食って、本を読んで、大総括をするんだろう?総括の辺りに“ベッドの中で っていう注釈をつけてくれればその案にのってやってもいいぜ?」
「・・・・・・こ・・の・・」
「『7の月』が楽しみだな、アリス?」
「誰が楽しみにするんや!アホんだら!!!」
この計画が実行になるのかならないのか。
それは勿論神のみぞ知る、のである(笑)


                    Fin




実はこの話は2周年記念の時にアンケートに答えてくださった方のお礼のチラシに載せてありました。
この当時はこんな事で騒いでいたんだよね。日本ってなんかやっぱり平和だわ。
とにかくらしい二人になったとは思うんですけどどんなもんでしょう?