この物語は有栖川ユリさんとのリレー小説です。
サイトの方に載せてほしいというリクエストがあり、ユリさんに承諾を得ました。
とにかく新婚さん話が書きたくて生まれたという(笑)
といってもどこがいつもと違うのかという感じなのですが。
これはシリーズで結構出したのでまったりと更新をしていこうかなと思っています。
それではいわゆる始まり編のはじまりはじまり!

 

ハッピーウェディング

「あー、うまい。ほんまに君って口は悪いけど料理は最高やな!」
 久々の食事らしい食事に有栖はニコニコとそう言って「おかわり!」と空の茶碗を差し出した。
「誉められてる気がしないのは俺の気のせいか?」
 眉間に皺を寄せながら、それでも出された茶碗を受け取って御飯を盛ると、火村は有栖に山盛りのそれを手渡す。
 ちなみに3杯目だ。
 いきなりこんなに食べて大丈夫なんだろうかとチラリと思ったが、今までも大丈夫だったのだから、今回も大丈夫だろうとすぐに思い直す。
 長い付き合いの間にはそれこそ色々な事があったのだ。その中からの経験で導き出した、お気楽といえばお気楽な結論だが確率は結構高い筈だ。
「この煮付けもうまいなぁ。これなんや?」
「ムツ」
「ふーん・・。これ、この白和えもメチャメチャ旨い!」
「・・・良かったな」
 何となく食べているのを見ているだけで胸どころか自分の腹まで一杯になってくるような気がして、火村は飢えた野良猫並にガツガツと食べる友人、もとい、恋人から視線を外してキャメルを取り出した。
「まったくいつからまともに食ってなかったんだよ」
「うーん・・締め切りが昨日やったんや。修羅場の最中に気付いたら食うもんがなくなってたんやけど買いに行くのも出前取るのも時間が惜しくて最後のカップラーメンを開けたのはいつやったっけ・・」
「・・もういい。黙って食え」
「あ、でもコーヒーは飲んでたで」
「余計悪いだろうが!」
 にっこりと笑った有栖に、火村は思わず怒鳴りつけすぐにガクリと肩を落とした。
「・・・・・飯粒がついてる。口の端」
「え?あ、ホンマや」
 指で取ると有栖はパクリとそれを口に入れた。
「もういいから、腹をこわさない程度に好きなだけ食え」
 取り出したキャメルを口に銜えて、食事中の有栖に少しだけ気を遣うように椅子を後ろに下げると火村はそれに火を点けた。
「うーん・・おいしい!」
「そうかい、そうかい」
「何やその投げやりな言い方は。作った料理を誉められたら嬉しいもんやろ?」
「そこまでガツガツ食べられると本当に味が判っているのかどうか不安になるんだよ」
「失礼やな。うまいもんはうまい」
「けど、腹が減っているはただのカップ麺も、ちょっとばっかり冷めた学食のカレーも旨いだろう?」
「う・・・それは・・」
「そんなもんだよな」
「そ!そんな事ないで!!そりゃ腹が減ってれば何でもうまく感じるのかもしれへんけど、けどちゃんとうまいものはうまいって判る!ほんまにこれもこれもこれもメッチャうまい!君が女やったら間違いなく嫁さんに貰っとるで!!」
 箸を持ったままの力説に火村は一瞬だけ瞳を見開いて、次にニヤリと笑いを浮かべた。
「へぇ、嫁さんねぇ」
「こ・・言葉のあややけど」
「そうか、有栖川先生の嫁選びの基準は料理だったのか」
「いや・・だから・・」
「料理上手な可愛い嫁さんがほしいわけだ」
「あ・・え・・別に・・」
「こりゃ負けられねぇな」
「火村?」
 クスリと笑ってまだ長いキャメルを灰皿に押しつけた火村はふぅと煙を吐き出すと、テーブルの上に肘を置いて指を組み、にっこりと笑った。
「いいぜ、嫁に来てやっても」
「・・へ?」
「まぁ、本来ならお前の方が嫁だけど」
「!何の話や、何の!!」
「そりゃ勿論、お前が考えてる事で正解だと思うぜ?でもまぁ嫁が押し倒すってぇのも一興だよな」
「アホ!」
 赤く染まった顔で怒鳴る有栖に、火村は「とりあえず」と口を開く。
「明日から仕事でしばらくこっちの大学に用事があるんだ。昔、世話になった人でどうにも断り切れなくてな」
「・・・・・」 
 いきなり変わった(ように思えた)話題に有栖は微かに眉を寄せる。
「それが何なんや?」
「だから、その間とりあえずお試し期間って事で嫁になる」
「!!!」
「専業作家と働く嫁。いい組み合わせだろう?」
「な・・何がじゃ、ボケ!」
「心配しなくてもちゃんと仕事はするぜ?働くって言っても多分一日中じゃなく、パートくらいのボリュームだしな。掃除、洗濯、食事に風呂の用意。勿論夜のおつとめも」
「い・・いらん!」
「遠慮するなよ。よろしくダーリン♪」
「◎◆☆#煤I!!」
 鮮やかな笑顔と共に向けられた言葉に有栖は思わず全身の血が下がっていくような気持ちになった。

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「・・ス・・アリス・・起きろよ」
 小さく身体を揺さぶられる感覚にフワリと浮き上がる意識。
「う・・ん・・」
「食事出来てるぞ。俺は出掛けるからな」
「うー・・・なん・・出掛け・・フィールド?」
 油断をしているとたちまちくっついてしまいそうな瞼をどうにかこうにかこじ開けると、少しだけ笑っているような顔が見えた。
「言っただろう?こっちの大学に用事があるって」
 そういえばそんな事を聞いた覚えがある。
 けれどそれよりも何よりも、その後に聞いた事の方が驚きで、しかも言葉の通りしっかりきっかり『夜のおつとめ』に励んでくださった自称『嫁』のせいで、とにかく身体が言う事をきかない。
「・・・・いってらっしゃい」
「帰りに電話するからそれまでに、食べたいものを決めとけよ?」
「・・ほえ?」
「・・ったく、お前は本当に人の話を聞いてないな。食事の用意もしてやるって言っただろうが。ちなみに洗濯は終わってるからな」
「・・・・・・」
 一体いつの間にそれだけの事をしたのか。確か散々泣かされて意識を手放す少し前には見た時計は3時をすぎていた筈なのだ。
 それが食事の用意も洗濯も終わっていて、しかも気を失った筈の身体は綺麗になってパジャマまで着せられている。
「・・・・・あ・・ありがとう」
「どういたしまして。いい嫁だろう?」
 ニヤリと笑う火村に有栖は顔を赤くして口を開いた。
「もうそれやめろって」
「なんだよ。まだサービスが足りないか?」
「アホ!もう遅れるで」
「・・・旦那様はつれないな」
「火村!」
 肩を竦めながらのその言葉に有栖はガバリとベッドから起きあがった。その途端抱き締められた身体と重なる唇。
「・・・っ・・」
「・・・ごちそうさま」
「・・・・・お・・お・・おま・」
「新婚さんにいってきますの挨拶は外せないお約束だろう?じゃあな。アリス」
「とっとと行け!アホんだら!!!」
 これ以上はなれないというほど真っ赤な顔で投げつけた枕は、けれど閉じたドアに当たって床の上に落ちた。
「・・ったく・・あのボケ・・何が新婚さんや!」
 微かに聞こえてくる鼻歌と、ついで開けて、閉じられたらしい玄関のドアの音。
 普段ならば気にならない、そんな音さえもがひどく恥ずかしくて、有栖はまだ赤い顔のまま、思わず頭を抱えて布団の上に突っ伏した。
 
 
 
 お試し新婚一日目の朝だった。
 
 
 
 
 
 
 



 
「あの・・・・」
「はい?何ですか?」
「いえ・・別に・・何でもないです」
 午後の日差しが射し込むリビング。
 次作の打ち合わせに訪れている編集者、片桐光男はソファに座りながら少しだけ居心地悪げに身体を動かした。その途端目の前にコトリと置かれたコーヒー。
「どうぞ」
「あ・・どうもすみません」
 恐縮して頭を下げる片桐に火村は「いいえ」とだけ口にして、有栖の隣に腰を下ろした。
「・・なんで君まで座るんや」
「いいじゃねぇかよ。次作に期待をしている一読者だぜ?大事にしろよ」
「ふざけるな、一読者やったら、トリックバラスわけにはいかんやろ」
「言い方を変えよう。ナイスアドバイザーってぇのはどうだ?」
「自分でナイスを付けるのが厚かましいねん!」
「まぁまぁ・・えっと・・それでですね、送っていただいたプロットなんですけど・・」
「あ、はい」
 片桐の言葉に有栖は慌てて向き直った。それを横目で見つめながら、火村は新聞を広げて読み始める。それを交互に見て片桐は胸の中で溜め息を落とした。
 そう。どうにも・・・居心地が悪いのだ。
 ここにきた時まさか火村が居るとは思わなかった。驚いていると、大阪の大学で何か頼まれたことがあり、しばらく有栖のマンションに泊まっているのだという。
 そこまでは「ああ、そうなのか」で済むことだったのだ。
 元々火村と有栖は学生時代からの友人で、時々こうして火村が有栖の所に泊まったり、または有栖が火村の下宿を訪ねてゆくという事もあると聞いた事があった。更に有栖が火村の『フィールドワーク』と呼んでいる現場に出入りをしているのも知っていたし、カニを食べに行くだのと一緒に旅行をした事も聞いている。
 羨ましいくらい仲のいい友人。もとい親友。
 だが、しかし・・・。
「・・・おい今の話、法律変わってるぜ?それだとその刑は無理だ。いいとこ執行猶予3年だな」
「え!ほんまか!」
「勉強しろよ、法学部卒の推理小説家」
「やかましい!えーとそれやったら・・ちょっと待て、動機が成り立たなくなるやん。うわー、どないしよう片桐さん」
「は?」
「はって・・聞いてなかったんですか?今の話。動機が成り立たんのです」
「・・・ああ、そうですね。いえ、ですからちょっと弱いんじゃないかなぁと思って。それとですね、前に調べて欲しいっておっしゃってた路線ですがね」
「あ・・それは俺も諦めました」
「いっそ時代を遡らせますか?」
「そうするとこっちのトリックが使えなくなるんです」
「・・・この時代にこれはありませんもんね」
「ですよねぇ」
 はぁと溜め息をついた有栖に新聞を広げていた火村がクスリと小さな笑いを漏らした。
「!何やねん」
「別に何も言ってないぜ?」
「今、笑った」
「愉快な記事があったんだ」
「嘘をつけ!嘘を!」
「信じる事がコミュニケーションの第一歩だって知らないのか?」
「うるさい!・・あー・・もう・・判りました。とにかくこれもう一回考えてファクス送ります」
「筋とトリックは面白いんですよ。だからあとはその背景をしっかりして、この心理描写ですね」
「・・・そうですね。うー・・・」
「もう一杯飲むか?」
 頭を抱えた有栖にそう言って、すっかり温くなったコーヒーに手を伸ばした。
「あ、うん。今度は紅茶がええな。アッサム。ほら買うてきたやろ?この前」
「ああ?ああ、お前が衝動買いしたヤツな」
「衝動買いちゃうわ、おいしい紅茶が飲みたいと思うて買うたんや」
「おいしい紅茶よりおいしいコーヒーの方がいい。片桐さんはいかがですか?」
「え!?あ・・はい、えっとじゃあ、紅茶を戴きます」
「ほらみぃ、紅茶派の勝ちや」
「何の勝敗だよ。馬鹿」
「馬鹿って言うなって言うとるやろ!」
「・・・・・・・・」
 きりもなく続くやりとり。
 そうなのだ、火村が有栖の所に居るのはいい。
 今までだってこんな時はあったのだ。
 けれど、でも、しかし・・・。
(新婚家庭にお邪魔している気になるなの何故なんでしょう・・・・?)
「片桐さん?どないしたんですか?」
 少しだけ眉を寄せた有栖の言葉に片桐は照れたような苦笑に近い笑いを浮かべて口を開いた。
「ああ、いえ・・そのしばらく前に電話をした時は元気がなかったのでちょっと心配していたんですがお元気そうで良かったなと。火村先生がいらして下さったお陰ですね」
「な!何言うてんねん!片桐さん!」
「そうそう。尽くしてますから」
「は・・・?」
「火村!!いらん事言うんやない!!ったく・・片桐さん?マジで受けとらんで下さいね」
「あ・・・はい・・」
 マジでとは一体どう言う事なのか。
 片桐の額に暑くもないのにジワリと汗が浮かんだ。けれどそんな様子に気付くことなく、有栖は何かを思いついたようにひどく楽しげに口を開いた。
「火村!今日ってさ、一口餃子作ってくれるんやろ?」
「自分がリクエストしたのも忘れたのか?」
「確認や、確認!なぁ、片桐さん。今日これからの予定は?すぐに東京に戻るん?」
 紅茶の香りの漂い始めた室内で、有栖はキッチンに向けていた顔を再び片桐の方に向けた。
「あ・・いえ・・」
「それやったら夕飯食べてったらどうやろ?なぁ、火村、餃子やったら一人くらい増えても平気やろ?」
「お前がしっかり餡を作ればな」
「えっ?俺が中身を作るんか?」
「たまには手伝ってもいいだろう?材料を切るのはやってやるから、しっかり混ぜ合わせるだけだ。それくらいなら出来るだろう?」
「それくらいなら・・・うーん・・・。包むのは自分、やるんやな?」
「お前に任せたら団子にされそうだからな」
「むかつく」
「・・・・・・・・・・」
 運ばれてくる紅茶。カチャリと置かれたティーカップにまたしても恐縮しながら頭を下げて片桐は何故だか、シクシクと胃の辺りが痛み出すような気がしてきた。
「で・・でも有栖川さん、何かお邪魔じゃ」
「へ?何で?」
 つい口をついて出てしまった言葉に有栖はポカンとした表情を向けた。
「ち・違いました。ご迷惑になると。お手間も取らせますし」
「そんなん大した事あれへんよな?こう見えても火村の作る餃子って旨いねん。前に作ってもらった事があるから味は保証付きやで」
「・・・・・・・あ・・はい・・・けど」
 そこはかとなく惚気を聞かされている気がするのは錯覚だろうか?
「遠慮なさらずによろしければどうぞ」
「・・・・・・・・」
 そして、勧められながらも“はやく帰れ”と言われているような気がするのはどうしてなんだろう?
 思わず背中を冷たい汗が伝って流れる。
「い・いえ、本当にお誘いは有り難いんですが、社の方に連絡を入れて、おそらく今日中に戻らなければならないと思うんです。京都の方にももう一度顔を出したいと思ってますので」
「・・そうかぁ。じゃあ、今度。時間がある時にゆっくり飲みましょう。そのうち私もまた東京の方に行きますから」
「あ、はい。それではプロットの方お待ちしております。失礼いたします」
 とにかく、一刻も早くこの空間から脱出したい。
 そんな思いに捕らわれながら、片桐はそそくさと荷物をまとめ玄関に向かった。
 その後をパタパタと有栖が見送りにやってくる。
「ほんなら、また。気をつけて」
「はい、有り難うございます」
 言いながら開けたドア。
 通路に出て、振り返ったその瞬間、狭い玄関スペースに並んで立つ二人に片桐は思わず言葉を失ってしまった。
「・・・・・お・・お幸せに・・じゃなくて、えっと・・その、お邪魔しました」
 バタンと閉じたドア。 
 心なしか引きつった顔を赤くしていたような編集者に首を傾げつつ、有栖は隣に立つ火村を睨みつけた。
「・・何か片桐さんおかしかったけど、君、何かおかしな事言うたんやないやろな」
「何をだ?俺が片桐さんと二人になった時なんてなかっただろう?」
「・・・・・それもそうやんな。なんやろ?」
「さぁな、風邪でも引きそうなんじゃねぇか」
「そうか・・風邪か。大丈夫かなぁ・・」
 まさしく犬も食わないなんとやら・・。
 すっかり“新婚”に馴染んできた、お試し期間
4日目の午後だった。
 
 
 
 
 



 
 

 
 

「・・・遅い、何しとんねん」
 時計の針を睨みつけるようにしながらそう言って有栖はふぅと溜め息をついた。
 『お試し期間』等とふざけたことを火村が言いだしてから6日が過ぎようとしていた。
 たかが6日、されど6日。
いつの間にかすっかりしっかりこの生活に馴染み始めている自分に今更ながら気付いて、有栖は子供のように唇を尖らせながらもう一度時計を見た。
 けれど勿論、そんなにすぐに時間が進むわけも、ましてや戻るはずはなく、針は8時過ぎを指している。いつもならば、もうとっくに戻ってきて夕食を食べている時間だ。
「・・・何かあったんやろか」
 先刻から頭を過ぎる嫌な予感。
 それを打ち消しては溜め息を付き、何をしているのかと悪態をついてはまた溜め息を付いて、嫌な想像をする。そんな事を何度繰り返しただろう。
「・・・・ったく・・遅くなるなら遅くなるって一言連絡したらええやんか」
 苛々とそう言って有栖はまたしても時計に目を走らせた。
 始めの時にパートくらいのボリュームと言っていた通り火村はまるで判で押したように5時半を過ぎた頃に“帰るコール”ならぬ“何食べるんだコール”を寄越した。そうして有栖のリクエスト通りのものが食卓に並ぶのだ。
『出来たぜ。さぁ召し上がれ、ダーリン、てなもんだな』
『だからそれは止めろ。さぶ疣立つ!』
『へぇ、どれどれ?』
『!そう言ってどこ触っとるんや!』
「・・・・・・」
 どうにも甘やかされすぎた。というか、慣らされすぎた。
 そうでなければならないとこんなに短期間でインプットされてしまっている。
 たかが数時間、大の大人が帰って来ないと言うだけでこんなに不安になっている。
「・・・・もう一回電話してみようかな?」
 実は7時過ぎに火村の携帯に電話をいれたのだ。けれど『電源が切られているか電波の届かないところに・・』というメッセージが流れただけで火村が出る事はなかった。
「・・もしかして急なフィールドが入ったのかもしれへんし・・」
 それで電話が掛けられずにいるのかもしれない。
 けれど、でも、だけど・・・・。
「・・・・・・っ・・あかん、やめやめ!悩んでたって埒があかん。こういう時はさっさとかけるにかぎるで」
 言うが早いか、有栖は登録してある火村の携帯に電話を掛けた。ワンコール、ツーコール・・・耳の中で響く呼び出し音、けれど火村は出ない。
「・・・・・・・」
 ドクンドクンと早くなる鼓動。
 本当に何かあったのだろうか?
 電話に出られないのは何故なのだろうか?
 それは一体どう言う事なのだろうか?
 もしかして、まさか・・・・。
 先刻から浮かんでは消えていた想像に胸が押し潰されそうになったその瞬間。
『はい・・』
「!!火村!?」
『ああ、悪い。遅くな・』
「自分一体どこに居るねん!!今まで何しとったんや!遅くなるなら遅くなるって・」
『アリス?』
「もう、知らん!!アホ!」
 ピッと電話を切って、有栖はそのままソファにドカリと腰を下ろした。そうしてそのまま、膝を折るようにしてその上にゴロンと横になる。
「・・クソボケ・・アホんだら・・ふざけんな」
 無事だったのだ。自分の変な想像のような事はなかったのだ。ホッとすると同時に湧き上がってきた怒り。
 何でもないような声を出されて、自分だけが振り回されていたのかと思うと馬鹿馬鹿しくて、みっともなくて、とても話など出来なかった。
「・・・どこに居るのか聞くの忘れたな」
 ポツリとそう言ってから、有栖はムッとしたように眉を寄せた。
「どうでもええか。ほんまにもう・・あんなヤツ嫁失格や」
 ふてくされた子供のようにそう呟いたその途端。
「そりゃ困るな」
「!!」
 聞こえてきた声に有栖は慌てて身体を起こした。近づいてくるのは間違いなく、火村だった。
「そこのエレベーターに乗ったところで電話がかかってきたんだ」
「・・・・・・・」
「悪かった。仕事が伸びて、どうしても電話が掛けられなかったんだ。終わった時は何が食べたいか訊けるような時間じゃなくて。打ち上げを断ってきたんだけどな」
 疲れたようなけれどそれよりも困ったようなそんな表情は珍しい。
「アリス」
 ゆっくりとソファの前に屈んだ身体。
「・・・・・」
「悪かったよ。心配かけた」
「・・誰が・・」
「アリス?」
「誰が心配なんかするか、ボケ!ほんまに・・これっぽっちも・・別に・・・」
 言いながらジワリと目頭が熱くなった。次いでぼやけ始める視界。
「・・・・ただいま」
 ゆっくりと抱き寄せようとする腕に少しばかりの抵抗をして、けれどすぐに捕らえられて、抱き締められた身体。
「ただいま、アリス」
「・・・・・・・・お帰り」
 その瞬間浮かんだひどく、ひどく幸せそうな顔は、近づいてきたその顔ですぐに見えなくなってしまった。
 
 
 
 
 
 
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「い・・ゃ・・や・・」
「・・まだ・・」
「もうだ・・め・・」
「もう少し・・・」
「・・っ・・ぁ・あぁ!」
 漏れ落ちた甘い吐息。
 なし崩しにソファの上で抱かれて、息が整わないうちに寝室に抱え込まれて再び押し倒された。
「も・・や・・も・・」
 再び熱くなっているそこを長い指で扱かれてビクビクと身体が震える。その間に胸の突起を転がすように舐められて、有栖はおよそ自分のものとは思えない高い声を上げた。
 こんなに毎日抱かれるのは初めてかもしれない。
 時々飛んでしまうそうになる意識の中でそんな事を考えてしまった自分が少しだけ情けなくて有栖は上がりそうになる声を堪えながらゆっくりと声を出した。
「・・・ほんまに・・堪忍して・・も・・嫌・や」「我慢できない?」
「!アホ!」
「まだまだいけそうだな」
「い・嫌や!あ・・っん!もう・・ぁ・あぁ!」 先走りの雫で揺れた指が先刻火村自身を受け入れたばかりのそこを探る。
「あ・や・・嫌や・火村ぁ!」
「さっきので濡れてる」
「!言うな、変態!!」
「この状況でまだそうくるか」
 ニヤリと笑う火村に有栖は思わず泣き出しそうに眉を寄せた。
「・・・お願いやから・・もう・・」
「入れてほしい?」
「・・・・・・ゆ・・夕食まだなんやで。これ以上してたら腹が鳴るからな!」
「・・・色気がねぇな」
「そんなもんあってたまるか!毎晩人のことを押し倒す『嫁』に言われとうないわ!もう・・もう・・は・・早く・・達かせろ!!」
「達かせて下さいだろう?ったく・・・」
 言いながら大きく広げられた足に有栖は顔を赤く染めながら僅かにその表情を強ばらせた。
「・・馬鹿、そんな顔すんなよ。煽られて抑えが効かなくなるだろう?」
「あ・アホ言うな・・って・・あ・あ・やぁ・・ああ!」
 ゆっくりと押し入ってくる塊に喉が引きつる。
「・・・痛むか?」
「へ・・き・・っ・・ん・・ぁ・・ああ!」
「アリス・・」
「ふ・・ぅ・・く・っ・・ん・」
「アリス・・」
「あ・・あ・あ・・・」
 緩く、けれど少しずつ早く揺さぶれる身体。縋るように背中に回した手が汗で滑って、思わずつ立てた爪。
「・・つぅっ・・・」
「ごめ・・あ・・あん!い・・ぁ・」
 忙しない息。ギシギシと鳴るベッド。
「・・・火村・・ひ・・ぁ・・ひむ・」
 限界が近い。いつの間にかこめかみを伝って流れ落ちた涙にそっと唇を寄せられて・・・。
「・・・っ・・!」
「あ・あ・・あぁぁ!!」
 そうして次の瞬間、弾けた熱に有栖は今度こそ意識を手放していた。
 
 
 
 
 
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「・・・・あれ?」
「目が覚めたか?」
 サイドランプの淡い光が灯る部屋の中。
 聞こえてきた声に一瞬だけ状況が掴めずにキョトンとしていると「飯が出来ているけど食えるか?」と訊かれ有栖は思い出した記憶に顔を赤くしながら「食う」と答えた。
「ほら」
「・・ん・・」
 差し出された手にゆっくりと身体を起こして、ベッドを下りる。それだけが重労働になっている。 絶対に明日こそさせない。
 この『お試し期間』の間毎日思っていた事を改めて思いながら有栖はとりあえずベッドの上に腰掛けた。思わず零れた溜め息。
「・・・ったく・・やりすぎや」
「すまん。あんまり可愛くて抑えが効かなくなった」
「!火村!たたたた・・」
「おい、大丈夫か?」
「誰のせいや、誰の!ふざけるのも大概にしとけって」
「ひどいな、俺はいつでも真面目だぜ?まぁ・・もっとも抑えが効かなかったのは事実だけどな。お試し期間の終了だ」
「火村?」
「今日で仕事が終わった。明日からはいつもの宮仕えだ」
「あ・・・・」
「淋しいか?」
「・・・な・・そんなん・・」
 もごもごと口を動かす有栖に火村はクスリと笑ってその肩をそっと抱き寄せた。
「最後がちょっと大きい減点だったな。嫁は失格か?」
「・・・・・失格って・・」
「それとも、『お試し』から少しバージョンアップして嫁と認めた『週末婚』にでもしてみるか」
「!!」
 ニヤリと笑う顔は確信犯のそれだった。
「・・・アホ・・・」
 浮かんでくる笑い。
 抱かれた肩はそのままに、近づいてきて、重なった“誓いの口づけ”に瞳を閉じて・・・。
「・・・幸せにするぜ?」
「・・・・ベタすぎや。大体何でそれを『嫁』が言うんや!」
「そりゃ、お前が言わねぇからだろ」
 赤い顔で怒鳴る有栖にヒョイと肩を竦めて笑う火村。
 いつもと変わらぬやりとりに、けれどなぜかそれすらがひどく気恥ずかしいような気さえして。
「腹減った!飯食う!」
「判ったよ、ダーリン♪」
「!!!だからそれはもうやめろ!!!」
「じゃあハニーにしとくか?」
「・・・・・・・」
 HappyWeddingdays。
 この後の週末からどうなったのか。
 とにもかくにも物語は、これでもか!のハッピーエンドで終わるのだ!
 


ということでお試し婚編の終了です♪