.

赤い繭 8

「はじめまして。今回の事件を担当する事になりました長野県警の竹本と申します。火村先生のお噂は兼々お聞きしております。宜しくお願い致します」
「こちらこそ、お役に立てれば幸いです」
 所轄に設けられた捜査本部。その入口に貼りつけられたられた“戸隠村バラバラ殺人事件”の文字を横目に有栖は向けられた視線にペコリと頭を下げた。
 40代後半辺りだろうか、多少薄くなった髪に手を当てて竹本警部は有栖を見つめると一瞬だけ眉を寄せた。
「・・貴方は確か・・」
「私の助手で時々現場にも同行しております。こちらの事件が起きた時にたまたまその場に居合わせたとか」
「ああ、それでこの事件をお知りになったんですか。火村先生が長野に居らっしゃったと言うのも偶然ですが、その助手の方がこの戸隠に居らしていたというのも我々にとっては幸運な偶然です。よろしくお願いします。それでは大まかに現場の状況を御説明致します」
 そう言ってクルリと踵を返すと、竹本はいずこも変わらぬと言った、会議室とは名ばかりの部屋に有栖たちを通した。
「どうぞお掛け下さい。・・おい」
 幾分くたびれたようなパイプ椅子に腰を下ろした途端、呼ばれた若い刑事が持っていた写真をスチールの机の上に並べて行く。
「・・・・ごらんの通りひどい有り様です。顔は判別出来ません。身元が分かるようなものは有りませんでした。遺留品
も皆無です。服も縫い取りのようなものはなく、全国どこでも買える普通のメーカー品です。もっとも今はブランド物で
も同じですがね」
「拝見します」
 昨日、遠目で一瞬だけ見たものは、レンズを媒介にして写し取られたそれを改めて見ると、赤い繭と言うよりも遥かに現実的で、“グロテスク”としか言い様のない代物だった。
 鈍器のような物で潰された顔と力任せに叩き付けられた刃物で切り取られたような手足。
 確か昨日、足立に声をかけた男は犬が何かを銜えているのを子供が見たと言っていた。多分・・そうなのだろう。その子供がそれが何であるのか分からなくて良かった。
 思わず胸の奥から込み上げてくる酢っぱい物を必死で押し戻しつつ、有栖は何枚もの角度を違えた写真からそっと視線を逸らした。
「現時点で分かっている被害者のデーターは?」
「えー・・っと、性別は男。血液型はO型。近くの林の中から腕が発見されましたので指紋を検証しましたが、該当する者は居りませんでした」
「・・前科はないと」
「はい。身長は165cm前後。比較的小柄な男だったようですね。死亡推定時刻は昨夜の午後9時から午前2時頃。遺体の大部分が外に放置された状態で夜半過ぎから雪が降った為、犯行時間の特定は難しい状況です。被害者の年齢ですがあの状態ですので40才から60才と幅が広く、これ以上の特定は現時点では不可能です。科研の方に回せばもう少し範囲が狭められると思います。次に発見された部位ですが、頭部、胴体これは繋っておりましたが、左足、右足、右腕はそれぞれ切り離されておりました。頭部と胴体、および右腕はバンガローの外に、両足は中で発見されました。が、殺害現場はバンガロー内という説が有力です。いずれの部位にもこ
れといった身体的な特徴はありませんでした」
「左腕はまだ見つかってないのですか?」
 有栖の質問に顔を向けながら、竹本は小さくうなづいて口を開いた。
「おそらく犯人が持ち去ったわけでなく他のものと一緒にあったと思われるのですが、発見時に野良犬が何かを銜えていたという情報がありまして。おそらくその犬がどこかに置いてきたのではないかと」
「・・・・・・・・」
 という事はその辺からいきなり左腕が出てくる可能性があるという事だ。聞くのではなかったと有栖は苦い顔をして小さく俯いた。
「戸隠村で該当するような人間は?」
 その問いに、竹本は再び火村の方に向き直る。
「行方不明で捜索願いが出されている者には該当者は有りませんでした。又、その前後で行方が分からなくなっている者も居りません。村以外の、いわゆる“外部の人間”という見方が強まっています」
「旅行者では?」
「宿泊施設には一応あたっておりますが、今のところこれと言った情報はありません。まぁ、遺体があの状態ですから。顔写真でもあれば又別でしょうが・・」
 言いながら竹本警部は苦い表情を浮かべて小さな溜め息をついた。
「ああ、すみません。お茶でもいれましょう。それともコーヒーの方がよろしいですか?」
「いえ、お構いなく。それでは警部、宿泊施設の方から又何か情報が上がりましたらお知らせ願えますか?」
「勿論です」
「それからもう一つ、発見者の話を直接聞きたいのですが」
「判りました。連絡をとってみましょう」
「ありがとうございます。ああ、もう一つだけよろしいですか?」
「何でしょう?」
「14年前に、戸隠の山中で今回と同じようなバラバラ殺人事件があったと聞いたのですが、その調書を見せて戴けますか?」
 火村の言葉に竹本は大きく目を見開いて一瞬だけ言葉を失うと、次にふぅっと溜め息をついて「コーヒーを持ってきてくれ」と控えていた若い刑事に声をかけた。返事を同時にパタリと開いて閉じたドア。
「・・・さすが、と申し上げればよろしいのでしょうか」
「単なる当てずっぽうですよ。煙草を吸ってもよろしいですか?」
「ああ、こりゃ気が利きませんで。どうぞ」
 言いながら竹本はアルミ製の安っぽい灰皿を火村の前に引き寄せた。
「実はその話を私も今朝聞いたばかりなんです。時効も迫ってきていますし、犯人の手がかりどころか被害者の身元すら判らない。正直に言って時効の成立は間違いないでしょう」
 竹本はそう言って一度言葉を切ると、真っ直に火村の顔を見つめた。
「先生は同じ土地で、同じような事件が起こる確率というものをどう考えられますか?」
 突然ガラリと変わった話題。それはどこか、学生の質問のような響きを持っていた。
 僅かな沈黙。
 銜えたキャメルに火を点けて、火村はゆっくりと白い煙を吐き出すと静かにその答えを口にした。
「珍しい事ではないと思います。一般的には」
「・・なるほど」
「けれどここはある意味閉鎖されている空間だ。そして、起こった事件はやや一般の域を出ていると考えていい」
「私もそう思いました」
 うなづきながら、まるで獲物を見つけた猛禽のような光を一瞬だけその瞳に上らせた竹本に、火村は言葉を繋いだ。
「同一犯の可能性は?」
「今の所は何とも言い様がありません。とにかく二つの事件を並行して見て行くという方向性で考えて行くつもりでおります。とりあえず1日猶予をいただけますか?明日には14年前の資料を揃えて担当の者の話を聞けるようにしておきますので」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願い致します」
 お互いに頭を下げた途端、タイミングよく開かれたドア。
「失礼します。コーヒーを持ってきました」
「ごくろうさん」
 喫茶店のバイトよろしく、多少危なっかしい様子でコーヒーを運んできた三好という刑事は、大阪府警の森下よりも更に若いように見えた。
「どうぞ」
 フワリと鼻をくすぐるの独特の香り。
「ありがとうございます」
 一挙に和んだ雰囲気の中で、火村はゆっくりと2本目のキャメルを取り出した。


事件概略っていう感じですね。それにしてもやっぱり警察関係って書くのが難しい。
だって結局自分の仕入れる事のできる情報ってドラマに頼るしかないんだもの・・・・