アリスの所以

 新緑眩しい京都御所。
 ゴールデンウィークも終わったキャンパス内はどこか疲れの残っているような、遊び気分が残っているようなどこか中途半端な雰囲気があった。
 少なくとも『連休が終わった!さぁ、勉学に勤しもう!!!』というものはあまり、というかほとんど感じられない。
 そのどこか気の抜けたような空気の中、相も変わらず学生会館の2階のラウンジ。その定位置でもある一番奥のテーブルを陣取って、EMCこと英都大学推理小説研究会のメンバーはこれまた相も変わらぬ様子で話に花を咲かせていた。
「・・・・・・・そら確かに言い違いや聞き違いは誰にもあるけどなぁ・・・」
「ミステリーのネタとしてはやっぱりいただけませんよねぇ」
 何の話か・・・・勿論、推理小説の話である。
 先日出たばかりの新鋭作家の新作が謎解きの部分で言い違い、聞き違いなどというアイテムが出てきて、憤慨したのは経済学部3回生の望月周平だった。それに「読んでみてくれ」と同学部同学年の信長こと織田光二郎が半ば強制的に借り受けて、翌日には法学部2回生のアリスこと有栖川有栖に回ってきた。
 ちなみに推理研のメンバーは総勢4名。残りの1名は「読んだ」と言って笑っていた。
「思うやろ。せっかく言い作家が出てきたと思って期待しとったのに。あれじゃまるで信長並や・・」
「やかましいなぁ。またその話か」
「せやって立派な笑い話やで」
 望月の言葉に有栖は「何ですか?」と無邪気に口を開いた。
「うん、仲間内では有名な話なんやけどな。ほら、O.ヘンリっておるやろ?あれをな中国人やと思うとったんや」
「・・・・中国人?」
「ほんまにしつこいやっちゃな。中学生の可愛い勘違いやないか。口を滑らせるんやなかった」
 苦虫を噛み潰したような織田に有栖はキョトンとした眼差しを向けた。
「・・・あー・・・せやから、完璧に勘違いしとったんや。俺は【王偏里】やと思うとったんや」
 言いながら木製の机の上に指で書かれた文字に有栖はクスリと笑いを漏らした。
「信長さんらしいですね」
「せやろ?」
「どういう意味や」
 ムッとする織田とクスクスと笑う有栖と望月。その会話を聞いて小さく笑う残りの1名。
 推理研の部長、文学部4回生の江神二郎。
「あ、でも俺もそういうのありますよ。でももっとアホみたいなのですけど」
「へぇ・・・どんなんや?」
「子供の時ってとんでもない聞き違いするやないですか。歌とか。小学生の低学年くらいの時やったかなぁ、銭形平次っていう時代劇を爺ちゃんがよく見てて、その主題歌で“男だったら一つにかける。かけてもつれた謎を解く”っていうフレーズがあるんですけど、そこを“かけてもつれたなぜおとく”って聞いてたんですよね。子供ながらに“おとく”って誰だろうって考えて考えて。ちなみに平次の奥さんはお静さんなんですよ。おとくさんはどこにいるんだろうって」
「・・・・・・・・・・・・・・」
 思わず黙り込んでしまった経済学部コンビを前に有栖は更に言葉を続けた。
「で、爺ちゃんに聞いたんですよ。おとくさんはどこに居るんやて。そうしたらおとくは死んだ平次の奥さんやて教えてくれたもんやから、結構ずっと後妻のお静さんは可哀想やなぁって思うとったんです。ああ、勿論、小学生の頃は後妻なんて判りませんからお静さんも歌に入れたあげたらいいのにって思うとったんですけどね」
「・・・・・・・・・・・・・」
 思い出して楽しげに笑う有栖にヒクリと頬を引きつらせ、立ち直った望月が銀縁眼鏡を押し上げて口を開いた。
「そらまた・・・・楽しい過去やな・・・・・歌って言えば俺の友達も聞き違い・・・・っていうよりも勘違いをしとったな。ほら、巨人の星っていうアニメがあったやろ?あのオープニングででかいローラーを主人公がひいとるそのバックで“思いこんだら試練の道を〜”って歌がかぶるんや」
「ああ、ありました。僕も思ってましたよ。っていうかうちの父親が随分でかいコンダラやなぁって」
「・・・・・アリス・・?」
 思わず声を出してしまった織田に有栖は待たしてもにこやかに笑った。
「あの歌詞を“重いコンダラ、試練の道を”って勘違いしとったんですよ。で、親父に嵌められたと。中学の時、野球部の奴にお前もコンダラ引くんかって訊いてえらい恥かきました」
「・・・・・・・・・・・・・」
 それはもう・・・恥とか何とかの問題ではないのではないだろうか。
 というよりもその祖父と父親は一体・・・・。
「あとですね」
「ま・まだあるんか?」
「ええ」
 再び声を上げた織田に有栖はふわりと笑って口を開いた。
「でもこれはみんな結構あるって言ってましたよ」
「なんや?」
 今まで黙ったまま聞いていた江神の問い掛けに有栖は少しだけ驚いて、けれど次の瞬間照れたような笑みを浮かべて話し出した。
「ふるさとって言う歌ありますよね」
「ああ。ウサギ追いし、かの山〜ってやつな」
 織田の少しだけ音程のずれたような歌声に有栖は小さく笑った。
「そうです」
「わかった!!」
 その返事に声を上げたのは望月だった。
「俺も小さい時に思ったわ」
 言いながらニヤリと笑う顔。その前で江神もまた小さな笑いを浮かべて「ああ、俺も思った事があるな」と賛同する。
「そうですよね。結構居るんですよ。あれを“うさぎおいしい”だと思う人」
「っていうか、子供に“追いし”とか言うても判らんのが普通やろ」
「じゃあ、信長さんもですか?」
「まぁな。もっとも音楽教師のお陰ですぐに誤解は解けたけど」
「そうですかぁ、僕は母親にそう言ってえらい目にあいました」
「・・・・・・・・・・・えらい目?」
 3人の眼差しがピタリと有栖に当てられた。
 どこか重い空間。
「その歌を聴いた時にてっきり『うさぎおいしい』だと思うておかんに“うさぎっておいしいってホンマ?”って聞いたんです。そしたら」
「・・・・・そしたら?」
「食べてみる?って通りかかったペットショップの前で聞かれて、しばらく肉料理が出るともしかしたらと思って箸がつけられなかったんですよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 言いながら笑う有栖を見つめて望月がボソリと呟いた。
「爺ちゃんも、父親も凄いけど、母親はもっと凄いわ」
「・・・・・・・・なんや俺、有栖が真っ直ぐに育ったのは奇跡の気がする」
 それにこめかみの辺りを押さえて織田が答えて。
「というよりも、これが有栖が有栖たる所以やな」
 江神の言葉に頷く二人。
 そんな3人の前で「あれ?どないしたんですか?」と有栖は無邪気に首を傾げたのだった。

エンド


わはははははは・・
お待たせした割にどうよ・・・って話になってしまいました。何かこう楽しい筈の話が妙に寒い話になったという感は拭えないのですが。まぁ・・・・お馬鹿な感じは出せたかなと。
ちなみに銭形平次は私自身の体験で、コンダラは友人、そしてウサギは・・・・結構周りに居ませんでしたか?まぁもっともどれも大人の対応はでっち上げてすけど。こんなんされて育ったら性格歪むってば・・・。皆様はどんな楽しい経験をお持ちでしょうか?