別に誕生日だから会わなくてはいけないわけではない。
十数年間の付き合いの中で、その日に用事が入っていた事も勿論あったし、何となくどちらかの誕生日に会うような不文律のようなものは出来ていたにしろ、それが絶対ではなかった。だから、今回の事は別に特別というわけでもなく、お互いに仕事を持っている社会人ならば仕方のない事であって・・・・・。
だが、しかし、けれども・・・・・・
今年は今までとはちょっとばっかり違うのだ。
「・・・火村のアホゥ」
とても30も半ばとは思えないような拗ねた口調でそう呟いて、有栖はゴロンとソファに横になった。
昨年の冬まで火村がここを訪れ、泊まるたびにベッド代わりに使っていたソファ。
ならばそれ以後はどこを使っているのか。
それ以後泊まるような事がない・・という事なのか。もしくは簡易宿泊施設よろしく彼専用の折り畳みベッドでも買ったのか。
答えは否。
つまり、ようするに、そういう事である。
昨年の終わりに“長年の友人”という関係に“恋人”という関係が加わったのだ。
泊まりに来た火村の寝床は当たり前と言えば当たり前だが有栖と同じベッドになった。
そうして迎えた初めての誕生日。
自分のそれよりも少しだけ早い彼の誕生日は、向こうの新年度の忙しさとこちらの切羽詰った状況で会えなくなった。だから次に来る自分のそれにはなんとしても会いたいと思ったのだ。それなのに・・・。
夕べ入ったキャンセルの電話。
『悪いが急な予定が入った』
この埋め合わせは必ずするなどと言っていたが誕生日というものは年に一度しかないものなのだ。しかも妙なこだわりなのかもしれないが、恋人になって初めて迎える誕生日は今日しかない。
ロマンチストと笑わば笑え、こだわりたいものはこだわりたいし、会いたいものは会いたいのだ。
けれど、口から出た言葉は・・・・・・
『大変やな。まぁこっちの事は気にせんでええから』
大概天邪鬼だ。
そうして迎えた誕生日。
気分はブルー以外のなにものでもない。
昨日の言葉とは裏腹に「教鞭を取っているんだから少しは心の襞を読み取れ!」と思ってみたり、「俺はアホや」と落ち込んでみたりさぞかし端から見たら気味の悪い事だっただろう。
だが、こんな事もあと僅かだ。
何をどう考えていようともあと十数分で日付は変わる。
さらば今年の誕生日、こんにちわ何でもない日、である。
もう少し、あと少し。
ここまできてもしかしたら等とまだ思っている自分が嫌だから早く時間が経って欲しい。
ほら、もう10分になった。
もう少しでアホみたいな一日が終わる。
よし、あと8分。『ピンポーン♪』
「!!!!」
その瞬間、軽やかに鳴ったチャイム。
呆然としている間にカチャリと開いたドア。
そして、現れた・・・会いたかった恋人はニヤリと笑って「間に合ったな」と言った後、少しだけ困ったような、照れたような、そしてムッとしたような顔をして「気にしないわけがないだろうが」などと勝手極まりない事を口にすると「誕生日おめでとう」と1番欲しかった言葉と同時にキャメルの香りのする口付けをした。了
はははは誕生日〜。久々の企画ものだわ。
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