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「あ・・や・・ぁあ・」
 部屋の中に響く忙しない息遣いとそれに重なる甘い声。
「・・も・・いや・・今日はほんまに変・んん・っ・!」 畳の上に敷かれた布団の上、息も整わないうちに再び奥をまさぐられて有栖は声を細い声を上げた。
「火村ぁ・・・」
 学生時代から変わらない火村の下宿。
 もっとも現在では店子は火村しかいない。
「大丈夫」
 そこここに触れるだけの口付けを落としながら火村は笑ってそう言った。
「!アホゥ!何が大丈夫や・・あかんて・・も・・」
 すでに有栖は3度も達かされていたし、火村自身も2度達っている筈である。これだけは言いたくないのだが、お互いそんなに若いわけでは、否、がっつくような時期は通り越しているのだから、ぜひとも今日はここまでにしていただきたい。そんな有栖の気持ちを、けれど恋人は全く汲み取ってはいなかった。
「・・!・ぁ・ん・・」
「いい声だな、アリス」
「何言うて・・ん・・あ・・や・・」
 首を振るとシーツの上で髪が鳴る。
「ほんまに・・も・・い・・ぁ・」
 元々熱の残っていた身体である。学生時代からの恋人である男に的確に触れられれば、あっという間に燻りは火に変わる。
「平気そうだぜ?」
 少しだけ揶揄るような言葉に赤い顔を更に赤くして有栖は口を開いた。
「そうや・・なく・・て・・」
「そうじゃなくて?」
 首筋に落ちた唇。
「!・・せやから・・なんで・・」
「何が?」
 背中を辿る手の平。
「だから・・今日はどうしてこんなに・・ああ!」
「ちゃんと話せよ」
 高ぶり始めた中心をユルユルと扱きながらの火村の言葉に、話せないのは誰のせいだと有栖は涙の滲んだような目で目の前の顔を睨みつけた。
「だか・・ら・・何で・・こんなにするんや・・!」
「何が?」
「!変・・やろ・・!?なんで今日はこんなにしつこく」
「しつこいはひどい言い草だな、アリス。別に変でも何でもないさ。ご無沙汰していたから、その分を取り返してみようと思っただけだ」
「取り返さんでええ!・・あ・・んん・!」
 言いながら胸元に寄せられた唇。次の瞬間、立ち上がった突起を含まれて有栖は大きく背中を反らした。それにクスリと笑みを浮かべて、火村は熱くなり始めた有栖への愛撫を深くした。
「は・・ぁ・・あ・あんん!ぁ・・あ」
 早鐘のように打つ鼓動。
 抱き締められて、唇で、指で、手の平で触れられたところから溶け出してしまいそうな感覚に意識がフッと途切れ始める。
「いや・・火村ぁ・・も・・」
「アリス・・」
「ん・・ぁ・・あ・」
「・・アリス・・」
「ああ!・・く・っ・・は・・」
 再び繋げられた身体。
 間を置かず腰を打ちつけられ、揺さぶられて、こめかみに涙が伝う。
「好きだ・・」
「・・・ひ・む・・らぁ・・」
 その言葉に縋るように有栖は火村の背中に手を回した。
「・・・あ・・ん・・は・・ぁ・あ」
 漏れ落ちる短い吐息。
「・・いいか・・?」
「!・・あほ・・そ・んなん・・聞くな・・!」
「聞いてみたくなったんだよ」
 ニヤリと笑う顔。
「やっぱり今日はへ・んぅ・ん・!・あ・・あぁぁ!」
 埋め込まれていた熱がぎりぎりまで引かれた。
「欲しいだろ・・?」
「・・・!」
「アリス・・」
「あ・・当たり前やアホゥ!!早よ入れろ!」
「・・その方がお前らしいな・・」
「・・火村・・?」
 微かな笑いと共に一気に奥を突かれて。
「あ・あああああ!!」
 そうして熱を弾けさせたと同時に、有栖は今度こそ意識を手放した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 キャメルの香りにポカリと目が開いた。
「起きたか・・?」
 スタンドの灯りの中、案の上寝煙草をしていた男に有栖は「消せ」と言って、自分の声のひどさに思わず目を見開いてしまった。
「・・・・声が出ないのか?・・まぁ仕方がないか、大騒ぎだったしな」
「・・・・・・・」
 それは誰のせいなのか。言いたいが今は喉が痛くて言えない。
 そんな有栖の声にならない言葉が伝わったかのように火村はまだ半分程残っているキャメルを、すでに数本の吸殻が入っている灰皿に押しつけた。
 暗闇の中に揺れて消えていく白い煙。
「・・・なぁ・・」
「ああ?」
 やがて有栖は痛む喉でそっと声を出した。
「何で・・今日は・・あんなやったんや・・?」
 言いながら自分の言葉に照れたように赤くなる顔は、確かに歳は取ったものの学生時代と変わらない、と火村は思った。
「・・別に他意はないさ。言っただろう?ご無沙汰分を・」
「そんなんで騙されるか、何年付き合うてると思ってるんや」
 有栖のその言葉に火村は思わず笑い出してしまった。本当に変わらない。
「火村?」
 訝しげな有栖の顔。それにもう一度小さな微笑を浮かべて火村はそっと口を開いた。
「エールを贈ったんだ」
「エール?誰に?」
「多分、自分に」
「・・・はぁ!?何やそれ・・」
「今日書庫に行っただろう?そこでお前が初めてキスをした事を思い出した」
「うん・・」
「だから俺も思い出したのさ、白昼夢をね」
「・・・・それでエールを贈ったんか?」
「そう。いずれはこうできるぜってな」
「・・・・・・・」
 ますます判らない。けれどどうやら火村はそれ以上の事を語る気はないらしい。
 ホゥと息をついて有栖は追求を止めた。こうなった火村から答えを引き出すのが不可能に近い事を有栖はよく判っていたのだ。
「・・・まぁよう判らんけど、頑張り過ぎは身体に良くないから」
 有栖の言葉に火村は今度こそ吹き出してしまった。
 そして・・・。
「あの3ヶ月は長かったよな・・」
「へ・・・?」
 一体それはどの3ヶ月なのか。
 思わずキョトンとしてしまった有栖は、その数瞬後、これ以上はないという程、顔を真っ赤に染めた。
「へぇ、判ったのか?」
 ニヤニヤと笑う顔に。
「知るか!ボケ!!」
 ガラガラの声でそう怒鳴って、布団の中に潜り込んでしまった恋人。それを愛おしげに見つめて・・。
「好きだぜ?」
「・・・・・・・俺もや!」
 そうして火村はらしくもなく、十数年前の自分にもう一度「頑張れよ」と胸の中で呟いた。
 

おしまい


はいどうも。お付き合いくださいまして有り難うございました。
何て言うかありがちな感じの話ですが一度書いてみたかった。ユリさんがいいですよ。と言ってくれて本当に嬉しかったし楽しかったです。時々驚くような火村の台詞も帰ってきましたしね。という事でこの3ヵ月後が気になって今回本を出しましたので宜しければお手に取ってくださいませ。またはじめにLESSONの方を読まれて遊びにいらして下さった方。こういう事があってのお話でした。