いつも君のそばに

「あ、江神さん。さっき食堂のあたりでアリスが探してましたよ」
 キャンパスの中、そう声をかけてきたのは同じサークルの後輩、望月周平だった。
「そうか、おおきに」
 そう答えてフワリと笑うと英都大学文学部4回生の江神二郎は軽く手を挙げて食堂へと足を向けた。
 “アリス”と呼ばれたのは法学部の3回生である有栖川有栖の事である。
 同じくサークルの後輩で、実はこの春から同性というある意味での『壁』を乗り越えて、年下の可愛い恋人になったりしているのである。
 勿論その事実は有栖と江神しか知らない事だったが。
 その有栖が自分を探しているという。
 一体なんなのか。
 会う約束などしてはいなくても、大抵サークルの溜まり場である学生会館の2階に行けば会えるのだが、今日は午後からの講義しかなかったのでそこに顔を出さなかったのだ。
(昨日は特に何も言うてへんかったけどな・・)
 昨日の帰り際の様子を思い出して江神は見えてきた学生会館の地下にある食堂へと急ぐ。
 だがしかし、目当ての恋人の姿は見当たらなかった。
「・・・・・・・2階に上がったんか?」
 確か望月は食堂の辺りでといっていた。とすればラウンジで待つつもりなのだろうか?
 そのまま階段を2階まで上がって江神はラウンジに入った。だが・・・・。
「あら、江神さん!」
 江神を見つけて声をかけてきたのは有栖と同じ法学部3回生、サークルの紅一点、有馬麻里亜だった。
「その辺で有栖に会いませんでした?江神さんのことを探していたみたいですけど」
「・・・・・・・・・」
 どうやら行き違いになったらしい。
「そういえば午後からの講義だったような気がするとか言って、ここで待ってても会えないかもって」
「それでどこに行ったか判るか?」
「えーっと・・文学部棟の方を覗いてみるとか言ってましたけど」
「・・・・そうか」
 ということは元に戻るという事である。あのままでいればうまく会えたかもしれない。
「何か約束でもしていたんですか?」
「いや・・・別にそういうわけやない。そこでモチにアリスが俺を探していたみたいだって聞いてな」
「そうですか。じゃあ用件だけでも聞いておけばよかったですね。私は4限が入っているんですけど、アリスは選択をしていないから今日はもう講義がないはずなんですよ。江神さんは講義の後はバイトですか?」
「いや、今日はない。とりあえず講義もあるし、行ってみるわ」
「うまく会えるといいんですね。けどアリスもなんだか間が悪いですよね」
 小さく笑うマリアに、間が悪いのはお互い様だと言って江神は再びキャンパスへと踵を返した。
 だが、しかし、けれども、昔から言うように間が悪い時は重なるものなのである。
「あ・・江神さん。これから講義ですか?」
 ようやく辿り着いた文学部棟の手前。声をかけてきたのは先刻の望月と同じ経済学部コンビの片割れ織田光次郎だ。嫌な予感を覚えた江神に向かって織田はゆっくりと口を開いた。
「アリスと会いませんでしたか?なんだか江神さんのこと探してたみたいなんですけど」
「・・・・・そうみたいやな」
「江神さん?」
 さすがに苦笑の零れた江神に織田は不思議そうな顔をした。
「何かあったんですか?」
 その問いに江神は今までの経緯を説明した。
「なんやほんまに間が悪いですね。けどアリスの用事はなんなんやろう。江神さん心当たりはないんですか?」
「いや」
「そうですか」
 もっとも心当たりがあろうがなかろうが、こうなると意地でも会いたくなるのが現実だ。
「それでアリスは何か言うてたか?」
「あ・・えーっと・・・図書館で時間を潰すとか言うてた気が」
「図書館か・・・」
 言いながらチラリと見た時計は講義が始める5分前を示していた。講義に出るならばタイムリミットである。
 だが、しかし、けれども・・・・・。
 ハァとついた溜め息。
「江神さん?」
「とりあえず図書館に行ってみるわ」
「え・・・・でも講義があったんやないんですか?
「うーん。出るつもりやったんやけど、こうなると気になってな」
「確かにそうですよね。全くアリスの奴は何をしているんだか。じゃあ、無事に会える事を祈ってます。アリスの用件がなんやったのか今度聞かせて下さいね」
 そう言って立ち去っていく織田から視線を外して江神は図書館に向かって歩き出した。
「もう動かんといてくれよ」
 思わず漏れ落ちた言葉。
 有栖はなぜ自分を探しているのか。
 いったい何の用事なのか。
 何か困ったことでも起きたのだろうか。
「・・・・・・・・・・・・」
 次第に早まる足。
 図書館は無くならないが、そこにいるらしい有栖がまたどこかに行ってしまう可能性はある。さすがにこれ以上のすれ違いは勘弁してほしい。大体他の人間が会えるのに、どうして自分だけがこれほどすれ違いにならなければならないのか。 そんな大人気ないことを考えながら早足と言うよりも駆け足のような状態に、周囲の人間たちが何事か起こったのかと振り返る。だが勿論そんなことは関係ない。
 見えてきた図書館の建物。
「!!」
 そしてその入り口に見えた横顔。
「アリス!」
 上げた声に振り返った顔を見つめながら江神はその距離を一気に縮めた。
「江神さん!?」
 ものすごい勢いで走ってきた江神に有栖は驚いたような表情を浮かべた。そして。
「ど・・どないしたんですか?」
「・・・・・・」
 それはこっちが聞きたい。そう思いながら江神はハァッと大きく息をついた。
「あの江神さん?講義のある日やなかったでしたっけ?」
「モチに会って」
「え・・?」
「それから、マリアに会って、信長にも会った。アリスが探しているって聞いたんや」
「あ・・あの・・それで探してくれてたとか・・?」
「気になるやろ?」
 江神の答えに有栖は顔を赤く染めながら少しだけバツが悪いような表情を浮かべた。
「すみません・・・」
「アリス?」
「大した用事やなくて・・・」
「そうなんか?」
「その・・」
「うん?」
「今日バイトないって前に聞いたような気がしたから遊びに行ってもいいですかって・・」
「・・・・・・・・・・・」
 まさかこうくるとは思っていなかった。
「す・・すみません!」
 頭を下げた有栖に次の瞬間、江神はクスリと笑った。
「江神さん?」
「そら十分大事なことやな。大歓迎や」
「!!」 
 そうして更に顔を赤くした年下の恋人に「もう行き違いにならんようにな」と口にしてその手を取ると、江神は先ほどとは打って変わってゆっくりと歩き始めたのだった。


ああああ…お待たせしたわりにどうよ〜〜〜。でも甘いよね??
走り回るより探し回るになってしまいましたが、楽しんでいただけるとうれしいです。