福袋


「福袋?」
突然の話題に不思議そうな声を上げたのは英都大学文学部4回生の江神二郎だった。
「ええ。買うたりしませんか?」
それに柿ピーをつまみながら同じく英都大学法学部の1回生である有栖川有栖がキョトンとして聞き返す。
「・・・あんまりそういうんわ興味が無いなぁ」
「江神さんもですか・・何でかなぁ」
有栖のその言葉に江神は一瞬だけ訝しげな表情を浮かべた。
「何や、他の奴にも言われたんか?」
「ええ。モチさんにも、信長さんにも。年明け前にひょんな事から話題に上がって」
言いながらチラリと視線を上げて有栖は柿ピーを口に放り込んだ。
その目の前で江神がゆっくりと缶ビールを傾ける。
相も変わらぬ西陣にある江神の下宿。
『あけましておめでとうございます。今日もバイトですか?』
正月の2日の昼近く。いきなりそうかかってきた電話に江神はクスリと笑って「休みや」と答えた。
『なら新年の挨拶に行ってもいいですか?おかんが煮しめを作りすぎてしまったらしくて』
こうして有栖がやってきて新年会を始めたのはまだ日も高い頃だった。そして今、窓の外は綺麗な夕焼け色に染まっている。
「それでモチたちは何て言うたんや?」
飲み干したビールをテーブルの上に置いて、いつものようにキャビンを燻らせながら江神はどこか楽しそうに口を開いた。
その問いに有栖は小さく眉間に皺を寄せる。
「無駄が多いだけやろって・・・」
「・・・・・・・・」
「欲しいもんだけ入ってるわけやないし。どちらかと言えば欲しくないもんの方が多いんちゃうかって。けど、服なら服、文具なら文具とかってこの頃結構分かれているやないですか。欲しい物のそれを買うたらそれはそれで楽しめると思いませんか?」
「・・・そうやなぁ・・・」
返ってきた言葉はひどく曖昧で有栖は夕日の色に染まってフワフワと立ち上る紫煙がを見つめながら、一つ年上の経済学部コンビ、モチこと望月周平と、信長こと織田光二郎との会話を思い出しながら更に口を開いた・・・・・・


「そうは言うてもアリス、欲しいもんてぇのは大体1つか2つやろ?そしたらそれだけ買うたほうがやっぱり無駄がないし、気に入ったのが選べるやないか」
「そうそう。そう言えば昔うちの親父が何処かで福袋を買うてきたんや。で開けたらこれが又凄いのなんのって!ど派手な紫色のスーツと真っ赤なセーター。後はバッタもんの時計とクマのぬいぐるみ。いくらで買うてきたんやって夫婦喧嘩の火種になったわ」
「そういうハズレを引くとなんや1年が縁起悪くなる気がするしなぁ・・」
「でもそれが楽しいんやないですか!中身が分からなくて何かなぁとかちょっとドキドキしたりして、買った値段よりは是伝いに多いもんが入っとるわけやし!」
「いらんもんが増えてハズレもあるというリスクを考えたらやっぱり遠慮するわ」
「つまらない!そんなのミステリーマニアやない!」
「おい、ここでミステリーは関係ないやろ?」
「同じです!」
「異議あり!!」


「それで信長たちと討論したんか?」
どこか笑いを堪えたような江神の声と表情に有栖は思わずムッとしたような顔を向けた。
「せやって・・・その後モチさん何て言うたと思います?」
「さあ・・何て言うたんや?」
完全に面白がっている江神に有栖は少しふてくされるように言葉を続けた。
「“例えば、結構ミステリー物を多く置いている古本屋に福袋があったとする。一攫千金、当たったら儲け物と思って買った袋の中にはすでに持っていた本とハーレクイーンがあった。いくら値段以上の価値があってもちっとも福やない”ってひどすぎる例えですよね!?」
「そりゃまた・・ひどいな・・」
「でしょう?大体本屋の福袋なんて聞いた事ありませんよ。でも、それでも開けるまではドキドキしたり期待を持てるわけでしょう?福袋言うんわ結局半分はそれを買うてるわけやないですか」
「まぁな。でもそれやったら別に福袋やなくてもええんやろ?」
短くなったキャビンを灰皿に押しつけて江神はフゥッと白い煙を吐き出した。
「確かに福袋は期待も失敗もあって楽しいけど、いらんもんが増えるのはきびしい」
言いながら部屋の中を見回した江神に有栖は思わずクスリと小さく笑いを漏らした。
「欲しいもんは欲しいもんとして気に入った物を確実に手に入れる方がええな。で、同じドキドキするんやったら俺は福袋よりもびっくり箱の方がええ」
「びっくり箱ですか?」
「そう。びっくり箱」
そう言って新たなキャビンを取り出しながら江神はニッコリと笑った。
「とんな風な仕掛けがあって、どう驚かされるんか興味があるやろ?仕掛けが判っていても今度はああなるんやなって又面白くてドキドキする。ミステリーも読み返す時は犯人が判っていてもドキドキするやろ?」
フワフワと揺れる紫煙と目の前の微笑みを有栖は思わず呆然と見つめてしまった。
僅かな沈黙。
やがて有栖がそれを破る。
「・・・それやったら江神さんはびっくり箱が欲しかったんですか?」
「え?」
突然の話題転換に驚いたような表情を浮かべた江神の前で、有栖は困ったようなそれでいてなぜか顔を赤くしながら再び口を開く。
「・・・いえ・・・あの・・・クリスマス・・結構その・・何が欲しいんやろって悩んで・・でも結局手袋にして・・・えっと・・・」
「・・・・・・・・・」
次第に小さくなってゆく言葉に江神は点けたばかりの煙草を灰皿に押しつけると目の前の身体をゆっくりと抱き寄せた。
「江神さん?」
トクンと一つ鳴った鼓動。
「・・そうやな。俺だけのびっくり箱が欲しいな。何が飛び出してくるか想像がつかん世界にたった一つだけのびっくり箱が欲しい」
「・・・え・・・」
フワリと掠めた口づけ。
ついで抱きしめてくる腕に少しだけ力が込められる。
「えええ・・江神さん!?」
ワタワタと慌てる腕の中の身体。
真っ赤に染まった有栖の顔を見て、江神はクスリと笑いを漏らした。
「ほんまに何が飛び出してくるか判らんから目が離せへんのや。最高のびっくり箱やろ?」
「・・・・・それって・・・江神さん?あの・・え?・・・僕の事ですか?」
小さな小さな問いかけと更に赤く染まった顔。
それを見つめながら江神はひどく楽しそうな微笑みを浮かべてもう一度腕の中の身体を抱きしめた。

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