GAMEOVER
「何で?どうしてそこで上がりなんですか?」
「・・・そら・・終わったから上がりなんやろ」
「終わったって・・何で終われるんです・・」
「何でって言われても、手元にカードがないから・・かなぁ・・」
「・・・それが不思議なんですよ・・」
情けない声を出しながら、自分の手元に残る山のようなカードを眺めて、英都大学法学部1回生の有栖川有栖はがっくりと肩を落として溜め息を付いた。
その目の前で飄々とした顔でキャビンを取り出したのは同じく英都大学,こちらは文学部4回生の江神二郎。
何がどうしてどうなっているのか、カチリと点けられた火にフワリフワリと浮かぶ白い煙を眺めながら、有栖はラウンジでのやりとりを思い出していた。
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「ダウト!!!」
ラウンジの中に響いて重なる二つの声。
それに伴って宣告を受けた彼の手が一番上に置かれたカードをクルリと裏返した。
果たしてそこにあったのは・・・・。
「うわぁぁぁぁっ!どうしてそこで11があるんですか!?」
「さぁな、どうしてやろう?」
「うう・・強過ぎや、江神さん」
言いながらバラバラと散ったトランプカード。
がっくりと硬い木のテーブルに突っ伏した経済学部2回生の望月周平の隣で、中央に積み重ねられたカードを捲るのは同じく経済学部2回生の織田光次郎。
「ああっ!こんなところで重ねて出してある!!」
「・・・・ちゃんと見とったのになぁ・・・」
悔しさと半ば感心したような声を上げながら望月は江神をテーブルに顔を乗せたまま見上げた。
「・・江神さんほんまはマジシャンのバイトとかしてたんちゃいますか?」
「そんなバイトあるんか?」
「知るか!お前が聞き直すんやない!ああ・・それにしても・・俺のモーリス・ルブランの初版本がぁぁ・・」
「勝手に自分のもんにしとるんやない!」
「うるさい!」
「残念やったなモチ」
ニヤニヤと笑いながら点けられた煙草の火。
ついでコトリと置かれたライターの音を聞きながら小さく唇を噛み締めて、そうして次の瞬間何かを決心したように望月は敬愛して止まない筈の部長を睨みつけた。
「もう一回!もう一回だけ挑戦させて下さい!」
「おい、モチ・・」
「こうなったら本だけの問題やない。せめて1回くらいは勝たなかったら俺の気が済まん!」
「俺はええけど、これでもう1週間の昼飯代やで?大丈夫なんか?」
「バイトします!」
「・・・・それやったら本を買うた方が安上がりのような気がするんやけどなぁ…。探せばあるで?モーリス・ルブランなら」
「いいんです!!言うたでしょ!?本の問題やないんです!」
「せやけど、それが欲しくてゲームになったんやろ?」
「・・・・・」
そう。それはまさにその通りだった。ひょんな話から盛り上がった昔懐かしいトランプゲーム。
単純なルールで「ああ、そんなんあったな」というのはよくある話だったが、今回はそこにオマケが付いたのだ。
ようするに【賭け】である。
ゼミ室に埋もれていたトランプを見つけ出した望月が言い出し、織田が「負けへんで」と応戦し江神が「ほんならやるか」とそれは始まった。
だが、しかし、結果は江神の一人勝ちで7連勝。 こうして現在に至っているのである。
「・・・・ほんならこれで最後な」
「ありがとうございます!ほら、信長!やるで!」
「・・・しゃあないなぁ・・」
渋々とカードを手にした織田の脇で望月が妙なファイティングポーズを取る。それを見ながら江神はキャメルを灰皿に押しつけた。その瞬間。
「あれー!?何やってるんです?」
「アリスか。気の抜ける声を出すんやない。男の意地を賭けた勝負や!」
「男の・・意地ですか?」
「そう!さあ始めましょう江神さん!!」
「・・・・・・信長さん。モチさんどないしたんですか?」
こそこそと尋ねた有栖に、織田は半ば呆れた様な声を出した。
「モーリス・ルブランの初版本を賭けて始まったんやけど、白熱しすぎて当初の予定を見失って居るんや」
「へぇ・・モーリス・ルブラン。文庫も出てますよねぇ」
「アホ、原本や。向こうのれっきとした初版本。古本屋で偶然見つけたんやて」
「そりゃ、すごい。で、それを賭けてトランプですか?随分レトロな感じですね。それで、何をやってたんですか?ウノとか?」
「ダウト」
「・・・へ・・」
「単純明快。己の度胸と技量で全てが決まるダウトや!!」
「・・・あの・・数字を言って積み重ねていく?」「そう。よし、ラストや!」
再び妙なガッツポーズを取ってカードに向かった望月に有栖はポツリと口を開く。
「・・・・それ、僕も参加していいですか?」
「・・・へ・・?」
「ダウトなんて凄い懐かしい。それで勝ったら初版本がもらえるんでしょう?やらせてください」 にっこりと笑った後輩に3人は思わず顔を見合わせた。
かくして12連敗という有栖の輝かしい惨敗記
録が始まったのだった…。
****************
「・・・とにかくもう止めや。腹が減った。飯を食おう。大したもんはないけどな。それとも近くの定食屋にでも出掛けるか?」
「・・・・うー・・」
問い掛けに、けれど低く唸るような有栖を見て江神は頭を抱えてしまった。
大体二人しかいない【ダウト】でどうしてこうも負け続けることが出来るのか。江神にとってはその方がよっぽど不思議でならない。
「・・・アリス」
溜め息混じりに呼んだ名前。
「もう一回しましょう。七並べでも、神経衰弱でもいいですから」
「・・あのなぁ・・どれをとっても二人でやるには空し過ぎるやろ?後半の負けはチャラにしてやるから」
望月たちが知っているのはラウンジでのやりとりだけだ。
つまり、場所を江神の下宿に移してまでも意固地になって続けて、負け込んでいる事は想像はついても実際のことは分からない。
ちなみに有栖の敗戦は望月たちと一緒だったラウンジで6、二人になったここで6の計12連敗である。
一度の負けはキャビン2箱。
これは一応、昼食代と同レベルと言う設定である。
「嫌です!!別に負けは負けやから、モチさんたちみたいにちゃんと払う物は払います。せやからもう1回!これで本当の本当に終わりにしますから!」
「・・けどなぁ、煙草も結構あるしなぁ・・」
「そ・・それやったら・・別のでもいいです!!江神さんの代わりにバイトに行くとか」
「今のはアリスに勤まるようなバイトやないし」「・・・そ・・それなら・・えっと・・昼食を」
「昼食は7日分確保しとる」
「それなら・・・えーっと・・えーっと・・」
「分かった。ほんなら、食事をした後で賭けなしでやろう。それならええやろ?」
「嫌です」
「・・あのなぁ・・」
「別に本がどうしても欲しいとか、負けるのが嫌やとかそういうんやなくて、そんな風に情けを掛けられるのが嫌なんです。江神さんが本を書けるのが嫌なら別に他の物でもいいです」
顔中に《負けず嫌い》と書かれているような有栖に江神は何度目かの溜め息をついた。
全く泣く子と無邪気な後輩には勝てない。
「・・・分かった。それならほんまにこれで最後や。ええな?」
「はい!ああ・・じゃあ・・えっと・・賭けは・」
「別にええよ。煙草は幾つあっても助か・・」
「じゃあこうしましょう!今度負けたら江神さんの好きにしていいです!!」
「・・・アリス!?」
「ほら、昔あったやないですか。一日奴隷になるとか、何でも言うこと聞くとか」
「・・・・・奴隷って・・あのなぁ・・」
「100万持ってこいとか、死ねとか言われたら困るんやけど江神さんならそんな事はないやろうし。それにします。それにしましょう!!」
「・・・・・・」
ヒリヒリと痛みだしたこめかみを押さえて、江神は思わず言葉を失ってしまった。
この後輩はどこからこういう発想が出てくるのだろうか?
「駄目ですか?でも、最後やし・・ば・・晩ご飯ってぇのも何かピンとこないし・・どうしてもどうしても駄目ですか?」
うかがうように覗き込んでくる黒い瞳。
重なる視線。
僅かな沈黙・・・・。。
「・・・・・ええよ。それで」
そうして勿論、“お約束”と言うように有栖は見事に13敗目を期したのだった。
「男に二言はありません!」
何でも言って下さい!!と半ば自棄になったように口にする有栖に江神はこめかみの痛みどころズキズキと痛み出してしまった頭を抱えてキャビンに火を点けた。
一体どうしたらあの状況で負けるのか。
一進一退の攻防戦のような状況下。もっとも二人しかいないのだからそれはもう、馬鹿馬鹿しいとしか言いようのない状態なのだが、それでも真剣にカードを出しつつ、有栖はそろそろ手持ちのカードが少なくなってきた時に半分賭けのような気持ちで【ダウトコール】をした。
その結果有栖はものの見事に積み重ねられていたカードを手にする。
だが、しかし、落ち着いて考えてみれば、それはそれで相手をかなりの確率であがらせることが出来なくする事が出来るはずなのだ。
くどいようだが、二人でダウトをしているのだ。 自分の持っているカードは相手にはない。
相手の手持ちのカードが丸判りの状態である。
けれど、でも・・・
(何で負けられるんや・・)
ほとんど自滅と言った様子で有栖は負けた。
これはもう、わざとやっているか、一種の天才かのどちらかである。
「江神さん、何したらいいですか?」
「・・・・」
おずおずと聞いてくる有栖に江神は胸の中でもう何度目か判らなくなってしまった溜め息を落とした。
「・・・・あの・・」
「・・・・・・」
「・・江神さん?」
「・・・・えっと・・」
「・・・・・・そうやなぁ・・」
ようやく口を開いた江神に有栖はホッとしたような表情を浮かべた。
それを見つめながら江神は苦笑を浮かべる。
「・・そしたら・・そのままで目を瞑って」
「目を・・?」
「そう。それで動いたらあかんよ」
「・・・はい・・でも・・何を・・」
「そう・・そのまま・・」
「?・・・・・・・・っ・!!!!!」
さらりと揺れた長い髪。
微かに触れた唇に有栖はザッと音がするような勢いで壁までさがっていた。
瞳を開いた途端ぶつかった悪戯っぽい眼差し。
カーッと顔が赤くなるのが判る。
「なななな・・何ですか・・今・・の・」
「何って・キスやろ」
「キ・・何で?」
「何でもいいって言うたから。それで最後の分はそれにさせて貰ったわ。したらこれで終わりやな」「・・・・・からかいましたね、江神さん」
「からかうなんてとんでもない。何でもいいって言うたから好きなもんを貰うただけや。あんまり素直に人を信じたらあかんで、アリス」
言いながらニヤリと笑った江神に有栖は赤い顔のままひどく悔しげに「知りません!」と横を向いた----------
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「・・・今度は絶対に負けませんから」
「アリス?」
「絶対に又挑戦しますからね」
「・・・・・」
結局あり合わせの物で作った夕食を食べながら有栖はいきなりそう切り出した。
「そうして絶対に今度こそ勝って見せます!!」
赤い顔で箸を握りしめながら言う言葉なのだろうかと思ったが敢えてそれは口にせずに、江神は漬け物を口に放り込みながら「そら頼もしいな」と笑う。
「・・本気にしてないでしょう、江神さん」
「いや、楽しみにしとるで。それまで本は預かっておくからな」
クスクスと笑う江神に有栖はムッとしたまま言葉を続ける。
「本やなくてええです」
「?・・なら・・何にするんや?」
「勝ったら今度は僕が江神さんを好きにさせて貰います」
「・・・アリス!?」
一体全体この後輩は何を言い出すのだろうか?
再び痛み出す頭を知ってか知らずか有栖は次の瞬間にっこりと音が付くような笑みを浮かべて口を開いた。
「それで、今度は僕が江神さんにキスして驚かしてやるんです!!」
「・・・・・・・・」
ゲームオーバー。
果たして今日のこの勝負、どちらが本当に勝ったのか。
「!!何で笑うんですか!?江神さん!そこは笑うとこ違いますよ!!」
真っ赤な顔で抗議をする愛しい後輩に、次の瞬間、江神は「楽しみにしとるよ」とうっすらと涙を浮かべながら宣戦布告を受け取った。おしまい
続編有りです。リターンマッチ。