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Greendays 18


「・・・はい・・・判りました・・明日伺います・・ええ・・はい・・失礼します」
「・・・でん・・わ・・?」
 切り終えたと同時に聞こえてきた声。
 やはりリビングに出て話をするべきだったと小さく舌打ちをして火村はベッドの端に腰を下ろす。
「・・・誰から?」
「・・・船曳警部だ。室生が死んだ。どうやら逮捕される前に遅効性の毒薬を飲んでいたらしい。取り調べの最中にこと切れたそうだ」
 事実のみを伝える火村に有栖は身体を起きあがらせようとして小さく息を吐く。
「・・・・指一本動かせん・・」
「そりゃ悪かったな」
 悪びれもせずにそう言って火村はサイドボードの上に置いてあったキャメルに手を伸ばした。
 どうやら有栖が気を失っている間にも吸ったらしく持ち込まれた灰皿の上には何本かの吸い殻がある。
「・・・・・なぁ・・」
「うん?」
 カチリと点けられた火。
 フワリと浮かんだ白い煙。
「何で室生はこんな事をしたんやろ・・」
 幾分掠れてしまった様な声で有栖は疑問を火村にぶつけてきた。
「・・・・さぁな。研究心・探求心・そして正義感。いずれにしても罪は罪だ」
「・・・したら何で自殺したんや?」
「・・・・・・・それも判らない。でも」
「でも?」
「もしかすると俺が思う以上に奴はセンチメンタルだったのかもしれない」
「・・・センチメンタル?」
「ああ・・あいつは二人を愛していると言っていた。妹として、弟のような存在として。それが本当だったならあいつは自分自身が一番許せなかったんだろう」
 ユラユラと立ち上る紫煙。
「・・・なぁ・・」
「何だ。まだ何かあるのか?」
 ベッドの上に寝たまま視線だけを向ける有栖に火村は落ちそうになった灰を灰皿の上に落として再び有栖に顔を向けた。
 重なる視線。
「・・・何で室生は俺を殺さなかったんやろ・・」
 訪れた沈黙。
「・・・・解けない謎だな。殺さなかったんじゃなくて殺せなかったのかもしれない」
「・・・火村?」
 興味と好奇心を丸出しにして嬉しそうに“講義”を聞いていた有栖は彼にとって忘れてしまった自分自身だったのかもしれない。
 今の自分からは一番かけ離れてしまった存在。
 そして、火村も又、彼にとっては耐え難い存在だったのだろう。
 今の自分に酷似しているくせに犯罪者を追いつめて、更に室尾自身が手放してしまった『過去(アリス)』を手放せずにいる。
「もしかするとそんな事をしたら祟られるとでも思ったのかもしれないぜ?」
「!!」
 ニヤリと笑う男は無神論者で、もちろん非科学的な事はおよそ信じていない。
 それは長年の付き合いでよく判っている。
「あのなぁ!!・・もうええわ。寝る。明日府警に行くんやろ?船曳警部たちに宜しく伝えてくれ。多分・・その・・・動けんやろうから」
 そう言って目を閉じてしまった、微かに赤く染まった顔。それを愛しげに見つめて火村は吸いかけのキャメルを灰皿の上に押しつけた。
 叶わない筈の思いだった。
 一度は全てを壊してしまった筈だった。
 けれど・・・・。
「・・・・大馬鹿野郎だな・・」
 驚くほど早く寝息を立て始めてしまったその横顔に苦い笑みを浮かべて呟いて。
 火村は、けれどどんな事をしてももう離してやるつもりはないのだと眠る有栖のその額に誓いにも似た口づけを落とした。
 
 
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「ここや、ここ、ここ!」
 ジリジリと焼け付くような日差しがアスファルトに当たって照り返す。
 身体が思うように動かせるようになったら行きたいところがあると言っていた有栖は室生の自殺で幕を閉じた事件から1週間後「付き合え」と京都にいた火村を朝っぱらから呼びつけた。
 普段完全に夜型の、しかも暑さに弱い筈の推理小説作家はなぜかひどく元気だった。
 貴重な休日に真夏の動物園に連れて行かれる父親の様な気持ちを味わいながら火村は有栖が立ち止まった青銅色の門扉の前で足を止める。
「・・・・やっぱり春先とは随分印象が違うなぁ。全然違う庭みたいや」
「違うんじゃねぇのか?実際」
「人の記憶を馬鹿にすんな!!この家や!ほら、あの木が白木蓮の木やで」
 今はすっかり葉を茂らせた枝は、けれどあの日と同じように空に向かって真っ直ぐに伸びていた。 
 ただあの時と違うのは幻想的とも言えた様々な緑の中にアクセントのように散っていた柔らかな紫や白や薄紅色の花々が今は黄色やオレンジ、赤などの色鮮やかな原色のそれに変えられて、緑も確かに色々あるのだがそれのどれもが“生”を主張するかのように眩しい日差しの中で生き生きとその葉を茂らせている。
「・・・バンジー・ノースボール・デイジー・・」
 彼女が有栖に聞かせてくれた花の名前。
 すっかり忘れていた筈のその名を有栖は何故かはっきりと思い出していた。
 もっともそれがどの花を差していたのかといえば今ひとつよく分からないのだけれど・・・。
「・・・何て言うんかなぁ・・あの花」
「ああ?」
「ほら、あの黄色みたいなオレンジみたいな・・あ、色違いのもある」
「・・・どれだよ」
「あれや、あれ」
 もしも家人が見れば「何なんだ」と言いたくなるような様子で門の前に立つ二人は、けれどその庭を眺め続ける。
「ああ・・・ジニア」
「え?」
「別名ヒャクニチソウ。婆ちゃんがこの前苗を買ってきた。うちにも咲いてるぜ」
「・・・・ふーん・・・」
 火村の言葉に有栖は庭からようやく視線を剥がした。 そうしてそのまま火村の顔を見つめる。
「おい、何だ?」
「もう一個行きたいところが出来た」
「・・・・・何でも好きにしろ。熱射病を起こしたら看病くらいはしてやるさ」
 諦め切った火村の言葉にクスリと漏れた笑い。
「君んちの庭が見たくなった。婆ちゃんにお土産持って行こう」
 あの時以来、火村の下宿に行くのは初めてだった。
 話をしろと言って朝食を出してくれた彼女に有栖は何も言っていない。
 勿論火村との変化をした関係を言うつもりはなかったが。
「・・・・半日のうちに往復かよ・・」
 文句を言う火村の声は、けれどどこか甘かった。
 クルリと庭に背中を向けて。
 ゆっくりと歩き出して。
 二人の後ろで緑の草木が真夏の日差しに輝いていた。
 
 

Fin
 


長い話にお付き合いくださいまして有難うございました。
色々と調べて、調べて、調べた話なので愛着もあります。ただ、何人かの読者の方から室生を死なせてほしくなかったという感想をいただいたことも覚えています。
生きて罪を償うことが本当は正しい・・・というか、そうしなければならないのでしょう。
重い話になりますが、この償いというのも色々考えさせられることもあります。
これを語りだすと長くなりそうなので止めますが(-_-;)
ともあれ、感想などありましたらお聞かせくださると嬉しいです。

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