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(ふざけるな!)
 英都大学社会学部助教授の火村英生は胸の中で怒鳴り声を上げていた。
 だが、そうしたからと言って現在の状況がどうにかなるわけではない。
 一体自分が何をしたのか。
 確かに前期も休講が多かったが、真面目に補講もしたし、レポートの採点だって3日間徹夜をして期日までには仕上げたのだ。
 来週に予定されている学会の資料もまだ出来上がっているわけではないがそれでも頑張ってやっている。しかも夏休みだなんだと浮かれている学生達の我侭に付き合って、30分ほどだったがコンパにも顔を出してカンパもしてきた。それなのにこれはなんなのか。
 うっすらと額に浮かぶ汗。
 ハァと零れ落ちる熱い息。
「・・・・クソッ!」
 本当は今日はもう少し資料をまとめる予定だったのだ。だがとてもそんな事は出来そうにない。
「・・・・・・」
 原因は多分あれだ。
 火村が煙草を切らした事に気付いた学生が「セブンスターで良ければ」と言ったのだが、断わると、「じゃあこれでも」とよこしたガム。
 普通のガムに見えたのだ。
 第一それを寄越したゼミ生も真面目で熱心な学生だったのだ。
「貰いもんですけど、まぁ煙草よりは身体にいいですしね。もしかしてこれから大学に戻られるんですか?」
 そうだというと、申し訳なかったとそして頑張って下さいと言っていた。だから普段は噛まないガムをむげに返す事が出来ずに貰った。そうして大学に戻る途中で、確か研究室にはキャメルの買い置きがあったと考えながら口に入れた結果がこれだ。
 はたしてあの学生はあのガムがこういった代物だと知っていたのだろうか。
「・・・・チッ・・」
 もっともあの場で口にいれなかったのは不幸中の幸いかもしれない。
「どこで手に入れたんだ・・ったく・・!」
 再びハァと息を吐き、火村は緩んでいるようなネクタイを更に緩めた。
 チラリと見た腕時計は10時を少しばかり過ぎたところだ。
「・・・」
 眉間の皺を深くして火村は研究室ではなく駐車場に向かって歩き出した。
 だが歩くだけでもかなり辛い。
「・・・・車の中で達ったら洒落にならないな」
 そんな事を呟いて火村は哀れな恋人の元に車を走らせた。


「やかましい!!」
 鳴り響くインターフォンの音。
 それに怒鳴るようにしてドアを開けたのは大阪在住の推理小説家、有栖川有栖だった。
「居るなら早く出ろよ」
「ふざけんな!インターファンが壊れたら弁償させるからな!」
 怒りながらも有栖は突然の来客を招き入れた。
「ほんまにいきなりやな。こっちでフィールドワークでもあったんか?しばらくは死ぬほど忙しいって言うて・・火村!?」
 話しながらリビングに向かう有栖を火村は背中から抱き締めた。
「忙しいんだ」
「・・・ああ・・そう・・」
 ならどうして大阪までやってきたのか。2週間ほど前の電話ではしばらくは会えそうもないといっていたのにどうしたのか。何かあったのだろうか。それは聞いてもいい事なのだろうか。
「・・・・あの・・コーヒーでも淹れ・・っ・!?」 だが、気を遣った筈の有栖の言葉はフイに途切れる事になる。否、言葉を出せないような状況になったからだ。
「んん〜〜〜〜!」
 廊下の壁に押しつけられるようにして受けた口付け。
 確かに自分は数年前から火村と恋人と呼ばれる関係になっているのだがこんな事は初めてで有栖は思わず呆然としてしまった。
 だがその間にも火村の手は休む事なく有栖の服を脱がしていってしまう。
「ちょっ・・・・!火村!?」
「わりぃ・・ベッドまで待てない」
「!!!何言うて・・や・・何・・火村!」
 いきなりやってきて、いきなり口付けられて、いきなり服を脱がされている。しかも玄関からリビングに向かうまでの短い廊下でだ。
 一体何がどうしてしまったのか。
 判らないままそれでも抵抗をするように腕を動かすと短い舌打ちと共に掴まれた手をとんでもないところへと導かれた。
「悪いがこんななんだ。とにかくさせてくれ」
「!!」
 触れたそこは恐ろしく熱かった。本当にどうしてしまったのか。こんな関係になってから火村がこんな形で求めてくるような事は今まで一度だってなかった。
「火村!ま・・あ・・あ・・」
 忙しない。そんな言葉がピッタリとくるような状況で火村は壁に押さえた有栖のスラックスを器用に下着毎床の上に落とすと、そのまま有栖自身に指を絡めて扱き始めた。
「や・・ん・・!い・・た・」
「少し勃たなきゃまずいだろう」
 耳元で囁く言葉。
「なん・・」
「車の中でイキそうになった。ここまで持っただけでも奇跡だぜ」
「!ふ・・ざけ・・やぁ!痛いって・・あ・あ・」
 首筋に寄せられた唇。
 中心を嬲る手。
 そしてすでに後ろ探る指。
「・・・・まずいな・・マジでヤバイ」
 熱い息を吐きながら火村はイライラとした様子でそう呟いた。
 そうして中途半端に高ぶっている有栖自身から手を外すとその片足をゆっくりと持ち上げて開かせる。
「火村!?」
 何をしようとしているのかは判りたくなくても判る。
「無理!無理やって!!」
「・・だよな・・」
「そんなんしたら死ぬ!」
 言いながら思わずジワリと滲んだ涙。
 いきなりやってきて、いきなり廊下でやりはじめるなんてサイテーだ。しかも立ったままなんて風呂場で何度かした事がある・・・程度のものなのだ。
「お願いやから・・ほんまに堪忍してくれ・・」
「・・・・」
「・・く・・口で・・口でするから・・」
 怯えたような有栖の言葉に火村は掴んでいた足をそっと下ろした。
 それにホッとしてけれど言ってしまった言葉を思い出して有栖はコクリと喉を鳴らした。
 立ったままも数度だが、いわゆるフェラチオもまた両手で足りてしまうほどの経験なのだ。
 だが、勿論この状況でそんな事は言っていられない。そのままズルズルと廊下に座り込むと、有栖は目の前のそれにそっと手を添えて、口の中に含んだ。
「・・っ・・」
 頭上から聞こえてくる押し殺したような声。
 ついで、猛っていたそれが口の中でまたビクリと大きくなる。
「う・・んん・・」
 息苦しさと、頭がボーっとしてくるような感覚。 必死で動かしているのだが、勿論全てが含みきれる筈はなく、頭を掴んでいた手に力が入れられて、足りないとばかりに腰を動かされる。
「!!ぐ・・」
 喉を突くようなそれに有栖は思わず口を外そうとした。だが頭を押さえている手に阻まれて、そのまま弾けた火村の熱を口の中で受けとめる形になった。
「・・・・・っ・・ふ・・ぁ・・」
 ドクドクと独特の匂いが鼻を抜ける。
 苦くて青臭い味に吐き気すら起きる。だが・・。
「・・・うそ・・・」
 ようやく口の中から出したそれは、たった今達ったばかりだと言うのに全くと言っていい程萎えてはいなかった。
 呆然とする有栖に火村は苛立つように小さく舌打ちをして、有栖の身体を床に引き倒した。
「火村!」
「我慢しろ」
 広げられた足。それと同時に後ろに触れた舌の感触。
「出来るか!あほ・・っ・や・・やめ・・あぁ!」 ピチャピチャと湿った音が聞こえる。
「あん・・や・気持ち悪い・・やや・・」
「・・・悪い」
「あ・・やまるくらいなら、初めからすんな・・!」「悪ぃ・・けど・・限界」
「!い・・ぁ・・あ・あ・やぁぁ!」
 言葉と同時に当てられた熱が容赦なく身体の中に入ってくる。
「アリス・・」
「あ・・い・・いた・・」
「きついな・・」
「当たり前や・・あほぅ・・」
「でもサイコー・・」
「ふざける・・あ・・ぁ・・あん!まだ・・動かさんとい・・ああ」
「無茶言うなよ」
「無茶はどっちや!」
 涙でグチャグチャになっているような有栖に「確かに」と笑って火村は少しだけその動きを止める。 だが、それもつかの間、再び「悪い」と言って火村は腰を動かし始めた。
「やぁ!・・あ・あ・・ん・ん・・あん!」
「アリス・・アリス・・」
「あ・・は・・・・い・・ぁ・・」
 少しずつ、けれど確実に痛みだけではなく熱く溶けていく身体。
「・・・っく!」
「あぁぁあ!」
 ほぼ同時に弾けた熱。
 身体の中に広がった火村の熱を感じて有栖は久々に意識を手放した。


「ひどい目にあった」
「・・・・・それは俺の台詞や」
 ベッドの上に横たわった身体。
 もう指すら動かせないと思う。そんな有栖に火村は苦い笑いを浮かべて「悪かった」と素直に謝った。
 結局あの後、寝室に連れこまれ、信じられない事にまだ臨戦体勢の火村に叩き起こされて3ラウンドも付き合わされたのだ。
 初めての時だってこれほどのダメージは受けなかった気がする。もっとも初めて時よりは遥かに感じてしまっていたのだが・・・・。
「しかし催淫剤だかなんだか知らないが、ものすごいもんだな」
 数時間ぶりのキャメルを吸いながら火村は珍しくしみじみとしたように言った。
「疲れてたから余計なんやろ。けどもう絶対にごめんやからな」
 枕から顔も上げないままそういう有栖に小さく笑って火村は吸いかけのキャメルを寝室に持ち込んだ灰皿の上に押しつけた。
「俺だってごめんだ。あのままずっと勃ちぱなしだったらどうしようかと本気で思った」
「・・・・やめてくれ」
 火村の言葉に有栖は顔を引き攣らせる。
 本当にそんな事になったらとんでもない。
「・・・・でもまぁ。ちょっとだけ感謝だな」
「ああ!?」
 この状況に何を感謝すると言うのか。
 ギギッと音のするような動きで顔を上げた有栖に火村はニヤリと笑った。
「まだ当分会えない筈だったのが会えたしな」
 もっともその代償に、これからの徹夜の日数が増えてしまうのだがそれは仕方がない。
「・・・・・・・・・・・・あほ」
 目の前の驚いたような顔が、面白いほど赤く染まっていくのをひどく楽しげに見つめながら、火村は小さく小さく付け足された「俺も」の言葉にこれ以上はない程甘い笑みを浮かべるとその言葉を紡いだ唇にそっとそっと口付けた。


ほほほほほほほ・・・・・・・・・
まだ最近のものなのですが、裏をまったく更新していなかったので載せてみました。
なんていうか・・・・この反対もいつか書いてみたいよね。