HappyHalloween!

 

“Trick or Treat!”
 悪戯かお菓子か。
 万聖節の前夜、とびっきりのモンスターに返信を下子供たちが街の中で声を揃える、Trick or Treat!  
 勿論大人たちは、悪戯をしないで、と笑いつつ「HappyHalloween!」と用意をしておいたお菓子を手渡すのだ。
 可愛らしくて、愛おしい、子供たちに・・・。

「結構楽しいイベントやろ?」
 そう楽しげに言ったのは大阪在住の推理小説作家、有栖川有栖だった。
 それにキャメルをふかしつつ。
「けど日本にはあまり馴染みがねぇよな」
 と面白くも無さそうに言い切ったのは英都大学社会学部助教授の火村英生だった。
「・・・なんで君はそう夢がないねん」
「誰かさんみたいに夢見て食べている訳じゃないからな」
「譫言の次は夢扱いかい!」
「いや別にそういうつもりで言ったんじゃないぜ」
「そうとしか聞こえん」
「被害妄想だ」
「その前にもう少し人に対してデリケートな言い方を覚えろ、教育者」
 有栖の言葉に火村はヤレヤレと言ったように小さく肩を竦め、長くなった灰をトンと灰皿の上に落とした。
 何の話からハロウィンなのか。
 話は30分前のテレビに遡る-----------・・・
 
 

 珍しくバラエティ番組が映っていたテレビ。
ニュースを見ていてそのままにして置いたら始まったそれを何気なく見ていた有栖は思わず「うまそうやなぁ」と呟いた。
 そう、ブラウン管の中では出演者たちが料理の先生に教えて貰いながら、カボチャの料理を作っていたのだ。
 スープにサラダ、煮物に中身をくりぬいて詰め物をした上にあんかけをしたもの、パイ・・・。
 並べられた料理を番組の出演者たちよりも真剣に、かつひどく羨ましそうに見つめながら有栖はソファに座って家主よりも先にビールを開けて飲んでいる火村に視線を向けた。
「・・なぁ」
「作らねぇぞ」
 にべもない言葉に寄せられた眉。けれど勿論これ位で何も言えないようだったら火村英生の友人などやっていられないのだ。しかも、自分たちは数年前からそれ以上に関係になっている。
「まだ何にも言うてないうちに言い返すなんて卑怯やで」
「目が口ほどにものを言ってたんだよ」
 言いながら火村は有栖が買ったビールをコクリと飲んだ。それに再び有栖の眉が寄せられる。
「・・・それは俺が買うたビールや」
「けちくさい事を言うなよ。手土産、うまかっただろう?」
「・・・・」
 確かに先刻夕食として食べたのは火村が持ってきたデパートの飲茶セットだ。しかし、今ここでのそれを言うのはせこいとは言わないのか。
「・・・・・」
 テレビから聞こえてくる「おいしーい!」という女性アナウンサーの声。
 思わず少しだけムッとして、けれどさの次の瞬間有栖はふと思い浮かんだ疑問を口にした。
「なんでカボチャなんやろ?」
「ああ?」
「いや、うまそうやなぁって見てたんやけど、そう言えばなんでカボチャなんかなぁって・・」
「そりゃプロデューサーがそう決めたからだろう?」
「・・・そりゃ・・そうやけど。決めるのにそれなりの理由があるやろう?まさかプロデューサーがかぼちゃ好きやったってわけでもないやろうし」
「まぁ、それも可能性の一つか。それか、料理の担当がカボチャにしましょうと言った。もしくは昼間のとある番組で、とある司会者が健康にも美容にもいいと言い切ったとか」
「・・何の話や・・」
 ニヤリと笑っての言葉に有栖はがっくりと肩を落とした。
「ああ・・または、まだもう少し先だけど冬至があるだろう?その前振りかもしれないぜ?」
「冬至・・」
 ようやくのそれらしい理由に有栖はその単語をゆっくりと繰り返した。それを見て今度は火村が小さく眉を寄せる。
「おい・・・まさか知らねぇとか言うよな。昼と夜の時間が・」
「アホ!知っとるわ!そう言えば冬至ってカボチャ食うてたな。あと柚湯。そんなん忘れ取ったけどうちに居った頃はおかんもしてたわ」
 どこか懐かしそうにそう言って有栖はそのコーナーの終わったらしいテレビのスイッチを切って、テーブルの上に置いたままになっていた缶ビールに手を伸ばした。
「冬至か。そうか・・・。あ、でもカボチャって言えばアメリカの方でも結構有名な祭りがあったよな。ほら、何や仮装して歩き回るの」
「ああ?」
 流石作家というか、持って生まれた性分というかカボチャからどんどん連想され変わる話題に火村はビールを置くと胸ポケットの中からキャメルを取り出して口に銜えた。
「なんて言うたっけ。もう終わったんだよなぁ?」
「知るかよ」
 カチリと点けられた火。
「・・先生のくせに知らんのか」
「ふざけるな雑学データーベースはお前の専売特許だろうが」
「ああ・・うーん・・ほら・・・・・ハロウィン。そう、ハロウィン!あれもカボチャやん」
「ハロウィンにカボチャは食わねぇだろう?」
「うん。確か提灯にするんやった。ジャック・オ・ランタン。で、『Trick or Treat!』って言うてお菓子を貰い歩くんや。この頃は結構日本でも馴染みのイベントになってきたやろ?北山の方でも結構でかいイベントがあるって以前にどこかで見た事ある。なんや、もう少し早く思い出しとったら君を誘って見に行ったのに」
 ひどく残念そうにそう言う有栖に火村は胸の中で冗談じゃないと呟いた。
 無論そんな火村の声が聞こえる筈もなく有栖は「なぁ、なんであのカボチャを“ジャック”ちゅうか知っとるか?」とひどく楽しげに口を開いた。
 10月31日。万聖節の前夜祭。
 ハロウィンは元々ケルト人の宗教的な行事だった。秋の収穫を祝い、亡くなった家族や友人を尊び偲ぶと言うものが後にキリスト教に取り入れられたのだ。
 ちなみに、このカボチャの提灯をジャック・オ・ランタンと呼ぶのかについては、アイルランドの伝説「けちんぼジャック」が有名である。
 自分の命を取ろうとした悪魔を騙し、魂を取ることを諦めさせた男は、やがて訪れた死の後に、天国にも黄泉の国にも入れず、罪を償う為に、この世とあの世を結ぶ暗い道を、石炭の灯りを灯したカブを持たされて彷徨う事になる。
 「ちょうちんのジャック」
 すなわちジャク・オ・ランタンは『さまよえる霊魂の代名詞』でもあるのだ。
 ところで伝説の中の“カブ”が“カボチャ”になったのは、後にアメリカに渡ったアイルランド人が、大きくもっと完璧にしかもカラフルにちょうちんを作れるカボチャを見つけた事がきっかけで、現在のような形に定着したらしい。
 また、話は逸れるが、ハロウィンの夜に恐ろしい仮装をするのは,家のまわりを徘徊し人間にとりつこうとする悪霊達が、その姿を見て驚いて逃げるようにするためだったそうで、死者の霊魂を鎮めるためのお供えをしたのが“Trick or Treat!”の始まりとも言われている。
 現在のようにお化けの格好をした子供達が近所の人を脅かしお菓子をもらうようになったのはわりと最近で、40年ほど前の事らしい。
 ただし、悪霊を追い払うための仮装なのか悪霊そのものに仮装しているのかは、どうもごっちゃになってきているようである。
 すっかり思い出した知識を自慢の雑学ベースから取り出して、嬉々としてそう語ると有栖はにこにこと笑いながら隣に座る男を見た。
「結構楽しいイベントやろ?」
「けど日本にはあまり馴染みがねぇよな」
「・・・なんで君はそう夢がないねん」
「誰かさんみたいに夢見て食べている訳じゃないからな」
 こうして冒頭に戻る会話になった訳である-------------・・・
 
 
 

 フワフワと立ち上る紫煙。
 教育者云々の有栖の言葉にもどこ吹く風で火村はキャメルをふかす。
 そうして短くなったそれを押しつけて、最後の煙を吐き出すと、火村はムッとしたまま言い返す言葉を探しているらしい有栖に向かって口を開いた。
「・・ったく・・料理番組のカボチャでここまで話が膨らむのはきっとお前くらいだぜ」
「想像力が俺の商売道具や」
「・・そうかよ」
 言いながら火村は新たなキャメルに手を伸ばす。
「大体どこがおかしいんや?十分自然な流れやないか。カボチャ料理を見て、うまそうやなぁって思うて、でも何で今カボチャなんやろって思うたら、冬至云々って言うからああ、そう言えばハロウィンいうイベントがあったなって思い出した。どこがおかしいねん!」
 顔に“憤慨”の文字を浮かべる有栖に火村は小さく肩を竦めた。
「確かに繋がってはいるよな。けど、化け物の仮装をして“お菓子を寄越さないと悪戯するぞ”と脅しをかける祭りのどこいらに楽しさや夢を感じるのか俺には判らねぇな。大体元は収穫祭なんだろう?」
「君、人の話を聞いてへんかったな。死者の霊を尊び偲ぶっちゅうのもある」
「収穫は収穫で、供養は供養だろうが。それを一緒くたにするのも変だろう」
 火が点けられた2本目のキャメル。
 どうもこの落ちこの言い分は口惜しいけれど、説得力がある。
 そう言われてしまえば、何故それが結びつくのかと思えてしまうから不思議だ。
「何でもかんでもお祭り騒ぎをする必要はないって事さ。秋の実りを感謝するのは十五夜の月見。供養をするならお盆にお彼岸。日本にだってあるだろう?それにいくら日本人が宗教に節操がないっていってもそこまであちらの神に傾倒する事もない。日本には古来からの“八百万の神”ってぇのがいるんだし」
「へぇ、いつから無神論者を廃業したんや?」
 有栖の言葉に火村はニヤリと笑って、長くなってしまった灰を灰皿に落とした。
「信じる信じないは別の問題だ」
「・・・・・・」
 本当にああ言えばこういう男だ。
 再びムッとして有栖は目の前でゆったりとキャメルをふかす男を眺めた。そして次の瞬間、ニヤリと笑って火村の目の前の缶ビールを取る。
「おい・・そっちは俺の」
 ついでテーブルの上に置かれていたキャメルをポイとテーブルの向こうに放り投げてしまう。
「アリス?」
「遅ればせながらハロウィンをしよう」
「はぁ!?」
「楽しくないとか夢がないとかやってもいないうちに決めつけるのはおかしいやろ?何事も経験せなあかん。そうやろ?」
 そう言って有栖は嬉々として「Trick or Treat!」と叫んだ。
「おい!止めろ!」
 奪われた吸いかけの煙草。
「お菓子はないやろうから、明日以降のカボチャ料理の約束でええで?」
「・・・・・・」
 そうきたか。
 ニヤニヤと笑う有栖と眉を寄せた火村。
 けれど次の瞬間、形成はあっけなく、しかも有栖の意図した方向とは全く別の方向でものの見事に逆転される事になった。
「悪戯かお菓子かって?そりゃあやっぱり“悪戯”だろう?」
「・・・へ?」
 一瞬の隙をついて奪い返された吸いかけのキャメル。けれど火村はそれを灰皿押しつけて目の前の身体をグイと引き寄せる。
「な・何!?」
「言っただろう?悪戯かお菓子だったら悪戯を選ぶって」
「!ちょ・・どこに手を入れてんねん!」
 シャツを引き出しスルリと背中に忍び込んでくる少しだけ冷たい手。
「火村!」
「悪戯」
「あ・アホ!悪戯するのは俺の方・・っ・あ・!そ・それにこんなん悪戯とちゃう・・っんん」
 言いながらもソファの上に倒される身体。
 あれよあれよという間に露わになる肌にクシャリと歪められた赤い顔を見て、火村はクスリと笑ってその頬に口づけた。
「結構ハロウィンも楽しいかもな」
「ふ・・ふざけるな!」
「“Trick or Treat!”」
「!お菓子!お菓子や!」
「それじゃ遠慮なく食後のデザートを戴かせていただきましょう」
「!!!!」
 

 
 
 
 
 その後しばらく、カボチャを見ると有栖は眉を顰める事になった。そうしてその度に二度と『ハロウィン』はしないと有栖は堅く堅く心に誓った。

 おちない・・
 
 
 
  


はい、どうも〜。季節物ということで・・・・。
久々の超短編でした(^^ゞ