3つの後悔 3

朝の爽やかな光とはおよそ不釣り合いな自分を感じるという経験は人間誰しも何度かは持っていると思う。
それが又、同じ記憶を持っているにも関わらず、その相手がその記憶に対して何も感じていないかもしれないと思えてしまう場合というのは、なかなかどうして寒いものがある。
「アリス、起きたんか?」
「・・・・・・・・・・はい」
恋人の腕の中で目が覚めるという、何とも気恥ずかしいこのシチュエーションが今までになかったわけではない。
けれど、でも・・・今日は正直太陽が眩しすぎる。
かといって勿論今が昼過ぎとか言う時間なわけではない。
「朝飯食えるか?」
「・・・・・・・いいです」
そう。とてもそんな気持ちにはなれない。と言うか、動けそうもないのだ。
「何や、食欲がないんか?熱でも出たんやろか」
言いながら近づいてきた顔に思わず赤くなってしまった顔を慌てて布団の中に潜り込ませて、僕はいっそ消えてしまいたいとさえ思っていた。
“好きや・・・江神さん・・・・好き・・”
「・・・・・・・・・」
思い出すのは夕べの狂態・痴態。
(うう・・・ほんまに穴があったら入りたい言うんわ、この事や・・・)
どう考えても、どう考えても、どう考えても!!痴漢は嫌だ等と言って誘ったのは自分だ。
そうして更に恐ろしい事に途中から記憶がない。
多分、きっと、絶対に意識を飛ばしてしまったのだろう。
しかもこうしてパジャマを着て、布団で寝ていると言う事は・・・・・・・つまりはそう言う事だ。
夕べここには僕と江神さんしか居なくて、2−1=1にしかならない。
(あまりにも恥ずかしすぎる・・・・・)
「アリス、辛いんやったら鎮痛剤でも飲むか?」
「・・・・・・・・」
優しい言葉が居たたまれない。出来ればこんな経験もしたくなかった。
「・・怒っとるんか?」
「!!違います!」
けれどその瞬間聞こえてきた言葉に僕は慌てて布団の中で首を横に振った。
「ほんなら何で顔を出さんのや?」
「・・・・・・・・・」
それは居たたまれなくて恥ずかしすぎるからです。
「アリス・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・アリス」
布団の上からポンポンとあやすように叩く手。
「怒ってるんやろ?」
「・・・違う・・」
「アリス」
繰り返される名前。そして・・・・・
「悪かった」
「!!だからどうして江神さんが謝るんですか!?」
聞こえてきた謝罪の言葉に僕は思わず布団から顔を出すだけでなく勢いよくガバリと起きあがってしまった。そうして短い悲鳴を上げて瞬時に布団に逆戻りする。
「アリス!?」
「・・・・・江神さんが謝ったりするからや」
ジワリと目尻に浮かぶ涙。けれどそれに構う事なく僕は痛む身体を堪えつつ言葉を続けた。
「ささ誘ったのは僕です!江神さんに謝られたら・・・僕は・・・」
上擦る声が情けなくてみっともないけれど仕方がない。
こんな朝にこんな事を言う江神さんが悪いのだ。
何だか昨日から僕は自分の都合の悪さをこの人のせいばかりにしている。
そう思った瞬間。
「ええええ江神さん!?」
フワリと抱き寄せられた身体に僕はもう一度上擦った声を上げてしまった。
そうして次の瞬間小さく聞こえてきた苦笑に近い色を含んだ笑い声。
「けどなぁ・・アリス。やっぱり痴漢に焼き餅を焼いて抑えが効かんかったって言うんわやっぱり謝るに値するやろ?」
「・・・へ・・・?」
今、この人は何を言ったのだろう・・・?
「え・・がみさん?」
「一応無茶した自覚はあるんや」
「・・・・・・・・・・・」
ああ、そうですか・・・・。
胸の中で返した答え。そして。
「それで、アリスはほんまに忘れられたんか?」
緩く抱きしめられたまま耳元で聞こえてきた問い掛けに僕はクスリと笑いを漏らしてしまった。
「・・笑うところやないやろ?」
「だって・・・・」
何だかおかしくて、けれど幸せで笑いが止まらない。
「アリス・・」
呼ばれた名前にまだクスクスと笑いを残したまま僕はそっと顔を上げた。
「お陰様で、痴漢と言えば江神さんしか浮かびません」
「・・言うてろ、アホ」
言いながらフワリと唇を掠めたキャビンの香り。それが気恥ずかしくて、それでもやっぱり嬉しくて僕はもう一度口を開く。
「でも今度は電車に乗るたびにしばらくこっちの記憶を思い出しそうですけど」
そう。それは半分は照れ隠しの様な言葉だった。
けれどでも、江神さんはやっぱり江神さんで・・・・・・
「ならしばらくここから通うか?」
「ああここから・・え・・・えー!?」
何事もなく口にした言葉に思わず頷きそうになって僕は慌てて声を上げた。
頭の中に点滅する『3度目の後悔』の文字。
「それなら俺も痴漢に焼き餅やかんでもええしな」
「か・・・・・からかってますね、江神さん!」
真っ赤な顔で怒鳴った途端弾けた笑い声。
どうして僕はこう余計な一言を口にしてしまうのか。
そしてどうしてこの人はこう言う事が言えるのか。
目尻にうっすらと涙を溜めながら「本気やで」と笑って言う年上の恋人は、続けて「とりあえず今日のバイトは嘘やから、ゆっくりしていってええよ」と言った。
それにチラリと顔を上げて。
目の前の顔を小さく睨みつけて。
そうして次の瞬間「知りません!」と言いながら、僕は頭から布団を被り直したのだった。

エンド


えーっと、とりあえず後記めいた事を・・・。
この話は約2年前に出した本のものです。ちなみにコンセプトは痴漢にあったアリスという何とも・・・・・・な代物で、作家編の方も同じコンセプトで載せました。出したはいいがとにかく一刻も早くスペースから消えて欲しいと思った一冊でした(;^^)ヘ..
裏に載せようかちょっと悩んだんですけど一応こちらに・・・。
ちなみに作家編の方はやっぱり裏にします。だって・・・・。しかし本当によく書いたよなこういう物を・・・・
江神さんのイメージが著しく崩れた方には本当に申し訳ないですm(__)m