江神さんと僕  −−カラオケをしよう!−− 

「はい、次は信長さんです」
 言いながら回ってきた分厚いそれを受け取って信長こと織田光次郎は「ふう」と溜め息をついた。
「しかし5人だとアッという間に回ってくるな」
「ちゃうで、実質4人やから回転が早いんや。江神さんも聴いてるだけやなくて何か歌ってくださいよ」
「うーん・・・あんまり詳しくないし、聴くだけでも楽しいからええよ」
「ええよやなくて、せっかく一緒に来てるんだから一曲くらい歌ってもええやないですか」
「ええやないか。ほら、かかったで。BZ。誰や?」
「あ、僕です!」
 手をあげてマイクを片手に歌い始めた後輩に江神はフワリと笑って、目の前のビールのジョッキに手を伸ばした。
 英都大学推理小説研究会、略してEMC。
 たまには飲むだけではなくてカラオケでもしようと言い出したのは紅一点のマリアこと有馬麻里亜だった。
 それに賛成したのは経済学部コンビの二人で、「それじゃあ行きましょうか」とマリアと同じく法学部の3回生アリスこと有栖川有栖が口を開いた。
 そうしてやってきたカラオケルーム。けれど先程から話題に上っているように聞き役に回っている部長、江神二郎はいくら振ってもマイクを握ろうとはしない。
「音痴・・・って訳じゃないですよねぇ」
「うーん・・・違うと思うで。旅行先とかで歌ってるの聞いた事あるし、くだらん替え歌作って一緒に歌った事もあるけど。どっちかっていえば声はいい方だと思うんやけどなぁ」
「じゃあやっぱり今日は歌う気がないってっ事かしら・・・」
 ボソボソとした声で交わされる織田と麻里亜の会話を聞きながら歌う有栖もそう思っていた。
 本当に江神は何故歌わないのか。
「おつかれー」
 歌い終わってパチパチという拍手を受けながら有栖はコトリとマイクをテーブルの上に置くと手にしたビールを一口飲んだ。
 すると次の曲のイントロがかかる。 
「俺や」
 望月が立ち上がるのを横目で眺めつつ有栖は隣に座っている江神にチラリと視線を走らせた。
「何や?」
「いえ・・・あの・・・何で歌わないのかなって思うて」
 有栖の問いに江神はクスリと笑った。
「大した理由なんかあれへんよ。実は数日前から喉の調子が悪いんやけど、煙草を控えるのは出来そうもない。だから喉を使うのは止めとこうかなと思っただけや。風邪やないと思うんやけどな」
 そう言って江神は再びビールに手を伸ばす。いつもならここはキャビンを吸っている所だろう。控える事が出来そうもないと言っても多少は気にしているらしい。
 そんな江神を見て有栖は「そうやったんですか」と言いながら小さな笑みを浮かべた。
「のど飴とか舐めるといいかもしれませんよ」
「そうやな。帰りに買うてくわ」
「蜂蜜レモン味とか効きそうな気がしませんか?」
 ボソボソとした声の他愛のないやりとり。
 そうして望月の曲が終わったその瞬間。麻里亜が小さな声を上げた。
「あ、大変。忘れてた」
「どないしたんや?マリア」
「ビデオセットしてくるの忘れて来ちゃった。ごめんなさい、友達にも頼まれてるドラマなんで帰ります」
「何やドラマなんて見とるんか?」
「うーん・・これが又私もバカにしてたんですけど結構嵌るんですよ。あの、お金置いていきます。足りなかった請求してください。それと私が入れた曲、誰か歌ってくださいね。」
 そういうと腕時計を見つつマリアはバタバタと出ていってしまった。
 部屋の中には織田が入れた曲が流れている。
「始めから流すか?」
「もうええわ」 
 そう言って織田は曲を止めてしまった。暗くなる画面。機械が次の曲を探してウィンと小さな唸りを上げる。
「そう言えば次はマリアの番やったな。歌っておいてって・・何入れんや?」
「時間かかっとるな。昔の曲なんか?」
 そう言って更に待つ事数秒。
 流れ始めたイントロに4人は驚いたように固まった。そうして下に映し出される歌詞に一様に眉間に皺を寄せてゆく。
「・・・・・・なぁ・・・これって確か幼児番組やろ?」
「ああ・・・っていうか・・まぁそう。・・・どこのどいつが作ったんや?」
 画面に流れているのはかの名作アニメ『ムーミン』だった。曲はそのエンディングテーマ。
 普通に歌う分にはまだいいと思う。ふざけて歌うのもありだと思う。
 けれど歌詞だけを眺めると結構なインパクトがある。

『ねぇ、ムーミン。こっち向いて。恥ずかしがらないで
 モジモジしないで。おネンネね。
 あらまぁどうして?けど でも
 判るけど 男の子でしょ だからねぇぇ こっち向いて』

「歌っておいてって・・・こんなん男4人の中で男が歌ったら寒いがな」
 ヒクリと引きつってそういう織田に誰も反論できる者はいなかった。
 こうしてなし崩しにカラオケはお開きとなった。



「じゃあ、おやすみなさい」
 お互いにそう言って別れた大通り。
 何とか終バスに間に合うというのでバス停まで歩いていると江神がキャビンを取り出して口に銜え火を点けた。細く昇る白い煙。
「泊まっていくやろ?」
「・・・・・・・・・」
 不意にそう問われて有栖はアルコールの入った為か顔がひどく熱い気がした。
 江神とは実はいわゆる『恋人』と言う関係である。
 週末、金曜日に泊まるというのはようするにそう言うことを意味する。ちなみに明日は二人とも講義がないのは知っていて、尚かつ有栖は江神の明日のバイトが午後からなのも知っている。
「アリス?」
「あ・・・あの・・・はい」
 返ってこない答えに呼ばれた名前に慌てて顔を上げて、赤くなってしまった顔を反らして、有栖は小さく返事を返した。その途端。
「♪“ねぇ、ムーミン。こっち向いて”」
「!!!!」
 聞こえてきた歌に再び顔を向けると楽しそうに瞳が笑っている。
「 ♪“恥ずかしがらぁないで、モジモジしなぁいで、おネンネね”」
「・・江神さん・・!」
 顔が熱い。熱くて赤い。
 けれど辿り着いた無人のバス停で隣に立った人間は目の前を走って行く車を見つめながら歌い続ける。
「♪“あらまぁどうして?けどでも。判るけど男の子でしょ?だからねぇぇぇ”」
「・・・・・・・・・・・」
「♪“こっち向いて”」
「・・・・・・・・・・・」
「なかなか楽しい歌やな。今度一緒に歌おうか?」
「嫌です!」
 クスクスと笑う声に赤い顔で有栖が怒鳴る。そうしてその次の瞬間、これ以上は赤くなれないと言うほど顔を赤くして眉間に皺を寄せた有栖の視界に近づいてくる終バスが見えた。


ああああ・・・お待たせした割には・・・
しかもデュエットしてないじゃん。
すみません・・・精進してきます(x_x)