☆--- カレー記念日 ---☆

「ああ・・?」
「・・・・・邪魔しとる」
 研究室に入ると来客用のソファに少しだけ居心地悪げに座っている有栖が居た。
「どうしたんだ?」
「いや・・・・ちょっとこっちに来たから」
「へぇ・・そんな事言ってなかったのに、急に決まったのか?」
 火村の疑問はもっともだった。
 何と言ってもこのゴールデンウィーク中、火村は実に10日間、大阪夕陽丘の有栖川邸に居たのだ。
 もしかしたらと思っていたフィールドワークも入らずに、勿論持ち込みの仕事は幾つかあったものの、恋人同士の休暇をこれでもかと言うほど満喫して京都に戻ったのは夕べ。それもかなり遅い時間だ。
 その時まで有栖から「明日京都に行く用事がある」とは一言も聞かなかった。
 講義で使った資料を相変わらず雑多な机の上に置いて火村は内ポケットの中から流石に講義中は吸う事の出来ないキャメルを銜えてを点けた。
 立ち上る紫煙。
「うん・・まぁな・・・・」
 そのユラユラと揺れる白い煙の向こう、有栖の返事は今ひとつ要領を得ない。というよりもはっきりとしない、または何かを隠している。
「アリス?」
 訝しげな火村の視線の中で、有栖は小さく身じろいで、やがて微かな溜め息を落とした。
「いや・・・その大した用事やないんや・・・。その・・・えっと・・・・・夕べ君が帰ってからそう言えば初めて会ったのは今日だったなって思い出して・・・そしたら・・その・・・なんや無性にカレーが食いたくなって。でもレトルトのカレーじゃなんか違ってて、それで・・もうこうなったら学食に食べに行こうと」
 言いながら次第に赤くなって行く有栖の顔を火村はキャメルを銜えたまま珍しくも茫然と眺めてしまった。
 僅かな沈黙。
 遠くに聞こえるチャイムの音。
「・・・・・・それで・・・ここまでカレーを食いに来たのか?・・・わざわざ?」
「えっと・・・ついでやから講義も聴こうかなと・・・・っ・・・・・わ・悪かったな!暇人で!!」
 恥ずかしさが極まれりと言った風に赤い顔でついに怒鳴り出してしまった恋人に火村は吸いかけのキャメルを灰皿に押しつけてニヤリと笑った。
「いやいや、一緒に講義を受けてやりたいくらいだぜ?親族相続法だったか。それで書きかけの原稿は持ってきたんだろうな?」
「アホ。再現ドラマやないわ」
 まだ火照るように頬を持て余すように毒づく有栖に火村はもう一度笑って有栖の前にやってきた。
「まぁ・・・何はともあれ恐悦至極ってヤツだな」
「・・・・何で君に喜ばれなきゃあかんねん」
「素直になれよ」
「!!」
 ニヤリと笑う顔に再び赤く染まる顔。
「それじゃあ、とりあえず学食に行きますか?はるばる京都までカレーを食べにやってきた先生に奢ってやるよ」
「・・・・・・・・・・・何かむかつく」
「ひでぇな。原稿も読まずに奢ってやるって言ってるんだぜ?ああ・・・それなら原稿の代わりに貰っておこう」
 何を、と言わないうちに掠めるように触れた口づけ。
「ひ・・・火村!」
「アッと驚かせてみたってぇのはどうだ?」
「アホんだら!!!」

 5月7日。
 カレー記念日。

 今更の、しかも触れるだけの口づけにこれ以上は赤くなれないと言うほど赤くなった有栖を見つめて、クスリと笑って背を向けて・・・・。今日のカレーはかなり甘いかもしれないなどと馬鹿げた事を思いながら火村はひどく上機嫌でドアノブに手を掛けた。


砂吐いてもいいですか・・・(*。*)シ


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