片戀5

 人生山あり、谷あり、時にどんでん返しもあるけれど、今日の僕はまさにそれ。起死回生、形勢逆転、満塁ホームランどころの騒ぎではない。
 口づけられて、恥ずかしくて、でも嬉しくて、それに応えて、そして僕はどうしてもそのぬくもりから離れたくなくて言ってしまったのだ。キリもなく触れてね重なる口づけに、まるで譫言のように今まで隠してきた言葉を繰り返してドツボに嵌った。
『好きや・・・好き・・江神さんが・・好き・・』
『・・アリス』
『ん・・・や・・・好き・・・』
 けれど離したくないと思ったのはどうやら僕だけではなかったらしい。
 その証拠に口づけだけですでにバツの悪い状態になってしまった僕たちはお互いに笑って、切なくなって、そして又口づけて・・・・・・つまりは雪崩れ込んでしまったのだ−−−−。


「ふ・・・」
 カーテンを閉じてもまだ明るい部屋の中。
 そこは見慣れた江神さんの空間で、その中でこんな風に声を上げている自分がひどく非現実的で、けれどリアルだ。
「やぁ・・・・っ・・・・も・・・あ・・・・」
「アリス・・」
「ん・・・あ・・・・あぁ・・」
 好きだと言ったその日に、その場でコトに至ってしまうとは思ってもみなかった。
 でも、だけど、信じられないとそう思うそばからずっと好きだったのだから仕方がないのだと言い訳をする自分が居る。抱かれると言う事に対して全く抵抗がないわけではないが、相手が江神さんだと思うとそれはいっそ驚くほど感じられなくて、勿論、好きだと思う気持ちの中で明確にこう言う事をしたいと思っていたわけではないけれどお互いが好きだと判ったのだから離れては行けない。
 それはひどく自然な感情だった。
「・・・アリス・・」
「ぁ・・・え・・・がみ・・さ・・・江神・・さん」
「・・・・どないした?」
「・・・ん・・す・・・き・・・好きです・・」
「・・・俺も好きや、アリス」
「あ・あぁ・・!」
 胸に触れた唇に身体が跳ねた。
 ゆっくりと肌を辿る手に湧き上がる切ないような羞恥心。
「・・やぁ・・っ・!」
「アリス・・・」
「ん・・ん・・・あ・・」
「・・・・・アリス・・」
「!あぁっ!や・・そんな・・・ん・・あぁ!」
 熱くなったそこに触れた指に思わず上がった声。けれどそんな事はお構いなしにそれは更に熱を煽る。
「い・・ゃ・・あ・・えが・・み・・あ・あぁ・・ん!」
「・・・・アリス・・」
「はな・・し・・・やぁ・・も・・離して・・・あ・あ・」
 漏れる声は到底自分のものとは思えないほど甘かった。こんな声を聞かれているのだと思うと溜まらなく恥ずかしくなっていっそ彼の耳を塞いでしまいたくなる。もっとも今の僕にそんな余裕はカケラもなかったのだけれど。
「お願・・も・・・離して・・・」
 ハァハァと息が荒い。
「ええよ・・」
「いや・・っ・・」
「達ってええよ」
「・・え・・がみ・・さ・・」 
 なんて事を言うんだこの人は!
 ブンブンと首を横に振るとポロポロと涙が流れて落ちた。
 さっきから泣きっぱなしの僕の顔はきっとグシャグシャのゲテゲテだ。
「アリス・・・」
「あ・い・・・っ・・ん・んー・・・ん・・」
「我慢せんでええって・・・」
「っ・・・い・・・あ・・・」
「アリス」
「離し・・・っ・・・」
「・・・・・好きや、アリス」
「!!!」
 飛び込んできた、もう何度も聞いた言葉。その瞬間江神さんの手の中に熱を放ってしまった僕は、胸の中に押しよせてきた羞恥心と罪悪感に思わず顔を両手で覆ってしまった。
 けれど・・・・・
 そんなものは恥ずかしいうちには入らなかったのだ。
 その数瞬後、そっと伸ばされた指が辿り着いた場所に僕は思わず小さな悲鳴を上げていた。
「えええええ江神さん・・」
「・・・・すまん・・我慢できそうにない・・・」
「・・っ・・!」
 何が・・とは聞かなくても判る事だった。
 長い指が探っている場所は・・・・やったこともないし(当たり前だ)知識もあやふやだが・・・多分・・そうするのはそこしかない。
「・・・・え・・・・がみ・・・さん・・」
 抱え上げられて広げられた足に羞恥心よりも恐怖心の方が多く湧き上がった。
「アリス・・」
 宥めるように目元に落とされた口づけ。
「・・・好きや・・・アリス・・・」
「・・・・・・・・・・僕も・・・好き・・」
 重なる鼓動。
 重なる吐息。
「−−−−−−!!」
 そうして恥ずかしさと、切なさと、苦しさと、それでもやっぱり江神さんが好きだと言う気持ちを抱えたまま、僕は重なってきた彼の背中に手を回して・・・・・・やがてゆっくりと意識を手放した。



 ポッカリと目が開いた。
 シンと静まりかえった空間は藍色に彩られている。それに一瞬だけ茫然として、そうして鼻を掠めた煙草の匂いと慣れてきた目に映る無造作に積み上げられた本の山にここが見知った場所だと気付いてホッとする。
 その途端。
「気付いたか?」
「!!」
 聞こえてきた声はこの部屋の主のものだった。
 僕は急いでそちらを向こうとして、けれどその次の瞬間身体を駆け抜けた鈍い痛みに小さく声を漏らして顔を顰めた。
 何がどうしてどうなってしまったのだろう?
 僕の疑問に気付いたかのように江神さんが近づいてきて僕の枕元に腰を下ろした。
「・・すまん」
「え・・?」
「・・・・その・・・・・痛むか?」
「・・・・・・・・・」
 僕はどこかで怪我をしたのだろうか?
 そしてどうしてそれを江神さんが謝るのだろう?
「え・・・と・・・・あ・・・!・・ああ!!」
「アリス?」
 そのとぼけた疑問は、もの凄い勢いで甦った記憶によって解き明かされた。
 そうだった・・・僕は・・・
「あの・・・・」
 熱くなって行く顔は今真っ赤に染まっているだろう。そんな僕の顔を見つめながら江神さんは少しだけ困ったような笑いを浮かべてもう一度口を開いた。
「しんどいか?」
「いいい・・いえ」
「何か食えるようやったら食って鎮痛剤を飲んで置いた方がええと思うんやけど」
「・・・・・・・・・・・」
 ああ・・なんだかすごく居たたまれない。
 そう思った僕の耳に再び江神さんの声が聞こえてきた。
「すまん」
「・・・・・・・なんで謝るんですか?」
 まともに喋ったその言葉は思っていた以上掠れていて、江神さんは又少し困ったように笑う。それを見つめながら僕はまだ赤いだろう顔でボソリと声を出した。
「謝られたら・・・・・困ります」
「アリス?」
「だって・・・・・・両思いやったんでしょう?」
 そう、江神さんはそう言ったのだ。
「・・ああ・・」
「嘘とちゃうんでしょう?」
「ああ」
「・・・なら謝られたらいやや」
 僕の言葉に江神さんは「そうやな」と静かに笑った。
 訪れた沈黙。
 重なる言葉。
 トクンと一つ鼓動が鳴った。
 藍色に染まった部屋の中で横になったまま、僕はそっと腕を伸ばした。
「・・・好きです」
「俺もや」
 短い言葉だった。
 けれどそれで十分だった。
 クスリと笑うと江神さんも又クスリと笑う。
 そうして僕たちは先程までの激しいそれとは違う、ひどく穏やかで、やさしい口づけを交わして、お互いの身体を緩く緩く抱きしめた。



「すみませんでした」
 ペコリと下げた頭。なんだかこの頃謝ってばかりだなと思いつつ上げた視線の先で経済学部の先輩達は少し怒ったような、けれどそれはあくまでも本気ではないというような笑いを浮かべていた。
 相も変わらぬ学生会館の2階。その一番奥のテーブルの定位置に僕は2週間ぶりに座っていた。
 会わずに避けていたのが一週間。さらにその3日後に織田から例の話を聞いて、大どんでん返しがあって・・・・
 残りの日数のそのわけはちょっと聞かないでほしい。とにかく・・・・・・動けなかったのだ。
「ほんまに心配したんやで?何や妙な勢いで出ていったきり姿を見せんようになってしもうたやろ?一週間位して江神さんから急なバイトがはいったらしいって聞いたからそうかって思うたけど、そうやなければ家の方に「有栖川君は元気ですか?」って電話をしとるところや」
「・・・・・・・・・・すみません・・・」
「いや・・そない騒ぐのもどうかと思うけどやっぱり2日は空けずに来ていたヤツがパタッっと来なくなるとやっぱりなぁ・・・」
「・・・はい」
「まぁでもバイトや仕方がない。心配させたお詫びって事でそのうちアリスに奢って貰うから。その位当然やろ?バイトで稼いだんやから」
 ニヤリと笑う望月に当然というように織田が頷いた。
「奢り・・・・ですか?」
「そう」
「・・・・・・・・・・」
 ちょっと待て。これは本気でバイトを探さなければいけないのではないか?
 ヒクリと引きつった僕の隣で江神さんがプッと小さく吹き出した。
「ごちそうさん。アリス」
「!ちょっと待って!!江神さんまでそないな事言いはるんですか!?」
 慌てて振り返った僕の目の前でユラユラと揺れる紫煙。
「何だったらいいバイト紹介するで?」
「−−−−−!!!」
 にっこりと笑った顔に一体この人はどこまで知っているのだろうという疑問が湧き上がった。
 もしかすると僕がラウンジに顔を出さなかったわけも、バイトなんてしていなかった事も全てお見通しだったのではないだろうか?
「・・・・・・・いけずすぎる・・」
「そうか?」
 思わず零れた溜め息と赤くなる顔。
 そうして僕は「バイトをしてたんやろう?」という経済学部コンビの不思議そうな声を聞きながら少し温くなったコーヒーに口を付けた。

エンド


はいお疲れさまでした。はぁ・・・・。ちょっと裏に入れてしまいたい気もしましたが・・・まぁ・・ね(;^^)ヘ..
ちょっと加筆修正をしていますが本をお持ちの方、探さないでください・・・・。
続きを楽しみにしているとおっしゃって下さった皆様有り難うございました。
ところでこんな江神さんは駄目ですか?(T.T)