正しい風邪の治し方

「呼んでくれたらええやないですか・・」
「・・・・・・・」
「水くさいにも程があります」
「・・・・・・・」
「あんまりや・・」
「・・・・・・・」
「そら聞いたかて何も出来ひんかもしれへんけど、こんなになるまで連絡の一つもくれへんなんて・・」
 西陣の下宿。
 本棚では収まり切らずあちこちに積み上げられ本の山とCDとレコードに囲まれた部屋。
「・・・・今日かて僕が訪ねて来いへんかったら、このままで居ったわけでしょう?」
 言いながら半分涙目で睨む、7つ年下の英都大学法学部1回生の有栖川有栖に、この部屋の主、同じく英都大学の文学部哲学科の4回生・江神二郎は困ったような微笑みを浮かべたままゆっくりと口を開いた。
「・・・心配かけたくなかったんや。堪忍してくれ」
「一週間も出てこない方がよっぽっど心配です!」
かすれた言葉にいささかヒステリックに答えを返してクシャリと顔を歪めながら、有栖は布団に横になっている江神の額の上に絞ったばかりの冷たいタオルを乗せた。
「・・・・っ・・」
 途端に大好きな顔が小さく顰められる。
 それを見つめながら情けない思いと心配をない交ぜにして有栖はもう一度布団に横になっている先輩、もとい恋人の顔を睨みつけた。
「風邪を引いたんわ、僕の遅刻が原因なんでしょう?」
「・・・・違うよ」
「違うわけない。せやって江神さんが大学に出てこなくなったのはあの翌日からやもん」
「・・・・バイトをちょっと無理したからや」
「嘘つき」
「アリス」
「火曜はバイトがないって言うてた」
「・・・・そうやったか?」
「やっぱり嘘やったんですね・・・・」
じっとり恨めしげな眼差しと口調に江神は自分が有栖の誘導尋問にかかったのだと気付いた。
「・・・・・・・・・・・あんな所で待ってないでどこか茶店とか・・本屋とか・・・入ってたら良かったんや」
「生憎、喫茶店も本屋も近くにはなかったんや」
 フワリと笑いながら江神のその答えに有栖はますます眉間に皺を寄せて、次の瞬間思い出したように寝ている江神の目の前に手を差し出した。
「・・・体温計出してください」
「・・・・・・・・・・・大した事あれへんよ」
「江神さんの言葉よりも文明の利器を信じます」
「・・・・厳しいな」
 言いながら出された体温計は実は下宿の大家から借りた代物だ。
 そう、この部屋には体温計すらなかったのだ。
 それも又口惜しくて情けなくて、有栖は出された体温計を奪い取るように手にして次の瞬間キッと顔を上げた。
「・・アリス?」
 訝しげな声。向けられた顔は少しだけ赤くて、けれど決して顔色がいいというものではない。
「・・・・・・・・38.6・・最悪や!!!」
今時水銀のそれは間違う事なく赤いその線にまで銀色の筋を伸ばしていた。
「僕が遅刻したからや・・・」
「あそこで待ち合わせしようって言うたんわ俺の方やで?」
「雨が降っても雨宿りも出来ひんとこで・・」
「ああ、気象庁の天気予報を信じたのがあかんかったな」
「そういう問題と違います!!」
「そうか?」
「そうですよ!」
 怒鳴ってしまってから相手は病人だったのだと有栖は慌てて口を閉じながら、次の瞬間その唇をギュッと噛み締めた。
「アリス」
「・・・・・・・」
「唇が切れる」
「・・・切れてもいいです」
「切れたら痛いで?」
「痛くてもいいです。自己嫌悪の最中なんです」
              
うつ
「自己嫌悪もええけど、感染らんうちに帰り」
「・・なんで?」
 聞こえてきた言葉が信じられないと言うように見開かれた瞳。
 向けられた顔に江神はクスリと笑って見せた。
「もう大丈夫。アリスの顔を見たから治るよ」
「それじゃ見舞いにも看病にもならんでしょう?僕との待ち合わせで風邪をひいたんやったら責任を持って僕が治します!!」
 顔中に『必死』とか『絶対』とか言う言葉を張り付けて力一杯そういう後輩に江神は思わず呆然として、再び小さく笑い出す。
「何で笑うんですか!?」
「いや・・・すまん・・・」
「あんまりや・・僕には看病も出来ないと」
「そうやない。けど、アリスに感染したら今度は俺が責任を感じるやろ?」
「そんなん別に江神さんが風邪引いたのは元はと言えば僕の遅刻のせいやし・・・・・・。あ・・」
「アリス?」
 小さく上がった声。それに微かに眉を寄せた江神の前で有栖は何かいい事を思いついたように顔を上げた。
「感染していいです」
「アリス?」
「ほら、よく風邪は人に感染すと治るって言うやないですか。江神さんが風邪を引いたのは気象庁の予報と僕のせいですから、感染してください」
「・・・・・・・・・」
 一体この思考はどこからくるものなのか。
 そしてどうしてこうも無邪気な顔でサラリとこう言う事が言えるのか。
「・・・・・・・・・・・どうやって?」
 すでに温かくなってしまった額の上のタオルを思わず握りしめてしまった江神に有栖は再び「あ」と小さく声を上げた。
「・・・・・・・えーっと・・・」
 泳ぐ視線。
 やはり方法は考えていなかったのかと胸の中で溜め息を落とした江神の前で有栖は少しだけ顔を赤くした。そして。
「・・・・・・・・・・・とりあえず・・・」
「アリス?」
「キ・・キスしてみるのはどうでしょう?」
「!!!!」
 睨むようにしていう台詞。
 訪れた沈黙。
 そしてーーーー・・・
「その代わり、僕が風邪を引いたら江神さんが看病してくださいね」
 赤い顔が更に赤く染まる。
 布団を握る手が小さく震えているのが判る。
「江神さん・・・・?」
 小さく呼ばれた名前にフワリと笑って江神はそっと手を差し伸べた。
「そしたら又俺に感染してええよ」


 果たして有栖は風邪を引いたのか。
 江神の風邪は治ったのか。
 それはもう、貴女の思う通りーーーーーーー!

end


海ちゃん、お待たせいたしました。
ラブラブの江神×アリス。いかがなもんでしょ?
これぞ江×アリって言うとどうもHから遠のいて砂吐く甘々に走る私。
そう言う感じなんですよねぇ、この二人って。駄目かしら?うううう・・・。Hはそのうち裏ででも。ほんとか?ほんとなのか???
なにはともあれちょっとでも気に入っていただけたら幸せです。