『恋人の日』


『みなさんご存知ですか?!明日、6月12日は【ディア・ドス・ナモラードス】。なんという意味か判りますか?・・・なんと【恋人の日】なんです。古くからヨーロッパやアメリカでは『縁結びの神』『女性の守護神』として崇められている、聖アントニオの命日前日にあたる6月12日に、恋人同志や夫婦間でプレゼントを交換し、その日を祝う風習があったそうです。そして現代でも、その日は『恋人の日』と呼ばれ、恋人同士で、お互い恋の成就を願いプレゼントを贈り合う日になっているとか・・。なんともロマンティックですよね♪』

「・・・・・・いつからこんな日が出来たんや・・」
 珍しく『午前中』と威張れる時間に起きた大阪在住の推理小説作家、有栖川有栖は、これまた珍しく点けたテレビのワイドショーに呆然としたような声を上げてしまった。
 ブラウン管の中では女性アナウンサーが、にこやかに「そんなロマンティックな日にピッタリの贈り物がこのワイルドストロベリーです!」などとはりきって紹介している。
 だが、起きたとはいえまだパジャマを着ているような有栖の脳には彼女と男性キャスターの会話は届かない。
 グルグルと回るのは「聖アントニオって誰やねん」とか「バレンタインの立場はどうなるんや?」とか「大体なんで命日の、それも前日にそれを祝うんや??」とか、しかし何よりも一番引っかかったのが「どうして恋人同士なのにお互いの恋の成就を願うんや!!」と言う事だった。

『幸せを呼ぶと言われている植物【ワイルドストロベリー】は可愛いだけじゃなく、葉はハーブティーとして飲むことができ、実はそのまま食べたり、ジャムにしたりと一石二鳥の植物なんですよ!今まで「恋人の日」を祝ったことがない方も、甘い言葉と、素敵な願いとともにプレゼントしてみてはいかがでしょう?』
 

 そんな有栖の混乱を知る筈もなく女性アナウンサーは【ワイルドストロベリー】の入手方法の説明を始めていた。
「・・・・・なんや知らんうちにいろんな日が出来てビックリするわ・・・」
 そう、つい先日も担当編集者である片桐と何かの話から「有栖川さん、【クリーニングの日】って知ってました?」とそんな話題が出て、数字の語呂合わせかこじつけだろうと盛り上がった事があった。語呂合わせでもなんでもクリーニング代が安くなったのは有り難かったという片桐と他にも「トラックの日」や「電波の日」「アイスクリームの日」などなど色々あるものだと笑ったのだ。
 だがこの「恋人の日」ははじめてだ。古くからあるようなことを言っていたが日本では初お目見え・・・と言ってもいいのかもしれない。
 よくもまぁ、商魂たくましく色々な【日】を探し当ててくるものだ。
 半分呆れ、半分感心しながらふと頭の中に浮かんだ長年の友人であり、実は恋人でもある男の顔に有栖は思わずブンブンと頭を振った。
 こういう所謂イベント毎は有栖の得意とするものだったが、傍若無人な恋人が出来て以来、バレンタインデーとホワイトデーだけは鬼門となった。
 だがしかし、反対に彼・・・・・・京都在住の英都大学助教授、火村英生はその二つにだけはこだわりを見せるようになったのだ。
 その2つのイベントも過ぎた今、こんなものが出てきてもらっては困る。
 非常に・・・困るのだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・まぁ、どうせあいつはこんな時間にこんな主婦向けの情報番組なんか見るはずないし・・」
 だが、本人が見なくても周りが、特に彼の周りにはこういうことには敏感な女子学生たちがいる。
「・・・・・・・・・・・」
 ちらりと見たカレンダー。何の因果か明日は火村と会う約束をしていた。
 前回来た時に珍しく忘れ物をしていった火村に届けてやるから何か奢れと言ったのは他ならぬ有栖自身だ。
 日にちを変えてくれと言ったらどうしてだと突っ込まれる事は目に見えている。
 その追求をうまくかわせる自身は情けないが有栖には全くなかった。
「・・・・・・・・・・予定通りいくしかない。こんなハシリのイベントなんて黙っていたら判る筈がない!」
 このところの貧しい食生活も手伝って有栖はそう思いこむ事にした。
 だがしかし・・・・運命の女神はやはり顔のいい男に靡いてしまうものなのか・・・・・。

「よぉ、来たな。悪いが少し待っててくれ」
 相変わらずの研究室。キャメルを咥えながらそういう男に有栖は軽く返事をして来客用のソファに腰を下ろした。それを見て火村が思い出したように口を開く。
「冷蔵庫に学生達が持ってきたモンブランがあるから食っていいぞ」
「へぇ、そりゃ豪勢やな。けど君の分やないのか?」
「今日中にお召し上がりくださいなんだとさ。お前がそれを食ってるうちに片付けるからゆっくり食ってくれ」
 火村の言葉に有栖は小さく笑って有り難く頂戴する事にした。
「ならお礼代わりにコーヒー淹れたるわ。飲むやろ?」
「ああ」
 返事を聞いて有栖は取り出したモンブランをテーブルの上に置くとそのままポットの方に移動した。そうしてコーヒーを淹れようとしてふと紅茶のティバックを見つける。
「・・へぇ珍しいな、君のところに紅茶があるなんて」
「ああ学生達が持ち込んだんだ。飲んでいいぞ」
 顔も上げずにそう言い放つ火村に本当にそれでいいのかと思ったが、以前ゼミにお茶代だかなんだかをカンパさせられたと言っていた事があったので、これもまた有り難く頂戴する事にした。
「・・・・・よし!」
 出来上がったコーヒーと紅茶。一瞬考えるようにして、有栖は二つのカップを持って火村の所に向かった。
「・・・ん」
「ああ」
 差し出して、受け取られたカップ。資料を無造作と言っていいような仕草でどかして置かれたそれを確かめながら有栖は自分のカップを持ち直し・・・・。
「・・・あれ・・?」
「ああ?」
「・・コーヒーと一緒でよく判らなかったんやけど、この紅茶変わった匂いがする」
 言いながら有栖はカップを鼻に近づけた。
「ああ・・・・なんだかそう言えば言ってたな。何だったかな・・・紅茶じゃなくてハーブティで」
「・・・・・・・・・・・」
 何となくそのフレーズに聞き覚えがある。そう思いながら有栖はコクリと一口、口に含んだ。
 その瞬間・・・・・・・。
「ああ、そうだ。ワイルドストロベリーとか言ってたな」
「!!!!!!」
 聞こえてきた言葉に口に含んでいたそれを吹き出してしまった自分を誰が責められると言うのだろう。
 一瞬の沈黙。
「・・・・・・・・・・・・てめぇ・・・」
 ついで、地を這うような声が聞こえ、恐る恐る視線を上げれば、資料を汚されて鬼のような形相に変わった恋人の顔が見えた。
「・・・・・・・・・・・・・」
 なぜここで、ワイルドストロベリーなのか。
 よりによって、なぜそれを選んでしまったのか。
「どう言う事だかきっちり説明して貰おうじゃないか。で?【ワイルドストロベリー】にどんなトラップが隠されているんだ?アリス」
 額に怒りのマークを浮かべたまま、ニヤリと笑って新たなキャメルを取り出す男に、乾いた笑いを浮かべて。


 6月12日『恋人の日』。
 新たな苦悩のイベントの出現に眩暈を感じながら、有栖は今夜の自分の運命を見た気がした。

エンド



あははは・・・つい、突発。
こんなおいしい話題を教えてくれるから・・・・・・・。

密室です。自力で戻りましょう(^^ゞ