Love fool days 5

「・・もう・・あかん・・」
 グッタリと枕になついたままポツリと漏れ落ちた声。
 次いでクスリと小さな笑いが起こる。
「お疲れのようで」
「誰のせいや・・誰の!!」
 言いながら睨みつけた顔はきっと、多分、絶対に・・赤い。
 それでも、何でも一応その原因に対して文句を言いたいではないか。
 そんな有栖に火村は上半身を起こしてベッドボードの上に置いてあったキャメルを取ると小さく肩を竦めた。
「さぁな。先に誘ったのはそっちの方だぜ?大胆にも廊下で抱きついてくれたもんなぁ?」
 ニヤリと笑って煙草を銜えるその仕草の何とサマになる事か。それが又口惜しくて、有栖はグッと唇を結ぶとやがて小さく口を開いた。
「・・せやかて・・ものには限度っちゅうものがある」
「へぇ・・それが俺だけのせいって言うのはちょっと釈然としねぇなぁ」
「・・・・・・・」
 いけしゃあしゃあと言うその口にいっそガムテープでも貼り付けてやりたい。
 思いながら有栖は再び怒りにも似た何かを堪える。
 そう・・元よりこの男に毒舌で勝てた例がないのだ。
 これ以上この会話を続ける事は自分の身体に更なるダメージを与えるだけだ。
「・・・煙草吸うんやったら向こうで吸え」
 せめてものうさばらし(にもならないが)にキャメルを口に銜えたままようやくライターを捜し当てたらしい火村に向かって有栖はボソリと声を出した。
 その途端小さく上がった眉。
「・・ふーん」
「何や?」
 ふと胸の中に不安めいた何かが湧き上がる。
「いや・・」
 そんな有栖の目の前で、ベッドボードの上にライターと更に、銜えていた煙草が戻された。
「・・火村・?・・−−−−−−−!!」
 その瞬間、いきなり返された身体に言葉が無くなる。
 そのまま息を止める様に重なってくる唇。
「・・っ・・ん−−−−−−−っ!」
 つい先ほど解放されたばかりの身体が突然の出来事に悲鳴を上げた。
 グラグラとする頭。僅かに離れては重なり、絡めとられる口付けに息が苦しい。
「・・・・な・・何するんや!!」
 ようやく外れた唇に、唸るような勢いで怒鳴った有栖を見て火村は小さく肩を竦めた。そして。
「何って・・この態勢でプロレスには持ち込まねぇだろうよ」
「−−−−−−−−−!」
 サラリとそう口にして肌を辿り出した手を有栖は慌てて押さえつける。
「じょ・・冗談やない!散々したやろ!」
「だって足りねぇんだろ?」
「!!!誰がや!?」
「お前が」
 言うが早いか再び動き出す手に有栖は思わずヒクリと顔を引き吊らせてしまった。
「!い・・っ・やめ・・!言うてへん!もうあかんて言うたやないか!聞いたやろ!?」
「その後煙草を止めたじゃねぇか」
「・・それが・!」
 どうしてこうなってしまうのか。
 会話をしながらもそこここに落ちてくる口付けに必死に攻防しながら有栖は上がりそうになる息を堪える。
「煙草を吸うのが気に入らなかったんだろ?それって吸わずに側に居てほしい事だよな」
「ア・・アホ!!!詭弁や!・・そないな事言うてへん!嫌や!も・・っ・火村!」
「・・・黙れよ、アリス。2ケ月以上分にはまだ足りないと思うぜ?ほら・・」
「・はっ・・や・め・・・もぅ・!」
 耳もとから、首筋に、そして鎖骨に、滑り落ちてくる口付けと背中のラインを辿る大きな手。
「や・ぁ・・も・ほんまに明日動けんようなる・・!」
「いいじゃねぇか、無事原稿は上がったんだろ?」
「そ・いう・・問題と・・ちが・あ・あぁっ・!」
「どこが違うんだよ?大丈夫、まだいけそうだぜ?」
「アホ!!・・ん・や・・火村ぁ・・・!」
「往生際が悪すぎる。まぁ、そうだな。明日の朝食・・いやどうせ昼と一緒だから、ついでに夕食までは面倒をみてやるよ。だから大人しくしろ」
「・・ひ・・・・あ・・あぁ・・!」
 食べ物で人の事を懐柔するんやない!!と言いたかったその声は人語以前のものになって部屋の中に響いて落ちた。
 上がる息。
 再び熱くなってゆく身体。
「・・アリス・・・・」
 今日一日、きっかけを捜しながらも会いたくて追い求めた男が名前を呼んで自分の身体をかき抱く。
 その現実に目暈がする、と有栖は霞み始めた意識の中で思う。

 
−−−−『有栖川さんが来はったんよ。戻ってきはるまで待ってらしたらええのに言うたんやけど』

 
 寄り道をして思っていた以上に遅くなってしまった為連絡を入れた大家のその言葉に、火村は梅田の駅から一度訪れて不在を確認したこのマンションに戻ってきたのだと言った。
 それを聞いた瞬間、有栖はこれでもかとすれ違っていた一日も全く無駄ではなかったのだと思った・・・。
「・・・アリス・・」
 繰り返される名前。
 ついで重なってくる唇。
 抱え上げられて、広げられた足。
「!!・っ・・・ひむ・・らぁ・」
 自分自身でも嫌になるほど甘い声だと思いながら、けれどそう思うそばから仕方がないのだと思えてしまう自分に呆れて、有栖は自分を抱くその背中に手を回した。
 そうして・・・・。
「・・・あ・明日・・っ・ぅん」
「・・ああ?」
「・・きょ・の・フィールドのは・し・聞かせろ」
 言った途端クスリと聞こえてきた笑い声。
「・・ああ・・お前のお手柄もあったからな。早々に解決してたっぷり聞かせてやるよ・・」
「ん・・あ・あぁぁっ!」
 大きく揺さぶられて、悲鳴のような声が上がる。
 きりもなく漏れ落ちる甘い声と、重なる吐息のその中で、有栖はふと“一体自分は何の手柄を立てたのだろう?”と霏のかかった頭の隅で思った。
 けれどそれは一瞬思っただけで思考にはならずに甘い並みに沈んでしまう。
 有栖がその事実を知るのは、次のフィールドで森下に笑われながら「先日はお手柄でしたね」と言われてからの事になる。
 とにもかくにも・・こうして二人の長い、長い、一日が終わった−−−−−−−−−−・・・。


 


 
 
エピローグ
          −−−−アリスの譫言−−−−
 
 よく晴れた空に浮かぶ白い雲。
 ワープロから離れてリビングに出てきた途端、窓に吸い寄せられる様にしてそれを見めて、何故かふと今ここに居ないあいつの事を思い出した。
(・・・ったく・・好き勝手しよって・・)
 そう・・。あの翌日は本当に動けなくなってしまったのだ。そんな自分に言うに事かいて返ってきた言葉が「トシか先生?」
 しかもその後、フィールドの話を意図的に端折って話したアホんだらのお陰で、先日自分はいらぬ恥をかいたのだ。
 先日、訪れた捜査現場で笑われながら話を聞いたその後思わず「人の失敗談を得意気に話すんやない!ボケ!!」と怒鳴ってその上塗りをしてきたしまった。
 思い出しても腹が立つ。
「・・ったく・・あんなんと付き合うてる自分に泣けてくるわ・・」
 ポツリと漏れ落ちた声に脳裏にいつもの皮肉気な笑みが浮かんで消えた。
 今頃盛大にクシャミでもしているならザマァミロである。
「・・ほんま・・・あの時会わなければなぁ・・」
 今日の様によく晴れた階段教室。
“その続きはどうなるんだ?”
 その声がなければ何も始まらなかった。
 そう・・もしかしたらこんな風に今頃小説を書いている事もなかったかもしれない。
“気になるな”
“ほんまに?”
アブソルートリー
“もちろん”
「なーにがアブソルートリーや・・スカたん・・」
 言いながら思わず浮かんだ笑い。
 頭が切れて、皮肉屋で、無愛想で、キザで・・・。でも・・だけど・・・。
「さてと、計画性が無いとか誰かさんに言われんようにやるとするか」
  夕べかかってきた電話ではどうやら学会も無事に終わり少しは時間の余裕が出来てきた様である。
 その証拠に明日の夜は何とかという教授に教えて貰ったいい店に連れて行ってくれるのだそうだ。
 もっともワリカンらしいが。
「・・・・・っ・・」
 ウンと伸びをしてコーヒーを淹れるべくキッチンに向かって歩きだした途端、なぜかもう一度その言葉が脳裏を掠めた。
“アブソルートリー”
 良く通るバリトンでの短い答え。火村英生のその言葉は−−−例え死んでも口にする気はないが−−−確かに自分にとって忘れられない宝になっているのである。

えんど


ああ、えーっと。お疲れさまでした。いかがでしたでしょうか?この話は割合初期の頃の作品です。
おポップ系をいきなり書きたくなって書いたと言う(苦笑)どうもこう、すれ違い話って好きなんですよね。Hシーンを単純な恋のように気持ちだけ『裏』に入れようかとも思いましたがやめました。
皆様のお話に比べればとても裏とは・・とはとはとはとは・・・・
何はともあれ、ご感想などお待ちしております。