Magical!Miracle!days7

  

 微かに聞こえる鳥のさえずり。
 “雀”ではないというのは判るけれど、それ以外にはおよそ浮かんでこない名前を考える事を放棄して有栖はコロリと寝返りを打った。
 あの後ひどく眠たくなって膝の上で眠り掛けた有栖を火村はタオルのベッドに寝かせてくれた。
 けれど夜中に目が覚めてしまい、ちょうど寝るところだった火村に奇襲をかけて彼の布団の中に入れて貰ったのだ。
 何となく気恥ずかしい感じもするのだが、それよりも一緒に居たいという気持ちを大切にしたかった。
『押し潰されそうになったら自力で這い出せよ』
 ニヤリと笑って火村は言った。
『それと粗相(そそう)は御免だぜ?』
 勿論有栖はアグアグと火村の指に食いついた。
 それに笑いながら火村は電気を消したのだった・・・。
(ああ・・・朝かぁ・・何時やろ・・)
 小鳥の声は聞こえるけれどまだ部屋の中は暗く、カーテンの向こう側も明るくはない。
 何よりまだ火村が眠っている。
「・・6時くらいかな・・」
 小さくそう呟いた途端感じた違和感。
「え・・?」
 そして次の瞬間、確かに耳に届いた自分の声に有栖は思わずガバリと起きあがった。
 隣で火村が小さく意味不明の声を上げたけれど勿論それどころの騒ぎではない。
「も・・・戻ってる・・・」
 布団から出ている手は確かに人間の手だった。
 恐る恐る動かしてみれば10本の指はバラバラと思い通りに動いてくれる。
 布団の中で動かしてみたがちゃんと足もある。
 鏡で確かめてはいないが、手で触れてみれば顔にはフカフカとした毛が生えているわけではなく、多分、きっと、自分の顔になっているのだろう。
「・・・戻ってる・・俺・・戻ってる・・・」
「・・うるさいぞ・・チビすけ。目覚ましが鳴るまで大人しくして・」
「火村!!!」
 まだ眠たげな瞳で寝返りを打って顔を向けた火村に有栖は思わず飛びついていた。
「ア・・・アリス!?」
「俺、元に戻れた!ほんまに・・元に戻れたんや!!」
「ち・・ちょっと待て、元に戻れたって・・大体お前今までどこに・・ていうかどうしてこんな朝っぱらからここにいるんだ!?」
 起き抜けの頭をフル回転させて火村はしがみついている有栖を押しのけるようにして身体を起こした。そうして次の瞬間、何かを言いかけて、口を閉じる。
「・・火村?」
 布団の上で見つめ合う事数秒。
「・・・なぁ・・」
「うん?」
「・・・・・お前・・・何だってそんな恰好なんだ?」「そんな恰好?」
 有栖は火村の言葉をそのまま繰り返した。
 そうして彼の視線を辿るように視線を下に向けて、ガバリと布団に潜り込む。
「うわぁ!見るなアホ!」
「ふざけるな!何が見るなだ!この馬鹿野郎!一週間もどこに雲隠れしていたのか、何だっていきなり素っ裸で人の布団で寝ているのか、きちんと判るように説明して貰おうじゃねぇか!!」
 「言っておくが大変な事になっているからな」と言葉を続けながら布団の上からゲシゲシと蹴っているのだろう。その痛みと何よりもそれをどうやって説明したらいいのか考えて有栖は思わず眉を顰めた。
 とにかく、何か着るものを貸して貰おう。
 全てはそれからだ。
 何たってこの現実主義の友人に理解して貰うには相当の時間がかかる筈だし、『大変な事になっている』という現実をどうにか丸く収めるにはどうしても火村の協力が必要なのだ。
「アリス!」
「判った。判ったから、何か着るもん貸してくれ」
「ああ?着る物ってお前はここまで何を着てきたんだよ」
 小さく布団の中から顔を出した有栖に火村は不機嫌極まりない口調でそう言った。
「何って・・・・・猫に服は必要なかったんや」
「・・・は?」
 夜明け前の薄暗い部屋の中。
 間が抜けたような火村の声に有栖はクスリと小さく笑って「なぁ・・信じてくれるか?」と切り出した。
 そうして裸の身体に布団を巻き付けたまま有栖はこの一週間の長い長い、信じろと言う方が無理な、けれど確
かに現実の話を始めたのだった・・・。
 
 
 
 
 
   



 
 
 
 
 
「はぁ・・・やっぱりコーヒーはうまい」
 一週間ぶりに戻った自分の家で念願のコーヒーを啜りながら有栖はシミジミとした声を出した。
『大変な事になっている』と火村言った通り、有栖の周囲は本当に大変な事になっていた。
 あともう少し遅ければ親まで巻き込んで失踪か事件に巻き込まれたのかと事態は深刻極まりない事になっていたに違いない。
 『熱を出して倒れた』と大学を休んで事後処理に付き合ってくれたのは勿論火村だった。
 結局有栖は【送られてきた本を見ているうちに行ってみようと思っていた所と話がうまく結びつきそうな気がして、幸い日帰り旅行の範囲だし思い立ったが吉日とばかりにバタバタと出かけたのだが、そこで足を挫いて歩けなくなり、更に運悪くその後インフルエンザをひきこんで民宿のような宿で一週間近くもふせっていた】と言う事になった。
 ちなみに【鍵はちゃんと閉めたつもりだった】。
 まさに普段の有栖を知っているからこそ通じる【嘘】である。
 いかにもでっちあげたようなその話を、けれど船曳も片桐も、そしてその他の友人たちもみんなすんなりと納得した。
 そしてただひたすら頭を下げまくった有栖に周囲は一様に「無事で良かった」と言ってくれたその後で「火村先生は本当に心配していた」と付け加えてきた。
 それは有栖自身が一番よく分かっている事だった。
 もうあんな火村は見たくない。
 否、弱みは見せてほしいけれど、有栖を思って追いつめられて傷ついている彼は見たくない。
 勿論これからはそんな切ない顔をさせるつもりもないけれど・・・。
 そう考えて有栖は白っぽい天井を見上げてポツリと口を開いた。
「・・・ほんまに・・・色んな事があったなぁ・・」
 思い出す一週間の記憶の数々。  
 色々考えた事。         
 猫になってしまった事。     
 火村が来てくれた事。      
 下宿に連れて来られてからの事。 
 そして夕べの事・・・。     
 始めは「おい」だの「真面目に話をしろ」等と言っ
いた火村もそのうち何も言わなくなり、黙ってその長
話を聞いてくれた。        
 そしてキャメル一箱分を吸い終えてしまう位のその話が終わった後、すっかり夜が明けて明るくなった室内を見回した彼が探したのはおそらくあの小さな子猫だった
のだろう・・・・・ 。
 
*************** 
 
「信じてくれるか?」
「信じられないな」
「・・・そうやろなぁ・・」
 溜め息混じりに有栖は呟いた。
 それでも信じて貰う以外ない。
 後は何をどう言えばいいのか。
 思わず黙ってしまった有栖に火村も又何も言わなかった。そうしてどれくらいお互いに黙っていたのか、有栖はふぅと溜め息をついて火村を見た。
 火村は何かを考えるように唇に人差し指を当てていた。いつもの彼の癖。猫になって“チビすけ”等と呼ばれていた時にも見たそれ。
(ああ・・そうや・・)
 瞬間言うべき言葉が有栖の頭の中に浮かんできた。
 夕べ猫の時に考えた言葉。
 多分、今、一番きちんと告げなければいけない言葉だと有栖はそっと口を開く。
「じゃあ・・キスされた事を【こんな事くらいで】と思うくらい君が好きやって言ったら、それは信じるか?」
「・・アリス?」
 小さく見開かれた瞳が有栖を映していた。
 その瞳の中で有栖はもう一度言葉を変えて同じ事を告げる。
「このままの関係でいたいとか思って、でもそんなのは本当は詭弁で、君が好きだって言ってくれたからやっと気付けた気持ちなんやけど・・。好きやで、火村。これは信じてくれるか?」
 再び落ちた沈黙は有栖にとってはひどく居心地の悪い物になった。
 けれど視線は外さずに、お互いをだけを見つめていると今度は先に火村がニヤリと笑って口を開いた。
「そんな恰好で言われると思わず押し倒したくなるな」
「!!!あのなぁ!」
 真っ赤になった有栖に火村は小さく吹き出した。 
 そうして次にフワリと笑って有栖を抱き寄せると慌てる有栖の耳元でひどく優しく、そしてひどく嬉しそうに
火村は「お帰り」と囁いたのだった・・・・。
 
************** 
 
「あー・・・やっぱ思い出すと・・何か照れるな・・」
 少しだけ赤い顔をして有栖は残っていたコーヒーを一気に飲み干した。
 考えるのも恥ずかしいが、これで自分たちは所謂『両思い』とかいうヤツになったわけだ。
「・・・うう・・今更っちゅうか・・何ちゅうか・・」
 思わず唸るようにそう言って有栖は今日の火村の言葉を思い出した。
 色々な事後処理の後、てっきり寄って行くのだろうと思っていた火村は、けれどこのまま帰ると言い出した。
 「何で?」と尋ねると少しだけ眉間に皺を寄せて「寄ったら何をするかちょっと責任が持てそうにない」等と言って有栖を驚かせた。
「・・十代のガキやあるまいし・・何言うてんねん・・何をするかって・・そんなんいきなりするか普通。手順を踏め、アホ・・」
 空のコーヒーカップを手の中で転がしながら有栖はまだ熱い頬を持て余すようにブツブツと言う。
『週末に行くから、覚悟しておいてくれ』
 それが多分、火村にとっての“手順”なんだろう。
「・・覚悟ってなんや、覚悟って・・・」
 車から降りる際にそう言われて触れた唇。
 火村が何を言っているのか判らないほど鈍くはないがそれはやはり彼の言う通り【覚悟】の問題なのだろうか。
「いや・・そりゃまぁ・・・ある意味【覚悟】なんやろうけど・・ああ・・もう・・」
 とにかく、とりあえず、週末までにはあと4日ある。
 何だってこう次から次に考える事が出来てしまうのか。それもどう考えてもこれは自分の得意分野ではない。
 赤い顔のまま漏れ落ちた大きな溜め息。
「・・・・・・ビール飲もう」
 多分これ位の現実逃避なら許されるだろうと有栖は思った。
 もう猫になるのは御免だから、これはこれできちんと考えて【覚悟】とやらを決めなくてはいけない。
「やっぱり俺が・・・なんやろうなぁ・・」
 よもや、まさか、自分の人生の中でそんな日が来るとは思わなかった。
 言いながら子猫の時には決して口に出来なかったそれを取りに行くべくソファから立ち上がって、有栖はパタパタとスリッパの音を立ててキッチンに向かって歩き出した。

おしまい


はいどうも、お疲れ様でございました。
一応終了(笑)
【覚悟】の方は、まぁ、なるようになったって事で。
え?納得がいかない??
猫本ですし・・・・・。なんちゃって。そのうちこっそり裏にでも入れておきます(苦笑)