節分 

「ほんまにびっくりしたわ」
 久しぶりに火村の下宿にやってきた有栖はしみじみとそう言った。
「しかも関西発祥やなんて、俺が子供の頃にはこんなんあれへんかった」
 そうして寄って来た猫の喉をよしよしと撫でながら再び火村を見る。
「なぁ。君知っとったか?恵方巻き」
「知るかよ」
「だよなぁ・・・」
 そう言って有栖は買ってきた太巻きを眺めた。
 何が何なのか。
 ようするに『節分』である。
 立春の前日。土地柄によって異なるが、大抵は「鬼は外、福は内」と豆を撒くあれだ。
 抱えていた締め切りをどうにか乗り越えて、底をついていた食料を補うべく近くのスーパーに出掛けた有栖は愕然としてしまった。店内に飾られていた節分用のディスプレイ。はじめは「ああ、節分やったんか。忘れとった」だったのだ。だが『節分』はいつの間にか有栖が知っていた『節分』と違っていた。
 有栖はそこで初めて『恵方巻き』なるものに遭遇したのである。
 節分にその年の縁起の良い方角を向いて丸かぶり寿司を無言で食べるという恵方巻き。しかも大阪が発祥だと知って有栖は更に驚いた。
 有栖は昔からイベントごとが好きだ。
 だから勿論節分だって昔はちゃんと行っていた。
 もっとも家を出てからはさすがに男一人で「鬼は外。福は内」と豆を撒くのも気恥ずかしくて何となく忘れかけていた行事だったが、まさかその間にこんな事になっているとは思わなかった。それにここ数年はこの一週間ほど後に来るイベントの方に気持ちがいっていたせいもある。
「丸かぶり寿司って言うのは知っとたんや。けどそれがいつから節分に恵方を向いてで、しかもなんで無言なんやちゅうのが判れへんねん」
 有栖はそう言って目の前の巻き寿司を見た。 
 そんな有栖を見て火村ははぁと胸の中で溜め息を落とす。
 火村に言わせればそれでどうしてそんなに驚くことができるのか、その方が驚きである。
 しかもそれをわざわざ買って、京都までその驚きを伝えに来る事が有栖らしいといえばこれでもかと言うほど有栖らしい。
「調べたらな、節分での「丸かぶり寿司」の風習は、昭和50年代に大阪の船場にある寿司屋が始めたとか、その寿司用の海苔を扱う業者が販売促進のために始めた行事らしいとか言われとるらしいんや。けど他にも色々説があって、1989年に広島県の某コンビニエンスストアーの加盟店のオーナーが発案してヒットして、それが徐々に全国展開されたとか、元々は花柳界の遊郭で流行ったもので、その太巻き寿司を切って食べると男女の縁を切ると言うことから縁起が悪いとされ、切らずに丸ごと食べるのが当たり前になったとか。さらに明治以前から縁起を担ぐものとしてあった行事が変形して伝わったとか、どれが正しいのかは判らんけど、これがすでに全国規模で広がっているのはほんまらしい」
「・・・・・調べたのかよ」
「当たり前や」
 うんざりしたように言う火村に有栖は当然だと言わんばかりに胸を張った。
「結局ハッキリした事は判れへんねんけど、でも豆まきよりは手頃でええと思わんか?さすがにこの年で「鬼は外、福は内」はようせぇへんけどこれやったら出来るやろ?ちゅう事で君の分も買うてきたから一緒にやろう」
「・・・・・・・・・・・・・」
 そう言ってニコニコと“恵方巻き”と書かれている巻き寿司を差し出す有栖に火村は今度こそ言葉を失ってしまった。
「今年の恵方はぁ・・・・えーっと・・」
「やらねぇぞ」
「なんで!?」
「お前と並んで無言で巻き寿司を一本食べるなんざ御免だ」
 大体どう考えても男が二人で黙々と太巻きを縦かじりしている図というのは他に誰が見ているわけでなくとも異様だろう。
「ええやないか。招福厄除けやで」
「生憎俺は無神論者だ」
 にべもなくそう言うと有栖は「勝手にしろ」とわざわざ持ってきたらしい方位磁石を駆使して恵方と呼ばれる方角を見つけ、太巻き寿司を手に取った。
「後でやっぱりやりたいとか言うても知らんからな」
「言わねぇよ」
「せっかく教えてやったのに有り難味のない奴や」
 そう言って今度こそ胡瓜だのかんぴょうだの玉子だのその他にも色とりどりの具材が巻かれたそれにかぶりついた。
 だが・・・・。
「・・・・・・・・・何ていうかビジュアル的にクるものがあるな」
「!!!!なんちゅう事をいうんや!!」
 半分程食べたところで聞こえてきた火村の言葉に有栖は思わず吹き出すようにして怒鳴ってしまった。
「ああああ・・・!黙って最後まで食べないとご利益がないのに・・・。君のせいやで!」
「素直な感想を述べたまでだ」
「何が素直や!アホ!」
「俺は具体的な事は言ってないぜ?有栖川先生は一体何を想像したんですか?」
 ニヤニヤと笑う顔。勿論有栖に答えられる筈がない。
「・・・・・自分のうちですれば良かった」
「つれない事を言うなよ。俺は久しぶりに会えて嬉しかったんだぜ?思いの他いいものも見せてもらったしな。後でたっぷりとお礼をさせてもらわないとな」
 そう言って再びニヤリと笑った火村を見て、有栖は小さく「鬼は外」と呟いた。


ちょっと遅れましたが節分。まぁ、ありがちだよねというネタで(笑)
色々調べたのですが、恵方巻きについてはやはりこれ以上のことは判りませんでした。
関西方面の方でも知っていたという方と知らなかったという方に分かれている感じでしたがどんなもんなんでしょう。

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