英都大学七不思議

「えーっと・・ちょっと待てよ。“一人でに鳴る時計台の鐘”やろ?それと“若王子山の掛け声”と・・“赤ん坊の泣き声の聞こえる古井戸”と“辿り着かない階段”」
「北寮の部屋に出るって話もあるで?」
「僕は並木の5つ目の木の下に骨が埋まってるって」
「石牛が勝手に向きを変える言うのもあったよなぁ?」
「音楽室のピアノが鳴るって話は?」
「それやったら図書館の開かずの扉やろう?」
「学生会館にもそれらしいのがありますよ?しかもその場所が・」
「おい、アリス。居る時に言うなや!」
「・・・・・・お前ら、何の話をしとるんや?」
「あっ、江神さん!」
 相変わらずの学生会館の2階。
 いつもの席でいつもの様に話をしている僕たちの会話を聞くともなしに聞きながら、文学部4回生の“江神さん”こと江神二郎は思わず疲れた様な声を出した。
 その声にクルリと振り返った一番年下の後輩。僕、法学部の1回生、有栖川有栖。
頭の上にポンと置かれた手と、ついで空けられていた隣の場所に座った江神さんに僕は笑いながら口を開いた。
「今、英都大七不思議の話をしてたんですよ。僕の友達に寮生が居って、そいつが教えてくれたんですけど」
「ここで披露したら他にもポロポロ出てきて七つ以上になった?」
「!!どうして判ったんです?」
 思わず上げてしまった声。
 それにクスリと笑って江神さんはカサリとキャビンを取り出して火をつける。
「理由は簡単や。お前等の声が大きくて階段を上がりながらよう聞こえた」
「!そこでアリスが七不思議というキーワードを出す」
 判ったという様に後を受けて口を開いたのは経済学部の2回生“モチ”こと望月周平。
「そうか!話はどう聞いても七つ以上はあったと」
 さらにその後を相方の“信長 こと織田光次郎が繋ぐ。
「そういう事や判ったか?アリス」
 ニヤリと笑った江神さんに、僕は少しだけ口を尖らせて「判りました」と呟いた。
 梅雨明けもしていないと言うのに、これでもかという程暑い、熱い・・夏本番さながらの京都の午後。
「・・・しかし・・七不思議ねぇ・・」
 話だけでも涼しさに逃げたくなるのは判るけれどという様な江神さんの呟きとその途端プカリと浮かんだ白い煙がユラユラと揺れるのを見つめながら・・その次の瞬間僕はいきなり声を上げた。
「そうや!」
「な・何や!?」
 ガタンと思わず椅子を鳴らして立ち上がってしまった望月と大きく目を見開いて固まった織田、そしてさすがに驚いて振り向いた江神さん。
 三者三様のそれに、けれど動じる事なく僕はにっこりと笑って江神さんに向き直った。
「江神さんなら七不思議も聞いた事ありますよね?」
「・・あ・・ああ」
「それやったらこの中でどれがほんまの七不思議か判りますでしょ?」
「・・・・アリス・・」
 ガックリとうなだれて声を出した織田に不思議そうな目を向けて僕は再び視線を親愛なる部長に戻した。
「えっとですね、まずは・・」
「・・・・・・ 」
 テープの巻戻し宜しく、再び今まで上げられた話を繰り返す僕に経済学部コンビはなぜか頭を抱えている。
 七不思議ならぬ十一不思議。
 話し終わった僕に江神さんは何故か少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべて。
「・・全部、聞いた事ある」
「え・・えーっ!?」
「ちなみに今、出てこなかった話も2.3知っとる」
「・・・・・七不思議の倍掛けなんて・・」
 シンと静まり返ってしまった場。
 すでに2本目になっていたキャビンを灰皿に押しつけて江神さんはバサリと前髪をかきあげた。
「・・謎は深まるばかりか・・」
「!!確かめましょう!」
「・・・へっ?」
 経済学部コンビのまぬけな声が重なった。
「試験も終わった事ですし、謎を謎のままにしておくのはEMCの名折れです!確かめて、これがほんまの七不思議やて・・そうや、いっそ秋の部誌に小冊子かなんかで特別号でもつけましょうか!?」
「・・・・・・・」
 ニコニコと笑って力一杯、目一杯そう言った僕にそれでは“推理小説研究会”というよりも“心霊現象研究会”になってしまうのではないかとは、心優しき先輩たちにはとても言えなかったらしい。
 もっとも彼等とて人一倍『好奇心』を持っているのだ。そうでなければ“三度の飯より推理小説が好き”等とはとても言えない。
「小冊子はともかく・・面白そうやな」
 ニヤリと織田が笑った。
「これぞほんまの七不思議って?」
 銀縁眼鏡を押し上げて望月も笑う。
「・・・・・校内図用意して巡る順序を決めんとな」
 かくして“英都大学これがほんまの七不思議探求ツアー”が敢行される事になった。
 
 


 
 
「・・えーっと・・次は古井戸と・・」
 片手にいくつもの×印のついた地図。片手に懐中電灯。
 夜の校内は何も起こらなくてもどこか不気味だ。
 もっとも今までに5つのポイントをクリアーしていずれも何ひとつ起こらなかったという事実がこの不気味さを薄れさせているのだが・・・。
 現在、何か異常現象が起こるよりも守衛に見つかる方が恐いというのが僕達の共通の気持ちだろう。
「ここやな・・」
 今は枯れて跡だけが残る井戸。
 それを囲んで思わずしゃがみ込む。
「・・赤ん坊の声が聞こえる・・筈なんですよねぇ」
「・・・・運が良ければな」
 聞こえる事が果たして運のいい事なのか、けれどそれを誰ひとり訂正せずに僕達は再び古井戸に目を向けた。
「・・声が聞こえてくる前に藪蚊でお岩になりそうや」
「信長・・なんちゅう事を言うんや」
「せやって・・」
「お岩さんはなぁ、ほんまに祟るんで有名なんやぞ」
「ほんなら、古井戸に飛び込んだ身ごもってた女密偵の祟りは恐くないんかい」
「・・・お前等ええ加減にせい」
 相変わらずの経済学部コンビのやりとりに江神さんが溜め息混じりの声を出した。
「とにかく、信長の言う通りこう蚊が多いと適わんわ。諦めて次に行こう」
 その言葉に勿論異論がある筈がない。
 ポリポリと手だの顔だのをかきながら次の目的地である校舎へと歩き出した途端。
「−−−−−−−−!」
 チカリと灯りが見えて次いで「誰だ!?」という声が聞こえる。
 瞬間的に走り出した足に、後を追い駆けてくる足音。
「ひぇーっ!」
 聞こえてくる「待ちなさい」という声に“誰が待ってられるか!”と胸の中で声を上げて走りつつ・・・
「このまま4人で逃げとったら捕まるのは時間の問題です!とりあえず二手に分かれましょう!!」
「判った!」
 咄嗟の望月の言葉にパッと左右に分かれて。
「捕まるなよ!」
「部長も!」
『グッドラック!』と心の中で声を上げて僕達は暗闇の中に紛れ込んだ。
 
 
*−*−*−*−*−* 
 
 
 
「・・・・・モチさんたち逃げ切れたでしょうか?」
「さぁな・・」
 非常灯の青白い光に照らされた廊下はそれだけでも十分に迫力があると思う。
 確かめようといいだしたのは確かに自分だけれど、実は幽霊だのおばけだのには出来れば一生お目にかかりたくないと思う。
 鍵のイカレた窓から校舎の中に忍び込んで(なぜそこの鍵が叩けば外れるか江神さんが知っているのかは新たなる謎になったけれど)青い灯りの中、懐中電灯もつけずに黙って歩く。それは僕にとってかなり苦痛な作業だった。
「・・・・もう大丈夫でしょうか?」
「・・さぁな」
 再び話を振ると返ってくるのは先程と同じ短すぎる小さな答え。
「・・江神さんさっきからさぁなてばっかり」
「せやかてアリスが答えようのない事ばかり聞くからやろう?」
 思わず上げた抗議の声にクルリと後ろを振り返った顔。
 それに「それはそうですけど」と言葉を濁して僕は再び歩き出した江神さんの後を慌てて追い駆けた。
「先、行かんで下さいってば」
「・・・何や恐いんか?」
「この状況で恐くない奴が居ったらお目にかかりたいですよ」
「そうか?」
 明らかに状況を楽しんでいる顔。そうだった。この人はこういう人だった。
「と・・とにかく・・こんな所で一人になるのは御免です。それよりこれから」
「アリス、この先が例の音楽室やぞ?行って見るか?」
「・・・・・・・」
 まだ続ける気だったのかと思わずガックリと肩を落としてしまった僕に江神さんはさっさと歩き出す。だからこんな所で一人にされるのは嫌なんですってば!と慌てて後を追って僕たちは今はほとんど使われていないらしい音楽室のドアを開けた。
「・・・・・何も変わったところはあれへんな」
「ですね」
 もっともいきなり変わった事があったりしたら間違いなく大声を上げて卒倒してしまうだろう。
 思わず知らず握り締めてしまったシャツの裾。
 それに気付いて、けれど何も言わずに江神さんは僕にシャツの裾を握らせたままスルリと部屋の中に入る。
 何となく埃っぽい床の上。
 小さな階段教室風になっている一番下の中央の場所に置かれて黒く光るグランドピアノ。
「・・・・これがショパンを聴かせてくれるらしいな」
 カタンと音を立てて蓋を開けるときれいに並ぶ白と黒の鍵盤が見える。
「・・ふん・・」
 長い指が悪戯気を出してそこに触れると高い音がポンと一つだけ鳴った。
「ちゃんと音も出ると」
「・・・・はぁ・・」
 そう、ここの不思議は昔、死んだ音楽教師の霊がショパンのノクターンを弾きながらすすり泣きというおまけまでつけてくれるという話なのだ。
 歩いた途端キシッと小さく床が鳴る。
 それに思わずビクリと震えた身体。
「アリス、恐いと思うてるから恐いんや。ピアノを弾いて泣くくらい恐い事あれへんやろ?」
 生きてる人間なら恐くはないが、それを死んでいる人間がやれば十分恐いと思う。
何も答えない僕に江神さんは小さく笑ってよいしょと床の上に座り込んだ。
「え・・江神さん?」
「しばらくここに居て、様子を見よう」
「ここで・・ですか?」
「せやってこれ以上うろうろしてたかて性もないやろ?かえって見つかる可能性が大きくなる。幸い調べようとしていた所の一つに居るんや。腰を据えて現れるのを待とうやないか」
「・・・・・・・」
 待ちたくないですとはどうしても、どうしても言えなかった。何よりも言いだしっぺは僕なのだ。ヒクリと弾き吊る頬を必死で宥めて僕はゆっくりと江神さんの隣に腰を下ろした。再びキシリと鳴った床。これがまだ4人でわいわい待つと言うのならもう少し違
うのだと思う。でも・・・。
「・・何か話して下さいよ、江神さん」
 沈黙に耐え切れずオズオズと口を開いた僕に江神さんは携帯用の灰皿を片手にクスリと笑いを漏らした。
「百物語でもするか?」
「・・・・・遠慮します」
 ユラリと紫煙が昇ってゆく。
 シンと静まり返った室内に注ぐ月の光。
 確かにショパンのノクターンが似合う光景だと思う。思うけれど。
「・・・アリスを置いてきぼりにして逃げ出したりせぇへんよ」
「・・そないな事したら一生恨んでやりますからね」
 僕の情け無い言葉に江神さんは「そら恐いな」と又笑った。再び訪れた沈黙。
 一本目のキャビンが全て白い煙に変わった頃江神さんは再びゆっくりと口を開いた。
「なぁ・・アリス」
「はい?」
「恐くなくなる方法があるで?」
「何ですか!?」
 藁にもすがる思いとはきっとこの事を言うのだろう。
 勢いよく顔を上げた僕に江神さんが又笑う。
「ようするに余計な事考えられん様にしたらええんや」
「・・余計な事?」
「そうや・・」
「それって・・・」
 ボソボソとした言葉のやりとり。それに気を取られていて僕は全くその気配を感じる事が出来なかった。いきなりパタンと開いたドア。
 同時にライトの光が部屋の中をクルクルと照らす。
「−−−−−−−−−!!」
 多分そのままだったら僕は物凄い悲鳴を上げていたに違いない。けれど幸か不幸か絹を裂く様な悲鳴は響き渡る事はなかった。
「・・・・・っ・」
 その一歩手前におそらく、守衛の気配を察していたのだろう江神さんが僕の唇を自分の唇で塞いだからだ。
「・・っ・・ん・・」
 起きている事が信じられずに、息をする事を忘れていた僕を一瞬だけ解放して再び重ねられた唇。
(・・・何・・何・・何なんやー!?)
 まだ探る様にそこここを照らす小さな明かり。その中で引き寄せられて、抱き締められて、口付けられている現実に目暈がする。
 明かりは僕たちが隠れている階段状の机を1列づつ照らしてやがて大きなピアノに焦点を当てた。
 トクントクンと鳴り響く鼓動。
 けれどそれはそのせいだけでは勿論なくて。
 やがて諦めたような息が聞こえてきてライトがスッと遠ざかった。靴音がドアに向かって帰って行く。その途端。
「−−−−−−−−!」
 誰もいないピアノがポンと小さな音を立てた。慌てて戻ってくる足音。
 けれどそこには誰も居なくて。
「・・・誰か・・居るのか・・?」
 聞こえてきた声は微かに震えている。こんな状況でなければ僕だって逃げ出していただろう。
 そう、紛れもなくそれは独りでに音を立てたのだから。
 でも、だけど・・
(・・・!!・・)
 口付けをしたままスルリとTシャツの中に忍び込んでくる指。それはゆっくりと背中のラインを辿って行く。
「・・・っ・・」
 カタンと何処かに触れて床が鳴る。
 まずいと思ったけれどそれは返って男を怯えさせる材料になったようだった。
  ヒュッと飲まれる息の音。
全身で辺りをうかがうような雰囲気がヒシヒシと伝わってくるその中で江神さんはゆっくりと唇を外し、もう一方の手であろう事か勃ち上がりかけていた僕自身に触れてきた。
「・・・っ・!・あ・」
 漏れ落ちた小さな小さな声。
 そして次の瞬間聞こえてきた「うわぁ!」という声とバタバタと部屋を飛び出して行く音。
 一瞬茫然として、僕は下げられたジッパーの音にハッと我に返った。
「え・・江神さん!!何しはるんです!」
「何って、余計な事考えられんようにするだけや」
「余計な事って・・ちょっ・や・・触らないで・」
「これやったら恐いなんて思ってられへんやろ?」
「そ・いう・・問題と・・あ・あ・」
「アリス・・」
 耳もとで囁かれた名前にビクンと身体が震える。
 こういった行為は実は初めてではない。その証拠に首筋に寄せられた唇と脇腹を滑る大きな手、そしてゆっくりと蠢めく長い指に僕の息は確実に上がっている。
「やぁ・・やめ・・っ・・ん・」
 身体が火照る。
 突き放したいのに、そのシャツを何故かギュッと握り締めている指。
 噛んでも漏れ落ちる自分のものではいなような甘い声が耳に障る。
「・・・あか・ん・・も・・離して・」
「ええよ・・このまま」
「やぁ・・っ・・」
 喉元にチリリと走った甘い痛み。
 それはそのまま鎖骨の辺りに、そして胸に落ちて行く。
「・・え・・がみさ・・あ・っ・え・」
 名前を呼ぼうとして再びそっと口付けられた。
 そのせいで鼻に抜けるような甘い吐息に変わった自分の声がやるせない。
「ん・・っ・ぅ・ふ・・」
 ポロポロと涙が落ちる。
 いつの間にか縋る様に背中に回している自分の手がおかしくて・・・でもとても笑える状況ではなくて。
「あ・・ああっ・・!」
 ビクンと震えた身体をしっかりと抱き止められたその腕の中で僕は幾つ目かの不思議になっている“何か異変が”起こるとひとりでに鳴る という鐘の音を聞いたような
気がした。
 そしてその次の瞬間。
「・・・・好きや・・アリス・・」
「・・・・・っ・・」
 聞こえてきた声に背中に回した指に力を込めて。
 そうして僕はギュッと瞳を閉じた。
 
 
 

   
 
 
「・・いやー・・ほんまにびっくりしたでぇ!いきなりやで?いきなり鐘の音が聞こえてきたんや。ほんまに」
 相も変わらぬ学生会館の2階。
 唾を飛ばしそうな勢いで喋る織田を目の前に僕は思わずがっくりと堅いテーブルに懐いてしまった。
「どないしたんや?アリス。ほれ、確かめる言うたんわお前なんやからよう聞いとけ。でな・・鐘だけやないねん。音楽室にな、ほんまに出たんやと」
「・・・・・・・・」
「見回ってた守衛が泡食って帰ってきたんやて。すごい噂になっとるんや。アリスも聞いたやろ?」
 聞きましたとも!!
「ピアノが鳴ったかと思ったらポルターガイストが起こって、とどめにすすり泣きか・・マジな話俺ほんまにそこに行かんで良かったわ」
 紙コップに入ったアイスコーヒーをすすりながらの望月のシミジミとしたその言葉に僕は胸の中で深い深い溜め息を落とした。
 よもや、まさか、そのポルターガイストも、すすり泣きも(ただ声が漏れただけなのだが)僕の仕業ですとは口が裂けても言えない。
 そして多分・・そのピアノが鳴ったのも江神さんが何かをしたらししいという事も、だ。
(何で鳴ったか聞いたらニヤニヤしとったもんなぁ・・)
 きっとあの蓋を開けて音を出した時に何か細工をしたに違いない。
(ああ・・ほんまに・・あの言葉に完璧流されてしもうてん・・・)
 結局、しっかり、いきつくところまでいきついて・・明け方近く、堅い床の上、腕の中で目を覚ますという完全無欠のシチュエーションで僕はそのまま江神さんの下宿につれて行かれてその日一日を過ごした。
 理由は簡単。身体が言うことをきかなかったからだ 
 胸の中に落ちた何度目か分からなくなった溜め息。
 それに気付く事なく織田は飲み掛けていたコーヒーを一気に飲み干した。そして。
「まぁ・・・ほんまの七不思議はともかく、これだけはマジっちゅうのが分かったのは今回の成果やな」
 爽やかな笑顔が何故か胸に痛い。
「せやな。鐘の音もしっかり聞いたし。せやけどあれって異変が起こると鳴るんやろ?何が起こるんやろな」
 銀縁眼鏡を押し上げての望月の言葉に僕は“もう十分起こりました”と声にならない声を上げる。
「ところでアリス、お前たちはどこに隠れとったんや?」
「−−−−−−−!?」
「せや、心配したんやぞ?昨日一日顔見せへんし」
 それは・・・起き上がれなかったからですとはやっぱりとても言えない。
「えっと・・あの・・その・・・」
「どないした?」
 不思議そうに、怪訝そうに見つめてくる4つの瞳。
“好きや・・・アリス・・” 
 あの夜の言葉がの中にリフレインする。そして。
「あ・・江神さんや」
「−−−−−−−−!」
 片手を上げて近づいてくる人影に僕はガバリと顔を上げた。
 浮かんでいる変わりのない微笑み。それがなぜか少しだけ口惜しくて、あまりにもタイミング良く現れた話題の人物を小さく睨みつける。
「・・・・七不思議よりも何よりも一番謎なんわ江神さんやと思います」
「へっ・・・・?」
 間抜けな声がハモって落ちた。
 そして赤く染まる顔。
 あまりにも突然で脈絡のない、けれどひどく的を獲た僕の言葉に、当の江神さんは「何や?」と涼しい顔でいつもの席に腰を下ろしたのだった。

えんど


ちょっと裏の方がいいのかも・・・と考えた一作。
江神さんが・・・私の江神さんがぁぁぁぁぁと思われた方はごめんなさい。この際犬にでも噛まれたと思っておいて下さい・・・って反省しろよ。私・・(x_x)
ほら・・・夏だから・・・ねっ・・・