春の七草

 

せり・なずな・ごぎょう・はこべ・ほとけのざ・すずな・すずしろ、これぞ『春の七草』。


「・・・・何をしているんだ?」
 大阪、夕陽丘のマンションの一室。
 京都在住の英都大学社会学部助教授、火村英生は口の端にキャメルを銜えたまま訝しげな声を出した。
「ああ、なんや来とったんか。いやな、今日久しぶりに外に出たらスーパーでこれが売ってたんや。知ってたか?今日七草粥の日やってん」
 そう言って小さな籠のような鉢植えに植えられた草(火村にとってはそれ以外の何ものでもない)をこの部屋の住人、推理小説家の有栖川有栖はシミジミとしたような表情で手の平の上に乗せて見せた。
「・・・食うのか?」
 どうせ買うならそんな土に植わっているような貧相なものではなく、もっとしっかりとしたすぐに使えるようなものを買えばいいのにと火村は胸の中で深い溜め息をついた。大体目の前にいるこの友人であり、恋人でもあるこの男は七草粥を自分で作れると思って買ったのだろうか?
 答えは・・否、だ。おそらく偶然ここに来なければ自分は携帯で粥を作ってくれと呼び出されていたに違いない。
 そんな事を考えながら火村は長くなった灰を慌ててテーブルの上の灰皿に落とした。
 気付けばまだコートすら脱いでいない。
 いつものようにとりあえずインターフォンだけ鳴らして、勝手知ったる何とやらで入って来た途端盆栽を眺める老人のような有栖を見る羽目になったのだ。
 正直言って呆けたのかと思った。それほど一種異様な雰囲気だったのだ。とても本人には言えないが・・・。
「この量だとまともな粥にはならないぞ」
 そう。何しろ有栖が持っているのは長さ5p程度のから大きくても10p程度の草たちなのだ。とてもまともな七草粥が出来るとは思えない。
「食わない」
「・・ああ?」
「こんな小さなの食ったら可哀想やないか」
「じゃあ何で買ってきたんだよ」
「う・・・」
「大方一人だからこれくらいでいいと思ってたんだろう?後は・・そうだな、摘んであるものよりは自分で土から抜いた方が新鮮だ。違うか?」
「・・・・・」
 ひどく嫌そうな顔をする有栖に火村は短くなったキャメルを灰皿の上で揉み消してふぅと白い煙を吐き出した。
「ビンゴだ」
「うるさい!でも今は食う気はないんや!眺めて楽しむ!」
「へぇ、随分高尚な趣味だな、アリス。それで愛でて、枯らして、おしまいか」
「なんで枯らすんや!失礼やな!」
 ムッとした有栖に火村は小さく肩を竦めた。
「馬鹿か、お前は。春の野草がそんなに長くもつわけないだろう?大体その大きさで大根も蕪も出来上がっているんだ。そうしたらあとは身割れをおこして枯れるだけだろう?」
「で、でももしかしたらもっと大きく育つかもしれへんやんか!こんなに小さいうちに食べなくてももう少し長生きさせてやってもええやないか!!」
「・・・・・・・・」
 絶対違う。論点がずれまくっている。大体何のためにこいつはこの鉢植えを買ってきたのか。
 思わず痛み出したこめかみを押さえて火村はドカリとソファに腰掛けると新たなキャメルを取り出して火を点けた。
「でもどのみちそんな小さな鉢じゃ育たないだろう?」
「植え替える!」
 すでに『観賞』から『栽培』に移行している有栖の思考回路に火村は大きな大きな溜め息をついた。
 多分こうなったら何が何でも後には引かないだろう。
 ゆらゆらと立ち上る紫煙。
 訪れた沈黙。
 そして−−−−−−−・・。
「だから火村、これが植え替えられるような鉢と食べられる七草と買うてきて」
「・・・・・・・・」
「あと土も。俺はその間に洗濯物干さなあかんから。さっきピーって鳴ったんや」
「・・・・・・・・」
 火村の頭の中に鳴った時点でそんな物を眺めていないで干したら良かっただろうとか、何で俺が行かなきゃならないんだとかいう思いが交差した。
「・・・・なぁ、ちなみにその買ってきた七草で粥を作るのは俺か?」
「?そんなん当たり前やんか。俺にそんなもの作れるはずないやろ?」
 サラリとそう言いきった有栖に火村は胸の中で覚えていろよと拳を握った。
「・・・・この貸しは高いからな」
「何?」
「いや。お前がでかい大根を育てて見せてくれるのを楽しみにしているよ」
「まかしとき!」
 胸を張ってニッコリと笑う有栖にニッコリと笑い返して火村は今夜の予定を立てながら脱いだばかりのコートを手に立ち上がったのだった。

おちない・・・


うわーん・・・。一周年だから何か・・と思ったら何とも時事ネタに。しかも色っぽくないし・・。相変わらずの二人ですが今年もよろしくですー。ちなみにこれの江神さんバージョンは私の頭の中に有ります・・・はははは・・・・学生編ファンの方ごめんなさい・・・(хх,)