夏の出来事

 カメラが暗い道を懐中電燈一つで歩いていく女性レポーターを追っていた。時々振り向きながら状況の説明をする彼女の表情は完全に引き攣っている。
 夏になると何故か増えるこの手の番組。
 それを眉間に皺を寄せて真剣に見つめているのは大阪在住の推理小説家、有栖川有栖だった。
『いかがですか?先生』
『幾つも集まっていますが、大きく感じるのは女性ですね』
 そんな薄ら寒いコメントに、彼女は更に顔を引き攣らせて『心霊スポット』と呼ばれている空き家に足を踏み入れる。暗視カメラの画像は悪い。
 「なんだか・・寒い感じが・・」等と言っている彼女はいきなりガタンと音を立てて何かが落ちた音に悲鳴を上げた。
 霊能力者は「大丈夫、今のところ害を加える様子はありません」などと言っているが、ものを落として脅かしてくるというのは十分“害”なのではないのか。
 スタッフに言われたらしく、彼女は手渡されたポラロイドカメラで音がした方向に1度、2度とシャッターを切った。
『あちらにも・・・部屋があるようですが・・物凄く・・・行きたくありません。頭が痛いです。とりあえず、そちらの部屋の写真も・・』
 言った瞬間霊能力者が「ああ・・」と声を上げた。
『な、なんですか!?』
『そちらに、上の角のところ・・・見てますね』
『ええ!?』
『先程の方とは違う。大きな存在に妨害されて声は聞こえませんがはっきりこちらを見ています』
 そう言って霊能者が見ていると言ったその天井の隅の辺りにカメラが向けられた。そうして次に、ご丁寧にもその位置に“こんな感じ・・”と言うように重ねてくれた男の顔のイメージ画像。
「ぎゃあぁぁぁぁ!!!」
「うるせえ!!」
 その途端、レポーターよりも、スタジオにいてモニターを見ている司会やゲストよりも大声を上げた有栖に、学生時代からの友人であり、実はここ近年恋人に昇格した社会学部助教授、火村英生は額に怒りマークを浮かべながら怒鳴った。
「そんなに怖いなら見なけりゃいいだろうが!」
「せやかて、途中で回したら祟りとか有りそうやん。大体気になるし・・」
 有栖の言葉に無神論者でリアリストの恋人はにべもなく「ケッ!」と言った。
 画面の中は撮ってきた写真に薄い光の玉のようなものが写り込んでいて、スタジオは騒然となっている。
 それをソファの上でクッションを抱えたまま薄気味悪そうな顔で眺めて、有栖はホゥと溜め息をついた。
「せやけどこういうの見とるとどこもかしこも『心霊スポット』だらけやな」
 しみじみと言う有栖に火村は肩を竦めて口を開いた。
「そりゃそうだろうさ。何たってこんなに狭い国なんだ。ちょっと歩けば古戦場だ、処刑場だで、その上昔は土葬だろう?何の上に立っているのかなんて考えたら眠れないさ」
「・・・・・・君・・何てこと言うんや」
 ヒクリを顔を引き攣らせた有栖に、火村はキャメルをふかしながら更に言葉を続けた。
「本当の事だろうが。それでまだこれを見るのか?」
 どうやら有栖が点けた時に始まった空き家のそれは終結を見たようだ。ここで区切りをつけて止めるか。それとも最後まで突き進んでしまうか。
 だが、一瞬の迷いが有栖に不幸を呼んだ。
 CMの後に行うらしい『新たなスポット』が映ったのだ。
「・・・・え・・・」
 サァーっと血の気が下がった。
「・・・・・なぁ・・」
「ああ?」
 言っている間に入ってしまったCM。
 ドクンドクンと早まる鼓動に有栖は嫌な汗が流れるのを感じていた。そうして3つほどのCMを経て再び始まったそれを先程以上に凝視する。
「おい・・・」
 まだ見るのか。その言葉は、けれど火村の口から出る事はなかった。先に有栖が口を開いたからである。
「なぁ、ここって・・・。これ・・この前通ったとこやろ?」
「・・・・どこがだよ」
 言われて火村は映し出されているそれをしげしげと眺めた。画面では先程とは違うレポーターが『ここ』で何が起きたのかを懇切丁寧に説明している。
「・・・へぇ・・魔の国道ねぇ・・。某なんて言ってるが間違いねえな。・・おい、凄いぞ。過去に幽霊を見た人間は数知れず、不可思議な事故も多発だとさ」
「言わんでええから!」
 やはり、見なれないものは見るものではない。
 心の中で自己反省をする有栖の耳に追い討ちをかけるような火村の声が聞こえてきた。
「ふーん・・こりゃ一つや二つは拾ってきているかもしれねぇな」
「!!ひ・火村!!」
「夢の中に知らない女が出てくる事はないか?」
 ニヤニヤと笑う顔。
 明らかに面白っている。
 それは判っている。判っているが・・・。
「さてと、じゃあ、誰かさんがいつまでも下らない番組を見ているから、俺は風呂にでも入ってさっぱりしたら仕事でもするかな」
「・・え・・?」
 それは初耳だ。訝しげに眉を寄せた有栖に火村は小さく肩を竦める。
「ちょっとやっておきたい事があるんだ。邪魔をすると悪いから今夜はこっちで寝かせてもらう」
 指し示されたソファ。
 という事は・・・・・。
「よい夢を」
 吸い終えたキャメルを灰皿に押しつけて火村は白い煙を吐き出した。
 訪れた沈黙。その間にも後ろから流れてくるレポーターの声。
『ただいまその目撃証言があった時間と同じ時間です。
問題のガードレールはこの向こうです。果たして何かが現れるのでしょうか。通ってみたいと思います』
「・・・・あの・・」
 ヒクリと引き攣る顔。
 こんな事は眉唾で、やらせのような事も多いと聞く。
 大体毎日そこを何台もの車が通っているのだ。そのたびに何かが憑いてくるわけがない。
だが、しかし、けれども・・・・・。
「・火・・火村・・あの・・あのな・・別に邪魔やな」
「ああ、そうだ。アリス。聞いた事があるんだが、あれをしているとその手のものが寄って来ないらしいぜ?」
「あれ?」
 言葉を遮るようにして言われたそれに有栖は目を輝かせた。
「そう、あれ」
「何やねん!もったいぶらずに言え!」
「sex」
「!!!」
「試してみるか?」
 怒鳴りたい。でも、怒鳴れない。
「風呂に入っているうちに考えとけよ」
「・・・・・・・・・」
『ああ!そこです!カメラさん!!早く!今何か・え?・・声?・・ちょっと待って下さい!!』
 背中から響いてくる切迫した声。
「・・・・・はは・・」
 更に引き攣る顔。
「・・火・・・火村ぁ・・!」
 
 
 その晩。有栖は幽霊とは別の意味で《眠れぬ夜》を過ごす事になったc
 

おしまい