Magicalmirror or Kitten!! 14

   

 
 大阪、夕陽丘のマンション。
 向かっていたワープロをとりあえずバックアップして、有栖はリビングに出るとそのままキッチンに向かい、インスタントのコーヒーを取り出した。
「・・・・・んー・・肩凝った・・」
 言いながらグルリと首を回して息を吐く。
 無事人間に戻った先週末。
 結局あの後明け方近くまで抱き合って墜落するように眠りに落ちた有栖は、その日の午後に空のバスケットを抱えて、一応医者に見せてから飼い主に返すと時絵に礼を言って下宿を後にしたのだった。
 勿論その案を出したのは火村だ。
 うやむやになっていた『歌』については2ラウンド目が終わった後にすでに火村からの追求を受けてバレている。 散々じらされて、啼かされて、ぐったりとした有栖の隣で火村は寝転んだままキャメルを取り出し「で、どういう歌なんだ?」と言ったのだ。全く記憶力のいい恋人とというのも考えものである。
 何一つ考えるのも億劫だった有栖は小夜子とのやり取りを話した。聞き終えた火村がなんと言ったか。
 曰く・・・・。
「とにかく、お前は二度と、金輪際、絶対に、猫の事を考えるんじゃない」
 で、ある。
 さすがに反論しようとした有栖は、しかし、その後からボソボソと聞こえてきたした声にそれを止めた。
「そんな風に思った時は遠慮なく会いに来てくれ」
 一体どんな顔でそんな事を言っているのか。
 思わず黙り込んでしまった有栖の目の前で火村は吸ったばかりのキャメルを灰皿に押しつけると有栖の身体を抱き寄せて「自業自得だ、アリス。寝るのは諦めろよ」と言ったのだった。
「・・・・・ったく・・」
 サラサラとカップの中に粉を入れ有栖はポットのお湯を注いだ。それから少しだけ考えて砂糖をいつもよりも少しだけ多めに入れる。
 急ぎの原稿はないが、それでも5日も猫になっていたので、押している予定はある。
 フウともう一度息をつき有栖はミルクも入れた。
 今日は水曜日、あれからもう4日も経ったのが信じられない。
 前回と同様身体に何か変化があるわけでなく、普通に暮らしている。何だか喉元過ぎれば・・と言われてしまいそうだがあれが夢だったような気さえしてしまう。
「・・・・・・・」
 脳裏に浮かぶ薄茶色の小さな子猫。もう一度なりたいとは思わないが、それでも有栖の中では大切な存在だ。変身(これについては納得はいかないのだが)しなければ気付けなかった事がまた一つ増えた。それがまた自分自身の気持ちというのが何とも笑ってしまうのだが。
「・・・まぁ、火村の気持ちもやけどな・・」
 淹れたコーヒーを一口口に含んで有栖は小さく笑った。今頃一体何をしているのだろう? 
「!」
 その途端鳴ったリビングの電話に、有栖は慌ててコーヒーを置くと3コールでそれを取った。
「はい、有栖川です」
『俺だ』
「!」
 何と言うタイミングの良さなのだろう。もしかしたらこの男の頭の中にこそ『魔法の鏡』があるのではないか。
『アリス?』
 一瞬黙り込んでしまった有栖は聞こえてきた火村の声にハッとして口を開いた。
「ああ、すまん。で、どないしたんや?」
『なんだよ、まさか今起きたばかりなんて言うなよ?』
「アホか。俺は原稿に勤しんでたんや。君こそ仕事はどうしたんや?まさかまた休講か?」
『ふざけるな。今日は水曜日だ』
「・・ああ、そうか。講義のない日やったな。それで?飲みにでも行こうって話か?」
 言いながら頭の中でどうにかできるか予定を考え始めた途端そんなんじゃないと言われてしまった。学生達の長い夏季休暇を前にして、どうやら助教授は多忙を極めているらしい。
「・・・じゃあ」
 何だと言うのだろう?
 途切れた有栖の言葉を聞こえたかのようにキャメルを咥えたらしい助教授は、先ほどより幾分くぐもった声で「用事があるから週末にそっちに行く」と言った。
「・・・別に構わんけど、何で?」
 今までこんな事はなかったのに、なぜいきなりこんな風に前もって電話をかけて寄越すのか。そう問いかけると火村はニヤリと笑う顔が浮かぶような声で『また淋しくて猫になられると困るからな』と返してきた。
「!!誰が淋しいんや!あほんだら!!」
『馬鹿、間に受けるな。どうせなら何か作ってやろうと思ってリクエストを聞こうと思ったんだ。もっともそんな配慮は余計なお世話だったらしいな』
「!!!うわー、嘘や!淋しいんやほんまに食生活が!」
「遅い」
「火村ぁ・・・」
 いつもと変わらぬやりとり。そして・・・。
「・・・じゃあ、来るのは夜なんやな?」
『ああ』
 いくつかの会話の後、そう確認を取った有栖はふと猫の間にもう一つ気になっていた事を思い出した。
「・・なぁ、用事って大阪府警?」
『・・?・・ああ』
「じゃあ、まだあの事件解決しとらんのか?」
 結局猫になった日に起きたあの事件の事は聞けず終いだった。再びこちらに来るほど難しい事件だったのだろうか。
 だがしかし、聞こえてきたのは有栖が思ってもみなかった言葉だった。
『・・あの事件って、どの事件の事だ?』
「・・え?ほら、あの、猫になった日に起きた・・」
『ああ、あれはもう解決している』
「・・へ?」
『言わなかったか?会社の近くに【書斎】を借りていた男が被害者で、浮気相手のヒモが犯人だった』
「・・・・・会社の近くに【書斎】?」
 あまりにも簡単過ぎる説明に?マークをいくつも浮かべたような声を出した有栖に火村は改めて事件のあらましを説明し、今度の用事はそれではないと言った。
「・・・・へぇー・・会社の近くに【書斎】をねぇ・・便利やけど凄い話やな。しかもそれで家賃もかかった上殺されたら目も当てられへんな」
 有栖の言葉に火村は苦笑を零した。それこそそんな言い方をされたら元も子もない話である。
 けれど・・・・・・。
『・・・ああ・・』
「?何や?」
『いや、その話をしていたら思い出したんだ』
「何を?」
『【書斎】だよ」
「書斎?」
「そう、どうやら大阪府警にはお前の所は【別宅】扱いされてるみたいだぜ?」
「・・・・・!何が別宅や!あほんだら!!」
 怒鳴る有栖に受話器の向こうで火村が笑う。
 窓の外は梅雨明けの青い空。
 受話器を置いて、まだ赤い顔のまま冷めてしまったコーヒーに氷を落とすと、有栖は週末に入った予定の為に書斎に向かった。
「・・・ったく・・」
 開いたドア。
「・・・・!」
 その瞬間、微かに聞こえたニャーという声にもう一度だけリビングを振りかえって。
「・・・・・土曜までに原稿進ませないとな」
 小さく笑ってそう言うと、有栖はパタンとドアを閉めた。
 

FIN


はいお疲れ様でした。
なんていいますか。猫・・・(笑)
それにしても昔の話ってやっぱり小恥ずかしいですね(^_^;)
今回は初めから猫が有栖だって火村が知っているところがポイントでした。
でも再会のシーンは実はちょっと気に入ってたりします。
楽しんでいただけていたら幸せです♪

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