お疲れでご苦労な日々 3 

「クリスマスイヴや言うのに仕事が残っとるなんて最悪やな・・」
 研究室のソファに座りながら火村仕様の温めのコーヒーを口にして有栖はそう言い放った。
 それに『誰のせいだ』と胸の中で毒づいて火村は何本目どころか何箱目だか判らないキャメルに火を点けて白い煙を吐き出した。
 大体ここまで仕事が押して押して押しまくっているのは大阪に4日も居たからだ。
 勿論それは火村自身がそう決めて、望んだ事だけれどそれでもやっぱり仕事がやってもやってもやっても終わりが見えないのはキツイし、目の前で限否の一端をになっている人間がのほほんとしながら悪態をついているという現実も腹が立つ。
 まさに生きている限り『お疲れ』で『ご苦労』だ。
「なぁ・・・それほんまに夜までに片が付くんか?」
「終わらせる。だから黙ってろ」
 そうでなければ昨日の祝日を丸一日仕事に潰した甲斐がない。
「・・・・・本屋に寄ってくれば良かったなぁ」
「・・・・・・・」
 けれど次の瞬間聞こえてきたその呟きに火村は思わずパソコンのキーを打つ手に力がこめた。
(覚えてろよ・・アリス・・)
 そう。これが終わったらクリスマスを祝う(不本意だが)為に有栖の推薦する店に食事をしにいくのだ。
 その後は火村の下宿で飲み明かすつもりでいるらしいが、勿論火村はそれで終わらす気はなかった。
 世間並みにクリスマスを祝うのだ。食事だけではなくきちんと最後まで世間並みにしなければならない。
 もっとも世間一般的に見ればクリスマスに男二人で食事もどうかと思うのだ。
 けれどすっかり機嫌の直った有栖がそうしたいというのならば仕方がないし。コース料理を出すような堅苦しい所ではないというのが救いだと思う。
 それに火村自身大して他人の目が気になる方ではないし、有栖も又自分の欲求の前には後はあまり目に入らなくなる、そんな性格だ。
 だからこれでいいのだろう。
「あ、これ借りてええか?」
「ああ?何でも好きに見てろ」
 顔を上げる事なくそう答えてカタカタとキーを打つ火村の耳にやがて有栖の「ええなぁ・・・」といううっとりとしたような声が聞こえてきた。
 この研究室に果たしてそんな風に思えるものがあっただろうか。何となく気になって顔を上げると丁度こちらを見ていた有栖と目があった。
 途端にパッと明るくなる表情。
「なぁ!これ。ここ。ええやろ?」
「ああ?」
 見ると有栖が手にしていたのはゼミの学生達が忘れていった雑誌だった。
 そこに太字で銘打たれていたのは『安らぎの温泉宿』と言う特集だった。
「正月はもう無理やけど、ああ、でも一応電話だけでもしてみるか?正月料金とかもの凄い高いんかなぁ?うーん・・でも一年一生懸命働いたんやから正月にちょっとくらい贅沢したかてバチは当たらんよな?なぁ、何日まで休めるん?正月がとれんかったらいつなら平気や?」
「・・・・・・・」
 全く・・・有栖はやっぱり有栖である。
 けれど、でも、やっぱり元気で笑っている方がいい。
「1泊だけにしろよ」
「・・木曽まで行くのにもったいないなぁ・・・」
「木曽!?」
「うん。ほら」
「却下。もっと近場にしろ」
「えー・・2泊。なっ?」
「取材費とか言ってお前が出せよ」
「ケチ・・・」
「ケチで結構」
 にべもなくそう言い捨てると有栖はブツブツと言いながら他のページを捲り始めた。
 そんなすっかり元通りの恋人を横目で眺めて溜め息をついて、火村は再びパソコンに向かった。
 そして・・・・・。
「・・・・・とりあえず、正月が空いているかどうかだけかけてみたらいいだろう?」
「!!そっか!そうだよな!とりあえずそうするわ!」
 流石に研究室の中で電話を掛けるのは気が引けたのか有栖はいそいそと携帯電話と件の雑誌を片手に部屋を出ていった。
 途端に静まりかえる室内。
「・・ったく・・。元気でも病気でも世話のかかる奴だな・・・」
 有栖が聞いたら怒鳴り出すような言葉を、けれど、何故かどこか嬉しげに呟いて、火村は目の前の仕事を片付けるべく三度パソコンに向かったのだった。

おしまい


終わりです。わざわざ3にするようなものでも・・・。どこで区切ろううか考えていたらこんなことになってしまったんです。普段ぽい2人と言うことで・・・・。