Week 8

「大丈夫か?」
「・・・これが大丈夫なように見えるんか・・・」
「あまり見えないな」
「・・・・全然や・・アホ・・」
 言う気も失せる、というよりも大声を出すと身体に響くのだと有栖はベッドに沈み込んだままボソボソと口を開いた。
 あの後・・・勿論あれでコトは終わらなかった。
 『寝る』と言う事は今更ながら『SEX』なのだと有栖は思い知らされた。
 もっとも有栖自身その意味で言った言葉だったのだが認識が甘すぎたというか、有栖の想像を大きくかけ離れていたと言うのが正しいかもしれない。
 『こんな事が恥ずかしいと思っているなら大間違いだ』と言ったように火村は見事にそれを有栖の身体で有言実行した。嫌だと言っても何と言っても、どんなに懇願しても火村はそれを止める事はしなかった。
 しかも・・・
(ううう・・・恥ずかしすぎる・・)
『痛い・・いた・・火村ぁ・』
『・・・力を抜けよ・・』
『そんなん・・出来・・あぁ・!』
『・・アリス・・』
『あ・ん・・ん・・いぁぁ!!』
 男同士のそれでそこを使うとは聞いた事があったけれど、よもやまさか自分がそこを使われてしまう事になるとは思ってもみなかったのだ。
 勿論自分が使う立場になりたいと言うわけでは決してなく、単純に火村が自分に対してそこまでの事をするとは思っていなかったのだ。
 泣いて、喚いて、終いに何が何だか判らなくなって気付けば自分を抱いている男にしがみついて、身体の中を駆け回る熱をどうにかしてほしいとさえ思っていた自分を有栖は覚えている。
『ひむ・・らぁ・』
 そうして思い出す、絶対に自分のものだとは信じたくない甘い声。
「・・ほんま・・信じられへん」
「何が?」
 思わず漏れ落ちた独り言に返ってきた問いにハッとして顔を上げると、驚くほど間近に火村の顔があって、有栖は瞬時に顔を赤く染めた。
「何が信じられないんだ?何ならもう一ラウンドやって信じさせてやろうか?」
「・・アホ。死んでまうわ」
 力無く口にすると火村の腕が緩く有栖の身体を抱き寄せてきた。
「痛むか?」
「・・・当たり前や」
「そのうち慣れるさ」
「・・・・・・当分御免被る」
 返ってきた答えに火村はつい笑い出してしまった。
「火村?なんでそこで笑うんや!?」
「・・・いや」
 それでもまだクスクスと笑いを漏らす火村に少しだけムッとしたような顔をして有栖は次の瞬間自分が言った事の意味にようやく気付いて更に顔を赤く染めた。
 そして・・・
「なぁ・・」
「ああ?」
「・・・・ほんまに又こういう事があるんやろうか?」
「・・・さぁな。やっぱり嫌か?」
「う・・ん・・て言うか判らん」
「アリス?」
 返ってきた答えに火村は少しだけ訝しげ顔をした。
 それに有栖は困ったように眉を寄せる。
「ほんまに・・よぉ判らんのや。寝てみてやっぱり相手が君やなかったら絶対にこんなん出来へんて思った。居たいし、苦しいし、は・・恥ずかしいし」
「・・・・・」
「・・・でもな。それだけやなかったのも・・口惜しい」
「それはどうも」
「誰も誉めとらん!って・・いててて」
「おいおい、気を付けろよ」
「・・・誰のせいや・・」
「でも痛くて苦しいだけじゃなかったんだろう?」
 ニヤニヤと笑って火村に有栖は思わず顔を顰めた。
 それを見て火村はゆっくりと身体を起こすとベッドの下に落ちていた服からキャメルを取り出した。
 そうして皺くしゃになったそれから以前逆さに入れ直した最後の一本を取り出して銜える。
「ベッドで煙草は厳禁」
「・・・向こうに行けって?」
「吸うならな」
「・・・つれないな」
「アホ」
 普段と変わらない様なやりとり。
 火村は取り出した煙草を火を点けないまま手の中で弄んでいた。それを眺めながら有栖は再びそっと口を開いた。
「なぁ・・」
「何だよ」
「・・・・俺、ほんまに何で君を誘ったんか判れへんのやけど、誘ったんが君で良かったとは思ってる。別に俺ホモとかちゃうねんで。けど俺に誘われて、抱いた君が嫌やと思なくて良かった・・ああ・・と何か違う。えっとほら言うてたやろ?嫌や無かったって。だから・・えっと・・何言うてんやろ、俺・・」
 ポロリと手から最後のキャメルが零れ落ちた。
 自分の言った言葉に自分で慌ててワタワタとする有栖に火村は軽く目を見開いて、次に緩くその身体を抱き寄せる。
「火村!?」
「・・今のは結構来たな」
「はぁ?」
「・・・やっぱり夜明けまでもう一ラウンドってぇのはどうだ?」
「冗談やないわ!ってててて!」
「冗談だ」
「冗談に聞こえへん」
「なら本気でもいいぜ?」
「俺を殺す気か!?」
 腕の中で小さく怒鳴る有栖に火村は笑った。
 笑って、ついでに掠めるような口づけを落とした。
「ならこれで我慢しておくか」
「・・・・・信じられへん」
「信じろよ」
「火村?」
「信じろよ、アリス」
 何をと言いかけて有栖はふと火村の答えを聞いていなかった事を思い出した。
 こうなる前に聞いた時は【そうしたかったから】などとごまかされてしまったが、それならば何故そうしたいなどと思ったのだろうか。 
「なぁ・・・」
「ああ?まだ何かあるのか?」
 さすがに3度目の「なぁ」に火村は少しだけ眉間に皺を寄せた。けれどそれにめげることなく有栖は言葉を続ける。
「聞くの忘れてた。君の答え。今度は“そうしたかったから”なんてごまかされへんで。それならなんでそうしたかったんや?」
「・・・・ここでそうくるか」
 瞬間、限りなく苦い笑いを浮かべて火村は有栖を見つめた。
「お前らしいよ」
「火村?」
 腕の中から向けられる不思議そうな眼差しに僅かな沈黙をおいて、火村はゆっくりと口を開く。
「好きだ」
「・・・・・え・・」
「聞こえなかったのか?好きだから、抱いた」
「・・・」
「ずっとお前が好きだった」
「・・・・・ずっと?」
「それじゃなきゃ誘われたって野郎なんて抱けるか」
「・・・・・」
「だからその俺に酔っぱらって「寝よう」なんて言った事がどれだけ凶悪な事だか判るだろう?」
 何かを言いたくて、けれど何も言えずに、有栖は赤い顔を更に赤く染めて俯いてしまった。
 落ちた沈黙。
「・・・ところでアリス。俺も訊いていいか?どうしてお前は俺が嫌だと思わなくて良かったと思ったんだ?」
「・・へ・・?」
「さっき言っただろう?それにどうして俺だと【こんな事】になるんだ?それもさっき言ってたよな?」
「・・・・・」
 有栖の胸の中に嫌な予感が広がってきた。
「・・・そんなん・・」
「俺はお前が好きだから“据え膳”させて貰った」
「据え膳・・」
「簡単・明瞭だ。けどお前は何で抱かれてまで俺を切らなかったんだ?」
「・・・・・それは・・」
 何を言いたいのか。
 というよりもこの男は何を言わせたいのか。
「俺は・・・」
「お前は?」
「その・・君は・・大事な・・友達やから」
「ほぉ・・お前は友人と寝る趣味があると」
「火村!」
「考えてみろよ。また一週間」
 ニヤリと笑う目の前の男に有栖は今度こそ頭を抱えたくなってしまった。
多分これは確信犯だ。
 有栖にもそれくらいは判る。
 でも、だけど・・・・。
「簡単だろう?」
「知るか!ボケ!!」
 真っ赤な顔で有栖が怒鳴る。
 その隣で吹き出すようにして笑いながら、火村は新しいキャメルを開けた時、とりあえずは又まじないをしてみようか等と思った。
 そうして次の瞬間、もう半分以上掌中に収めた恋人を火村はひどく優しく抱き寄せたのだった。

***********************

 有栖が酔った日の事を“未遂”だったのだと気付いたのはそれからだいぶ経ってからの事になる。
もっとも“誘った”件に関しては、真相は火村の胸の中に今もってあり、それはすでに迷宮入りが確定となっている。

とりあえずハッピーエンド


はい。お疲れさまでした。もう・・・いつかどこかで見たシチュエーション・・・(T.T)
本当に同じ様な話ばっかり書いている気がするけど、どうして飽きないのか謎だ。
ともあれ、読んでくださって有り難うございました。