残暑お見舞い申し上げます

何の変哲もない一枚の葉書。それを矯めつ眇めつ、終いに日の光にかざして見たりして、僕、英都大学法学部2回生の有栖川有栖は腰掛けていたベッドにコロリと寝転んだ。
差出人の名前は『江神二郎』。
 文面は『残暑お見舞い申し上げます』の一行のみだ。
「・・火で焙っても何も出てきぃへんのやろうなぁ」
思った事をそのまま声に出して僕はゴロゴロとベッドの上を転がる。
あの島から帰ってきて二週間。
 テレビはもう新たなニュースで賑わって(この言い方もおかしいが)その事が遥か遠い出来事のような気にさえさせた。
そんな時に届いた葉書。
−−−−−残暑お見舞い申し上げます。
これを一体、どう考えたらいいのだろう。
「・・・・・・・」
そこまで考えて僕はゆっくりと起き上がった。
 本当は、きっと、こんな風に考える程他意はないのだ。
“ザンショオミマイモウシアゲマス ”
 どこだってある、いくらでも目にする文面だ。
でも、だけど・・・。
 これに意味をつけたいのは僕の方なのだ。
夏の終わりに届いた葉書。
 この葉書一枚で僕は無性に彼に会いたくなってしまったのだ。だから、必死でこの意図を探している。この気持ちに合う“意味”を見つけようとしているのだ。
けれど・・・・。
「・・意味がないなら勝手に意味をつけたらええんや」
ひどく勝手な解釈は、けれど僕の心を軽くした。
 そう。社交辞令だろうが何だろうが、意味が判らないのなら、きっとこれだと思い込んでしまった方が勝ちの時もある。深読みはミステリーマニアの専売特許なのだ。(いつからだ!?)だから、そうしてもいいに決まっている。
「伊達にミス研に居らんのですよ、江神さん」
呟くようにそう言って、笑いながら立ち上がり、そうして僕は、その葉書をディバックの中にしまいこんだ。

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トントンと見慣れたドアを叩くと「はい」と返ってくる返事。その途端胸の中に湧き上がる、悪戯をする子供のような気持ちに僕は小さく笑いを零した。
大阪から京都までは1時間もあればついてしまう。家からここまで、乗換や歩く距離を入れても2時間はかからない。
トクントクンと早まる鼓動。
 −−−−ほら・・立ち上がって、歩いてくる。今ノブに手を掛けて、開く。
「はい?・・アリス!?」
してやったり。
 驚いた顔にニッコリと笑って見せると江神さんはいつもの微笑みを浮かべた。
「どないしたんや?急に」
「これ」
尋かれるなり僕は素早く葉書を取り出して見せる。
 どう答えていいのか少しだけ空いた間。
 それにもう一度笑って、口を開いて。
「来いっていうメッセージでしょう?」
「−−−−−!」
2度目の驚いたような顔に満足をして僕は「失礼します」と玄関に入った。
「アリス?」
後ろから聞こえてくる声。
「嘘ですよ。ほんまは葉書を買うてる暇がないから来ちゃったんです」
それはひどくトンチンカンな日本語だったが、江神さんにはうけたらしい。
ニヤリと笑いながら江神さんが口を開く。
「葉書は買えなくてもビールは買えたんか?」
「当然です!」
重なった視線に、お互い同時に吹き出して、パタンとドアを閉めて。
「残暑お見舞い申し上げます。これからもよろしくお願いします」
ペコリと下げた頭。
 ついでクシャクシャと髪を掻き回してくる長い指。
「こっちこそよろしく、アリス」
どうやらこの推理(になるのか?)は間違ってはいなかったらしい。
言いながら近づいてきた大好きな顔に、少しだけ顔を赤く染めて、そうして僕はそっとそっと瞳を閉じた。


2回生の夏。嘉敷島から帰ってきてのワンシーンとして書きました。