衝立 2001/03/19

大抵のものについて何か考えが浮かんで来るものだが、衝立についてはまず衝立ってなんだろうかという疑問くらいしか浮かばない。正確には「一月衝立お正月」とか「衝立に手をついたって」とかは浮かぶが、意味ない。意味が分からなくてもだじゃれは言えるということは分かったが、意味ない。

確かに言葉としては聞かないことはない。そういう意味では、衝立を知らないとは言わせない、と言われそうである。実際タイトルが既に決っているのに、それについて知らないなんてことは言いたくないので、衝立とは何か知らない、などと書きたくはない。しかし、少なくとも衝立を何か説明出来るほどには知らないので、衝立を知らないとは言わせない、とは言わせない、とか書いてはみたものの、内容が空虚である。

これで終わりではあまりに内容がないので、最後の手段、仕方なく検索してみた。衝立とは仕切り用途の家具のようである。有名な屏風というものがあり、これはイメージ湧くと思うが、屏風は中国のものであり、それに対して日本には衝立というものがある、というようないい加減な理解をしているのだが、間違っているかもしれない。たぶん間違っている。坊主が屏風に上手に坊主の絵を描いたので屏風は有名なんだろうが、あの折り畳み感は家屋の小さい日本にこそありそうな感じがするのにもかかわらず、日本はのっぺりした板がそのままの感じの衝立で、屏風は中国なんだそうである。間違っているかもしれないが。そう思っている。

というかこれが衝立。文章なんか書くよりこうした方がすぐわかる。


衝立写真http://www.nisijin-asagi.co.jp/tuitate.htm

しかし、別のところで検索してみると、これも衝立らしい。折角イメージが湧いて来たところなのに、これも衝立となると、まとまりかけた考えがまたまとまらなくなって来る。


衝立写真http://www.konno.co.jp/kou/moku/tuitate.htm

別に衝立の研究をしようということでもなし、このへんなものはまあスタンダードじゃないもの、俳句の山頭火みたいなもの。小説の星新一みたいなもの、ロックの辻仁成みたいなもの、と考えればいいだろう。まあ余談だがこういうところで尊敬しているものと軽蔑しているものを同列に出すから面白い、いや、一層訳分からなくなると思います。だって頭の中が整理されてないんだもん。すみません。で、本当にそういう例外的なものと考えればいいのかどうか知らないが、心の中ではこういうのもあって実はこのヘンが面白いんじゃないかなあ、という気もしている。でも、ここで横道にそれるほどアタクシ衝立に造詣が深い訳じゃないし、そういうところは衝立界の重鎮とか衝立王とかに任せておけばいいんじゃない。それが適材適所ということにもつながって来るし、などと考えた挙げ句の選択であると、くどくどと言い訳するのも男らしくないよね。でも男らしい、女らしいとか性差別すんなという説もあるし、ここはそういうところで手を打ちたいよね。それにしても男らしく女らしくにこだわらず人間らしくありたいものです、というのはヘン。つまり、人間らしくを強調する人には、なんで動物と人間を差別するんだ、と私は思う。でも話が横道にそれまくってるのでそんなことここに書くことじゃないよね。

スタンダードな衝立についたて、いや、ついてであるが、このたたずまい、明らかに後ろにだれか隠れているに違いない。そもそもは部屋の中でなんか昔のことだからデスクワークとかする訳でもなかろうが、子供とかが横にいたら気が散るので、部屋の仕切り的な機能を果たしていたのかもしれない。でも、今見たらどう考えても後ろに人が隠れていることが明白である。

そして人が隠れる必要がある場所と言えばトイレか寝室である。

強引すぎるか。ゴーインマイウェイ。

まあトイレにあんなもの置く場所はないので、あれは寝室用である。ていうか、昔は客間とか居間とか寝室とかそんな機能別に部屋がある訳じゃないので、広間みたいなところに衝立を置いて、その向こうには布団を敷くとかそういう感じで生活していたんじゃなかろうか。すごい自信ないが。

そして衝立の後ろには人が隠れられる。屏風の後ろなら三人くらい隠れられそうだが、衝立の後ろにはちょうど過不足なく一人が隠れられる。そんで夫婦とかが衝立の向こうで何かしているときに、まあ何かってセックスですけど、衝立のこっちでは息を潜めて様子を窺っている人がいる。「何か物音がしない?」「にゃー」定番の猫の鳴き真似である。「あれは犬かな」「ワン」「いや、ねずみだね」「チュー」「いやいや、あれは鯨じゃないか」そういうお笑いがあるが、別にこれはお笑い百科ではない。百科というような網羅性はなく、もっと即興性のある、インプロビゼーショナルエッセイである。単に適当なだけとも言うが。

それにしてもなんで夫婦は「向こう」で隠れているのは「こっち」なんだ?習性とは恐ろしい。違う。単に先に出てきたから夫婦を向こうって書いただけ。誤解だあ。誰も何も言ってねえですか?そうですか。ならいいけど。

まあそんなこんなで衝立も含めて日本家屋って隙がある。隙間があると言ってもいいが、こう大雑把な感じがしないでもない。かっちりしたシステマティックな作りになってない。そういうおおらかさは大陸的なものである。違う。島国が大陸的でどうする。大陸的とは違うが、あんまり細かいことを気にしない面もそもそもあるのではないか。細かいことを気にする場面も多いが、家屋の構造とかプライバシーというようなことに関しては結構大雑把、そのへんが現代的な家族とか家庭とかとは相容れないのかもしれないが、私はそういう大雑把な感じはそうイヤではないような気がする。少なくとも今はしている。つまり、そういう意味で日本文化はそもそも出歯亀を許容する文化なのではないか。いや、これは話を面白くするためだけで決して私にそういう趣味があるとかではない。誓ってホント。違いますって。でも、まあ見られる方ならいいかもしれないが。


お題を頼むとコラムを書いてもらえるとのこと、
「衝立(ついたて)」で何か読ませてください。

お願いします。(浅野浅蔵)


mail home top maruri Last modified: Tue Apr 10 18:59:40 JST 2001