何 も い ら な い
俺たちは馬鹿だ。
「確かにこのへんなんですよねー」
「このへんねえ」
「確か桜の木の根元だったんですよねー」
「うんうん」
もう俺も天蓬も諦めている。
何年も前にふたりして座り込んで何時間も話しこんだ、あの場所を探すことなど。
確かに桜の木の下だった。そしてこの丘には軽く見積もって何百本も桜の木があるわけだ。というか桜の木しかないわけだ。っつーか見渡す限り桜なわけだ。
俺は小さく欠伸をした。
「どれかなー。あれかなー。それかなー」
「捲簾、あなた覚えてないんですか、特徴を」
かくいう天蓬は便所下駄が柔らかい土を跳ね上げないよう足下ばかり見ている。
「特徴って?木の?」
「ええ」
「すっごくよく覚えてんぜ?その木によく似てたな」
「そうですか?」
「あっちの木にも似てたな」
天蓬はようやく顔を上げた。と思ったら視線は遥か上空まで跳ね上がった。
「…いい天気ですねぇ」
「そうだなあ」
馬鹿か。
俺が手近の桜に凭れて懐を探ると、天蓬も俺の隣で煙草に火をつけた。
1ヶ月に一度の完全公休日。軍の連中のほとんどは帰省したり行楽にでたりで軍部を離れ、俺も久しぶりに殺生でもしようかと前夜に釣り道具を引っ張り出して磨いていたのだ。
なのに、ああなのに何だってこの貴重な休暇に、毎日毎日一日10時間は否が応でも顔を合わせるこいつと、近所の丘にテクテク登ったりしているわけですか。
「そういや、あの時は喧嘩しにきたんですよね…」
そうだった。
俺は初対面からこいつの度を超えたマイペースっぷりにむかついていたし、こいつはこいつで俺の脊髄反射な言動にストレスを溜めていた。
「ちょっと闘いましょうか」
「おう、望むところよ」
売る方も売る方だが買う方も買う方だ。
今から思うと若かった。殴り合う気満々で、俺らはやけに全身に力を込めてこの丘を登ってきた。男同士の真の友情は夕陽の土手で殴り合った後に芽生えるものと信じていたのかなんなのか、話し合おうとか、酒でも酌み交わそうとか、そういうまともで穏やかな発想は俺にはもちろん天蓬にもなかった。
結果、殴り合いはしなかった。
いっそ殴り合ってれば良かった。
「…おまえ、どっか行くの」
俺が何の気なしに吐いた台詞に、天蓬は過剰に反応した。
「どういう意味です?」
「いや…急に、あの場所はどこでしたっけとか言うからさ。思い出巡りのつもりかと思って」
「怒りますよ」
魅力的な返答だ。
「貴方と貴方との思い出を慈しむようなこと死んでもするもんですか」
「ろくな思い出ねえしな」
「終わらないからです」
風に煽られて、天蓬の指先から火花が散る。
こいつはいつも肝心なとこで主語をとばす。
「時計を探すって言ったじゃないですか。確かにあの時ここで落としたんですよ。あそこで時間見て夕食に遅れるってんで戻ったじゃないですか。…僕は貴方と万年桜見にピクニックするような非生産的なことに時間費やしたりしませんよ。ちゃんと時計を探すという目的があってですね」
…わっかりやすい奴。
俺はここに来る途中ポケットの中で握り続けて、いい加減汗ばんだ懐中時計を引っ張り出した。
天蓬はしばらくポカンと俺の手のひらを眺めていた。何か言いかけて唇を開き、また結ぶ。あまりにその間が長いので、金具が甘くなっている蓋をパチンと跳ね上げて桜の下に翳してやった。
「…なんで貴方が持ってるんです」
「さあなぁ」
日が傾いた。貴重な一日が終わっていく。
だって普通思わねえじゃん。こいつが「時計をなくした」と言い出すのを何年も待たされるなんて。こいつはモノがなくなったのも気が付かない間抜けか、気が付いてもなくしたものを探しもしない執着心のない奴か、どっちにしろ惚れるに向かない相手だと思うじゃん。そのまま返すタイミングを外すことなんか、よくあんじゃん。
今日、天蓬が俺が釣りに出かけるまさにその瞬間を狙ってやってきて、いきなり何年も前になくした時計探しに付き合えと言い出すまで忘れていた。
「…おい。いらねえのか?」
「持っててください」
俺らは、また並んで丘を下った。天蓬はいつも俺より一歩後ろを歩く。おかげでちゃんと着いてきているかどうかが気になって何度も振り返り、そのたびに目が合い、慌ててそらす。
まったくもって、俺らは馬鹿だ。
ひとこと言えば済むものを。
「…また付き合ってもらっていいですかね」
天蓬の発言にしてはかなり素直な方だ。
「ああ、思い出巡り?」
「…時計探し。天気のいい休日にでも」
「にでも、って何だよ」
「…休日に、是非」
ひとこと言えば済むものを。
一歩手前がたまらなかったり、する。
fin
幻兎様のリク。天捲で馬鹿。どうかな!馬鹿ですか!?
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