ペーパーラジオショウ




悟浄が呑みに誘ってきた時点で分かってはいた。
どうせ「慰めて」だ。

「でな、俺が会社に泊まりで仕上げた渾身の作をだな、あいつ一瞥するなり、いいんじゃないですか〜じゃあ次は本番。だぜ、どう思う!?」
「…そりゃ酷いな」
「だろ?気に入らねえなら素直にそう言やぁいいじゃん?しかも会社の連中ずらっといる前で吊し上げよ?なあ、あんた女に突っこんでさんざ奉仕した挙げ句、じゃあ次は本気出してねって言われたことある!?」
「遮って悪いが」
 捲簾は冷酒を干したグラスの底を、カウンターにコンとぶつけた。
「念のため聞くけど、あいつって誰だ」
「八戒。誰だと思ってたんだよ」
「スンマセン、これもう一本」
 捲簾が徳利を店員に振った。
「…俺、何か変なこと言った?」
「いや、いい。誰の話だって断らない時は全部八戒の話なんだな。よく分かった。さ、続きをどうぞ」
「…もう終わった」
 悟浄が出版社勤めのデザイナーで、八戒が上司。
 それ以上の知識は捲簾にはない。
 ふたりが会ったのはほんの1ヶ月前で、いわゆる合コン。タレント事務所主催で、集まったのはラジオテレビ新聞雑誌関係者。つまり「合コン」と言いながらもお持ち帰り厳禁の新人お披露目パーティーみたいなもんで、一応テレビ局勤めではあるが現場とは何の関係もない営業部所属の捲簾は、早々に幹事の顔だけ立てて退散するところだった。
「あ、帰んの?俺も帰る」
「…おう」
 あんまり気安かったので思わず返事してしまった。こんな派手な知り合いはいない。
「…えーと…どっかで会った?」
「今ここで」
 悟浄は旧知の友でもそこまでしないという馴れ馴れしさで肩に手を回し、チラチラ目で追ってくる女の子たちの視線をさっくり流して捲簾を外まで引っ張り出した。
「悪い、ひとりじゃ出にくくて 。あんたどこの誰だっけ?男の自己紹介、耳筒抜けだったわ。スーツだから出版じゃねえよな。まあどうでもいいけどありがと〜」
 表に出た途端ぱっと離れた悟浄はひとりでペラペラ喋りまくり、かかってきた携帯にうんとかああとか返事すると「それじゃあさようなら」とあっと言う間に角を曲がって見えなくなった。それっきりスコンと忘れていたのだが、1週間後にたまたま、局の近くの居酒屋で会った。
「ひっさしぶり〜!誰だっけ?」
 人なつっこいにも程がある。
 そこでようやく名刺を交換した。それ以来だ。悟浄は自分が暇になった途端こっちの都合もお構いなしで電話してくる。例えとっくに家に帰ってくつろいでる最中でも容赦なく街中まで呼び出す。それは問題ではない。問題なのは断れない事だ。悟浄が心底残念そうに「んじゃいい。我慢する」とかいうのを聞くと罠と分かっていながらついついつい。
「…おまえねえ。上司の愚痴は社内の人間には言いにくいのかしんねえけど、俺は真っ当に9時5時で働いてる極普通のサラリーマンなの。呼び出すか普通。ほ〜ら何時だ?1時だね1時」
「…寝てた?」
「起きてたけど」
「じゃあいいじゃん」
 悟浄が捲簾の頼んだ角煮をほとんどひとりで食い尽くしてしまったので、捲簾はまた店員を捕まえる羽目になった。
「俺に女がいるとか、そういうことは考えねえの?」
「いんの?」
「いねぇけど」
「じゃあいいじゃん」
 いいけどよ。
 頬杖をついて「本日のオススメ」メニューを性懲りもなく眺めている悟浄は、天然を装った確信犯だ。というより本能だ。「自分を好きになる人間のタイプ」をきっちり見極めて甘えてくる厄介な男。
「悟浄、悪ぃけど、俺明日早いからこのへんで」
「えー」
「えーじゃねえ。おまえも出ろ」
 勘定を済ませて店を出ると、ガラガラと引き戸を閉めると同時に背中にもたれかかってきた。
「…明日土曜日じゃん。逃げんならもっとマシな言い訳しろよ」
「仕事じゃねえよ。本命とデート」
 悟浄はいきなり黙った。…その反応は卑怯だろ。
「…はいはい。もう一軒行く?」
「泊まろ」
 言いやがった。
 熱っぽい背中をそのままにして、捲簾は道端で煙草に火をつけた。歩き煙草禁止条例のおかげで、吸い終わるまではここから動けない。煙草のせいだ煙草の。
「…そんな都合のいい男いねぇよ、悟浄」
「何が」
「荒れた時にはいつでも来てくれて、甘えさせてくれて、ヤりたい時にヤれて、後くされ一切無し。そんな都合のいい男いねぇよ」
「あんた以外?」
「そう俺以外…」
  捻り殺してやろうかこのガキ。


 だいたい電話の声からして、カラ元気なのがひしひしと分かった。悟浄は、落ち込んだり必死だったりするのを人に知られるのが恥だと思ってる。俺もそうだからよっく分かる。分かるだけに腹が立つ。
「何、結局ダメなの?」
「ダメダメ。泊めてやるってだけでも大譲歩。朝になったら蹴り出すから」
「…はい」
 それ以上しつこく迫ってこないところが、捲簾に不当な苛めでもしたような罪悪感を抱かせる。
 タクシー代がないというのが悟浄の言い訳だったが、まあ本当にないんだろう。そんな使い古された巧くない嘘までついて人の家に押し掛ける奴だとは思えない。よく知らないが多分。
 捲簾は窓に映った悟浄の横顔を眺めた。
 …いくつだろ、こいつ。
 悟浄が自分から喋る以上の事は、未だに何一つ知らない。年も収入も出身地も学歴も家族構成も血液型も彼女の有無も八戒が誰かも知らない。知ってるのは酒が好きなことと、今、この瞬間自分と寝たがってることだけ。こっちから聞かないのは、悟浄が自分にそこまで求めてないのが分かるからだ。俺にしたって天蓬の話なんかしたくない。
「もーすぐ着くけど、約束守れよ。部屋に入っても妙な真似すんじゃねえぞ、無駄だから」
「はいはい分かりました」
「朝になったらすぐ出てけよ」
「しつけーってば」
 ここでひょいひょいヤッちまったら、今度は会うたびにヤる羽目になる。それはもう火を見るより明らかで、別に一向に構わないのだが、しばらくこのまま楽しみたかった。悟浄を自分にまとわりつかせておくのは気分がいい。
 捲簾の家は江東区の開発区域に立った超高層マンションだ。裏はすぐ東京湾。
「うわ…凄ぇロケーション」
「家賃安いぜ。埋め立て地だしマンション以外何もねーし洗濯物干せねーし。ここの38階」
「…38階?」
 そんなとこに人が住んでいいのかよ空気あんのかよ、とブツブツ言いながら、悟浄は物珍しそうに、唯一の売りである海側に大きな窓のついたエレベーターに乗り込んだ。 
「捲簾」
「はいよ」
「どれくらいかかる?38階まで」
「何で?夜間は高速のほうは止まってるからチンタラ上がるぜ」
  油断した。 部屋に入る前も何もするなと言うのを忘れた。
 捲簾がボタンを押して無造作に振り返った途端、腕が首の後ろに回った。箱が浮き上がった時にはもう舌が絡まって声も出せなくなっていた。漏れる息も声も全部貪るようなむちゃくちゃに苦しいキス。指が髪から耳、頬・顎・首と間断なく這い回って、反射的に肩を掴んで引き剥がそうとしたら背中が壁に突き当たってグラリと箱が揺れた。咎めるように膝を割って悟浄の胸から腰までが痛いほど押しつけられる。
「…った、分かったから、ちょっと落ち着け」
「んな時間ねえよ」
 膝でいきなり突き上げられて、思わず漏らした声がまた吸われた。悟浄にも自分と同じように、キスの時目を閉じる習慣はないらしい。忙しなく上下する胸が布地で擦れ有って発火しそうなほど熱くなる。
「…あっつ」
「…すげぇ感想」 
 熱すぎる、こいつの体。
「捲簾」
「……」
「…なぁ、その気になんね?」
 悟浄の柔らかい舌と甘ったるい声に好きに耳朶を嬲らせながら、横目で電光板を見た。9階通過。
 …しょうがねえな。どいつもこいつも俺も。
「…俺以外、通用しねえぞ」
「……ははっ」
 後頭部を捕まえて鎖骨の辺りに押しつけると、悟浄の喉が鳴った。お互いのジッパーを引き下ろすと、捲簾は中途半端に立ち上がった欲望をまとめて握りしめた。
「うっ…わ!」
「…感度良すぎ」
 どっちが濡れてるんだか知らないが、とにかく、もうズルズル滑る。何か全然他の奴と違う。何、が。
「…途中階で止まったら俺引っ越しだから」
「そっち、貸して」
 悟浄が服の隙間に指をねじ込んで「そっち」を掴んだ。下から扱きあげるその巧みさに腰が揺れる。普段最中に声なんか出さないが、この箱の中で息だけあがっていくのが勿体ないような気がして妙なことを口走った。
「…ちょっと好きって言ってみていいか?」
「…好きじゃねぇみたいじゃん」
 悟浄の語尾は荒すぎる息に紛れて消し飛んだ。どれがどっちの指でどっちの滴でどっちの声か分からない。掠れた声も顔も隠しもしないで爪痕がつくほど首にしがみついてくる悟浄の素直さにいきなり妙な愛しさがこみ上げて、力いっぱい抱き締めた。これは。
「…好きだよ」
「うん、俺、も」
 23階。
 さすがにイけねえか?
「外見ろよ」
 急な指令に面食らった悟浄の体をひっくり返して、額を窓に押しつけた。慌てて悟浄がガラスについた掌を右手で上から、左手では腹につくほど反り返ったベトベトのを握って、ゆっくり。
 悟浄の息が、はっきり分かるくらい急激に上がった。
「なっ…ぁ、俺だけ…」
「いーからイけ、この際」
 何がこの際だ。
 このエレベーター、ぐんぐん下に押しやられていく埠頭の灯りで体が宙に浮く。止まる瞬間のズンッていう震動が下腹にくる。乗るたびに思うんだけど、んなこと人に言えなくて。
 ああ、そうか。こいつ相手だと全然恥ずかしくねえな。指でちょっと弄られただけであっと言う間に昂ぶって、こっちが扱いてやってんのにガラスに映ったその顔だけで無茶苦茶興奮するけど恥ずかしくない。
 楽で、楽で、気持ちよくて、生ぬるい。
 天蓬だったら鼻で笑ったな。
「ふっ…」
 不意に悟浄が仰け反った。
 38階。
「も…あ!」
 思わず。本当に思わず、悟浄がTシャツの上に引っかけてたシャツの裾で受けてしまった。
「あああ!何しやがる!」
 悟浄の悲痛な叫びをよそに、開き書けた扉を慌てて閉める。
 悟浄はガラスに両手をついたまま、自分の下の光景を眺めていた。
「……捲簾…」
「いや…ほら、床はあれだし、脱げば俺んちで洗濯…」
 ポケットにテレクラのティッシュが入ってることを急に思い出したが遅すぎた。
「…じゃあ洗濯しといて。今度会ったときに返して」
 扉がまた開いた。非常灯の赤が零れる廊下。
「泊まってくんだろ?電車ねえよ?」
「絶対続きしたくなるからいい。迎えに来てもらう。サンキュ」
 誰に。
 言う前に汚れたシャツと一緒に外に突き飛ばされた。
「おいこら!」
「天蓬によろしく。それ色落ちするから」
 目の前でバンとしまった快感エレベーターが瞬く間に急降下していく。

 もう、天蓬いねえよ。
 
 荒れた時にはいつでも来てくれて、甘えさせてくれて、ヤりたい時にヤれて、後くされ一切無し。
 そんな都合のいい男いねえよ悟浄。
 もう間違っても本気で他の奴に惚れたりしねえ安全な男、俺以外。


fin

柚月様リク↓
1.八×浄 鬼畜痛い系
2.天×捲 海の向こうで〜テイスト
3.捲×浄 なんでも
全部書きたかったです。
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