正義の味方





「おまえら、いい加減にしろ」

 こんな三蔵のセリフは慣れている。というより言わない日の方が珍しい。
 だがその日は様子が違った。まず悟空とジープを部屋から追いだし、3人分の茶を入れさせ、目の前にきちんと悟浄と八戒を並ばせて、自分は吸うが悟浄に煙草を禁じての、天下無敵の説教状態だ。
「声が一段と低いですね」
「どうやらパパは本気で怒っているらしいな」
「貴方が何かしたんじゃないですか?パパのお財布から万札抜いたとか」
「じゃあ何でおまえがここにいるよ」
「そりゃ僕はのっぴきならなくなった時のための仲裁役ですよ。まあまあお父さん、悟浄も反省してるみたいだし、僕からちゃんと叱っときますから」
 ダンッッッッッッッッ!!!!!
 轟音を立てて机が揺れた。
「………真面目に聞け、クリスマスカラーの異教徒ども」
「………はい」
 三蔵は苛々とふたりを交互に見比べた。
「単刀直入に聞く。おまえら、どういう関係だ」
 奇妙な沈黙が流れた。
 順番からいって次に言葉を発するのは悟浄か八戒のどちらかでなければならないのだが、ふたりとも凍り付いたまま微動だにしない。痺れを切らした三蔵の無言の指名を受けて、八戒は「あー…」と意味不明な声を発した。
「…友達のつもりですけど」
「あ、そうだったの?」
 悟浄が見事に抑揚のない合いの手を入れる。
「…悟浄、話をややこしくしないでくださいよ。友達は友達でしょうが」
「あーそーね。そうだって三蔵様」
 これで自分が出ていった後に一悶着起こるだろうが、知ったことか。
「毎晩毎晩イイ声が筒抜けだからそれなりの関係なのは知ってる。俺が聞いてるのはその先だ」
 マルボロの煙を受けて、再びふたりは顔を見合わせた。
「…それ以上先はねえだろ」
「まさか受攻をお聞きになってるんじゃ」
「おいおい。声が聞こえるっつってんだから」
「でもあの時の自分の声なんか動物状態でどーなってんだか分かりませんしね」
 ひとこと言うたびにタッグ組んでピーチクパーチクやられたら話が前に進まない。そもそもふたり揃えて問い質そうというそもそもの意図が間違いだった。言いたくないが言わなければ永遠に夫婦漫才の餌食だ。
 三蔵は深呼吸してふたりを睨みつけた。
「うちにはてめえらと違って汚れを知らない未成年が一匹いるんだ。教育上きちんと恋愛してんのか体だけなのかはっきりしろ」

 部屋に追い払われた悟空は、退屈が高じて意味なくジープにジャンケンを教え込もうとしていた。
「いいか?上を向いたらおまえのチョキで、左を向いたらおまえのグーなっ」
 自分が除け者にされたという不満は悟空には特にない。ダブル、トリプルでは無理でも、3人のうち誰でも単体で捕まえて聞けば、必ず悟空の質問にそれ相応の答え方をしてくれることは経験によって証明済みだ。
「いくぜえ?じゃーんけーん…」
 バン!
 扉を開けようとしたのか扉を叩きつけて壁を壊そうとしたのか不明だが、とにかく三蔵が戻ってきただけで良しとする。
「おっかえりぃ。話終わった?」
「あいつらじゃ参考にならん!!」
「参考?」
「話にならん」
 三蔵の扱いには慣れている。あのふたりと話して怒って帰ってきたということは、要するに「あてられた」のだ。悟浄と八戒が物陰で素早く交わすキスや、同室になった時に聞こえるベッドの軋みを苦々しく思っているらしい三蔵と違って、悟空はふたりを眺めているのが好きだった。素直で綺麗な顔をするのだ、八戒はともかく悟浄まで。
「さんぞー。今晩そっちで寝ていいよな?」
 こう言うと、大抵三蔵は「邪魔だ」とか「狭い」とか愚痴りながらもちょっと嬉しそうにするのだが、今日は形容しがたい複雑怪奇な表情を見せた。
「…悟空、ちょっと座れ。おまえにも言っときたい事がある」
 三蔵が机の向かいの椅子を指したことは重々承知の上で、悟空は三蔵のベッドにちょこんと腰かけた。
「そこじゃねえ!!」
「ちゃんと聞くからいーじゃん。何?」
 屈託のない悟空の笑顔に何度かためらった挙げ句、重そうに口を開く。
「おまえは、あいつらが毎晩何してるか知らないだろうが…」
「セックス」
「そう、セッ…」
 三蔵は思いっきり咳き込んだ。
「もしかして俺が何も知らないと思ってる?親切に性教育してくれる保父さんと経験豊富なエロ河童と一緒にいて知らない方がおかしいじゃん」
「やっぱりあいつらかっっっっっっ!!」
 思わず銃に弾込めした三蔵を嘲笑う絶妙のタイミングで、明らかにいつもより派手な「音」が隣から聞こえてきた。一悶着のしわ寄せをこういう形で自らかぶる事になろうとは。怒り心頭で髪が逆立たんばかりの三蔵の袖を、悟空はそっと引っ張った。
「あのさ、三蔵。もし俺に気ぃ使ってんなら、別にああいうの嫌じゃないよ。仲悪いよりずっといいじゃんか」
「………まいった」
 三蔵の口調が微かに和らいだのを見計らって袖を捕まえた手に力を込めると、ようやく素直にベッドに腰掛けてくれた。首に手を回して正面からぎゅうっと抱きつく。しばらくためらった後、三蔵は悟空の背中に腕を回しポンポンと叩いた。
「この馬鹿猿はいつからそんな大人になったんだ?おまえは俺が育てようと思ってたのに」
 時々妙に可愛いと思うのは変だろうか。この鬼畜な飼い主を。 
「あーのー不良どもを手本にして欲しくなかったんだがな保護者としては。あいつらはマジだかシャレだか分からん。ノラクラノラクラかわしやがって重いぞ猿!」
「三蔵が本気でないとあーゆー事しちゃいけないと思ってんなら、三蔵はそうすればいいじゃん」
「俺の事はほっとけ。おまえだ問題は」
「ん。そーする。本気になったらする」
「あーそーしろ。どけ。寝る」
「おう!お休みぃ!」
 悟空は何の悪びれもなくさっさと人の布団に潜り込んだ。
「…おい勘弁しろ」
 悟空の柔らかい髪に指を突っ込んでぐしゃぐしゃ掻き回しながら、三蔵は深々と溜息をついた。
 頼むから今日は自分とこで寝てくれ。ガキだと思ってたから今まで我慢できたのに。

「してませんね。もう寝ちゃったんじゃないですか?」
 大真面目に壁にコップを押し当てていた八戒が嘆いた。
「…マジかよ。300回もサービスしてやったのに疲れ損?三蔵様ったら奥手」
「サービスって貴方、ベッドで腹筋してただけじゃないですか」
「おまえがやれっつったんだろーがよ!!」
 息を切らしてベッドから滑り降りた悟浄は、ぜえぜえ言いながら煙草に火を灯した。
「あそこまで純粋に真剣に保護者してるとは思わなかった!俺は三蔵を見直した!そーいう意味じゃ悟空のがよっぽどケガれてるわ」
「そーですねえ。悟浄、貴方もうちょっと悟空に露骨な誘い方を伝授して差し上げませんと」
 三蔵いわく不良どもは顔を見合わせて何となく笑いあった。
「うまくいくといいですね」
「いくだろ。悟空は無敵だから」
 おまけに無敗のブレーンがふたりもついてるんだから。
 

fin

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