風  太 陽  貴 方  国







 人には向き不向きがある。
 これはもうどうしようもない。
 俺だって別に軍人になりたかった訳でも代々軍の家系だった訳でもないが、ガキの頃からチャンバラが得意で適正試験を受けたらAAA+判定が出たのだ。軍人になるために生まれてきたような奴だ、と教官に誉められたというか呆れられたので、そこまで言うならなってみて、面白くなかったら辞めようと思ったらわりと面白かったので、今に至る。
「貴方は幸せですね〜」
 天蓬は相も変わらず床に座り込み、間延びした相槌をうちながら本のページを捲っている。
「将来について悩みも疑問も持たず邪魔もされず真っ直ぐここに辿り着くなんてね、幸せですよ」
「おまえはどうなのよ」
「幸せですよぉ〜」
 言い終わるなり、天蓬は本を枕にごろんと床に転がって目を瞑った。確かに幸せそうだ。
 それなりに幸せな昼下がりを過ごす俺たちの目下の気がかりは白秋というご大層な名の男のことだ。老成しているのは名前だけで、軍の幼年学校在住の17,8の少年だ。
「シュウちゃんは軍人になんかなりたくないんです。医者になりたいんですって」
 天蓬は顔の上に日よけに載せた三角形の本の下からくぐもった声を出した。白秋=シュウちゃんは天蓬の遠縁に当たる。
「なりゃいいじゃん」
「親御さんが彼を軍人にしたいんですよ」
「軍人の家系か?」
「いいええ、あそこのオヤジさんは軍人に憧れてたんですけど持病もちで。息子を僕みたいな立派な軍人にすることが夢だって、シュウちゃんが生まれたときからずーっと言ってました」
 僕ってのは天蓬の事だろうな。
「確かにあのガキ、生っちろくて女みてーに可愛い顔して、軍人に向いてるようには見えねえな」
「優しい子なんですよ」
「俺も優しいじゃん」
「シュウちゃんは誰にでも何にでも万遍なく均等に優しいんです。貴方とは違います」
 剣なんて、結局人殺しの道具じゃないですか。
 シュウちゃんは俺らにそう言った。
 うん、そうだな。
 そうですね。
 殺生が厳禁だなんて言ったって、本当は殺しちゃえたら楽なのにって思うでしょう。
 思うね。
 生かさず殺さずなんて面倒くさいですからね。
 僕は嫌です。何かを傷つけて平気な顔はできません。
 そうか。
 なるほどね。
 俺も天蓬もシュウちゃんの主張にうんうん頷くしかできなかった。別にその考え方が立派だとか素晴らしいとか思った訳ではない。人は色々だ。正しい間違ってるの問題じゃない。本人が生きたいように生きればいい。やってみて間違ったと思ったらやり直せばいい。大事なのは誇りだ。誇りを持った奴には必ず味方がいる。
 だが生憎白秋のオヤジさんにはそれじゃ事が済まないらしく、軍人にならないなら学費は出さんというので、天蓬は成績優秀な彼が奨学金を取れるよう上に手を回してやった。怒ったオヤジさんが、あと数分でこの部屋に怒鳴り込んでくる予定だ。
 天蓬は本をそのままに寝息を立てだした。俺はソファーに寝っ転がって、窓から入る風向きを計算して床に置いた灰皿に灰が落ちるポイントを探す遊びを延々続けた。したがって来訪したオヤジさんは、床は灰だらけで部屋の主は顔の上にテントを立てて熟睡中という幸せな光景を元帥の執務室に見た。
 そのへんに猫でも丸まってりゃ完璧だ。
「…ああ。いらっしゃい」
 天蓬の舌がろくに回っていないので、俺の部屋じゃねえが俺も「いらっしゃい」と言ってみた。
「何をしてるんだ、君たちは!!勤務中にその態度、それでも軍人か!?」
「僕らはたまにこうして思いっきり弛緩しないと緊張時とのバランスがとれないんですよ、いつ死ぬか分かんないんだし。お茶でも淹れましょうか?」
「…天蓬」
 黒髪を埃と灰で真っ白にした天蓬に、立派な身なりのオヤジさんは怒り心頭のようだ。
「息子に余計な事をしてくれたな」
「余計かどうか決めるのは貴方ですかね」
「当たり前だ、俺が余計と言ったら余計だ!昔から言ってるだろう、俺はあいつを逞しく凛々しい軍人に」
 一向逞しくも凛々しくもない軍人天蓬を前に懸命に主張する父親に、俺は軽く同情した。
「オヤジさんさあ、軍って結構キツイよ?あの子じゃ無理だって」
「確かにキツそうだな、大将と副官が床に転がってのんびりお昼寝できるようじゃ」
「精神的にさ。 軍隊は階級制で正しかろうが間違ってようが上には絶対服従って決まってんの。そりゃあ理不尽なことばっかだぜ?頭の回線どっか麻痺させねえとやってけねえのよ」
「だから何だ。いいか俺は息子をだな」
 俺は起きあがって天蓬のそばまで歩いて行き、いまいち怪しい天蓬の手元を覗き込んだ。
「茶葉が多い」
 天蓬が返事をする前に、俺は天蓬を殴り倒した。
「!!!!!」
 口を開けたまま絶句しているオヤジに、俺は湯で気持ち薄めた茶を差し出した。ちょっとはマシだろう。
「はい、お茶」
「………君、何、何、いきなり人を殴…」
「人じゃねえ、部下だ」
 埃を払って立ち上がった天蓬が、俺の脇で平然と唇を拭った。
「部下だ…って、部下だって人だろう」
「俺の持ちもんだ。おれがどーしよーと勝手。あんただってそーだろ、白秋は今はあんたのものかしんねぇけど軍に入ったら上司のもんなの。上司が死ねっつったら死ぬの。それが」
 俺は一旦言葉を切って煙草に火をつけた。
「軍人になるってこと」
「お茶、冷めますよ」
 天蓬がにっこり笑い、机の下で俺の足を踏みつけた。

10分後、俺と天蓬はそれぞれ元いた床とソファーに寝転がっていた。
「…天蓬、眼鏡外さねぇと跡つくぜ」
 顔の上に載っけていた本の下から、天蓬がズルズルと眼鏡を引き出して手探りで本の山の上にトンと置いた。
「まだ痛ぇ?」
「僕は貴方のものですから貴方がどーしよーと勝手です」
「…何してもいいって言ったじゃねえか」
「だから怒ってませんて。結果オーライですよ」
 窓から入った風が灰を舞い上げた。
「あっと」
「ほっといていいですよ。どうせ今晩から留守するんだし、帰ってきてからまとめてモップかけます」
 モップの在処も知らない天蓬は欠伸を噛み殺してゴロンと寝返りをうった。
「…起こしてくださいね」
「おおよ」
 あと2時間で遠征だ。生きて帰れる保証もない。
 それでも、まあまあ幸せだ。
 煙草は美味いし天気もいいし、俺とこいつは軍人だ。



fin

ワンダ様のリクは捲簾が天蓬を殴る話。もしくは天蓬が捲簾を刺す話。
殴るのは拳でも言葉でもいい、刺すのは包丁でも男根でもいいと。
男根。
男根を刺す!はしゃぐ心と裏腹に書いてみたらほのぼのでした。

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