机 の 下 。






 女には絶対舐めさせない、とか中以外に出すくらいなら出さねえ、とか話してる訳なんだけど。俺。
「…なあ」
「はい」
「とめろよ」
 天蓬がゆっくり顔を上げた。
「何をです?」
「俺のくだらねえ話をとめろっつの」
 同じくらいゆっくりと、天蓬は机の上に読みかけの本を伏せて置いた。時間稼ぎであることはモロバレだ。
「………………えーと……東方軍の現大将の話ですよね」
「それは30分前にすんだ」
「…ああ抜刀隊の話でしたね。個別の訓練に軍部の許可がいるかとか竜王の判がいるかとか」
「そう、いるなら金蝉に消しゴム彫って偽造してもらおうとかいう話な」
「ああそうそうそうでした」
「それも25分前にすんだ」
 多分笑ってしまったんだろう、俺は。数秒ののち天蓬は逆ギレることに決めたようだ。
「貴方ね。人が読書に没頭してる時に勝手に入ってきてのべつまくなし話しかけて、返事がないからって怒ることないでしょう。何の用です毎日毎日。一日一回副官の部屋の掃除するとか、ご機嫌伺いに来るとかいう規律でも作ったんですか?」
 誰がいつ怒った。
「あーあー俺が好きでしてるだけですね。悪かった。迷惑なら止める。ごめんなさい」
 知り合って間もないこの軍師は初対面から俺がお気に召さないようで、下手にでたらでたで不機嫌そうだ。わざとらしい溜息付きだが、天蓬は本をバンと閉じて傍らに押しやり、ようやくまともに俺を見た。
「貴方相手に何かしながらってのが無理でした。片づけはいいから座ってください、お茶でも淹れます」
「栞、使わねえの?」
「263ページのノドから4行め。ほうじ茶でいいですか」
 天蓬がガチャガチャいつ洗ったか分からない茶道具を引っ張り出す音を聞きながら、俺はそっと時計を盗み見た。
 3時15分。あと15分で軍会議が始まる。毎日天蓬の部屋に顔を出すための時間を捻り出すのは結構大変で、そのために部下達に迷惑をかけているのも分かってる。だが俺が初めてコンビを組んだ部下で上司で有能な軍師と会う機会を、いや言い訳するこたねえな。俺のほうはかなり相当こいつのことが気に入ってるから、とにかく話して話して知って背中を任せたい。いつかお互いに裏切るときがきても(そういう可能性はいつだってある)恨み合ったりしないように。今まで、前も後ろも敵という戦いしかしてこなかった。
「で、何の話でしたっけ?聞きますよ、ちゃんと」
 天蓬は眼鏡を軽く押し上げて、机を挟んで座った。
「俺のセックスは綺麗だという話なんだけどな」
「…………」
「…だから途中までは真面目に仕事の話をしてたんだけど、何の脈絡もなく切り替えて、この25分ずーっと俺の性生活について語ってたの。いつおまえが気がつくかなあと思って。そしたら何とまぁおまえは延々」
 最後のほうは天蓬が茶を啜る音でかき消された。
 俺はまた時計をちらっと見て煙草に火をつけた。一本吸い終えたら行かなきゃヤバい。
「捲簾」
「はいよ」
「どう綺麗なんです」
 湯呑みから上がる湯気と煙草の煙が絡み合って天井に流れていく。
「…いやそれはどうでもいいんだよ。俺はただてめえが」
「どう綺麗なんです」
 コツン。
 視線を逸らさないままだから、机の下で、こいつがブーツの先を蹴ったんだと気がつくのに時間がかかった。
「…だから…女は綺麗だから」
「だから?」
「あんま、モロに汚すのは好きじゃねえって話。かけたりとか」
 あー…酒呑みて。
 いくら俺でも素面で真顔で特に仲がいいでもない男と、昼間に向かい合って見つめ合ってこれはちょっとな。
「かけたりとか?」
 まだくんのか、おい。こいつ下ネタ好きか?好きならもちっと楽しそうにしろよ。
「舐めさせたりとかー塗りたくったりとかー別のとこに突っ込んだりとかー面倒なことはやなの。普通にさくっとさらりとスマートに女イかせて俺もイッておしまいで俺はいいって話」
「そうですか」
「…そうです」
 指先に向けて煙草の炎が進んでくる。あと10分…あるか。
 炎と同じくらいのスピードで、靴の側面を、ジリッと這ってくる、こいつの爪先。
 唐突に天蓬が熔けるように笑った。
「楽しいですか、それ」

 タ・ノ・シ・イ・デ・ス・カ・ソ・レ。

「…別に楽しかねえけど、女眺めてるだけでも気持ちよくなれっからなあ、俺」
「そんな無難な昆虫みたいなセックスなら僕はしないほうがマシですけどね。貴方みたいにいくとこまでいっちゃうと、食傷が過ぎて淡白になっちゃうもんなんですか?それとも汚いセックスしたことないんですか」

 シ・タ・コ・ト・ナ・イ・ン・デ・ス・カ。

 天蓬の台詞がやたらゆっくりなのは、机の下で天蓬が別の台詞を言ってるからだ。
 煙草を持ってないほうの手と、湯呑みに添えてない方の手が、机の下で。
「…汚い、ねえ」
 机の下で、指が。
「浮気とか」
「俺、もう行かねえと」
「好きでもない相手と、とか」
「天蓬、まじで行かねえと」
「昔から汚いことのほうが気持ちいいんですよ」
 ああ…遅刻だ。椅子の背に凭れて、やっとの思いで視線を天蓬から引き剥がす。
「かもな」

 握り返してみたら、痺れるような快感。 

 
fin

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