海 を 越 え 山 を 越 え
宿の夕食は早い。
誰かが死にかけているのでない限り、午後9時を過ぎる頃には口寂しくなるか暇を持て余して、誰ともなしに一同が一部屋に集まってコーヒーを啜ったりおやつをつまんだりし始める。
今日三蔵の部屋に集まったのは3人。
「紅い奴はどうした」
「部屋にいなかったから出かけちゃったんじゃないですか。さっき騒いでましたから。んだよこの町、美人率たっけー!」
「似てねぇ〜!」
悟空がケタケタ笑いながらポンと宙に投げあげたバタピーは、口に入る前にジープに攫われた。
「ああ!このやろ、悟浄みてえな嫌がらせしやがって!」
「最近あいつが連れ回してるからな。終いには女にすり寄りはじめるぜ」
「ぎゃーやだそんなペット!八戒、白竜ってメスいんの、メス!今のうちに結婚させなきゃヤバイって」
「つがいにしてガキが増えたら一人一台ジープ占有か。いーじゃねえかそれ」
「あ、俺、免許取らなきゃってそんな長いのこの旅!三蔵と八戒はいいけど、もーあのエロ河童勘弁…」
ドン!!!!
いきなりコーヒーサーバーが、テーブルが軋むほどの勢いで置かれたというより落ちてきた。一瞬にして静まりかえった部屋に、八戒がカップを同じようにドン、ドンと置く音が鈍く響く。
「どうぞ」
「…どうぞ…っておまえ」
「何怒ってんの?」
八戒は笑顔のまま、自分に注目する三蔵と悟空を交互に眺めた。
「悟浄は意地汚くて女癖悪くて協調性なくて最低の男です。僕も心の底から激しくそう思います。何せ町に入るなり、んだよこの町、美人率たっけー!ですからね」
もうそれはいいからと二人とも思ったが口にも顔にも出さなかった。
「…そうだねホント」
「確かにな」
保父の採用試験は面談で一発合格と思われる優しげな微笑で八戒はうんうんと頷くと、突如声のトーンを1オクターブ下げた。
「でも人に言われると腹が立ちます」
この夜の団欒の模様は、後日三蔵の口から俺の耳に入った。
例えば八戒のことを他の誰かが悪く言ったとしよう。二重人格とか五月蠅いとか細かいとか暗いとか言ったとしよう。それはまあ真実だが、俺は怒るだろう。よく知りもしないで何をぬかす、おまえが思ってるよりずっと二重三重で騒音で極細で真っ暗だと。でも三蔵&悟空となると話は別だ。俺はそれはそれは楽しく八戒への悪口を聞くだろう。ターゲットが三蔵でも悟空でも俺自身でも同じ事だ。こういう言葉は本当に嫌いだが、身内だから。
ちょうど敵もおいそれと接近できないと思われる見晴らしのいい絶景ポイントでジープを止めて、俺は木陰で一服しながら八戒をちょいちょいと呼んだ。例によって後部座席で寝こけた悟空に毛布をかけてやったり、三蔵のツボを押して肩こりを治してやったりと、細々と動き回っていた八戒は、やがてうってかわって面倒くさそうに俺のそばにやってきた。
「はいはい。お呼びですか」
「俺も肩凝った」
「僕のせいですか、それ」
八戒は嫌味ったらしく溜息をつくと、後ろにまわって拳で両肩をボンと殴った。
「治りましたか」
「おう、治った」
アホらし。
八戒はジープには戻らず隣にストンと腰を下ろした。
俺をダシに休憩したかっただけなのだが、わざわざ呼んでやった俺に礼もない。されても驚くが。
「大発見。聞きてぇ?」
「どうせまたくだらない事でしょ」
「おまえは俺のことが大好きだ」
「はい」
ヒラヒラと、頭上から木の葉が一枚降ってきた。
「それが大発見ですか。僕なんか今、引力を発見しましたよ」
俺は対応を見失ってさっさと現実逃避した。
「天気いいなぁ」
「そうですねー逃がしませんよ悟浄。発見っていうのは誰よりも早く見つけてこその発見でしょうが。例えば、貴方は僕のことを親友として好きでしたが、今の僕の「はい」を引き金に徐々に大好きになってしまうのです」
「しまうのです。じゃねえよ!!どっちかというと嫌になったわ!!」
「だから誰よりも早くって言ったでしょう。僕は2,3年は貴方より先をいってますから」
八戒はつまらなそうに服についた落ち葉を払うと、立ちあがった。三蔵がこちらを向くと同時に即座に笑顔になってジープに向かう八戒の後ろ姿を見ながら、俺はあいつの無茶苦茶な言い分と切り替えの早さに軽く眩暈を起こした。
とんでもねえよ。
そんなだから、車が走り出す直前、八戒が「…大発見でしたよ悟浄」と呟いた意味もさっぱり分からなかったし、その夜の団欒に八戒が部屋に引きこもって出てこなかった理由も分からなかった。
「八戒いないと自習時間って感じしなーい?」
「あーうまいこと言うわ猿にしては」
「…俺を生徒に混ぜるな」
悟空が宙に放り投げたバタピーを途中で奪ってやりながら、俺はまた現実逃避しているのだろうかとちょっと思った。
ほんとは分かる。さぞやショックだろう。俺もショックだ。「八戒の情緒不安定は何とかならねえのか」と三蔵が言った途端、いきなりむかついたことに。
俺は 徐々に 八戒を大好きになってしまうのです。
だとよ。
あいつには悪いが俺は逃げ続ける。まあ、2,3年ぐらいは。
意地だ。
fin
絢乃様のリクは浄八で「八戒が可愛い感じ」。可愛い…可愛い…可愛い…(譫言)。
■BACK