紅 灯 緑 酒
実は、あいつの写真が家にある。
「へーそんなもんか」
「信じられない、無神経よ」
間抜けな三蔵の相槌と、カウンターの向こうの馴染みのねーちゃんの声がだぶった。
ちょっと「しまった」とは思ったが、俺は相変わらず坊主奢りの酒をチビチビ舐め続けた。
ここに来るのは今夜が最後だ。三日後に、俺らは西へ旅に出る。
出発の前に三蔵がこっそり俺ひとりを呼び出したのは、俺と八戒の間柄を確認するためだ。ちょっとこの鬼畜坊主が可愛くなった。確かに八戒に下手に切り出して「…何考えてんですか貴方」と冷たく言い放たれるなんてことは耐え難い屈辱だろうから。
なのであっさり認めてやった。
「おつき合いしてます」
「ああそうかい」
自分で切りだしておきながら、三蔵はこの世の終わりのような顔をした。
この酒場で俺と八戒の仲を知らない奴はいない。
「できてんじゃないの」と言われたので二人して「あ、分かる〜?」「そうなんですよ〜」とか返していたら定説になっちゃったのだ。
しょうがねえだろう酔ってたんだから。
「俺や悟空の前でいちゃついたらぶっ殺すからな」
「…そんなラブラブカップルじゃねーって、相手はあいつだぜ。だいたい俺の家には」
そういう前ふりで、さっきの発言に至る。
実は、花喃の写真が家にある。
しかもちゃんと写真立てに入って。
「貴方、八戒と付き合ってんでしょ?つまり前の彼女の写真なわけでしょ?うーん、これは由々しき問題だわ」
ねーちゃんは人ごとなのに本気で腹を立てている。なんかあったのか。
「じゃあ、あんたは新しい彼氏ができたら前の男の写真捨てんの?」
「捨てないにしても今の彼氏に見つからないように隠すのが礼儀でしょうが。ちょっとなんで怒らないのよ悟浄。貴方、愛されてないわ。代わりに私が怒るから八戒を呼びなさい」
新しいグラスがバンとカウンターに叩きつけられ滴が跳ねた。
「…写真に罪はないだろう」
「気持ちの問題でしょ!」
こういうことに(おそらく)疎い三蔵がようやくうった相槌は呆気なくねーちゃんに叩き落とされた。可哀相な最高僧。
「ま、ま。男は女ほど、そういうもんにこだわりねーんだよ」
ねーちゃんがまだ首を捻りながら他のテーブルに去っていくのを横目で窺って、ふと見ると三蔵が真剣な顔でグラスの中味を掻き回している。
「…どした?」
「そんなもんかと思ってな」
俺は曖昧に笑った。そんなもんだ。
写真は八戒の部屋の本棚の隅に突っこんであった。飾れば?と言ったのは俺だ。軽い気持ちで。
恋人兼姉である彼女の存在が誇りなら、愛したことに後ろめたさがないのなら、そうすればいい。見るのが辛いのかと聞いたら、八戒は首を振った。
「でも貴方は」
死んだ女に妬くような心の狭い男に見えるか。
「俺は綺麗で可愛い女を眺めるのは大好きですが、それが何か」
あの時の八戒の目が忘れられない。
「…何よ」
「妬きました」
「どっちに」
「花喃に」
あいつは旅にあの写真を持っていくだろうか。どっちでもいいけど。
八戒に午前様の言い訳を考えているうちに、何だか可笑しくなってきた。
花喃は俺からおまえを取らねえよ。
誰もおまえから俺を取れねえよ。
fin
町田様のリクは58ベースで一枚の写真に関する話。
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