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(…76…77…78…79…)
悟浄の「気持ちが騒ぐ時に数を数える癖」は子供の頃からだった。兄が母親とヤり始めた時も数えた。初めて女と寝たときも数えた。悟能を拾ったはいいが今日明日が峠だと医者に言われた時も数えた。そして今。
(…80…81)
いきなり隣のベッドから悟空の大いびきが鳴りだした。
「…おい悟空」
声をかけたくらいで目を覚ます猿じゃない。いつもなら床に蹴り落とすか三蔵の部屋に放り込むのだが、今日は腹が立たなかった。どうせ今晩は眠れない。
1987で部屋の戸が開いた。八戒が悟空の布団を直してやりにきたと信じて疑わなかったので、悟浄は仰向けに寝転がったそのままの姿勢で天井を眺めていたのだが。
「よお」
「…………よお」
それ以外、どう返事のしようがある。
三蔵はしばらく枕元に突っ立って、実験動物の観察でもするように妙に冴え冴えした顔で悟浄を見下ろしていた。不気味だ。
「あの…何の御用でしょうか」
「一応聞いとく。俺に何か言うことねえか」
寝呆けてんのか。悟浄は目を閉じて頭の中で、また数かぞえを再開した。
「悟浄」
「ねえよ」
数を数えてえんだよ。もの凄く。それ以外にやりたい事も言いたいことも何もねえよ。少なくとも朝までは。
…2000。悟浄は目を見開いた。眉間に、冷たい銃口。
「声出すな。悟空が起きる」
言われなくてもこの状況で声が出るか。昼間とは訳が違う。今は夜中でここはベッドの上で頼みの綱の八戒はいないし的の悟空は大いびきだ。三蔵は悟浄の体を跨いだまま、体を起こそうとした悟浄を銃口で押し戻した。
「……ちょ…何?」
三蔵の顔が一瞬、今にも泣きそうに歪まなければ、あまりにもあんまりな構図に笑えたかもしれない。
「なあ、寝ぼけて…ねえよ、な」
2001。銃口がようやく外れた。
三蔵はいきなり銃をシーツの上に放り出すと、思わず体を竦めた悟浄の両耳の脇ギリギリに手の平をついた。今更こんな展開に度肝を抜かれるほどウブでもない。相手が三蔵でなければ、例え悟空でも八戒でもこんなに驚きはしなかった。寝ぼけてるんでなければ発狂したのか。
悟浄の背中に冷や汗が噴き出した。かろうじて、唇に触れた唇が離れるまで息を止めてやり過ごせたものの、それ以上となるともう無理だ。恐怖が勝手に口から噴き出した。
「さ、三蔵!!」
「…うるせえって」
「だっ…ちょっ…悟空!!!!!」
「頼むから黙れ!」
胸倉を掴まれて三蔵の全体重が喉にかかった。
……2002、2003、2004。
しばらくどっちがどっちのだか分からない荒い息づかいと、相も変わらず規則正しい悟空の寝息が、静まりかえっているはずの真夜中の部屋で不自然に響く。
「……説明ナシ?」
三蔵が後ろ手で悟浄のズボンの前を引き下ろした。気持ち悪い。こんなの気持ちが悪い。
「なあ、説明ナシかよ!!」
2005。
「嫌だって!説明しろ、さんぞ」
ビッ。力任せに引き出したシーツが悟浄の咥内に突っ込まれた。これ以上ないくらい見開いた悟浄の目に、自分の方が理不尽な目に合ってるように辛そうな三蔵の白い顔が揺れて映る。ずっと行動を共にしていた人間の考えていることがまったく分からないことが、こんなに怖いと思わなかった。
こんな夢を見たこともあったのに。三蔵が、俺と。
一言、嘘でいいから好きだとか何とか言ってくれれば俺だって。
三蔵を跳ねとばすのは、その気になれば簡単だ。だけど、そうじゃなくて、おまえにこうされるのが嫌なんじゃなくて、今日、今、今晩だけは、こんな訳の分からない状況でこうなるのが嫌で。
三蔵を押し退けた後に、それを丸ごとキチンと三蔵に伝えるなんて不可能だ。時間がない。
「……っふ!」
嫌で、気持ち悪いのに、引き出されたものを緩く扱かれるだけで、それを三蔵のあの指がやってると思うだけで勝手に勃ちあがる。
2006、2007、2008、2009。
右手で銃を、左手で悟浄を握りしめて、まるで何かの罰みたいに自分の上に屈み込む三蔵の、髪や、肌を夢の中では愛撫できたのに、今は怖くて触れられない。喉がカラカラに渇いて息苦しいのは、シーツに唾液を吸い取られただけじゃなくて。
三蔵の中に、自分のものが押し入っていく。いとも簡単にずるずると。
最初っからそのつもりでここに来たのだ。悟浄に犯されるつもりで夜中に、わざわざ悟空と同室の今夜に、八戒が寝つくのを待って。何で。何で何で何で。頼むから何か一つでも。なあ。でないと。
三蔵が、痺れたように動かない悟浄の右手首を掴んで自分の口元に引き寄せた。
「うっ……あっ!!」
ガクンっと三蔵の身体が揺れた。
「っっつ!」
三蔵が自分の声を押し殺すために悟浄の指に歯をたてた。一気に根本まで熱い肉に絞り込まれる凄まじい快感と、同時に右手の関節に走る容赦ない激痛。指先に触れる三蔵のもうひとつのぬめり。
2010。
混乱と痛みと快感で霞みそうになる意識を、無理矢理引き戻すのは、子供の頃からのおまじない。
2011、2012、2013。
ベッドが忙しなく軋み出す。達けば終わる、そう判断した悟浄は相当な苦労をして下から三蔵を突き上げた。
「…っん…っ…くっ…」
唾液と感触の違う水が、手首を伝って流れ出す。
2014、2015、2016,2017,2018。
それで気が済むなら噛みちぎられたってどうってことない。痛いのは平気。でも、何で。
何で今日なんだよ。何でこんなやり方だ。
このまま終わるのに。次はねえのに。
2019。
おまえ、最悪。
悟浄がいない?便所とかじゃなくて?いえ、違うと思いますよ。一応お伺いしますけど。
虫の羽音のようにしか聞こえないふたりの会話をぼんやり聞き流しながら、三蔵は自分の吐いた煙の行方を目で追った。あんなことで引き留めようと思った訳じゃない。自分がみじめすぎる。俺はただ。
「どうします?三蔵」
憎たらしいほど落ち着き払った八戒の声が啓示のように堕ちてくる。
「…知るか」
本当に知るか。
fin
同人誌のゲストの御礼に。
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