向 日 葵 と 夕 凪
「…向日葵って…さあ…」
暑い。
もうどこからというレベルじゃない。
体中からぼこぼこ汗が湧いて自分がシャワーヘッドにでもなったようだ。
「…ほんとに…全部太陽のほう…向いてんだね…」
近くにいるはずの悟浄の姿は見えない。立っていても悟浄の背丈よりまだ高い向日葵畑の真ん中で、大の字に寝っ転がった悟空の視界はみっしり生えた向日葵の幹と、隙間に見える青い青い空。
「そおね〜。おまえみたいだね〜」
「…何が?」
暑さで視界も声も全部揺れて、どこから聞こえてるのか分からない。
「太陽みたいな三蔵様と〜太陽に向かって伸びる向日葵のような悟空く〜ん」
「…うっせえよ悟浄」
「太陽が沈んだらすぐしょぼ〜んてか」
「うるせえな!」
跳ね起きたら眩暈がしたので、悟空はまたふらふらっと元の位置に倒れ込んだ。
「ぶん殴ねーの?向日葵くん」
「…暑くなきゃぶん殴る」
暑いのに(真っ昼間)なんで俺(悟浄と)斜陽殿から1時間もかけて(盗難)自転車で(下り坂)飛ばしてこんなとこまで。
「…ひでーよ悟浄…何なの…今日36度だぜ…拉致だぜ拉致…帰りどーすんの…」
「俺はここまでいっつも歩いてくるんです」
「…うっそ」
「ほんと。冬は枯芝がいいのよ〜」
汗が目の中に流れ落ちて痛くて開けていられない。
「…八戒と?」
「八戒と〜」
「…ふたりの秘密の場所?」
「ふたりの秘密の場所〜」
…殴る。
悟空は目を閉じたまま、右手を力一杯握って、ずるずる滑るのですぐ諦めた。悟浄がどういうつもりでいるのか分からない。
「…なぁ。悟浄は俺のダチじゃねえの?」
「マブじゃん?」
じゃあ俺がこんな時に「八戒との秘密の場所」に連れて来たりすんなよ。訳わかんない。あー暑い。暑い。マジ気が狂う。
「向日葵くん」
「うるせ…」
目を開けたら、いきなり真正面にもの凄い向日葵の束があった。
悟空を跨いでしゃがんだ悟浄は腕いっぱい抱えた向日葵の花を全部悟空に向けて押しつけた。
「おまえが太陽になっちまえ」
「…?」
「もう全部摘んじまお。ぜ〜んぶ。そんで種食っちまおう」
「……悟浄。どしたの?」
向日葵を掻き分けている間に悟浄は立ち上がって、また姿が見えなくなった。あの悟浄があの腕の長さと力の限界まで摘んだ向日葵は、ちょっと尋常じゃない数だ。このぶんじゃ、もうかなりのスペースが禿げてるに違いない。
「悟浄何やってんの。やべえよ。そんなに摘んだら秘密の場所が」
「先週来たからもういい」
「来年のぶんが咲かねえじゃん」
「もういい」
蝉の音に混じって、悟浄がどこだかをガサガサ移動する音が聞こえる。不自然に向日葵が揺れる。
風が。
「摘み過ぎだってば!悟浄!風吹いてる!」
「ここってよくね?」
「…いいけど、だから…こんな折ったら」
「ここねぇ、俺のすご〜く好きな場所だったの。そしたら八戒がここに来ようってさ」
…だから何故今俺にそういう話をする。
「顔が見えないからいいんだって、よ」
「え?」
向日葵の山の真ん中に座り込んでいた悟空の斜め後ろから、また突然悟浄が出てきた。また向日葵の大束を抱えているものだから腰から下しか見えないが。
「おまえにやる」
頭からどさどさと、花というには余りにもワイルドな衝撃が降ってきた。
「俺はもういらない」
初めて悟浄の顔が見えた。
「…悟浄。ふられたの?」
「…デリカシーってもんがないね猿」
「…ごめん」
「あやまるとこがデリカシくねえっつんだバカ」
悟浄はぼんと隣に寝転がった。
「焼けるね、これは」
三蔵にふられて、悟空は悟浄ひとりを呑みに誘った。ひとりでいたくなかったし、三蔵といたくなかったし、直接家に行って八戒と悟浄が仲良くしてるのを見たくなかった。喋ると泣くから悟浄にだって三蔵の話なんかしなかったけど、酔いつぶれて起きたら思いっきり町中の噴水の傍に寝かされていて、悟浄は横で煙草をふかしていた。
「帰る?」
「…帰れる」
斜陽殿でもなく、悟浄と八戒の家でもないところで起こしてくれた悟浄。それが昨日。
悟浄のほうが先に失恋してたのに。何も知らないで俺は。
日が傾くまでそこにいて、悟空は向日葵を1本だけ握ってぶんぶん振りながら、悟浄が漕ぐ自転車の後ろに乗った。
「背中が汗ですっげー貼り付く!気持ち悪い!」
「じゃあ歩けガキ。役立たず。ちっこいんだよてめぇ」
勿論帰りは自分が漕ぐと申し出たが、力はともかく悟浄を乗せては、さすがにバランスが取れなかった。
「…結局ふられた相手んとこに帰らなきゃってのもバカみたいだよな」
「ガキはモノが分かってないね。こっからが恋の本番なのよ」
「そう?」
「そう」
「…じゃあ向日葵ちゃんと置いてきてよかったじゃん」
しばらく黙ってペダルを鳴らしていた悟浄は「そうだった」と呟いた。
「うっかりおまえなんか連れていくんじゃなかったぜ」
「あ。今から悟浄も太陽だ」
「…言うと思った」
悟空は真っ赤な夕日に向日葵を投げた。
帰って三蔵と晩ご飯食べよう。
秋も冬も春もこっちを向かせてみせよう。
夏は何度もぶり返しながら少しずつ終わる。諦めが悪く、夢を見せて。
fin
桂様のリクエスト。
八戒に片思いの悟浄と三蔵に片思いの悟空(二人とも玉砕済み。でも諦めていない)の友情。
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