川を渡る夏
買い物に出かけた昼間の町中で、悟空と会った。
「…悟空!珍しいですね。どうしたんですか?こちらに用事が?」
八戒は、買ったばかりの食料やらハイライトのカートンを詰め込んだ紙袋を抱え直して、人波をぬって悟空に近寄った。
日差しが強い。悟空には突き抜けるような青空が本当によく似合う。悟浄はさしずめ夕方で、三蔵は夜か。
旅を終えてから、悟空に会うのは初めてだ。あんなにのべつまくなしくっついて行動していた仲間でも、離れたら離れたで極当たり前にそれぞれの場所で暮らしていけるのが不思議な感じがする。
「なんか1ヶ月かそこらなのに懐かしいですね。三蔵は元気ですか?今日は一緒じゃ…」
「八戒に会いに来たんだけど」
遮られて初めて、悟空の声音が堅いのに気がついた。ひさしぶりの再会に、嬉しさが先に立って、その表情も見落とした。
「なんでここにいんの?」
「…何がです?」
「なんで、まだ悟浄んちにいんの?」
一瞬、笑おうかと思った。真面目な顔で何を言うかと思えば。
「…何でそんなこと聞くんです。いちゃいけませんか?」
自分と悟浄の関係に、悟空が気づいているかどうかは微妙なところだったので、八戒は慎重に言葉を選んだ。
「…悟浄が貴方に何か言ったんですか?その…僕と暮らしたくないとか、僕と喧嘩したとか」
悟空は勢いよく頭を横に振った。
「じゃあ、何です?あの人はまだゴミの収集日覚えてないですよ?」
悟空は俯いたまま動かない。強すぎる日差しで落ちる真っ黒な影が悟空の表情を遮り、それを見た途端、八戒の脳裏にさっと正体不明の影が過ぎった。
「…悟空?本当にどうしたんです、貴方…」
「悟浄は?」
ほとんど吐息のような、聞こえるか聞こえないかの声。
「昼間だから家にいますよ。寝てんじゃないですか?旅に出る前と同じです。夜に賭場行って稼いで…」
途端に腕を凄い力で掴まれた。あやうく荷物を落っことしそうになる。
「八戒、俺らのとこおいでよ」
「は?」
「一緒に住もうよ、俺と三蔵と」
「…ちょっと待ってくださいよ。何で」
「いつまでもあんなとこにいてどーすんだよ!」
「八戒、そろそろ買いもん行くー?」
まだ寝起きでぼんやりしている悟浄が、コーヒーを啜りながらソファーの上で八戒を呼ぶ。
「ええ、何かあります?煙草のカートン買いは勘弁してくださいよ。恥ずかしいんですから、あれ」
「なんでー?トイレの紙だって予備がなきゃ心おきなく用が足せないじゃん。それと同じ」
「同じじゃないです」
そう言って、財布を持って玄関を出て。
振り返りはしなかったが、背中から「いってらっしゃーい」という寝惚けた声が、して。
あれは、ついさっきのことじゃなくて。
もう何年も、 前の。
「もう行くぜ?」
不意に、耳元ではっきりと悟浄の声がした。
足下を水が流れていく感触。
「もう悟浄はいねえんだから!」
夏が来る。
そして、眩暈。
fin
お題「眩暈」で罰ゲームに。
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