長 く 吐 息








 八戒が呼んでる。

「悟浄、悟空、早く起きてください!朝ご飯食べてる時間なくなりますよー!」
 うーん、目が開かない。
「三蔵が怒ってますよー!ほら弾込め始めましたよー」
「してねえ!人をダシに使うな!」
 朝っぱらから元気だな。昨日まで雨降ってて出発遅れてるから早朝に出ようっつってたな、そういや。猿と延々ポーカーしてたからなー何時までやってたっけ。こんな眠さ異常。
 …てことは今日悟空と同室じゃん。あいつより早く起きねーと、また。
「ごっじょー!おはよー!」
 腹にドカンと衝撃がきた。
 このクソガキ。蹴り倒そうと跳ね起きたが、悟空は人にボディアタックかけといて、部屋から飛んで逃げた後だった。素早い。
 太陽の光で真っ白で、部屋の中がよく見えない。また砂漠とか湿地帯とか通らなきゃいいけど。
 向こうで悟空が、俺がちゃんと起きたことを八戒に報告している模様だ。どうもありがとう、まだ腹が痛ぇぞおい。容赦ねえな。
 手を延ばしたところにちょうど煙草があった。引き寄せたところでまた呼ばれた。
「悟浄!煙草ならこっちでも吸えるでしょ!」
 起きてすぐの煙草が一番うめえんじゃんかよ。
「一服したら来るだろ」
 そうそう三蔵分かってる。やっぱスモーカーの味方がひとりはいねえとな。
「…全然人の言うこときかないんだから」
 聞いてる聞いてる。寝起きで声が出ないだけ。はは、怒ってやんの。だいたい八戒はいつも返事がないとか聞いてないとか怒るけど喋りすぎなんだよ男にしては。いい声だからつい聞き流す。悟空もぎゃあぎゃあ五月蠅いけど、まあ元気で結構だ。安心するからな、あいつが騒いでると。
 今日も延々ドライブか。戦闘あんのかな。ある時とない時と極端だもんな。あったらあったで運動になるし、戦うのはわりと好き。最近は他の奴らと息があって怪我することもなくなった。明日も明後日もこんな感じ。楽しいなあ。うん、楽しい。 今までが退屈すぎたから。
 次の街どんなだろ。おねーちゃんいっぱいいるといいな。ひさびさしっとり呑みたいし。八戒と酒場行くと何でか遠慮して女が寄ってこねえんだよな。三蔵と行ったら行ったで野郎が絡んでくるしよ。かといって悟空と行くと通報されっし。
 …三蔵?三蔵ってそんな綺麗な顔だっけ。
 悟空は?いくつだっけ。まあガキはガキだ確か。…思い出せない。
 本格的にぼけてんな。まだ目もあかないし。もう一本吸おっかな。
「悟浄ーメシ食っちゃうよー?」
 あーいいよ食って。育ち盛りは食わなきゃ。
 俺、なんか…食欲ねえや。寝起きだから当たり前か。まだ腹が痛くて息苦しい。すぐ治ると思うけど。
 …寒いな。いい天気の日は朝冷えるもんだって八戒が。そうか、いい天気か。
 でも音がする。何の音、これ。トタンに何か当たってるような。バラバラって…。
「悟浄!」
 だいたい楽しいとか言ってる場合じゃねえんだよ、さっさと天竺行かないと。早く行って片づけないと。…片づけないと。何を?何してんだっけ。まあいいや。楽しいから。
 ずっとこういうのしたかったな。色んな奴がいて毎日何が起こるか分かんなくて、走ってるうちに天気が変わるの。いいよなあ。
 楽しい。
 けど。違う。


 …起きなきゃ。
 
 
 
 
 

 真っ暗だ。
 何度か瞬きしてみて、自分がきちんと目を開けていることを確認した。
 冷静になろう冷静に。どこか怪我してるか?腹やら足やら全部痛いが我慢できないほどじゃない。でも寒い。出血してんのかな。凄い音。雨降り出したか。ああもう最悪。地震の次に火事よりマシか。こりゃこのへん一帯潰れたな。誰か無事なやついるかな。自力じゃ脱出できそうにねーしな。もし誰もいなかったら。
 待て待てパニックになるのが一番やばい。指にざらついた砂の感触。
 長期戦になるなら寝たほうがいいかもしれない。その前に。
 呼んで返事がなかったらどうしよ。すぐそばでくたばってるかもしれない。
「…八戒!」
「うわ!」
 突然、俺の感覚では右の下のほうで八戒が叫んだ。
「び…びっくりしたぁ。生きてたんですか」
 そっちこそ。んな近くにいたのか。叫んだ俺が馬鹿みてぇじゃねえか。おかげで喉が。
「多分このシャツ悟浄だなあとは思ったんですけど、声かけて死んでたらやなんで」
 微かに気配が近づいた。這ってくる。20秒か30秒か、もっと。八戒の手が、右肩に触れた。
「来ましたよ〜」
 この期に及んで声が笑ってる。動けるのか、よかった。安堵で気が緩んだせいで腹に激痛がきた。
 思わず身動いだ途端、頭の上で何かが凄まじい音を立てて軋んだ。 八戒の手がビクリと震える。
 梁が載ってる。俺が動くとどこかが崩れる。
 大丈夫、動かないから。ここにいる。
「悟浄」
 自分の名前、結構好き。おまえに呼ばれるといい。
「…喋れます?」
 ちょっと無理。でも息苦しいだけだから。言えないけど分かるよな。
 …なんか凄ぇ長い夢見てた。旅に出る夢。ついここから逃げるとこだった。
 なあ、息苦しくねぇ?空気薄いのかな。雨の音聞こえるからどこか隙間開いてるんだよな。濁ってんのか、埃とかで。きっとそうだ。もしかしておまえもあんま喋らないほうがいいかも。いや喋れ。その声で、好きなだけ。
「…悟浄」
 うん。返事しないけど聞いてるから。今日はちゃんと聞く。





 …雨、やんだかな。
 もう聞こえない。
 
 


fin
藤田様のリクエスト「幸せ」。
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