に
男たち








「…馬鹿と煙は高いところが何とかって、な」
「あー俺もそれ思い出した」
 悟空は一足先に一番上の鉄柵に手をかけると、勢いをつけて飛び上がった。
「おい悟空、これ!」
「あ、うん」
 続いて登ってきた悟浄の上着のポケットに突っこんであった缶ビール2本を引き抜くと、悟空は大きく深呼吸し、途端に肩の力がふっと抜けたせいで、ようやく今の今まで全身で緊張していたことに気が付いた。
「やーっぱ俺のほうが速かったじゃん」
「あ、かわいくね。それがあったから登ってる最中ガンガンぶつかったっつの。一本寄こせ」
「…噴くんじゃないの」
 言い終わる前にプルトップを引き上げた悟浄の手元から盛大に泡が噴き出し、形を変えながら落下してあっと言う間に見えなくなった。ふたりは泡の行方を見守ると、どちらともなく遥か向こうの地平線に目を向けた。まだ昼には遠い冷たく澄んだ朝の空気が、火照った体に気持ちいい。
「…何笑ってんだ猿」
「悟浄こそ」
「いや…怒るだろうなって」
「俺も。怒るだろうなって」
 示し合わせた訳でもなんでもない。夕べ宿についた時、この鉄塔が見えた。悟浄は何気なく目を逸らし、悟空も何か言いかけて慌てて呑み込んだ。いい加減学習してる。俺たちは鉄塔なんか見てないし高いなあとも思ってないし興味なんか欠片もないですよという顔をし続けた。夕日に透けた鉄塔がジャングルジムみたいで、さぁどうぞ登ってくださいと言わんばかりじゃないかなんて、そんなまさか夢にも。
 一応悟空より少しは学習度合いの高い悟浄は、高圧電流が流れてたりしたらコトなので宿のおねーちゃんにさり気なく確認した。昔は給水塔だったが今はタンクも抜いてしまって、ただ足場があるだけ。
 そこで朝一番に起きた悟浄がトコトコ鉄塔の麓まで行ってみたら、実は二番だった。
 悟空は一瞬身構えて、相手が悟浄だと分かるとちょっと微笑った。
「登る?」
「ったりめー」
 突っこんできたビールが二本だったのは偶然だ。
「高いとこ好き?悟浄」
「だーい好き」
「馬鹿でも?」
「好き」
 風が吹くと、僅かに煙草の火が揺れる。ということは足場が揺れているのだ。
 落ちたらどうなるだろう。死ぬか、死にかけるか。
「危ないよね」
 悟空はのんびり呟き、普段は滅多に呑まないビールを勢いよく空けた。
「落ちたら危ないよね」
 鉄塔の上には何もない。こんなとこから見下ろさなくても道は見える。ここでぼんやりしていたら朝食を食いっぱぐれるかもしれない。おまけに多少は疲れた。服も汚れた。あのふたりなら気が違ってもこんな面倒で無意味な真似はしないだろう。
「…なんで登ったのかな俺ら」
「好きだから」
 悟浄はのけぞりついでに後ろに倒れそうな不安定な姿勢で、高いところにいる自分たちより更に高く登る煙を目で追っている。
「何が?高いところが?」
「何かしてみるのが、よ」
「三蔵と八戒は好きじゃないの?」
「あいつらにはもうできねーんだよ」
 言わんとしていることがよく分からなかったが、喋ってる本人は今いる場所のせいなのかアルコールのせいなのかはともかくやたらと気持ちがよさそうだったので、悟空はそれ以上質問するのをやめて、空き缶を、今度は自分のポケットに突っこんだ。
 悟浄と自分。
 三蔵と八戒。
 何が違う?三蔵たちはいつも自分と悟浄をまとめて子供扱いするけど、ということは大人になったらできないってことだろうか。
「じゃあ、いつか俺らもできなくなるのかな」
 それまでひたすらビールと煙草に交互に味わいながら風に髪を嬲らせていた悟浄が、初めてちゃんとこちらを見た。大人と子供の違いでなければ、他に違うことって何だろう。悟浄はいつも、今も、とんでもなく美味そうに酒と煙草に口を付ける。自覚はないが八戒によると、自分もいつも凄まじく美味しそうに食べるらしい。何をしていようが笑顔の八戒と不機嫌面の三蔵とは確かに違う。
「俺らには死ぬまでできる」
 悟浄は唐突にコメントすると、空いた缶を悟空の反対側のポケットに突っこんだ。
「んじゃ下まで競争」
「あ!ずり!」
 降りるほうが数倍難しい。下から吹き上げる、日が高くなるにつれて次第に温かくなってくる風に服や髪を煽られながら三分の二ほど降りたところで、真下にいた悟浄がふっと鉄塔から手を離した。
「げ!」
 まだ高い。高すぎる。悟浄はストンと地面に降り立つと、予想通り悟空を見上げて手をぶんぶん振った。
「飛び降りろ!」
「む、無茶言うな!」
「俺ができた事ができねえのか?」
 一番カチンとくる煽り方をされて、思わず悟空は宙を飛んだ。一瞬恐怖で目を瞑ったせいで、着地した瞬間よろけて悟浄に腕を掴まれた。
「死ぬかと思ったじゃんか!」
「俺らには才能があるって分かったろ」
「…何の」
「無茶したり、んー…あと、とにかく色々できる才能」
 覚えのある羽音がした。ジープだ。いよいよ保護者たちが感づいた。
「あ、怒られる才能とかな」
「…役に立たねー」
 俺は三蔵を守れる才能だけあればいいよ。

 八戒の小言がありありと頭に浮かぶ。
 いったい何やってんです、ふたりして。どうして人に心配かけるんです。もう危ない真似しないでくださいね。錆でドロドロじゃないですか、早く洗って。ちゃんと反省してます?


 うん。
 ごめんなさい。
 でも。


 雲の上の光を見たし、ビールの泡がずっとずっと落ちていくのも見た。
 何の役にも立たなくても、俺と悟浄はそれを見たんだ。
 





fin

歩望様のリクエストは悟浄&悟空でちょっといい話。いい…か…?
鉄塔。好きです鉄塔。
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